【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
「これは……!?」
シンを救出するべく、デスティニーに追いつきかけていたインパルス。
その中でルナマリアは、何故か鐘の音を聞いた。
何度も聞いた、忌まわしき音。
こちらの神経を麻痺させてくる音。
しかも──
「前より、ずっと力が増している!?」
この時の為に、あらかじめ整備班が調整していた遮光フィルタとVPS装甲。
しかしそれだけでは最早抑えきれない段階まで、あの不可思議な光は勢いを増していた。
「……っ!?」
突然わきあがってきた嘔吐感に、ルナマリアは思わずメットごしに左手だけで口を覆った。
決して右手は操縦を怠らなかったが、それでもこの吐き気はたまらない。
そんな彼女の眼前で──
セイレーンが、揺れた。
正確には、セイレーンの周囲の大気が、揺れていた。肉眼でも判別出来るほどに。
その光景は、荒れ狂う風をどうにか制御しようと奮闘するサイの目にも、はっきりと見えた。
戦闘中のセイレーンの装甲全体が不意に、紅の輝きを帯び始め──
機体の周りが、まるで急激に温度を上昇させたかのように、ぐらりと揺れる。
その背に負った8基の砲塔の先端で、微かな光が明滅している。雷にも似た紫の光が。
「──!!」
襲いくる、強い吐き気。肌を直接突き刺してくる、軽い痺れ。
激しい滑空によるものかと思ったが、違う。
そして──鐘の音。
ティーダが黙示録を発動させた時、何度も聞かされた音。
この音が、あの機体から発せられているということは──
「ティーダと同じ……
いや、それ以上の機能が、あの機体に──!?」
その時、サイの両手を後ろからしっかり押さえていたカズイが、がくがく震えながら何事かを呟き始めた。
「……サイ。逃げろ、早く」
「もう逃げてる! 今更何言ってるんだ、カズイ!?」
「違うんだ。
あ、アムルさんが……アムルさん……
生きてたんだ、あの人」
サイは思わず、カズイの視線の示す先を振り返る。
この鐘の音がティーダと同じものだとすれば、カズイの言葉は間違いなく事実だ。
──アムル・ホウナ。忘れられるはずもない。
オサキことサキ・トモエを殺し、アマミキョ沈没の最大の要因となった女。
そして、サイとカズイの視線の先には――
今なお執念深く彼らを追いつめようとしている、先ほどのカオスもどき。
そんな気はしたが、まさかと思っていた。
あそこに乗っているのか。アムル・ホウナが。
アマミキョ轟沈時、俺を傷つけながら叫んでいた、血塗れの彼女。
俺の血を浴びて高らかに笑い、勝ち誇っていた女。
アマミキョと一緒に、ハマーやオサキの命と共に、彼女も果てたかと思っていた。
しかし──感じる。
確かに感じる。アムルの怨念を、あの中に。
「しつっこい……!
まだ、俺が憎いってのかよ! あんたは!!」
サイは思わず、カオスもどきに向かって絶叫する。
彼の背中に、カズイはしっかりとしがみついていた。殆ど泣き笑いのように、顔をくしゃくしゃにしながら。
その表情は――
憧れの人が、生きていた嬉しさと。
自分が彼女を刺した瞬間の、恐怖の記憶と。
サイを守らねばという意志。
その全てがないまぜになり、まさしく
「しつこいのは、お前だ!
あれだけ叩き潰したのに、いつまでもいつまでも、私の前に現れて!!」
モビルアーマー形態のカオスγの中で、空に向かって咆哮するアムル。
彼女もまた、強烈な吐き気に襲われていた。
実際に吐くまでは至らなかったものの、その嫌な感覚と鐘の音は、彼女の苛立ちを倍増させていく。
この空には、私にとって忌まわしいものが多すぎる。この鐘の音のおかげで、色々なものが見える──
サイ・アーガイルと、そこにアブラムシみたいにくっついているナチュラル。
そして、フレイ・アルスター。
あのザフトのひよっ子どもも、だ。
大したこともない腕の癖に赤服なんか着ちゃって、結果、こうしてフレイに手玉に取られている。
特にあの、インパルスに乗ってる娘は何なのよ。ろくに射撃も当てられない分際で、私を生意気な目つきで睨んで──
そのルナマリアの声が、通信から轟く。
《アムルさん、危険です! それ以上の深追いは!!》
彼女の言葉を弾くように、アムルは怒鳴る。
「いいから、貴女はデスティニーの援護に!」
私に文句を言う余裕があるなら──と言いたいのを、何とかアムルはこらえた。
セイレーンと、激しい力の拮抗を続けるデスティニー。
そのコクピットではシンも、やはり猛烈な吐き気に襲われていた。鐘の音を聞いた瞬間から。
彼を嘲笑うように、セイレーンのスピーカから響く、女の声。
《どうした? そのままでは、メットの中が汚物で溢れるぞ?》
「ふ……ふざけるな!!」
《別に冗談ではない。密閉状態のメット内で吐けば、窒息の危険もある。
私はお前を、死なせるつもりはないのでな》
畜生が。最初から、本気じゃなかったってことかよ!!
