【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part6 『女神』へ変わる『伝説』

 

 

「うふふ。タキシードの殿方に抱かれながらの逃避行も、悪くないですね」

「ここで言う台詞じゃないでしょう……」

 

 サイはレイラに命じられるまま、彼女を連れ部屋を出て、比較的監視の薄い風呂場のダクトから天井裏へ侵入していた。

 小さな彼女を抱えながらサイは、人二人分がやっと通れる狭さのほの暗い通気口の内部を、這いずるようにして進んでいく。ダクトから漏れる光だけを頼りに。

 タキシードでは目立ちすぎるため着替えたかったが、替えの服が用意されていなかったのだから仕方がない。生暖かい風が吹き抜ける天井裏を、サイは汗だくになりながら進むしかなかった。

 

「上着だけでも、脱いでくれば良かった」

 

 あまりの暑さでクロスタイを緩めるサイを見て、レイラはくすりと笑った。

 

「そうですか? 私、埃まみれのスーツも大好きですよ。

 戦う男性という感じがします」

「そりゃどうも……」

 

 レイラによれば、既にカズイにも話はつけてあり、脱出方法を示唆したそうだ。

 手回しの早さに、サイは内心舌を巻かずにはいられなかったが──

 この妹の行為に、あのフレイが全く気付かないなんてことが、ありうるのか? 

 激しいエンジンと送風の音にかき消されそうになりつつも、サイはそっとレイラに尋ねる。

 

「……トールは、どうしましたか」

「彼なら大丈夫。姉とのミーティングで出払ってます」

「自分とカズイの脱出が明るみになれば、彼は恐らく責任を追及されるでしょう。

 貴方が人質にされたのなら、なおさらだ」

「やっぱり優しいですね、サイ様は。

 ご自分を殺そうとした相手にすらも、情けをかけられる」

「そうじゃありません。

 あいつは、俺の友達だ。カズイやキラや、ミリアリアと同じに」

「でも、命を脅かされたのでしょう? それに、彼の記憶は……」

「それでも、です。

 あいつが自分でトールだと名乗る限り、あいつはトール・ケーニヒなんだ。

 気にもなりますよ」

 

 その言葉に、レイラは笑みを消して顔を伏せる。

 

「……彼のことなら、私が何とかしますわ」

 

 何とか出来るような力が君にあるのか。そう尋ねたかったが、喉元で押さえこんだ。

 そもそも、レイラの企みがフレイに全て暴露される結果となったら、彼女自身もどうなるのか。

 フレイは妹を許すのか、それとも──

 

 そこまでサイが考えた時、不意に前方で何か、ゴソゴソと蠢く音がした。

 同時に見えたものは、微かなミニライトの灯り。

 

「あぁ、もう! 

 危ないから灯りは持ってくるなと申しましたのに」

 

 レイラのため息の直後、現れたのは──

 

「ご、ごめんなさい。

 こうしないと、怖くて……」

 

 頭から埃を被りまくり、おずおずと声を出すカズイ・バスカークだった。

 

 

 

 

 

 

 それから十数分というもの――

 サイとカズイの二人はレイラの指示により、通風孔を左へ右へ、上へ下へと匍匐前進の要領で移動させられ、三人とも汗まみれになってしまっていた。

 

「でも、良かったよ。サイがすっかり元気になって」

「カズイも、無事で良かった。本当に……」

「ていうか、何だよそのカッコ? 何でタキシード?」

「説明は後だ。お前こそ、どこでそんな埃だらけになった?」

 

 命の瀬戸際を助け出された直後、サイと引き離され訳の分からない場所に連れてこられ、相当不安だったのだろう。

 随分久しぶりに会う気さえするカズイは、心底ほっとした顔をしていた。

 

「でも……脱出ったって、どうやるんだ? 

 今、この艦がどこにいるかも分からないのに?」

 

 サイが教えられたのは、この艦がチュウザン本島に向かっているということだけだ。

 カズイの問いに、レイラは即答する。

 

「今は恐らく、マレーシアを抜けてタイランド湾に出たあたり。

 その上空です」

 

 当たり前のことを聞くなと言わんばかりの答え。カズイは思わず大声を上げてしまった。

 

「え? 

 ってことはこの艦、空飛んでるってこと? 

 そこからどうやって、俺たち逃げ出せばいいんだよ!?」

「しぃっ! 大声を出してはいけませんったら」

 

 至極当然の、常識的な質問である。空を飛んでいる船から逃げだす方法など、そうそうあるはずがない。

 息せき切ってカズイは続けざまに尋ねる。

 

「もしかして、補給でどこかに寄港するの? 

