【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
震えていたはずのサイがはっと身を起こし、咄嗟にカズイの口を右手で塞ぐ。
「え? さ、サイ……」
「静かに!」
熱でぼうっとしかかる頭を振りながらも、サイは既に洞穴の外の気配を察知していた。
雷鳴のような砲撃音の中で、軍靴の音と銃声が交互に轟き、それは徐々に至近距離まで近づいてくる。
空気を裂くような小さな悲鳴まで聞こえてきた。パララララ、という軽快な音と共に。
「まさか……もう、追っ手が!?」
「声を出すな」
全身雨と汗でびっしょりになりながら、それでもサイは冷静さを取り戻していた。
複数の軍靴が泥を蹴り上げる音に混じり、てきぱきと指示を下す声が僅かに聞こえる。
「……トノムラ軍曹だ」
サイの言葉に、絶望のあまり眩暈を覚えるカズイ。
「あの人、諦めてなかったのかよ……」
そんなカズイからそっと手を離しながら、サイはよろよろ立ち上がる。
「サイ!
お、おい! 何する気だよ!!」
「ここから出る」
「何言ってんだ、殺されるよ!」
「俺が先に出て、軍曹の注意を引きつける。
お前はその間にここから出て、何としてもアスハ代表とコンタクトを取れ」
雨でけぶる洞穴の外を睨みながら、サイはじっと息を潜めた。
カズイの目の前で、先ほどまで慟哭し嗚咽を続けていた情けない男の姿は、もうそこにはない。
「そんなこと、出来る相手じゃ……」
「やらなきゃ、二人とも死ぬぞ」
熱で頬を紅潮させつつも、サイは小さく叫ぶ。
その間にも、意外と早く靴音は近づいてきた──
銃声も。わずかに空気を切り裂く悲鳴も。
この付近には、人が何人か隠れられる洞穴が、他にもいくつかある。
混乱に乗じて、自分らと同様にここまで逃げのびてきた脱走者も少なからずいるはずだ。
奴らはそんな脱走者を探し、洞穴から引きずり出しては処刑しているのだろう──
そのぐらいは、音だけで分かった。
銃声のたびに響く悲鳴と小さなすすり泣きが、何よりも鮮明にその事実を教えている。
それでもサイは、出て行こうとする──
そんな彼を止めるべく、カズイはその腰に全身ですがりついた。
「やめてくれよ!
今のあの人が、俺たちを無事に逃がすわけないだろ!」
最早トノムラの声がはっきりと聞こえる位置まで、彼らは接近されていた。
またも銃声──
そして何やら、生肉や皮が焼かれるような強い臭いと、パチパチと何かが爆ぜる音。
鼻をつく異様な悪臭に、サイの足も微かに震えた。
咳き込みかけるのを何とか強引に掌で抑えながら、彼は呟く。
「まさか……
人を、焼いてる?」
「そうだよ!」
カズイは小声ながらも、叫ばずにいられない。
「あいつの良心を信じたって無駄だ!
サイは知らないかも知れないけど、あいつは小さな子供を、まとめて焼き殺したんだぞ!!」
その言葉に、一旦は決断を下したサイの歩みが止まった。
握りしめられた拳から、汗とも雨雫とも取れるものが滴り落ちる。
「そんな……」
そうして彼らが動けなくなっている間にも、足音はぐんぐん近づいてきて──
あっという間に、洞穴の前で止まった。
カズイが身も凍る思いでこわごわ頭を上げると──
洞穴の入り口には、何人もの連合兵のベージュの軍服が見えた。
勿論、全員の銃口がこちらに向けられている。
隙を見て逃げ出す余地など、あるはずもなかった。
機関銃を構えた兵士の後方には、防護マスクを被り火炎放射器を携えた重装兵の姿まで見える。
もう駄目だ、おしまいだ──
カズイは目を瞑らずにいられない。
だがその時、サイの叫びが響いた。
「軍曹!
自分はもう、逃げも隠れもしません。
ただ、貴方ともう少し、話がしたいんです」
両手を上げながら、トノムラたちの方向へ少しずつ歩みを進めるサイ。
駄目だ、そんなもの通用する相手じゃない!
「軍曹! 俺たちは……」
そんなサイの願いを遮断するように。
そして、カズイの予想を完全に肯定するように──
トノムラの冷たい声が、洞穴に反響した。
「貴様は犯罪者だ、サイ・アーガイル。
二年前、連合軍から脱走した時点で、その不名誉が生涯続くということは分かっていたはず。
しかも今また収容施設から脱走を企て、軍に反抗している。
この時点で、貴様は刑を免れない。それは子供でも分かる理屈だ」
「待ってください」
サイはそれでも食い下がる。
「貴方はこれまで、俺からアマミキョとチュウザンの情報を引き出そうとしていた。
同時に、フレイ・アルスターに対する人質の価値も、俺に見出していたはずです」
その言葉で、カズイは気づく。
さっきサイは、フレイが自分を殺しに来ると言った。
なのに今、自分をフレイに対する人質だと? 言ってることが目茶目茶じゃないか?