「……聞くか、そんなたわ言!!」
《そうか。
なら、あれはどうだ?》
コクピットに鳴り響くアラート。
咄嗟にシンは、上空を確認する──
そこで彼が目撃したものは、
太陽を背に、ビームサーベル1本のみでこちらに飛び込もうとしている、ストライクフリーダム。
ただしそれは、シンが仇としていたあのストライクフリーダムとは違い――
翼を始めとして、青かったはずの部分が真っ赤だった。
そして、飛び込んできた声は。
《おっひさー、「お兄ちゃん」!!》
あまりにも唐突なその声に、シンの呼吸は一瞬、停止した。
どうして。
何故、ここに──あの子は、死んだはずなのに。
「マユ……!?」
汗だくになり、嘔吐をこらえるシンが幻視したものは──
紅のストライクフリーダム。
そのコクピットで、紅のパイロットスーツに身を包み、自在に機体を操っている、幼い少女の姿。
それは失ったはずの、愛する妹の姿でもあった。
──マユ……?
マユ・アスカなのか、これは?
戦闘空域より、数キロほどの距離を保ちつつ状況を見守っていたミネルバJr。
だが、反撃部隊たる大量のダガーLに襲われ、艦も安全とは言い難い状況となっていた。
敵の砲撃で、医務室までもが揺れている。
そこで、ナオト・シライシは奇妙な声を聴いた──
確かに、マユだ。
僕の知っている、マユだ。
チグサ・マナベに今は抑えられてしまっているけれど、まだ確かにマユはそこにいる。
しかもこの声は──ずっと、強くなってる。
そう感じた時はもう、ナオトはふらふらと医務室から出ていた。
この艦は今、南チュウザン軍と戦闘状態に入っている――
多分、そこにマユがいるんだ。
頭の中で声はずっと響く。吐き気まで感じる。
どうやらその嘔吐感はナオトだけではないようで、そばを通りがかったザフト兵たちも同じようだ。
いつもならナオトを強引に医務室に押し込める彼らだったが、今はそれどころではなく、持ち場へ戻るので精一杯のようだ。中には、呻きながら倒れてしまった看護兵すらいる。
──でも、僕は。
僕だけは、倒れるわけにいかない。
いつしかナオトの足どりはふらつかず、しっかりとした歩みに変わっている。
──あそこに、マユがいる。
──そしてもう一つの、この感覚。これは……
その瞬間、胸の中に感じたとても暖かな確信が、ナオトを覚醒させた。
──
ずっと腕に巻きついていた点滴を引きちぎって投げ捨て、ナオトは通路を駆けだした。
吐き気も怠さも吹き飛ばすような、喜びと共に。
──生きていたんだ。
今にも消えてしまいそうだけど、今、確かに、あの人は生きている!!
その想いひとつで、ナオトの全身に、一気に力がみなぎってくる。
つい先ほどまでずっとベッドで寝たきりだった身体が、小鹿のように跳ねる。
殆ど裸足のまま、少年は全力で走った。
目的は、ただ──
もう一度ティーダに乗り、マユに逢う為に。
そして、あの人を──
サイ・アーガイル副隊長を、助ける為に。
ミネルバJrのハンガー内──
敵の攻撃が激化する中、ヴィーノ・デュプレはハンガー最奥部に配備されたモビルスーツ、その脚部に取りついていた。
整備長マッド・エイブスの怒声が、背中から彼を打つ。
「急げ!
