【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part5 デスティニー、絶体絶命

 

 

 

 完全に無防備となったデスティニー。

 コクピットハッチまでを失い、シンの身体は操縦席に縛り付けられたまま、空中に晒される。

 座席から引き剥がされんばかりの突風を全身に浴びながら――

 それでもシンは、今なお現実を把握出来ていなかった。

 

 ──何故、マユが? 

 

 彼の脳裏を満たしていたのは、その疑問だけ。

 そんなシンの目の前で、紅の機体のコクピットも、ゆっくりと開いていく。

 戦闘中にも関わらず、勝利は確定したと言いたげに。

 

《ふぅ~ん。

 カイキ兄ぃほどじゃないけど、そこそこいい感じじゃん? 結構好み!》

 

 全く緊張感のない脳天気な言葉と共に、現れたのは勿論──

 

 紅のパイロットスーツにその細身を包んだ、マユ・アスカ。

 シンの妹。

 炎に吹き飛ばされたはずの、家族。

 永遠に失われたはずの、大切な存在。

 

 それが、メットすらも脱ぎ、悠々と操縦席から身を乗り出し、今、シンを不敵に見つめている。

 暑苦しいメットから解放されてたなびくロングヘアは、シンの髪色と同じく、黒かった。

 脳裏で疼いたものは、失われたはずの記憶。

 

 

 

 ──あぁ。俺は一度、会っていたはずじゃないか。

 いつか、アマミキョと遭遇した時の海戦で、マユに──

 何故忘れていたんだろう。マユが、こうして生きていたことを。

 

 

 ──いや、待て。

 違う。絶対に違う。

 マユは死んだはずだ。

 黒コゲの片腕だけになって、死んだんだ。父さんや母さんと一緒に!! 

 だから。

 だからこそ俺は、ザフトに来たんじゃないか! 

 

 

 

 目の前の現実に、シンの思考は混迷と衝突を繰り返す。

 そんな彼に、マユ・アスカの姿をした少女は、微笑みながら右手を差し出した。

 無垢なる小さき唇から、漏れた言葉は。

 

 

 

「ねぇ──お兄ちゃん。

 アタシ、ホントに嬉しいんだよ? お兄ちゃんに会えて。

 アタシらには、お兄ちゃんが必要なんだ。

 一緒に、来てくんない?」

 

 

 

 シンは感じた。

 それが確かに、目の前の少女の、本心からの言葉であることを。

 かつての妹の言葉とは違うが、妹の声を通じて紡ぎだされた、真実の言葉。

 

 ――ここに何故、マユがいるのか。

 死んだはずのマユが、何故。

 

 少女の言葉により、シンの頭は逆に冷静さを取り戻しかかる。

 

 俺の目は、記憶は、絶対にごまかせない。

 この少女は、マユとは違う。違うが──

 

 マユと同じ声が、シンの心を根底から揺さぶってくる。

 それが、偽りの言葉ではなかったが故に。

 

 

 ──ザフトにいても、ついに見つけられなかった自分の道。

 議長が失脚し、デスティニーもろくに戦えず、キラ・ヤマトとも和解してしまった今。

 自分が戦ってきた意味の全てが、否定されてしまった今。

 俺はどうすればいいのか、どこへ行けばいいのか、まるで分からなかった。

 迷いに迷った俺は、ルナまで傷つけてしまった。

 マユを名乗る少女の手は、俺を欲している。俺を必要としている。

 何故マユの姿をしているのかは分からないが、その姿で俺を誘っていること自体が──

 俺がその先で必要とされる、何よりの証左じゃないのか。

 その向こうに──

 そうだ、もう認めよう。俺は確かに、救いを求めている。

 

 

 だがシンの中で、憎悪とも言うべき激しい感情が、その思惑を頑なに否定する。

 

 

 いや、やめろ。やめるんだ。

 その手を取ったら、俺はあのアスランと、同じになっちまう! 

 メイリンを連れてザフトを、俺たちを裏切ったあの野郎と!! 

 

 

 未だに燃えるその憎しみは、シンを縛りつけたまま、容易に離れることはない。

 

「ねぇ、どうしたの? 早く来てよ、お兄ちゃん? 

 もう、アンタらの負けは決まったようなモンなんだからさ」

 

 先ほどよりぐんと近づいてきた、マユ・アスカの機体。

 直接触れることが可能なほどに、彼女の指先が接近してきた。ただ真っ直ぐに、シンだけに向かって。

 そして、彼女の背後から──

 全身を紅に染めた機体・セイレーンが、ゆっくりと舞い降りる。

 まるで、傷ついたデスティニーを包み込むように。

 見えない焔でも纏っているかのように、セイレーンの周囲の空気は相変わらず揺さぶられ続けていた。

 その向こうに──

 シンは再び、そこにいるはずのない者の幻を見た。

 

 

 

「──嘘だ。

 ステラ……?」

 

 

 

 力を手にしながら、守れなかった少女。

 守ると約束しながら、失ってしまった少女。

 彼の腕の中で、その命の灯を儚く散らした少女。

 誰にも脅かされることのない湖の底へ、眠るように沈んでいった少女。

 ガーネットのように深い赤紫の瞳と、ふわりと靡く金色の髪。

 未だにシンの中で大きな傷となっている、ステラ・ルーシェ。

 彼女はセイレーンの背後から幻影となって現れ、天使のようにシンのもとへ舞い降りる。

 

「ステラ……

 どうして、ここに?」

 

 もの言わぬまま、シンの手にそっと指を重ねるステラ。

 その白い指はやがて、ぐんと近づいてきたマユ・アスカの手と重なる。

 

 

 

