【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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PHASE-38 天空の花婿
part1 金髪碧眼の『妹』


 

 

 ──出来ないはずのことが出来てしまった結果が、この俺だ。

 

 

 ぼんやりとした夢うつつの中、軍服姿の男が見える。

 泥まみれになった身体を弄り回された挙句、生き埋めにされかけた自分を、すんでの処で救ってくれた男。

 あの後自分は、冷たい川へそのまま投げ込まれた。

 

 そして、容赦なく俺を照らし出した夕陽のおかげで──

 俺は彼に、自分の傷のほぼ全てを曝け出してしまった。

 無意識のうちにずっと隠していた、癒えることのない左腕と胸の傷。

 濡れそぼった服から透けて見えた、真っ黒い傷。

 俺の惨めさを、無情なまでに照らし出した、血のような夕陽。

 

 

 

 ──それでもあの人は、一切、俺の傷に触れようとはしなかったのに。

 

 

 

 あの人の血が見える。

 呆気なく鋼の塊の下敷きとなった、アークエンジェルのかつての勇士の一人。

 苔むした岩の上に流れ続ける、黒い血液。

 それは自分の足元まで流れ込み、じわりと冷たさが身をよじ登ってくる。

 

 ──分かるのか、お前らに。

 祖国に裏切られた俺たちの気持ちが! 

 

 軍曹は2年前、言っていた。アークエンジェルが連合に見捨てられたと分かった時──

 俺を、殴りながら。

 そんな軍曹は今でも、祖国を想い、家族を想い──

 そして、自分を曲げた。

 その結果、彼は、何かを守ることが出来たのだろうか? 

 

 

 

 あの人の血が、俺に問う。

 全てを捨てて何かを守ろうとして、得られるものは何なのか。

 結局トノムラ軍曹は、命がゴミのように投げ捨てられていく収容所の中で、他の幾多の命と同じように、散った。

 平和を望み、幸せを願い、アークエンジェルで最後まで、あのヤキンの戦いを生き抜いた男の末路が──

 あんな、無惨なものだなんて。

 

 

 

 軍曹の血が、魂ごと俺を絡めとる。

 あの時、身体中に塗り込められた泥のように、黒い血は俺を沼の底に沈めようとしている。

 

 

 

 ──嫌だ。

 俺はこのまま、死にたくなんか、ない。

 まだアマミキョを再建させてもいない。カズイも、みんなも、どうなったのか全く分からない。

 フレイの真意も、まだ分かってない。

 俺は何としても、もう一度、フレイと──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眩いが暖かな光をまぶたの裏に感じ、サイ・アーガイルはようやく目を開いた。

 そして気づいた──

 自分が素っ裸にされ、そこまで熱くはない適温の湯の中へ横たえられていることに。

 

「うわっ!!? 

 な、何だこれ……薬湯?」

 

 暖かな湯の中は、治癒効果のあるらしきダークグリーンの草でいっぱいに満たされ、湯そのものも淡い緑に染まっている。

 カモミールにも似た香りが、心を落ち着かせてくれる。

 

 ──天国か? ここは。

 そいつは困るな。俺にはまだ、やらなきゃいけないことがあるのに。

 

 天井にうっすら輝くオレンジライトの光を眺めながら、サイは思い出す。

 記憶はすぐに戻ってきた──

 

 

 

 

 そうだ。

 俺、カズイと一緒に、トールに捕まっちまったんだ。

 ここは──確か、オギヤカ。あの、超弩級移動要塞の中。

 いつだったか海底でオギヤカを散策した時も、その威容は信じがたかったけど、まさか空まで飛ぶとはね。

 

 ──そうだ。カズイは! 

 俺がトールに捕まった理由は何となく想像はつくが、カズイは無関係なはずだ。

 だが無関係だからといって、そうそう簡単に逃がしてくれる相手ではない──最初は、俺を殺しに来たくらいだし。

 何としても、カズイを助けなければ。

 あの収容所の中で、必死で俺を守ろうとしてくれたあいつを。

 俺がどれだけ振り払おうとしても、逃げなかったあいつを──

 

 

 サイはざっと水を払い、立ち上がる。

 薬湯の効果は想像以上で、もう彼はふらつきもせず平気で歩くことが出来た。

 丁寧にガーゼが巻き直された指先の痛みはまだ取れないが、動かせないほどではない。

 改めて自分の右の二の腕を眺めて、思う。

 

