【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part5 シンの逡巡

 

 

 あまりにも絶望的な結果に終わった、フレイとの再会の後──

 サイは、用意された部屋に戻されていた。半ば、監禁に近い形で。

 ベッドやらテレビモニターやら小さめのテーブルやら、生活するには十分な調度品が整えられた、こじんまりとした部屋。

 だが灯りをつける気にすらなれず、常備灯だけがほんのり輝く部屋で──

 枕を壁に投げつけシーツを引き裂き、机上にあったノートやらを引きちぎり、ひとしきり暴れる以外に、出来ることなど何もなかった。

 タキシードも脱ぎ捨ててしまいたかったが、そんな気力も消え失せていた。

 ボロボロにしてしまったベッドの上で、サイはスーツのまま突っ伏して、小さく呻くしかなかった。

 

 

 確かに、フレイの言うとおりに俺が彼女と共になれば、北チュウザンはタロミの魔手から救われる。

 俺も念願かなって、フレイと一緒になれる──

 何を拒絶することがある。何を迷っている? 

 

 ──分かっている。

 俺の求める答えは、こんなことじゃないからだ。

 こんな形で、フレイと共になることじゃない。

 

 フレイの真実を受け入れられていないのに、彼女と共になるわけにはいかない。そもそも、あれがフレイの真実なのかどうかも分からないのに。

 何より、命を天秤にかけるような形で俺に結婚を迫る彼女の胸中も、全く分からない。

 まだ、「あの」フレイ・アルスターには、俺に打ち明けていない何かがある──

 

 サイは全くの直感で、そう考えていた。

 だからといってフレイの申し出を拒絶すれば、自分はもとより、アマミキョもカズイもどうなってしまうか分からない。

 

 

 ――俺には最初から、選択肢などないのか。

 そもそも、フレイの背後にいるタロミ・チャチャは、明らかにアマミキョや俺を敵視している。

 街一つを巻き込んで俺を殺そうとしたり、俺ごとアマミキョを潰そうとしたことからして、そいつは明白すぎるほど明白だ。

 一国の為政者ともあろう者が、何故そこまで執拗に俺一人を殺そうなどとするのか。それは皆目意味不明だが──

 

 

 サイがそこまで頭を巡らせた時、不意に扉の外で、微かにエアロックが開かれる音がした。

 小さな話し声と共に。

 

「気をつけて。さっきまで暴れてたっぽいし」

「無理もありませんわ。姉上があのようなことを仰るなんて、私にも想像出来ませんでしたから」

「何かあったら、すぐ呼んでくださいよ」

「何度も何度もくどいですわ、トール。

 貴方が思っているようなこと、あの方がなさるはずがありません」

「……分かりました。でも、一応見張りはつけておきますから」

 

 その声に、のそりと頭を上げるサイ。ほの暗い室内に、廊下からの光が射し込んだ。

 彼の上に落ちる、一人の少女の影。

 荒れた部屋をひとしきり見回して、彼女はため息をついた。

 

「サイ様」

 

 少女がフレイの妹を名乗るレイラ・クルーだということはサイも気づいていたが、この状況で彼女と何か話し合うつもりにはなれなかった。

 無礼だとは思いつつも、サイは子供のように枕に顔を埋めてしまう。

 しかしレイラは構わずに灯りをつけ、そばに寄ってくる。

 付き人たるトールはどこへ消えたのか、既に気配はない。

 

「サイ様。

 ──お願いに、参りました」

 

 サイの耳元で、レイラはそっと囁く。

 今更、何がお願いだ。どうせフレイの結婚の後押しだろう。

 そう決めつけつつも、サイはのろのろと身を起こす。髪と着衣が若干乱れているのは非礼だろうが、構うものか。

 しかしレイラは、そんな彼の胸中を知ってか知らずか、単刀直入に告げた。

 

「……姉を、助けていただきたいのです」

 

 ほら見ろ。結局そう来たか。

 サイは失望しつつ、軽く溜息をつく。

 

「君もやっぱり、俺にフレイと結婚しろと?」

 

 だがレイラはそれに対し、首を横に振りつつ意外な言葉を吐いた。

 

「そうではありません。

 ここから一旦、脱出してください」

「へっ?」

 

 何を言われたのか一瞬理解出来ず、サイは素っ頓狂な声を上げてしまっていた。

 それでもレイラは、すがるように懇願する。

 

「カズイ様の居場所は既に把握してあります。合流、及び脱出の手筈も整えてあります。

 あとは、サイ様のご決断一つですわ。

 ここから逃げて、アマミキョと北チュウザンの住民に危険を知らせて下さいませ! 

