【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
見かけだおしの街。それが、チュウザン首都・ヤエセに対する俺の第一印象だった。
駅もホテルもコンビニも、一応は整っている。繁華街の喧騒はすさまじく、紅を基調としたライトアップは豪勢だ。狭い土地を有効利用するためか、駅前には所狭しとビルが建ち並ぶ。
そこそこ大きめのオフィスビルも中にはあるが、大半はいかにも構造の弱そうな細いビルだ。台風による被害も多いから昔は低い建物が多かったときくが、今では決してそんなことはない。もっとも、40階建てとかいう無茶な建造物もないが。
自動車と自転車がひっきりなしに行き交って渋滞となり、夕闇の中に赤信号が明滅して人の怒号が飛び交う。
しかし、この暑さはいったいなんだろうか。オーブのほうが赤道には近いはずだが、この土地はオーブより遥かに暑く感じる。
気温は午後5時の時点でも30℃を超えている。しかも湿度が80%以上と、尋常ではない。
暑い土地に住む人々はおおらかだと聞いたことがあるが、どうもここの住民は例外らしい。
おそらく湿度というものは、人を苛立たせる効果があるのだろう。至る処で、軽く6センチはあるだろう巨大な蛾が暴れ回っている。
空港から出た直後から、俺は汗だくになった。
ホテルに着いたらシャワーでも浴びようと思ったが、いざチェックインすると部屋は見事なボロで、シャワーとは名ばかりの、水道の蛇口が壁についているだけの代物。出てくるものは勿論水のみ。ドアの鍵も壊れかかっているという有様だ。
勿論冷房なんかない。壊れかけの扇風機が一台回っているだけだ。壁と窓に一匹ずつ蛾がはりついている。
外に出ていたほうがまだマシだろう。そう判断した俺は、夕飯もかねて外出した。
ホテルを出るとすぐに繁華街だ。仕事帰りの人々で道路は溢れ、駅からはラッシュの喧騒が聞こえる。
そこかしこに屋台が建ち並び、赤や橙の灯をつけて賑わいを見せているが――
その陰でじっと座りこんでいるボロをまとった子供の姿を、俺はどうしても見過ごせなかった。
駅前で寝そべり腐臭を発するホームレスの老人たちに混じって、子どもたちがほぼ裸のまま走り回る。宵闇になってもそれは変わらなかった。
特に俺のような旅行者は目立つのか、それとも勘で分かるのか、歩いていても食事中でもお構いなしに子供たちが物ごいをしてくる。中には堂々と子供に物ごいをさせている母親らしき人物までいた。
俺のすぐ後ろの席では、明らかに薬をやったカップルがテーブルの上に堂々と寝そべって抱き合っていた。俺はこれでも設備が良さそうだと思ったレストランを選んだつもりだったのだが……
その時、俺は気づいた。
大人の男の姿が少ない。太ってよく日焼けした中年の女性店員に声をかけ聞いてみると、半数近くが大戦に駆り出されたっきり、帰ってこないらしい。
残ったものは、女性と子供。大戦当時まだ成人していなかった未熟な大人、それに老人……
そして、軍に入れないほど素行不良だったか、何らかの障害を持つ若者。
推測するまでもないが、ここにいる全員がナチュラルだろう。
ちなみにこのレストランだけで見れば、人口密度は1平方メートルにつき3人。料理の匂いよりも下水の臭いのほうが鼻をつく。
何といっても熱気と湿気がひどい。目の前の肉がどういう環境下で調理されたか、考えるのはやめたほうがよさそうだ。調理場と食堂部分を繋ぐ通路を何回か小さな黒っぽい動物が横切るのが見えたが、これも正体を考えるのはやめた。
「川向こうに「文具団」の工場があるけど、私らナチュラルには1日ジャガイモ1個ぐらいの給料しか出しちゃくれないんだ。重用されるのはコーディネイターばっかり、前より確かに暮らしは楽になっちゃいるがね、たまんないねぇこの格差。
向こうにはコーディネイターの街もあるけど、暮らしがどんなに酷くなったって私はあそこだけはゴメンだ」