 ──右腕の筋肉が、だいぶついてきた。

 

 左腕を動かせない分、右の筋肉が異様な発達を遂げている。誰かを怒りに任せてうっかり殴ったら、殺してしまうのではないかと思えるほどに。

 それにしてもこの風呂は、アークエンジェルに増設された風呂を思い出させる。あそこまで大きくはないものの、オーブの温泉に似た造りなのは確かだ。

 扉を見ると、戦艦や宇宙船と同様のエア・ロックだった。

 まさかこの船も、宇宙に出るんじゃないだろうな。そしたらこの風呂もやっぱり閉鎖に……

 

 そこまで考えて、サイはつかつかと入口まで歩き、ロックを開いた。開いたと言っても、彼が近づいたら自動的に開いただけの話だったが。

 その瞬間──

 

 

「は……はわわっ!!?」

「え? 

 ……う、うわぁああぁあああっ!!?」

 

 

 突如風呂場に響きわたる、素っ頓狂な幼い少女の悲鳴。

 反射的にサイは、そばに置いてあったバスタオルを掴むと、慌てふためきつつも前を隠す。

 もうもうとたちこめる湯気の中、現れたのは──

 

 

 

 ストレートの金髪をあごのあたりまで切りそろえ、エメラルド色のワンピースを身に着けた、10歳程度の少女。

 ワンピースと同じ色のカチューシャで髪を整えた彼女は、薄い水色の瞳を皿のように大きくして、サイを見つめていた。その身長は、彼の腰をようやく超えるといったところか。

 少女は真っ赤になりながらも、ぺこりと頭を下げて弁解する。

 

「も、申し訳ありません! 

 突然のことで、驚いてしまいまして!!」

 

 サイもサイで、顔どころか全身真っ赤になりそうな勢いだ。

 

「い、いや、俺も……

 俺の方こそ、すみませんでした!」

 

 思わず敬語まで使ってしまい、サイも頭を下げる。

 何故かこの少女には、頭を上げるわけにいかない──そんな気がして。

 すぐに服を着なければ。そう思って周囲を見回したが、それらしきものは何もない。

 清潔な象牙色の洗面台と、全裸の自分を映す大きな三面鏡、そしてロッカーが幾つかあるだけだ。

 収容所で捕らえられていた時に着ていたワイシャツやスーツは、恐らく捨てられてしまったのだろう。原型を留めないほどボロボロだったし。

 そのかわり、少女が背後から、その背丈の半分以上はあるであろうスーツケースを引っ張りだしてきた。

 

「サイ・アーガイル様ですね? 

 お着替えでしたら、こちらに!」

 

 思わずぽかんとそのスーツケースを見つめてしまいつつも、サイは尋ねる。

 

「き……

 君は、誰?」

 

 そういえば、この少女には見覚えがある。

 確か──フレイの、例の演説の時に、彼女に剣を譲渡したあの少女だ。

 サイの疑問に、少女は素直に答えた。

 

「申し遅れました。

 (わたくし)、レイラ・クルーと申します。詳しいお話は、後程ゆるりと致しましょう。

 まずはお着替えになって下さいませ。フレイ・アルスターがお待ちかねですわ!」

 

 ワンピースの裾をつまみながら、随分とませた口調でそう言うと、彼女は廊下へ繋がるエア・ロックの向こうへと、素早く消えていく。

 ぽつんと残されたサイは、呆然としたままスーツケースに視線を落とすしかなかった。

 髪から滴る水も拭ききらぬまま、ケースを開く。

 その中にあるものを見た瞬間、サイは思わず苦々しく舌打ちしていた。

 

「──着ろってのか」

 

 

 

 

 

 

PHASE-38 天空の花婿

 

 

 

 

 

 

「す、素晴らしいですわぁ~!! 