 その時に、荷物に紛れてとか……」

 

 それはサイも考えていたことだった。というより、それ以外にまともな脱出方法などないだろう。

 だがレイラは、頭を大きく横に振るばかりだ。

 

「そんな余裕、この艦にはありません。

 補給はせず、そのままチュウザン海域へ向かうはずです」

「へ? じゃあ、どうやって……」

「そろそろ着きます。気をつけて」

 

 言いながら、レイラは両腕にうんと力を入れつつ、ダクトの開閉口を引き上げる。

 熱風と共に、サイたちの眼下いっぱいに広がったものは――

 どういうわけか、最新式のモビルスーツ用巨大カタパルト。

 これほどの威容のものは、アークエンジェルにもアマミキョにもなかったし、モルゲンレーテでも見たことがない。

 同時に彼女は慌てふためき、小さく叫ぶ。

 

「あ……ごめんなさい。

 ちょっと、間違えてしまいました!」

 

 しかし、彼女が誤って開いたダクトの向こうからは、ありとあらゆる情報がサイの眼に飛び込んできた。

 もしやレイラはサイに見せる為に、わざとやったのではないかと思うほどに。

 カタパルトと隣接したハンガーの隅には、屹立するモビルスーツが数機。

 大空へ通じるであろうモビルスーツ出入口は今は勿論閉鎖されていたが、整備兵が十数名、ハンガーで右往左往し、モビルスーツに取りついている。

 

「……あれは」

 

 そのうちの1機に、サイの眼が止まった──

 かつて、フレイ・アルスターが搭乗した、ガンダム・アフロディーテ。

 それとよく似た意匠を持ち、アフロディーテ同様の深紅の基本色に包まれた機体が、そこにあった。

 しかしアフロディーテと違い、より一層目を引くのは、背部に取り付けられた──

 機体をほぼ覆い隠すほど、巨大な亀の甲羅。

 よく見るとそれは甲羅でも何でもなく、円状に広がった8基の砲塔だった。機体背部に呪詛のように取りついた甲羅は中心部から二つに割れ、双対の半円を描き、砲塔を4基ずつ四方へ伸ばしている。鈍重な亀の足のように。

 その背部武装だけは機体と同系の紅ではなく、漆黒で塗られていた。

 サイはふと思い出す――

 

 あれと似ている機体を、俺は知っている。

 アフロディーテとは、頭部意匠以外がまるで違うモビルスーツ。それは――

 

 

 2年前のヤキンの戦いで、フラガ少佐を傷つけ、キラと激戦を繰り広げた機体。

 ──そして、フレイを殺した機体。

 ラウ・ル・クルーゼの機体。

 

 

 カズイの震え声が聞こえる。

 

「ま、まさか、モビルスーツに乗って脱出しろとか?」

「違います。あんなところに行けば、すぐに見つかってしまいますし──

 モビルスーツを奪って発進するような真似をしたとて、撃墜されるだけです。

 閉めますよ」

 

 どうやらレイラは本当に間違えたらしい。慌ててはいるものの、慎重に開閉口を元に戻すと、別の道に進み始める。

 だがサイは、今目撃した紅のモビルスーツが、どうしても頭から離れなかった。

 あれはやはり、フレイの乗る新たな機体なのか。

 

 アマミキョ沈没のあの日、ザフトによってアフロディーテは撃墜された。

 そのことはサイも既に、伊能大佐やトニー隊長を訪ねた時に確認していた。

 

 ――あの日あの時、確かに、フレイは俺を助けようとしていた。

 アマミキョを攻撃していたにも関わらず、俺を助けようとした。

 あの時のアフロディーテの挙動は、忘れようにも忘れられない。

 俺を掴もうとするように、アマミキョブリッジに向かって腕を伸ばしてきた、ガンダム・アフロディーテを。

 

 ──あの機体、なくなっちまったのか。

 

 サイが「あの」フレイと初めて会った時、彼女が手に入れた機体。

 どんなにピーキーであっても、周りから文句を言われようとも、フレイはアフロディーテに乗り続けた。

 フレイ自身は否定していたものの、あれは恐らく、俺と出会った時に入手した機体だったから──

 それが消え失せ、タロミ・チャチャの王妃として新たに起ったフレイ・アルスターを示すかのような機体が、そこにある。

 

 サイはそのことに、一抹の寂しさを感じたが──

 その時不意に、床全体がほんの少し震えだす。カタパルト・デッキのシャッターが開かれたらしい。

 同時に、機体のバーニアの激しい音も近づいてきた。それが着艦したのであろう、サイたちのいる場所も轟音と共に揺さぶられた。

 直後に聞こえてきたのは、通信ごしの幼い少女の声。

 

 

《──ねぇ! フレイは? 

