【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
「うふふ。タキシードの殿方に抱かれながらの逃避行も、悪くないですね」
「ここで言う台詞じゃないでしょう……」
サイはレイラに命じられるまま、彼女を連れ部屋を出て、比較的監視の薄い風呂場のダクトから天井裏へ侵入していた。
小さな彼女を抱えながらサイは、人二人分がやっと通れる狭さのほの暗い通気口の内部を、這いずるようにして進んでいく。ダクトから漏れる光だけを頼りに。
タキシードでは目立ちすぎるため着替えたかったが、替えの服が用意されていなかったのだから仕方がない。生暖かい風が吹き抜ける天井裏を、サイは汗だくになりながら進むしかなかった。
「上着だけでも、脱いでくれば良かった」
あまりの暑さでクロスタイを緩めるサイを見て、レイラはくすりと笑った。
「そうですか? 私、埃まみれのスーツも大好きですよ。
戦う男性という感じがします」
「そりゃどうも……」
レイラによれば、既にカズイにも話はつけてあり、脱出方法を示唆したそうだ。
手回しの早さに、サイは内心舌を巻かずにはいられなかったが──
この妹の行為に、あのフレイが全く気付かないなんてことが、ありうるのか?
激しいエンジンと送風の音にかき消されそうになりつつも、サイはそっとレイラに尋ねる。
「……トールは、どうしましたか」
「彼なら大丈夫。姉とのミーティングで出払ってます」
「自分とカズイの脱出が明るみになれば、彼は恐らく責任を追及されるでしょう。
貴方が人質にされたのなら、なおさらだ」
「やっぱり優しいですね、サイ様は。
ご自分を殺そうとした相手にすらも、情けをかけられる」
「そうじゃありません。
あいつは、俺の友達だ。カズイやキラや、ミリアリアと同じに」
「でも、命を脅かされたのでしょう? それに、彼の記憶は……」
「それでも、です。
あいつが自分でトールだと名乗る限り、あいつはトール・ケーニヒなんだ。
気にもなりますよ」
その言葉に、レイラは笑みを消して顔を伏せる。
「……彼のことなら、私が何とかしますわ」
何とか出来るような力が君にあるのか。そう尋ねたかったが、喉元で押さえこんだ。
そもそも、レイラの企みがフレイに全て暴露される結果となったら、彼女自身もどうなるのか。
フレイは妹を許すのか、それとも──
そこまでサイが考えた時、不意に前方で何か、ゴソゴソと蠢く音がした。
同時に見えたものは、微かなミニライトの灯り。
「あぁ、もう!
危ないから灯りは持ってくるなと申しましたのに」
レイラのため息の直後、現れたのは──
「ご、ごめんなさい。
こうしないと、怖くて……」
頭から埃を被りまくり、おずおずと声を出すカズイ・バスカークだった。
それから十数分というもの――
サイとカズイの二人はレイラの指示により、通風孔を左へ右へ、上へ下へと匍匐前進の要領で移動させられ、三人とも汗まみれになってしまっていた。
「でも、良かったよ。サイがすっかり元気になって」
「カズイも、無事で良かった。本当に……」
「ていうか、何だよそのカッコ? 何でタキシード?」
「説明は後だ。お前こそ、どこでそんな埃だらけになった?」
命の瀬戸際を助け出された直後、サイと引き離され訳の分からない場所に連れてこられ、相当不安だったのだろう。
随分久しぶりに会う気さえするカズイは、心底ほっとした顔をしていた。
「でも……脱出ったって、どうやるんだ?
今、この艦がどこにいるかも分からないのに?」
サイが教えられたのは、この艦がチュウザン本島に向かっているということだけだ。
カズイの問いに、レイラは即答する。
「今は恐らく、マレーシアを抜けてタイランド湾に出たあたり。
その上空です」
当たり前のことを聞くなと言わんばかりの答え。カズイは思わず大声を上げてしまった。
「え?
ってことはこの艦、空飛んでるってこと?
そこからどうやって、俺たち逃げ出せばいいんだよ!?」
「しぃっ! 大声を出してはいけませんったら」
至極当然の、常識的な質問である。空を飛んでいる船から逃げだす方法など、そうそうあるはずがない。
息せき切ってカズイは続けざまに尋ねる。
「もしかして、補給でどこかに寄港するの?