 今それが出来るのは、サイ様だけです。さぁ、早く!」

「だ、脱出ったって……

 一体君は、何を言ってる?」

 

 冗談ではないことは、彼女の眼を見れば分かった。

 先ほどとはずいぶん違う、真剣なスカイブルーの瞳が間近にある。その眼光は気のせいか、フレイのそれとも似ている──

 

「今この艦は、ベンガル湾を抜けてマレーシア上空を通過、チュウザンへ向かいつつあります。

 同時に、モビルスーツ部隊も多くが北チュウザン本島を目指しています。

 セレブレイト・ウェイヴ照射実験の支援、及び事後処理の為に……」

 

 それを聞いて、サイの背筋がぞくりと震えた。

 やはりこの艦は、北チュウザンを破滅させるつもりなのか。

 

「私は姉に、そのようなことをさせたくはありません。

 しかし、人民を盾にしての強引な婚姻を貴方に迫る姉も……私は見ていられないのです。

 サイ様は──姉の想い人たる貴方は、彼女に残された唯一の希望。私はそう信じておりますから」

「希望? 

 自分が、フレイの?」

 

 サイは目の前の、幼い少女の大きな青い眸をじっと見つめ返す。どう見ても、嘘を言っている顔ではない。

 レイラの小さな唇は、さらに衝撃的な事実を語る。

 

「姉は──

 とある理由で、タロミ・チャチャへの反逆が出来ません。

 もっと言うならば、タロミよりもさらに上位存在への……いえ、ここで話すことではありませんね。

 その件は、ご存知でしたか?」

「いや……全く知らない」

 

 サイはベッドから降りながら、ゆっくりと少女の目線の高さ、それよりやや低い位置へ片膝をつきながら座る。

 彼女は恐らく、とんでもない話をしている。自らの命さえ危うくなるほどの。

 レイラは少しばかりサイから視線を外しつつ、年齢に見合わぬ自嘲的な笑みをこぼした。

 

「そうでしょうね。打ち明ける人ではありませんから」

「どういうことだ。フレイはタロミに、何か弱みでも握られているのか? 

 例えば、人質とか」

「それもありますが……

 もっと絶対的で、根源的な理由によります」

「根源的? そりゃ、どういう……?」

 

 レイラはさらに声を落とし、囁くように言う。

 

「それは申し訳ありませんが、今お話出来ることではありません。この部屋は監視されていますし、それに──

 タロミ一族、そして南チュウザンの実態を知らなければ、到底理解していただける話ではないのです。

 中途半端に知ってしまえば、今のサイ様は余計に姉への疑惑を深めてしまうでしょう」

 

 顎のあたりできれいに切りそろえられた金髪が、かすかに震える。

 レイラの、どこか寂しげな横顔を見ながら、サイは確信した。

 

 

 つい先ほどまで、あれだけ利発で朗らかだった少女に、ここまで悲愴な表情をさせるものとは──

 やはり、フレイの一連の不可解な行動には、全て理由があったんだ。

 アマミキョを沈めたのも、ナオトを殺したのも、マユたちを利用したのも、今またアマミキョや北チュウザンを破壊しにかかっているのも。

 理由があるからといって決して許されるものではないが、それでもサイは、どこか安心している自分を感じていた。

 

 