──いや、違う。
サイはどうにかこうにかトノムラとの会話を繋ぎ、時間稼ぎをしているんだ。未だにトノムラを信じながら。
死に瀕した人間の、最後のあがき。
でも俺たちは結構何度も、こういう状況に追いつめられている。
だからある程度、冷静にもなれるんだ。こんな俺でも。
「そうでなければ、連合軍が掴んでいる以上の情報を引き出せない俺たちは、すぐに処分されたはずです。
でも貴方はそうしなかった。考えられる線は一つ──
貴方は俺を利用して、フレイ・アルスターを引きずり出そうとしたんだ」
トノムラは答えない。
ただ、冷たく銃口を真っ直ぐサイに突きつけるだけだ。
「そしてこの通り、彼らはやってきた。
ならば、俺を彼らに差し出せば、この空襲は終わります。
俺たちを──」
「残念だな」
トノムラの口調に、一切の変化はない。
背後に従えた兵士たちも、全く動きはしなかった。
「貴様に人質の価値はない。
正確には、今朝の時点でなくなっていた」
「えっ?」
「軍が貴様を、南チュウザンに対しての贄として確保していたのは事実だ。
その為に、何度か彼らと秘密裡に交渉も行なってきた。
その結果が、今朝送られてきた南チュウザンからの返信。さらにこの襲撃だ。
要するに、貴様は捨てられた──
一度捨てた男を、女がもう一度拾いに来ることは稀だろう」
サイはそれでも、ぴくりとも動かない。
後ろで震えているカズイをかばうように両手を広げたまま、トノムラを睨みつける。
「ですが……」
状況を必死で分析しつつ、なおもサイは食い下がろうとしていた。
その背中を睨みながら、カズイも忙しなく脳をフル回転させていた。どうしようもないと諦めかけながらも。
――サイはトノムラの最後の良心に賭け、同時に南チュウザンのフレイの良心にもまた賭けていたのだろう。勿論、オーブからの救援も。
その三者の手をひたすら待ちながら、サイはこれまで時間を稼いでいた。
だからこそ俺をも傷つけ、引き離しておく必要があった。
出来る限りトノムラとの交渉を、イレギュラーなしで進める為にも。そして可能であれば、俺が南チュウザンと何の関係もないと証明し、俺一人だけでも解放されるようにと。
──だが今、その三者のうち二者が、その手を拒絶したことになる。
ただ一つ残るオーブからも、答えは未だにないままだ。
畜生。こんなの、無視も同然だ!
「二年前、アークエンジェルに積極的に乗ってしまったことが、そもそもの貴様の間違いだった。
災難だったな、アーガイル」
トノムラの手にした拳銃が、カチリとロック解除音をたてる──
だがその時、カズイはふと気づいた。
空爆音が、再び激しく鳴りだしたことに。
兵士たちの顔つきも、どことなく上空を気にしている風だ──
そんな中、サイはなおも叫ぶ。
穴の外の空が、再び紅に染まり始める。
「待ってください、トノムラ軍曹!
俺は、自分は、アマミキョを再建しなきゃいけない!
もう一度、フレイに会わなきゃいけない! 会って、話がしたい!
それまでは、隕石が落ちてきたって死ぬわけにはいかないんですよ!!」
あらん限りの声で絶叫するサイ。
それは間違いなく、心の底からの本音だった。
偽善も偽悪も、何もかもをかなぐり捨てた男の、魂からの叫び。
――駄目だ、サイ。
あいつはそんな情の通じる相手じゃない。
トノムラ軍曹は悪魔なんだ。
変わってしまったんだ、あの人は──!!
絶望のあまり、両腕で全身を覆うカズイ。
俺はここで何度も、悪夢にうなされた。機関銃で身体をハチの巣にされる夢で!
あと数秒でそいつが現実になる。あと2秒で、1秒で……
だが、カズイがいくら待っても、その瞬間は来なかった。
高熱の弾丸で撃ち抜かれる感覚まで、この身体はとうに覚悟していたのに。
恐る恐る、カズイは片目だけ開き、そっと両腕の間から様子を眺める。
トノムラの銃は未だ火を噴かず、サイの眼前で止まっている──
その数瞬はカズイにとって恐ろしく長く、永遠に止まってしまった一枚の絵のように見えた。
当然、それは現実の時間にすればほんの数秒のことで──
しかし結果的に、その数秒がサイたちの生死を分けた。
トノムラがサイに引き金を引こうとした、まさにその瞬間
何かが空を破り、絹が裂けるが如き音が響いた。
その次の一瞬で、大地が砕かれる轟音と共に、洞穴は崩壊した。
気絶していたのは、ほんの少しの間だったらしく──
カズイはもうもうと巻き上がる土煙の中、何とか身を起こした。
すぐそばには、同じように吹っ飛ばされたサイが倒れていたが、幸い外傷はそうでもないようだ。
そして彼はこんな中でも、どうにか立ち上がろうとしていた。
一体、何が起きた?