その時に、荷物に紛れてとか……」
それはサイも考えていたことだった。というより、それ以外にまともな脱出方法などないだろう。
だがレイラは、頭を大きく横に振るばかりだ。
「そんな余裕、この艦にはありません。
補給はせず、そのままチュウザン海域へ向かうはずです」
「へ? じゃあ、どうやって……」
「そろそろ着きます。気をつけて」
言いながら、レイラは両腕にうんと力を入れつつ、ダクトの開閉口を引き上げる。
熱風と共に、サイたちの眼下いっぱいに広がったものは――
どういうわけか、最新式のモビルスーツ用巨大カタパルト。
これほどの威容のものは、アークエンジェルにもアマミキョにもなかったし、モルゲンレーテでも見たことがない。
同時に彼女は慌てふためき、小さく叫ぶ。
「あ……ごめんなさい。
ちょっと、間違えてしまいました!」
しかし、彼女が誤って開いたダクトの向こうからは、ありとあらゆる情報がサイの眼に飛び込んできた。
もしやレイラはサイに見せる為に、わざとやったのではないかと思うほどに。
カタパルトと隣接したハンガーの隅には、屹立するモビルスーツが数機。
大空へ通じるであろうモビルスーツ出入口は今は勿論閉鎖されていたが、整備兵が十数名、ハンガーで右往左往し、モビルスーツに取りついている。
「……あれは」
そのうちの1機に、サイの眼が止まった──
かつて、フレイ・アルスターが搭乗した、ガンダム・アフロディーテ。
それとよく似た意匠を持ち、アフロディーテ同様の深紅の基本色に包まれた機体が、そこにあった。
しかしアフロディーテと違い、より一層目を引くのは、背部に取り付けられた──
機体をほぼ覆い隠すほど、巨大な亀の甲羅。
よく見るとそれは甲羅でも何でもなく、円状に広がった8基の砲塔だった。機体背部に呪詛のように取りついた甲羅は中心部から二つに割れ、双対の半円を描き、砲塔を4基ずつ四方へ伸ばしている。鈍重な亀の足のように。
その背部武装だけは機体と同系の紅ではなく、漆黒で塗られていた。
サイはふと思い出す――
あれと似ている機体を、俺は知っている。
アフロディーテとは、頭部意匠以外がまるで違うモビルスーツ。それは――
2年前のヤキンの戦いで、フラガ少佐を傷つけ、キラと激戦を繰り広げた機体。
──そして、フレイを殺した機体。
ラウ・ル・クルーゼの機体。
カズイの震え声が聞こえる。
「ま、まさか、モビルスーツに乗って脱出しろとか?」
「違います。あんなところに行けば、すぐに見つかってしまいますし──
モビルスーツを奪って発進するような真似をしたとて、撃墜されるだけです。
閉めますよ」
どうやらレイラは本当に間違えたらしい。慌ててはいるものの、慎重に開閉口を元に戻すと、別の道に進み始める。
だがサイは、今目撃した紅のモビルスーツが、どうしても頭から離れなかった。
あれはやはり、フレイの乗る新たな機体なのか。
アマミキョ沈没のあの日、ザフトによってアフロディーテは撃墜された。
そのことはサイも既に、伊能大佐やトニー隊長を訪ねた時に確認していた。
――あの日あの時、確かに、フレイは俺を助けようとしていた。
アマミキョを攻撃していたにも関わらず、俺を助けようとした。
あの時のアフロディーテの挙動は、忘れようにも忘れられない。
俺を掴もうとするように、アマミキョブリッジに向かって腕を伸ばしてきた、ガンダム・アフロディーテを。
──あの機体、なくなっちまったのか。
サイが「あの」フレイと初めて会った時、彼女が手に入れた機体。
どんなにピーキーであっても、周りから文句を言われようとも、フレイはアフロディーテに乗り続けた。
フレイ自身は否定していたものの、あれは恐らく、俺と出会った時に入手した機体だったから──
それが消え失せ、タロミ・チャチャの王妃として新たに起ったフレイ・アルスターを示すかのような機体が、そこにある。
サイはそのことに、一抹の寂しさを感じたが──
その時不意に、床全体がほんの少し震えだす。カタパルト・デッキのシャッターが開かれたらしい。
同時に、機体のバーニアの激しい音も近づいてきた。それが着艦したのであろう、サイたちのいる場所も轟音と共に揺さぶられた。
直後に聞こえてきたのは、通信ごしの幼い少女の声。
《──ねぇ! フレイは?
