【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
part1 金髪碧眼の『妹』
──出来ないはずのことが出来てしまった結果が、この俺だ。
ぼんやりとした夢うつつの中、軍服姿の男が見える。
泥まみれになった身体を弄り回された挙句、生き埋めにされかけた自分を、すんでの処で救ってくれた男。
あの後自分は、冷たい川へそのまま投げ込まれた。
そして、容赦なく俺を照らし出した夕陽のおかげで──
俺は彼に、自分の傷のほぼ全てを曝け出してしまった。
無意識のうちにずっと隠していた、癒えることのない左腕と胸の傷。
濡れそぼった服から透けて見えた、真っ黒い傷。
俺の惨めさを、無情なまでに照らし出した、血のような夕陽。
──それでもあの人は、一切、俺の傷に触れようとはしなかったのに。
あの人の血が見える。
呆気なく鋼の塊の下敷きとなった、アークエンジェルのかつての勇士の一人。
苔むした岩の上に流れ続ける、黒い血液。
それは自分の足元まで流れ込み、じわりと冷たさが身をよじ登ってくる。
──分かるのか、お前らに。
祖国に裏切られた俺たちの気持ちが!
軍曹は2年前、言っていた。アークエンジェルが連合に見捨てられたと分かった時──
俺を、殴りながら。
そんな軍曹は今でも、祖国を想い、家族を想い──
そして、自分を曲げた。
その結果、彼は、何かを守ることが出来たのだろうか?
あの人の血が、俺に問う。
全てを捨てて何かを守ろうとして、得られるものは何なのか。
結局トノムラ軍曹は、命がゴミのように投げ捨てられていく収容所の中で、他の幾多の命と同じように、散った。
平和を望み、幸せを願い、アークエンジェルで最後まで、あのヤキンの戦いを生き抜いた男の末路が──
あんな、無惨なものだなんて。
軍曹の血が、魂ごと俺を絡めとる。
あの時、身体中に塗り込められた泥のように、黒い血は俺を沼の底に沈めようとしている。
──嫌だ。
俺はこのまま、死にたくなんか、ない。
まだアマミキョを再建させてもいない。カズイも、みんなも、どうなったのか全く分からない。
フレイの真意も、まだ分かってない。
俺は何としても、もう一度、フレイと──
眩いが暖かな光をまぶたの裏に感じ、サイ・アーガイルはようやく目を開いた。
そして気づいた──
自分が素っ裸にされ、そこまで熱くはない適温の湯の中へ横たえられていることに。
「うわっ!!?
な、何だこれ……薬湯?」
暖かな湯の中は、治癒効果のあるらしきダークグリーンの草でいっぱいに満たされ、湯そのものも淡い緑に染まっている。
カモミールにも似た香りが、心を落ち着かせてくれる。
──天国か? ここは。
そいつは困るな。俺にはまだ、やらなきゃいけないことがあるのに。
天井にうっすら輝くオレンジライトの光を眺めながら、サイは思い出す。
記憶はすぐに戻ってきた──
そうだ。
俺、カズイと一緒に、トールに捕まっちまったんだ。
ここは──確か、オギヤカ。あの、超弩級移動要塞の中。
いつだったか海底でオギヤカを散策した時も、その威容は信じがたかったけど、まさか空まで飛ぶとはね。
──そうだ。カズイは!