例のマイクロウェーブもどきが、敵艦付近から発振されたらしい!!」
戦闘の詳細はここからでは分からないが、最前線にいるデスティニーやインパルスが大混乱に陥ったことだけは、マッドの声の調子からヴィーノにも薄々分かっていた。
彼が今、脚部関節の最終調整を急遽行なっているモビルスーツは、勿論──
ガンダム・ティーダ。
システムの回収のみ何とか成功した、南チュウザンの機体。
修復中のセイバーガンダムにセットアップを行ない、もう少しで動かせるかというタイミングでの、出撃命令だった。
いくらなんでも、今回の戦闘での出撃はありえないだろう──
ヴィーノ自身はそう思っていたが、どうやらそうそう楽に事は運ばないようだ。
デスティニーもインパルスも、奴らの卑劣なマイクロ波の網に捕まりかけている以上、今の状況を逆転出来るのは、恐らくこのモビルスーツしかない。
ティーダの左脚部関節によじ登りながら、ケーブルの接合状況を確認していたヴィーノの背中に、さらにマッドの声が飛ぶ。
「もうすぐルナマリアが帰還する!
今、インパルスに緊急信号を送ったそうだ!」
「了解!」
他の整備士たちは全員、インパルスの帰還に備えてカタパルトへ走る。
相変わらずの激しい揺れに耐えながら、ヴィーノも接合部を閉じたその時──
彼は眼下に、信じられないものを見た。
正確には、そこにいてはならないはずの人物を見た。
「……へっ?」
それは、病衣のまま、何故かここまでたどり着いた少年。
包帯もまだ取れず、揺れの中よたよたと、ティーダに向かって歩いてくる子供
――ナオト・シライシ。
ヴィーノは彼を止めようと叫びかかったが、ひときわ酷い揺れがまたミネルバJrを襲う。
その途端、ナオトの身体も一息に吹っ飛ばされ、かなりの勢いで背中から叩きつけられた。
ティーダの足元へ。
慌ててヴィーノは彼を助けようと、つい大気圏外と同じ調子で飛び降りかかったが、すぐにその愚かさに気づいて自らを制止する。
――クソ、地球の重力ってのは何でこう不便なんだよ。
ひょいって飛び降りて、あいつを助けることすらままならねぇ。
ヴィーノは唇を噛みしめながら、急ぎつつも慎重にステップを降りていこうとしたが──
その瞬間、先ほどまでよりもずっと強烈な地響きが、彼らを揺らした。
「う、ウワアァアッ!?」
ほぼ同時に来たものは、凄まじい熱風。無重力下と同じように、自分の身体がふわりと浮く。
交錯する、整備士たちの怒号と悲鳴。
自分と同じ緑のユニフォームを着た男たちが数人、光や破片と共に、木の葉のように吹き飛ばされていく。
ヴィーノはその感覚に、覚えがあった。
忌まわしい、炎熱の記憶。
これは、ミネルバが墜とされた時と同じだ。
──ヨウランが、潰された時と。
同時にヴィーノは、光の向こうに見た。
ティーダとは正反対の、黒いカラーリングのモビルスーツを。
ティーダやインパルス、デスティニーとよく似た頭部意匠を持つモビルスーツが、真っ黒に塗りたくられ、まっすぐにこちらに突き進んでくる。
腕も足も砲撃でもぎ取られ、ほぼ胴体だけになっているのに。
紅に光るそのカメラアイは、何故か、酷薄に笑っているように思えた。
マッドの絶叫。
「畜生が!
奴ら、集団で特攻してきやがった!!」
「カタパルトが!?」
ミネルバJrがひときわ大きな火柱を上げる光景を、ルナマリアはサブモニターで確認することしか出来なかった。
自分たちがもたもたしている間に、黒ダガーLの集団は次々と、ミネルバJrを始めとするザフト艦隊に襲いかかっていく。
しかし、どうすることも出来ない。帰還命令が先ほど出されたばかりだが、今は──
ストライクフリーダムを前に固まっているデスティニーが、目の前にいる。
――こんなシンを放置するわけには、いかない。
ルナマリアは吐き気をこらえ、果敢にも操縦桿を握り直し、インパルスの体勢を立て直そうとする。
だがそれよりも、紅蓮と純白に彩られたストライクフリーダムの動きの方が、遥かに速く──
デスティニーの胸部コクピットハッチが、一瞬で斬り飛ばされた。彼女の眼前で。