そろそろ「お兄ちゃん」が来るって言うから、急いで帰ってきたのにー!!》
──あの声、まさか。
「マユ・アスカ!?」
サイは衝動的に、レイラが閉めたばかりの扉をもう一度開こうとする。
突然のことに、彼女は慌てふためいてサイを止めた。
「な、何をなさいます!? 見つかってしまいますわ!」
「待ってくれ。あそこにいるのは、マユか?
ナオトと一緒にティーダに乗ってた、マユなのか!?」
息を弾ませて尋ねるサイに、レイラは悲しげに頭を振る。
「彼女は……
同じ姿をしていますが、マユ・アスカではありません。
また、サイ様たちが知る彼女とも、違う娘です」
頭を垂れるレイラを見て、サイは確信した。
やはり、広瀬少尉の報告書は正しかったと。
「つまり彼女は既に、チグサ・マナベだということか」
サイの冷静な言葉に、レイラは困ったように微笑んだ。
「やっぱり、もうご存じだったのですね。
さすがですわ」
ハンガーからは、彼女の明るい声がまだ響いてくる。
《えぇ? まだ待機? なんでー?
アタシ、さっさとパイスー脱ぎたいんだけどなー。このコードも鬱陶しいし!》
年相応にわがままで、いかにも勝気な少女の声。
チグサ・マナベとしての彼女の声を聴くのは初めてだが、まだどこかに、自分の知るマユの部分も残っている──
サイはそんな気がしてならなかった。そう思いたいだけかも知れなかったが。
僕は、どうすればいいんだろう──
チュウザン本島へ向かうミネルバJr。その、医務室の片隅にあるベッドで。
ナオト・シライシは、途方にくれていた。
身体の方は大分治り、もう自由に歩き回ることが出来る。
あのケータイ事件直後は、あまりのショックで立ち上がることすらおぼつかなかったが、それもかなり落ち着いた。
だが、声は相変わらず戻らない。
母さんを失い、マユを失って。
しまいには自分がザフトに囚われたと分かった時は、狂ってしまいそうだった。唯一の取り柄とも言える声まで奪われて。
でも、ルナさんやヴィーノさんが優しくしてくれたから、何とか死なずに済んでいた。
そのルナさんが、アマミキョを沈めただなんて──
サイさんまでが、いなくなっただなんて。
僕は絶対にサイさんを守るって、そう誓ったのに。
しかも、サイさんを殺したのが──ルナさんだったなんて。
その衝撃は未だにナオトを苛み。
身体は治っても、心はますます固く閉ざされてしまっていた。
僕をヨダカ・ヤナセの養子にするなんていう話もあるようだけど。
実際、それらしき人物が何度か、僕に会いたがっていたみたいだけど──
そんなことをしたら、僕はきっとあいつを殺してしまうだろう。殺さずにはいられないだろう。僕から何もかもを奪い去ったあいつを。
そして、僕はプラントにすらいられなくなる。
結局、僕の生きる道なんて、この世界にはどこにもなかったんだ──
絶望に囚われるあまり、ナオトはしばらく食事すら出来なかった。点滴で栄養を摂取させられたほどだ。
そんな折、彼は聞いたのである。どこからか、マユ・アスカが自分を呼ぶ声を。
導かれるようにふらふら出て行ったら、いつの間にかティーダの格納庫前に来ていた。
ティーダの姿はすっかり変わってしまったけど、確かに僕は、マユの声をあそこに感じた。
二度と近寄るなとルナさんたちには言われたけど──
でも、あそこに行けば、何かが変わる気がする。
もう一度、ティーダに乗ることが出来れば。
もう一度、マユに会えるかも知れない──
ミネルバJrの片隅で。
少年はひたすら、そんな切なる願いを抱き続けていた。