 そろそろ「お兄ちゃん」が来るって言うから、急いで帰ってきたのにー!!》

 

 

 ──あの声、まさか。

 

 

「マユ・アスカ!?」

 

 サイは衝動的に、レイラが閉めたばかりの扉をもう一度開こうとする。

 突然のことに、彼女は慌てふためいてサイを止めた。

 

「な、何をなさいます!? 見つかってしまいますわ!」

「待ってくれ。あそこにいるのは、マユか? 

 ナオトと一緒にティーダに乗ってた、マユなのか!?」

 

 息を弾ませて尋ねるサイに、レイラは悲しげに頭を振る。

 

「彼女は……

 同じ姿をしていますが、マユ・アスカではありません。

 また、サイ様たちが知る彼女とも、違う娘です」

 

 頭を垂れるレイラを見て、サイは確信した。

 やはり、広瀬少尉の報告書は正しかったと。

 

「つまり彼女は既に、チグサ・マナベだということか」

 

 サイの冷静な言葉に、レイラは困ったように微笑んだ。

 

「やっぱり、もうご存じだったのですね。

 さすがですわ」

 

 ハンガーからは、彼女の明るい声がまだ響いてくる。

 

《えぇ? まだ待機? なんでー? 

 アタシ、さっさとパイスー脱ぎたいんだけどなー。このコードも鬱陶しいし!》

 

 年相応にわがままで、いかにも勝気な少女の声。

 チグサ・マナベとしての彼女の声を聴くのは初めてだが、まだどこかに、自分の知るマユの部分も残っている──

 サイはそんな気がしてならなかった。そう思いたいだけかも知れなかったが。

 

 

 

 

 

 

 僕は、どうすればいいんだろう──

 チュウザン本島へ向かうミネルバJr。その、医務室の片隅にあるベッドで。

 ナオト・シライシは、途方にくれていた。

 身体の方は大分治り、もう自由に歩き回ることが出来る。

 あのケータイ事件直後は、あまりのショックで立ち上がることすらおぼつかなかったが、それもかなり落ち着いた。

 だが、声は相変わらず戻らない。

 

 

 母さんを失い、マユを失って。

 しまいには自分がザフトに囚われたと分かった時は、狂ってしまいそうだった。唯一の取り柄とも言える声まで奪われて。

 でも、ルナさんやヴィーノさんが優しくしてくれたから、何とか死なずに済んでいた。

 そのルナさんが、アマミキョを沈めただなんて──

 サイさんまでが、いなくなっただなんて。

 

 僕は絶対にサイさんを守るって、そう誓ったのに。

 しかも、サイさんを殺したのが──ルナさんだったなんて。

 

 

 その衝撃は未だにナオトを苛み。

 身体は治っても、心はますます固く閉ざされてしまっていた。

 

 

 僕をヨダカ・ヤナセの養子にするなんていう話もあるようだけど。

 実際、それらしき人物が何度か、僕に会いたがっていたみたいだけど──

 そんなことをしたら、僕はきっとあいつを殺してしまうだろう。殺さずにはいられないだろう。僕から何もかもを奪い去ったあいつを。

 そして、僕はプラントにすらいられなくなる。

 結局、僕の生きる道なんて、この世界にはどこにもなかったんだ──

 

 

 絶望に囚われるあまり、ナオトはしばらく食事すら出来なかった。点滴で栄養を摂取させられたほどだ。

 そんな折、彼は聞いたのである。どこからか、マユ・アスカが自分を呼ぶ声を。

 導かれるようにふらふら出て行ったら、いつの間にかティーダの格納庫前に来ていた。

 

 ティーダの姿はすっかり変わってしまったけど、確かに僕は、マユの声をあそこに感じた。

 二度と近寄るなとルナさんたちには言われたけど──

 

 

 でも、あそこに行けば、何かが変わる気がする。

 もう一度、ティーダに乗ることが出来れば。

 もう一度、マユに会えるかも知れない──

 

 

 ミネルバJrの片隅で。

 少年はひたすら、そんな切なる願いを抱き続けていた。

 

 

 

 

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