俺がトールに捕まった理由は何となく想像はつくが、カズイは無関係なはずだ。
だが無関係だからといって、そうそう簡単に逃がしてくれる相手ではない──最初は、俺を殺しに来たくらいだし。
何としても、カズイを助けなければ。
あの収容所の中で、必死で俺を守ろうとしてくれたあいつを。
俺がどれだけ振り払おうとしても、逃げなかったあいつを──
サイはざっと水を払い、立ち上がる。
薬湯の効果は想像以上で、もう彼はふらつきもせず平気で歩くことが出来た。
丁寧にガーゼが巻き直された指先の痛みはまだ取れないが、動かせないほどではない。
改めて自分の右の二の腕を眺めて、思う。
──右腕の筋肉が、だいぶついてきた。
左腕を動かせない分、右の筋肉が異様な発達を遂げている。誰かを怒りに任せてうっかり殴ったら、殺してしまうのではないかと思えるほどに。
それにしてもこの風呂は、アークエンジェルに増設された風呂を思い出させる。あそこまで大きくはないものの、オーブの温泉に似た造りなのは確かだ。
扉を見ると、戦艦や宇宙船と同様のエア・ロックだった。
まさかこの船も、宇宙に出るんじゃないだろうな。そしたらこの風呂もやっぱり閉鎖に……
そこまで考えて、サイはつかつかと入口まで歩き、ロックを開いた。開いたと言っても、彼が近づいたら自動的に開いただけの話だったが。
その瞬間──
「は……はわわっ!!?」
「え?
……う、うわぁああぁあああっ!!?」
突如風呂場に響きわたる、素っ頓狂な幼い少女の悲鳴。
反射的にサイは、そばに置いてあったバスタオルを掴むと、慌てふためきつつも前を隠す。
もうもうとたちこめる湯気の中、現れたのは──
ストレートの金髪をあごのあたりまで切りそろえ、エメラルド色のワンピースを身に着けた、10歳程度の少女。
ワンピースと同じ色のカチューシャで髪を整えた彼女は、薄い水色の瞳を皿のように大きくして、サイを見つめていた。その身長は、彼の腰をようやく超えるといったところか。
少女は真っ赤になりながらも、ぺこりと頭を下げて弁解する。
「も、申し訳ありません!
突然のことで、驚いてしまいまして!!」
サイもサイで、顔どころか全身真っ赤になりそうな勢いだ。
「い、いや、俺も……
俺の方こそ、すみませんでした!」
思わず敬語まで使ってしまい、サイも頭を下げる。
何故かこの少女には、頭を上げるわけにいかない──そんな気がして。
すぐに服を着なければ。そう思って周囲を見回したが、それらしきものは何もない。
清潔な象牙色の洗面台と、全裸の自分を映す大きな三面鏡、そしてロッカーが幾つかあるだけだ。
収容所で捕らえられていた時に着ていたワイシャツやスーツは、恐らく捨てられてしまったのだろう。原型を留めないほどボロボロだったし。
そのかわり、少女が背後から、その背丈の半分以上はあるであろうスーツケースを引っ張りだしてきた。
「サイ・アーガイル様ですね?
お着替えでしたら、こちらに!」
思わずぽかんとそのスーツケースを見つめてしまいつつも、サイは尋ねる。
「き……
君は、誰?」
そういえば、この少女には見覚えがある。
確か──フレイの、例の演説の時に、彼女に剣を譲渡したあの少女だ。
サイの疑問に、少女は素直に答えた。
「申し遅れました。
まずはお着替えになって下さいませ。フレイ・アルスターがお待ちかねですわ!」
ワンピースの裾をつまみながら、随分とませた口調でそう言うと、彼女は廊下へ繋がるエア・ロックの向こうへと、素早く消えていく。
ぽつんと残されたサイは、呆然としたままスーツケースに視線を落とすしかなかった。
髪から滴る水も拭ききらぬまま、ケースを開く。
その中にあるものを見た瞬間、サイは思わず苦々しく舌打ちしていた。
「──着ろってのか」
PHASE-38 天空の花婿
「す、素晴らしいですわぁ~!!