 さすがは、お姉様の意中の殿方だけのことはありますわぁ~!!!」

 

 着替えを済ませ、髪を整えて眼鏡をかけ直したサイが風呂場から出た途端、レイラのおませな声が廊下に響いた。

 用意された服は、上等な絹のタキシード一揃い。

 濃いグレーを基調としたスーツに、清潔な白のワイシャツに臙脂色のクロスタイ。

 新しい革靴や時計まで用意されていた。時計だけでも、オーブの20代男性の平均年収の半分はするだろうという代物だった。

 

 しかし、それだけで──

 既にサイには想像がついていた。このオギヤカで、自分を待つものが何なのか。

 聊かも態度を軟化させず、少女に尋ねる。

 

「聞きたいことがあります。

 カズイは何処ですか」

 

 すると、彼女はすぐ顔を曇らせた。

 

「それは……

 お姉様かトールに、直接お尋ねになって下さいませ。

 私には、何の情報ももたらされておりませぬゆえ」

「お姉様というのは、フレイ・アルスターのことだね。

 フレイに妹がいたなんて、初耳だけど」

 

 こつこつと小さな靴音をたてながら前を歩く少女に、サイは敢えて、少し砕けた言葉を投げつける。

 レイラの背中が、明らかに固くなった。

 

「──私たちがサイ様に、謝っても謝りきれない所業をはたらいたことは、重々承知しております。

 ただ、今はどうかお気持ちを抑え、姉と話し合っていただきたいのです」

 

 少女の言葉に、サイは軽くため息をつく。

 やはり、ここで俺を待つのは──

 

「元から、こちらはそのつもりだ。

 方法はともかく、フレイともう一度話が出来そうなことについては感謝している。

 勿論、俺とカズイを助けてくれたことも。

 それと──

 君が、本当にフレイの妹なら」

「それが、どうかしましたか?」

 

 レイラはきょとんとしてサイを振り返る。何を言いたいのか分からないというように。

 

「昔はともかく、今のフレイはタロミ・チャチャの第三王妃という身分なんだろう。

 それ自体、意味がさっぱり分からないが──

 その妹だというなら、何故こんなことをしている?」

「こんなこと?」

「この自分に着替えを持ってくるなんて、君がやることじゃない。

 君の部下の仕事だろう」

「違います!」

 

 眉を逆ヘの字にして、レイラは感情を前面に出してぷんぷん怒り出した。

 

「これは、私が好きでやっていることですわ。

 お姉様が心を寄せた御方がどのような殿方か、一度お会いしてみたかっただけです」

「そのおかげで、自分は君に対して図らずも、大変無礼な真似をすることになった」

「私は全く気にしておりません」

「自分が気にします。

 現に今だって、君に対して、どういう言葉づかいをすればいいのか分からない」

 

 サイが正直にそう言うと、レイラは肩を竦めつつもくすりと笑った。

 

「面白い御方ですわね。

 役職持ちなのに積極的に最前線に出てしまう方が、仰ることではないでしょうに」

 

 ずばりやり返されて、サイは思わず口を噤んだ。

 結構、色々と知られてしまっているようだ──フレイの妹を名乗るだけのことはある。

 しかし、サイは言わずにいられない。

 

「それはまた別です。それでは、部下が納得しませんよ。

 部下がやるべき仕事を上の者が行なうのは、逆に不信を招く結果になりかねない。

 その余裕があるならば、他に君が為すべきことがあるはずだ」

 

 10歳にも満たぬように見える子供に言う台詞ではないと思ったが、サイは言葉を止めなかった。

 彼女が怯まずに答えてきたからでもあるし、「あの」フレイの妹を名乗るならば、その程度言っても差支えないだろうという判断もある。

 

 何より──

 どこか、似ていたからだ。この少女は。

 あの──ムウ・ラ・フラガに。

 

 薄いアイスブルーの瞳を見ていると、何故か彼を思い出した。アークエンジェルを守り、散っていった兄貴分に。

 フレイの妹というよりも、フラガの妹と言われた方がしっくりくるほどに。

 そもそも「フレイの妹」なる存在を、サイは今の今まで、全く知らなかった。

 元々のフレイ・アルスターから聞いていないのは当然として、「今の」フレイからも、そんな話は聞いたことがない。

 それに、クルーという姓は何なのか。秘密裏に民間の養女として育てられたとでも言うのか──

 ただ、彼女がフレイと全くの赤の他人だとも言い切れない何かはある。うまくは説明出来ないが、何かが。

 ──いずれにせよ、フレイに会えば分かることなのか。

 

 

 

 そんなことを考えつつ、レイラの小さな背中に従うようにしながら何度もエレベータの乗降を繰り返し、景色の変わらない無機質な廊下を歩いていくと──

 やがて行く手に、連合の少年兵服姿の男が現れた。

 茶色い癖っ毛に、人なつこい笑顔、青い軍服──

 トール・ケーニヒだ。間違いない。

 彼はこちらに気づくと、慌てて駆け出してくる。

 

「レイラ様! 