「とにかく──

 貴方は姉にとって、地獄の帳に射し込んだ唯一の光なのです、サイ様。

 姉は恐らく、今貴方と婚姻を結びさえすれば、自らの権勢により貴方を守ることが出来る。そう考えたのでしょうが──

 私はそうは思いません。

 婚姻を結んでしまえば、貴方はもうタロミから自由にはなれません。アマミキョを救うことも出来ません。

 未来永劫タロミの元へ囚われるか、早暁殺されてしまうか、どちらかですわ。

 貴方がそうなれば――その時こそ姉は、終わってしまう!」

 

 言いながらレイラは、懐に隠していた小さな包みを取り出した。

 包みをゆっくりと開くその手は、微かに震えている。それもそのはずで──

 中にあったものは、折り畳み式ナイフだった。

 その感触を確かめるように、レイラは慣れない手つきで刃を出し、指先を触れる。慌ててサイはそれを止めようとした。

 

「あ、危ない! そんなもの、貴女が持っちゃ駄目だ!」

「私ではありません。貴方が使うものですわ」

「え?」

 

 レイラはほぼ無理矢理に、サイの手にそのナイフを握らせる。

 何をやっているんだこの娘は? このナイフ一本で、警備を突破してオギヤカから脱出しろとでも言うのか? 

 アスラン・ザラじゃあるまいし、そんなこと俺には無理すぎる。

 だがそんな疑問を呈する前に、レイラはそっとサイに身体を寄せ、囁いた。

 

「その刃を私の喉元に押し付けたまま、私の指示通りに動いてください。

 そうすれば誰も、貴方に手出しは出来ません」

「……はぁ!!?」

 

 つまり──

 自分を人質にして、この艦を脱出しろというのか、この娘は。

 

「大丈夫。あらかじめ、脱出ルート上の警備は手薄になるようにしていますから」

「いや、そういうことじゃなくて!」

 

 反駁するサイを、レイラはその口調だけで押しとどめる。

 

「サイ様。

 もう、時間はありません。

 私は貴方に、姉も、アマミキョも、助けてほしい。

 そして姉やアマミキョを助けられるのは、貴方をおいて他にはいない。

 だから決めました。さぁ、私をとらえなさい!!」

 

 幼いなりに気勢を張り、右手で軽く胸を叩いてみせるレイラ。

 その気迫に、サイは逆らうことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 俺は、まだ戦うのか。ここで。

 北チュウザンに向けて出撃したミネルバJr、ハンガー内。

 修復されたデスティニーガンダムのコクピットで、シン・アスカは悩み続けていた。

 

 ──議長も、レイも、グラディス艦長もいなくなった。

 ディスティニープランが頓挫した今、自分は何の為に戦えばいいのか。

 

 レクイエムによるプラント崩壊により、未だ混乱を極めるザフト。ラクス・クラインが議長として立つという噂もまことしやかに囁かれる中、シンは決めあぐねていた。

 己の、今後とるべき道を。

 

 クライン一派が戦前より、ザフトで相当な勢力を誇っていたことはシンも知っている。

 シーゲル・クラインが暗殺されたとはいえ、直後にその娘のラクス・クラインが雄々しく立ち上がり、プラントの危機を救った武勇伝は有名だ。

 そして今も、ディスティニープランを打ち破った功労者として、ラクス・クラインは祀り上げられている。本人が不在なのに。

 だがデュランダル議長がいなくなったからといって、すぐにクライン一派に乗り換えられるほど、シンは器用ではない。

 それに、議長の手駒としてラクスたちに剣を向けた自分を、彼女らはすんなり受け入れてくれるのか。

 

 

 シンは思い出す。

 久しぶりにオーブに……オノゴロの慰霊碑に祈りを捧げたあの日、会った者たちを。

 アスラン・ザラにラクス・クライン。そして、キラ・ヤマト。

 

 ――ラクス・クラインもそうだけど、俺がキラ・ヤマトに直接顔を合わせてまともに話をしたのは、あの時が初めてだった。

 俺はあいつらを許せない。許したくない。

 ステラを殺した、あいつらを。

 俺たちを裏切ったあいつらを──

 そう、思っていた。

 