降りそそぐ土砂の中で目を凝らし、ようやく見えてきたものは──
自分たちの身長のゆうに5倍はある、真っ黒い鉄球。
ご丁寧にも、漫画のようなトゲまでくっついている。
その鉄球と、ぬかるんだ地面が接触した場所からは、黒い濁流が温泉のように湧き出ていた。
その黒が血だと分かるまで、カズイは数秒かかった。
そして、鉄球の向こうに見えたもの。それは──
「レイダー……?」
カズイが頭を働かせるより先に、サイがぼんやりと答えを呟いていた。
最早カズイにとってもおなじみとなった、二つ目の双角の鉄巨人──
『ガンダム』の名を持つモビルスーツ。
だがカズイの知るそれとは違い、真っ黒に塗装されていた。
《あ~ぶなかったねぇ、サイ!
いい時間稼ぎ、してくれたよぉ》
鉄の巨人から響きわたる声。
その場にそぐわない脳天気な声に、カズイはどこか聞き覚えがあった。
──この声、まさか。
俄かには信じられないその可能性に、思わずカズイはサイを振り返る。
サイはといえば、振りかかる土煙を払おうともしないまま、両の拳を握りしめてモビルスーツを睨みつけていた。
「お前……
よくも……軍曹を」
《あれ? 意外だね》
パイロットの声が響き。
同時に機体下部のハッチが雨の中、ゆっくりと開く。
《俺はお前らを助けたんだよ?
そんな眼で見るこたぁ、ないじゃないか》
機体の右腕がハッチ付近に移動し、細身のパイロットが姿を現す。
と、素早く彼は右腕にひらりと飛び移った。
曇天の中でも奇妙に映える、黒いパイロットスーツにメット。
そのヘルメットに、両手がかかる──
全身で叫ぶサイ。
「やめろ!
カズイの前で……」
そんな声にも構わず、彼は呆気なくメットを脱いだ。
やっと息苦しさから解放されたとでも言いたげに、頭を振る。
雨の中、その栗色の癖っ毛がふわふわと揺れた。
まさか──
まさか、この髪の毛。絶対に見覚えがある。
その少年は、カズイにふと視線を向ける。
上空から不意に降りそそいだ光が、彼の顔をはっきりと照らし出した。
何だ、この無機質な白い光は?
どう考えても太陽じゃないし、月の光とも違う。
「久しぶりだね、カズイ。俺だよ、トール・ケーニヒ!
今日はこの機動要塞『オギヤカ』で、懐かしの仲間を助けに来ました~ってワケ!」
──なぁ、サイ。教えてくれよ。
これは夢なのか?
俺たちが何とか、今、生きてるのも信じられないのに……
どうして、トールまでがここにいる?
まさかこれ、天国から、トールが迎えに来たんじゃないのか?
「黙れよ!」
カズイの視線を遮るように、サイは立ちはだかる。
だがカズイには見えた──その背中ごしに、少年の姿が、はっきりと。
そして分かった。
それが間違いなく、かつて自分たちを守ろうとして命を散らした友人、そのものであることも。
だが、その上空から近づいているもの──
あれは何だ? 戦艦よりもはるかに大きい。
小さい頃パニック映画で見た、人間を滅ぼす巨大な宇宙船。あれにそっくりだ。
「カズイ……
駄目だ、見るな」
あぁ、そうか──
サイは多分、かなり前からこのことを知っていたんだ。そして、俺に隠していた。
多分、俺を守る為に。
だって、フレイだけじゃなくトールまで生きていたなんて知ったら、俺がどうなっちまうか分からない──
そう、思ったんだろ。
「サイ……ありがと。
大丈夫だよ、俺なら」
カズイはゆっくりと彼の傍らに立ち、まっすぐに少年を見上げながら呟いた。
サイがぽかんとしたまま、こっちを凝視してくるのが分かる。
――サイ。意外とお前も、馬鹿なとこあるよな。
分かれって。俺だって、少しはお前にいいトコ見せたいってこと。
「だからやめとけって、そういうの。
お前が思ってるほど、もう、俺は弱くないつもりだから」
2年前のあの時、サイにかけられた言葉。
それとほぼ同じ言葉を返しながら、カズイは彼を支えた。
そんなカズイの囁きを知ってか知らずか──
トール・ケーニヒは妙な明るい調子で、両腕を広げた。
「さぁ、二名様ご案内!
我らが姫様の船、オギヤカへようこそ!!」
~~~~~~
次回予告
ついに再会を果たす二人
だが待っていたのは、さらなる絶望だった
迫りくる運命の選択
そして始まる、破滅へのカウントダウン
外道をひた走る彼女を、サイは止めることが出来るか
次回、機動戦士ガンダムSEED Revelation
「天空の花婿」
祝祭の鐘、響かせろ。セイレーン!