 何故このような……客人の誘導なら自分が!」

 

 言わんこっちゃない。

 サイが呆れたようにレイラを見下ろすも、彼女は元気よく答えた。

 

「いいのですよ、私の意志です。

 私だって、お姉様がぞっこんの御方を一目見る権利はありますわ。

 それに……トール・ケーニヒ!」

 

 腰に両手を当てながら彼女がその名を呼ぶと、トールは直立不動となる。さすがは、「あの」フレイの妹といったところか。

 

「103号通達、失念したわけではないでしょう? 

 私のことは……」

 

 その言葉で、トールは何故か苦々しく唇を噛む。

 

「承知しており……

 あ、いや、その、分かっちゃいますけどね。

 未だに慣れないんスよ、レイラ」

 

 トールはわざとらしくぞんざいに喋ってみせ、レイラの前でお手上げの仕草をしてみせる。

 どういうことだ。王妃の妹たる彼女が、呼び捨てを許している? 

 いやむしろ、呼び捨てを強要している? 

 慌てふためくトールを尻目に、レイラはサイを振り返ってウインクまでしてみせた。

 

「これが、オギヤカ流というものですわ」

「そう。新時代の上司と部下の関係……ってとこだね」

 

 トールはサイに向き直りつつ、胸を張る。

 

「とってつけたような慇懃無礼な言葉など、不要。

 旧時代のあらゆる軛を外す。それが俺らのやり方だよ」

 

 ──新しい軛に縛られてるように見えるが、気のせいだろうか。

 サイはその言葉を喉元で呑み込みつつ、無感情のまま言った。

 

「新時代はともかく──助けてくれたことには、感謝するよ。

 久しぶりだな、こうやってトールとゆっくり話をするのは。

 いや……

 初めて、というべきか?」

 

 サイはトールの瞳を真っ直ぐに見据えて言い放つ。銃があれば突きつけていただろう。

 殺気すら帯びたその視線を受けながら、トールの表情から笑みが消えた。

 

「カズイのことなら、心配するなよ。

 ちゃんとお前と同じく、客人として扱ってる」

「それを聞いて安心した」

「ちっとも安心してなさそうなツラで言うなよ……

 まだ怒ってるのか? トノムラのこと」

 

 心の内を完全に見透かされているのも苛々したが、その物言いがさらにサイを苛立たせる。

 

「あのままじゃお前、カズイと一緒に死んでただろ? 

 それともお前、自分らと一緒にトノムラまで助けてほしかったとか、無茶言うわけ?」

「殺す必要はなかった」

「その判断をしている余裕はなかったさ。

 巨大兵器相手にそりゃ無理だ、俺はキラじゃないんだし。

 どの道あの人は、死んだ方がマシな口だったろ」

 

 虚を突かれ、サイは言葉を継げなくなる。

 トールの切り捨て方の冷酷さもそうだが、彼の言うことは──

 ある程度、理が通っていた。

 あのまま収容所で無聊をかこっていたところで、トノムラに幸福はありえたのか。

 自分自身を殺してあのまま大量殺戮を続け、彼は──

 

 

 ──出来ないはずのことが出来てしまった結果が、この俺だ。

 だからアーガイル。お前は……

 

 

 泥まみれの自分を所長室に運びこみながら、軍曹が呟いた一言。

 彼が言い淀んだ言葉が、自然に脳裏に思い浮かぶ。

 カズイの前で最後に意地を張った時も、軍曹は同じ言葉を俺に投げつけた。

 二の舞になるなと、そう言いたかったのだろうか──トノムラ軍曹は。

 

 

 サイが思慮に沈みかけたその時、レイラの明るい声が響いた。

 

「お喋りは終わりですわ、お二人とも。

 着きましたわよ!」

 

 そこには、他の部屋と寸分違わぬ、無機質なベージュのエア・ロックの扉があった。

 

「こちらが、フレイ・アルスターの部屋になります。

 サイ様。私たちは退散いたしますので、久しぶりの逢瀬、ごゆるりとお楽しみ下さいませ!」

 

 

 

 

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