 だけど、実際にキラ・ヤマト本人に会ってしまうと、あれだけ燃え盛っていた憎しみはどういうわけか、薄れてしまった。

 いや、決して薄れたわけではない。憎悪自体は今も、俺の中に深々と根を下ろしている。

 だが、フリーダムパイロットへの憎しみは──消えはしなかったものの、以前ほど強烈なものではなくなった。

 どれだけのスーパーパイロットかと思っていたら、見た目があまりにも朴訥とした、やたらと素直そうな青年だったからというのもある。

 

 だけど、それだけじゃなく──

 自分の中には、彼に謝りたいという気持ちが、どこかにあったのではないか。

 ステラを殺したのは、確かにキラ・ヤマトだ。

 でも、あの時の状況から考えて、そうしなければどうしようもなかったのかも知れない。

 俺とステラの間でどんなやりとりが交わされたかなんて、彼は知らない。

 フリーダムが目の前に現れたことで、ステラがどれだけ怯えて狂ってしまったかも──彼は知らなかった。

 あの時、彼の最善を尽くしデストロイを止めようとした結果が、ステラの死だった。

 頭のどこかでそれを理解していながら、俺はキラ・ヤマトに刃を向け、その命を脅かした。

 だから俺は──

 

 

 シンの中では、未だにキラへの相反する想いが渦巻いていた。デスティニーの調整にも身が入らなくなるほどに。

 脳裏で繰り返されるのは、ルナマリアの言葉。

 

 ──あの時、キラ・ヤマトと握手したのは何だったの? 

 ──一緒に戦おうって言われて、めそめそしながら頷いてたのは何だったのよ! 

 

 彼女の言うとおり、俺はあの浜辺で、キラ・ヤマトの手を取り、彼と和解した──つもりだった。

 何故そうしたのかというと、そうしたくなったから、という以外に他はない。

 自分が折れてしまえば、それは死んでいった家族やステラへの裏切りとなる。そう分かっていても──

 それでも俺は、差し出された手を握りしめた。

 もう、疲れたのかも知れない。憎しみに囚われたまま戦い続ける自分に。

 復讐以外に生きられる道を、俺は心のどこかで渇望していたのかも知れない。

 そんな自分が酷く嫌で、ついこの間はナオトに当たり、ルナマリアに怪我までさせてしまった。

 でも──

 

 

 シンはじっと目の前の、何も語らないコンソール・パネルを見つめる。

 

 

 じゃあ、俺は、どう生きればいい? 

 俺はずっと、家族の復讐を果たす為に。その為だけにオーブを捨て、ザフトへ入った。

 その憎しみを捨てるというなら、じゃあ、俺は何の為に生きればいい? 

 俺に道を示してくれた議長は、いなくなってしまった。

 俺をいつも導いてくれたレイ・ザ・バレルも、うるさいと思いつつも何だかんだで世話になったグラディス艦長も。

 

 ──レイ。

 あいつは、どんな顔して死んでいったんだろう。

 

 シンの記憶に浮かんだのは、穏やかなレイの笑顔。

 自分の素性を明かし、余命が長くないことを明かした時の、どこか寂しげな笑顔。

 

 ――あいつは、少しでも安らかに死ねたんだろうか。

 アスラン・ザラに月面で救出された時に、俺はレイと議長、そしてグラディス艦長の死を伝えられた。

 その時はもう、色々なことが起こりすぎて、涙なんか枯れ果てていた。

 レイの最期がどんなだったかは、自分には分からない。アスランも多くは語らなかった。

 自分たちを裏切った上、彼ら三人を見捨てた形となったのであろうアスランへの激しい嫌悪感は、今でも確かに心の隅で燻り続けているが。

 

 ──過去にとらわれたまま、戦うのはやめろ!! 

 ──未来まで殺す気か、お前は!? 

 

 あの言葉を思い出すと、今でもムカついてくる。

 あの野郎にだけは金輪際、絶対に心を許すことはないだろう。ミネルバを破壊して多くの仲間を傷つけておいて、よくもまぁ──!! 

 

 シンは虚しいと分かりながらも、コンソールに右拳を叩き付ける。

 

「俺の未来って、何だよ……」

 

 

 

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