さすがは、お姉様の意中の殿方だけのことはありますわぁ~!!!」
着替えを済ませ、髪を整えて眼鏡をかけ直したサイが風呂場から出た途端、レイラのおませな声が廊下に響いた。
用意された服は、上等な絹のタキシード一揃い。
濃いグレーを基調としたスーツに、清潔な白のワイシャツに臙脂色のクロスタイ。
新しい革靴や時計まで用意されていた。時計だけでも、オーブの20代男性の平均年収の半分はするだろうという代物だった。
しかし、それだけで──
既にサイには想像がついていた。このオギヤカで、自分を待つものが何なのか。
聊かも態度を軟化させず、少女に尋ねる。
「聞きたいことがあります。
カズイは何処ですか」
すると、彼女はすぐ顔を曇らせた。
「それは……
お姉様かトールに、直接お尋ねになって下さいませ。
私には、何の情報ももたらされておりませぬゆえ」
「お姉様というのは、フレイ・アルスターのことだね。
フレイに妹がいたなんて、初耳だけど」
こつこつと小さな靴音をたてながら前を歩く少女に、サイは敢えて、少し砕けた言葉を投げつける。
レイラの背中が、明らかに固くなった。
「──私たちがサイ様に、謝っても謝りきれない所業をはたらいたことは、重々承知しております。
ただ、今はどうかお気持ちを抑え、姉と話し合っていただきたいのです」
少女の言葉に、サイは軽くため息をつく。
やはり、ここで俺を待つのは──
「元から、こちらはそのつもりだ。
方法はともかく、フレイともう一度話が出来そうなことについては感謝している。
勿論、俺とカズイを助けてくれたことも。
それと──
君が、本当にフレイの妹なら」
「それが、どうかしましたか?」
レイラはきょとんとしてサイを振り返る。何を言いたいのか分からないというように。
「昔はともかく、今のフレイはタロミ・チャチャの第三王妃という身分なんだろう。
それ自体、意味がさっぱり分からないが──
その妹だというなら、何故こんなことをしている?」
「こんなこと?」
「この自分に着替えを持ってくるなんて、君がやることじゃない。
君の部下の仕事だろう」
「違います!」
眉を逆ヘの字にして、レイラは感情を前面に出してぷんぷん怒り出した。
「これは、私が好きでやっていることですわ。
お姉様が心を寄せた御方がどのような殿方か、一度お会いしてみたかっただけです」
「そのおかげで、自分は君に対して図らずも、大変無礼な真似をすることになった」
「私は全く気にしておりません」
「自分が気にします。
現に今だって、君に対して、どういう言葉づかいをすればいいのか分からない」
サイが正直にそう言うと、レイラは肩を竦めつつもくすりと笑った。
「面白い御方ですわね。
役職持ちなのに積極的に最前線に出てしまう方が、仰ることではないでしょうに」
ずばりやり返されて、サイは思わず口を噤んだ。
結構、色々と知られてしまっているようだ──フレイの妹を名乗るだけのことはある。
しかし、サイは言わずにいられない。
「それはまた別です。それでは、部下が納得しませんよ。
部下がやるべき仕事を上の者が行なうのは、逆に不信を招く結果になりかねない。
その余裕があるならば、他に君が為すべきことがあるはずだ」
10歳にも満たぬように見える子供に言う台詞ではないと思ったが、サイは言葉を止めなかった。
彼女が怯まずに答えてきたからでもあるし、「あの」フレイの妹を名乗るならば、その程度言っても差支えないだろうという判断もある。
何より──
どこか、似ていたからだ。この少女は。
あの──ムウ・ラ・フラガに。
薄いアイスブルーの瞳を見ていると、何故か彼を思い出した。アークエンジェルを守り、散っていった兄貴分に。
フレイの妹というよりも、フラガの妹と言われた方がしっくりくるほどに。
そもそも「フレイの妹」なる存在を、サイは今の今まで、全く知らなかった。
元々のフレイ・アルスターから聞いていないのは当然として、「今の」フレイからも、そんな話は聞いたことがない。
それに、クルーという姓は何なのか。秘密裏に民間の養女として育てられたとでも言うのか──
ただ、彼女がフレイと全くの赤の他人だとも言い切れない何かはある。うまくは説明出来ないが、何かが。
──いずれにせよ、フレイに会えば分かることなのか。
そんなことを考えつつ、レイラの小さな背中に従うようにしながら何度もエレベータの乗降を繰り返し、景色の変わらない無機質な廊下を歩いていくと──
やがて行く手に、連合の少年兵服姿の男が現れた。
茶色い癖っ毛に、人なつこい笑顔、青い軍服──
トール・ケーニヒだ。間違いない。
彼はこちらに気づくと、慌てて駆け出してくる。
「レイラ様!