唇をとがらせてその女性店員は吐き捨て、さらに冗談交じりに言う。
「あんた、育ち良さそうだけどまさか、コーディネイターじゃないだろうね」
「そう見られると正直嬉しいですよ、でも違う」
俺は強引に食事をたいらげて外へ出た。途端にスコールが降り始める。
熱帯地域特有の、短時間の豪雨。俺はあいにく、傘を持っていなかった。
ビルの庇に隠れながら移動したがそれでも、数秒で靴に水がしみこみだし、横なぐりの雨が俺のいる壁に叩きつけられる。
戦争による環境破壊の影響で地球全体の気候が狂っているとは聞いていたが、ここまでとは。
ここの人たちはこんな時、空を見上げて思うのだろうか。
コロニーに住めれば、こんな目に遭わずにすむのに──と。
この国にもコロニーがいくつか建造されているとは聞いたが、この区域の人々は無縁なのだろうか。もしかしたら新天地を渇望し、宇宙に出ることもあるのか。
20メートルほど走ったところで、俺は雨をよける努力を放棄した。
人々が急いで屋台をしまいこみ、子供が雨の中で踊っている。俺はビルの間の狭い路地裏に入り、何とか一息ついた。カッターシャツから靴までがすっかり水につかり、まるでたった今そのへんの川に飛び込みましたという具合になっている。
路地裏は──表通りとは、全く違う様相を呈していた。
ところ狭しと投げつけられたゴミ、散乱する洗面器、どこかの酔っ払いの吐瀉物の跡。
道路は舗装されてもおらず、曲がりくねった狭い路地を泥水が流れるままだ。
黒い地面を狂ったように這いずりまわる虫は、一匹や二匹という数ではない。両脇をビルで挟まれているその道では、窓と窓をつなぐロープに小汚い洗濯物が吊り下がったままにされていた。ビルの間を埋めるように、犬小屋とも掘っ立て小屋ともつかぬ構築物があったが、そこから人が出入りしている。
豪雨の中で眼をこらしてよく見ると、そんな──
家とも言えないような代物が、いくつも寄り添うように並んでいる。奥へ入っていくとさらにその数は増えた。
その時――
少し先のビルの陰から、少女の悲鳴が聞こえた。
続いて、男の怒声が雨を裂く。
「酒も買えねぇ、何だこの稼ぎは!」
俺は反射的に、その路地へと向かっていた。
それはオーブでも見たことのない、あまりにもショッキングな光景。
わずか10歳程度になるかならないかの少女が、3人もの男から殴り倒されている。最も図体の大きい男が椅子を振り上げ、少女に何度も打ち下ろしていた。
――男の下衆い絶叫を、どうにか可能な限り常識的な言葉に訳すと、こうなる。
お前はお前の母親にそっくりだ
だからお前は俺たちを養う義務がある
素直に酒を出して、朝と昼と夜稼げ
信じがたいことだが、話の内容から推測するに……
椅子を振り上げるこの男が、少女の父親らしい。そして、少女の腹なり頭なりを周りから蹴っ飛ばしているのが、少女の兄二人。まだ幼いはずだが、明らかに薬の常用者だ。
少女が何をして稼がされたのかは考えたくもないが、彼女の服装から判断する限り、考えられうる最悪の推測が大当たりなのだろう。
俺は駆け出していた。椅子を高々と振り上げた男に、思い切り組みついた。
信じたくない。こんなものが、家族であっていいわけがない!
叫んでいた。力の限り、叫んでいた。
「どんな事情があるか知らないけど、こんな女の子に、椅子を振り上げる父親がいるかあっ!!」
その息の臭いからして、父親は明らかにアル中だった。
彼はいきなり掴みかかってきた俺の名を問うこともなく、振りかぶっていた椅子で俺を殴り倒す。
眼鏡が吹っ飛び、俺は壁に叩きつけられた。
「部外者が! 家庭の事情に口出すんじゃねぇっ」
「口出さなけりゃ、その子が死ぬ!」
俺が言い終わらないうちに、もう一度椅子が俺の腹を一撃した。父親はスコールを浴びながら俺に吐き捨てる。
「貴様らに、俺の気持ちが分かるか!?