何故このような……客人の誘導なら自分が!」
言わんこっちゃない。
サイが呆れたようにレイラを見下ろすも、彼女は元気よく答えた。
「いいのですよ、私の意志です。
私だって、お姉様がぞっこんの御方を一目見る権利はありますわ。
それに……トール・ケーニヒ!」
腰に両手を当てながら彼女がその名を呼ぶと、トールは直立不動となる。さすがは、「あの」フレイの妹といったところか。
「103号通達、失念したわけではないでしょう?
私のことは……」
その言葉で、トールは何故か苦々しく唇を噛む。
「承知しており……
あ、いや、その、分かっちゃいますけどね。
未だに慣れないんスよ、レイラ」
トールはわざとらしくぞんざいに喋ってみせ、レイラの前でお手上げの仕草をしてみせる。
どういうことだ。王妃の妹たる彼女が、呼び捨てを許している?
いやむしろ、呼び捨てを強要している?
慌てふためくトールを尻目に、レイラはサイを振り返ってウインクまでしてみせた。
「これが、オギヤカ流というものですわ」
「そう。新時代の上司と部下の関係……ってとこだね」
トールはサイに向き直りつつ、胸を張る。
「とってつけたような慇懃無礼な言葉など、不要。
旧時代のあらゆる軛を外す。それが俺らのやり方だよ」
──新しい軛に縛られてるように見えるが、気のせいだろうか。
サイはその言葉を喉元で呑み込みつつ、無感情のまま言った。
「新時代はともかく──助けてくれたことには、感謝するよ。
久しぶりだな、こうやってトールとゆっくり話をするのは。
いや……
初めて、というべきか?」
サイはトールの瞳を真っ直ぐに見据えて言い放つ。銃があれば突きつけていただろう。
殺気すら帯びたその視線を受けながら、トールの表情から笑みが消えた。
「カズイのことなら、心配するなよ。
ちゃんとお前と同じく、客人として扱ってる」
「それを聞いて安心した」
「ちっとも安心してなさそうなツラで言うなよ……
まだ怒ってるのか? トノムラのこと」
心の内を完全に見透かされているのも苛々したが、その物言いがさらにサイを苛立たせる。
「あのままじゃお前、カズイと一緒に死んでただろ?
それともお前、自分らと一緒にトノムラまで助けてほしかったとか、無茶言うわけ?」
「殺す必要はなかった」
「その判断をしている余裕はなかったさ。
巨大兵器相手にそりゃ無理だ、俺はキラじゃないんだし。
どの道あの人は、死んだ方がマシな口だったろ」
虚を突かれ、サイは言葉を継げなくなる。
トールの切り捨て方の冷酷さもそうだが、彼の言うことは──
ある程度、理が通っていた。
あのまま収容所で無聊をかこっていたところで、トノムラに幸福はありえたのか。
自分自身を殺してあのまま大量殺戮を続け、彼は──
──出来ないはずのことが出来てしまった結果が、この俺だ。
だからアーガイル。お前は……
泥まみれの自分を所長室に運びこみながら、軍曹が呟いた一言。
彼が言い淀んだ言葉が、自然に脳裏に思い浮かぶ。
カズイの前で最後に意地を張った時も、軍曹は同じ言葉を俺に投げつけた。
二の舞になるなと、そう言いたかったのだろうか──トノムラ軍曹は。
サイが思慮に沈みかけたその時、レイラの明るい声が響いた。
「お喋りは終わりですわ、お二人とも。
着きましたわよ!」
そこには、他の部屋と寸分違わぬ、無機質なベージュのエア・ロックの扉があった。
「こちらが、フレイ・アルスターの部屋になります。
サイ様。私たちは退散いたしますので、久しぶりの逢瀬、ごゆるりとお楽しみ下さいませ!」