こいつの父親はな、コーディネイターなんだよ!」
……そういうことか。
話が見えてきて、俺の肩から一瞬、全ての力が抜けた。
父親の支離滅裂な叫びから類推するに──
この娘は、母親がコーディネイターと浮気して出来た子供。
それで、稼ぎ頭の母親は出て行った。家庭は崩壊した。
娘はコーディネイターの血を引いている、だから稼げる。
故に、娘には俺たちを養う義務がある。アル中の父親と薬中毒の兄二人を。
俺だって、似たような経験がないわけじゃない。その経験のおかげで、俺の時間は未だに動いていない。
だからといって。
「そんな論理が、人として通用すると思ってるのか?」
俺は父親を睨みつける。同情を誘おうとする涙のように、父親の頬を雨が流れる。
「俺だって、最初からこんなだったわけじゃない。
あいつが悪いんだ、全てあの女がっ」
この父親の時間も、未だに停止したままのようだ。だけど──
俺は拳を固め、全力で相手を否定するために殴りかかる。
「ナチュラルかコーディネイターかなんて、もう関係ない。
戦争は終わったんだよ、その娘はその証明だ!」
少女を蹴っていた兄二人が、今度は俺に襲いかかってきた。
一瞬俺は、2年前のオーブ防衛戦を思い出す。連合の新型モビルスーツが襲いかかってきた時のあの感覚を。戦術無視で力だけを頼りに、狂ったように襲いかかってきたモビルスーツ3機を。
ただ、その時と違うのは勿論、今の俺にはフリーダムもアークエンジェルもないということだ。正論を振りかざして相手を否定するには、俺はあまりにも無力すぎた。
腹にまともに入った蹴りは、俺の意識を遠くさせるほど強力だった。
そこから先は──やまないスコールの中でとにかく滅茶苦茶に殴られ、蹴られたことしか覚えていない。
俺は、ひたすら暴力にさらされる一人の少女すら、助けられないのか。
俺が、ここで動くと思っていたものは何だったんだ。
絶望感と痛みで、全ての力を失いかけたその時──
目の前に、真っ赤なハイビスカスの花束が現れた。
激しい雨すらはじいている、血のような花弁。花を彩る水滴が、ガラス球のように輝いている。その輝きが、雨で煙る。
仰向けになりながら、俺はその花束の持ち主を見上げた。
俺の頭のすぐそばに、ゴム長靴を履いた不恰好な足があり、そこから白いふくらはぎが見えた。グレーのロングスカートに、半そでの白いブラウス。胸の膨らみ。そして──
見覚えのある、確実に見覚えのある、忘れようにも忘れられない、わずかにウェーブのかかった長い紅の髪。それが鎖骨のあたりに、雨ではりついている。
これは夢か。それとも悪夢か。
確かこの国には、随分昔に否定されたはずの不可思議な霊的現象があると聞いたことが──
「サイ……?」
震える唇から漏れた声。
まずい。打ち所が悪かったのか?
こんな処で、あいつの声が聞こえるはずがないのに。
ましてや、最後の状況から考えて、ありうるはずがない。
あいつが、俺の頬に手を当てて、涙を流しながら自分の胸に引き寄せるなんてことが。
「サイでしょ? サイ・アーガイルよね!? そうだよね!!」
彼女の手から、傘が落ちた。
涙とともに、雨が彼女の頬を流れる。
「会いたかった! ずっと待ってた!
やっと会えたよ、サイ!」
叫びながら、俺の頭を抱きしめる。
俺の意識はまだ朦朧としたままだったが、それでも、ブラウスごしにはっきりと鼓動する彼女の心音が聞き取ることができた。
状況が全く理解できなかったが、これは現実だ。
俺の頬に伝わる彼女の体温、彼女の鼓動、彼女の肋骨の感触、そして俺の耳もとで号泣する彼女の声が、如実に示している――これは現実だ。
その時、俺の胸中に閃いた想いは。
キラ。聞こえるか。
フレイは生きてた。
フレイ・アルスターは、生きてた──!!