 ここに及んで、シン・アスカは遂に、冷静な判断能力を失った。

 マユ・アスカが現れてもなお、懸命に己を保とうとした彼だったが──

 ステラ・ルーシェの幻影は、ぎりぎりで踏ん張っていたシンの精神に、とどめを刺したも同然だった。

 勿論、ここにステラがいるはずがない。そんなことは分かっている。

 でも、見えるんだ。あの紅の機体に寄り添うように、ステラが。

 これは、あの機体が──フレイ・アルスターが見せている幻影なのか。

 

 

 

 

 

 

「痛ましいものだ……」

 

 幻に踊らされるシン・アスカを眺めながら、フレイはセイレーンの中で呟いた。

 セイレーンが発動させた、ブック・オブ・レヴェレイション。それはつまり、簡易型のセレブレイト・ウェイヴでもある。

 かつてはガンダム・ティーダだけが発振可能だったこの兵器を、今、フレイは自在に操り、戦場を攪乱させていた。

 セイレーンが謳う、黙示録。

 それにより何を見ているのかは分からないが、シンは確かにマユ・アスカの存在以外にも何かを感じとり、その結果、ああも精神を乱されている。

 シンが幻視したものが恐らくステラ・ルーシェであると、フレイは勘付いていた。

 勿論、この場にステラは存在しない。しかし──

 

「やはり、『御柱』の影響……

 あの力、既に地上にまで及ぶか」

 

 フレイは唇を噛みしめつつ、それでも冷酷にセイレーンを機動させる。

 裸同然となったデスティニーを、シンを、捕らえる為に。

 

 

 

 

 

 

「シン! しっかり!!」

 

 ルナマリアの必死の叫びにも関わらず、デスティニーは完全にその動きを停止させてしまった。

 かといって、彼女自身もろくに動けない。何しろ、インパルスの頭部をデスティニーに向けただけで、吐き気が酷くなってしまったのだから。

 相変わらず鳴り響く鐘の音。眼球の奥が金槌で殴られているように、痛い。

 瞼や唇が、軽い痙攣まで起こしかけている。

 最早、戦闘など可能な状態ではなかった。何も出来ないインパルスの前で──

 こちらを嘲笑うように、難なく動く紅のストライクフリーダム。

 その右腕が、まんまとデスティニーのコクピットに伸び、抵抗できないそのパイロットを掴みとった。

 ──シン・アスカを。

 ルナマリアはその光景を見つめながら、声が嗄れんばかりに叫ぶことしか出来なかった。

 

「やめてぇえぇ!

 お願い! シンを、シンを離してぇえええぇッ!!」

《戻れ、ルナマリア・ホーク! 

 今ここで、お前まで失うわけにはいかん!!》

 

 通信からはヨダカによる撤退命令が虚しく鳴り響いていたが、今の彼女には最早聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 カオスγに翻弄されつつも、サイは気づいていた。

 フレイの操るセイレーンが、今まさにザフトのエース機を鹵獲しようとしているさまを。

 

 ──いつだったか、ザフトと海で交戦した時と同じに。

 あの時はオギヤカに助けられたが、今そのオギヤカから、俺たちは逃げている。なんという皮肉だろう。

 

 ザフトはあのエース機のみならず、周囲の機体もまるで動けていないようだ。恐らく、空中で姿勢制御を行なうのが精一杯なのだろう。

 攻撃がおさまったと見るや、セイレーンと、そして紅のストライクフリーダムは、息を合わせるようにデスティニーを両側から支える。

 ザフトのパイロットがどうなったのか、サイの目からでは分からない。

 

 そして自分自身、そこまでザフトに気を使っている余裕はなかった。

 傷つけられた左肩が、じわりと痛み出してくる。操縦桿を支えている左手首にまで、血が浸みだしていた。

 オギヤカで与えられた個室の棚に痛み止めがあったのを、サイは今更のように思い出した。それをこっそりくすねて懐に忍ばせたことも。

 

「カズイ……ちょっと、右、頼む」

「分かった!」

 

 悲愴なまでの決意のこもった、カズイの声。

 同時に、彼の右手ががっしりと、サイの代わりとばかりに背後から操縦桿を掴んでくる。

 おかげでサイは、右手を離して内ポケットの錠剤を取り出すだけの余裕が出来た。

 包みを食いちぎり、そのまま奥歯で噛み砕き、水なしで飲みこむ。

 身体に良くないとは分かっているが、仕方がない。こうしなければ、左腕が今にも肩からちぎれそうだ──

 

 背中を少し丸めながら、右側のバランス制御をカズイに任せ、サイは右手で肩の傷口を押さえこんだ。

 血に濡れた袖の嫌な感触に耐えながら、背後を確認する

 ――分厚い雲を突き破るように現れたのは勿論、紅の混じった焦茶のモビルアーマー。

 カオスγ。

 畜生、やっぱりだ。まだ、追ってきやがった。あいつは!! 

 

 

 

 

 

 

「逃がさない。

 何があろうとも、お前だけは、絶対!」

 

 デスティニーの危機も知らぬまま。知ろうとしないまま。

 アムル・ホウナは未だに、サイたちを追い続けていた。

 通信そのものを遮断した彼女には、ヨダカの指令も、ルナマリアの叫びも、聞こえるはずがない。

 その白目を剥きだしてアムルが見据えているのは、閃光の舞う虚空をよろよろと飛んでいく、小さな翼。

 彼らが何故ここにいるのか、何故オギヤカから飛び出したかなど、彼女には何の関係もなかった。

 

 ただ、アムルの脳裏にあるのは――

 未だに自らを苦しめる母親の呪縛を断ち切ること。

 それは、鐘の音と同時にやってきた激しい嘔吐感と頭痛を蹴散らしてでも、絶対に完遂せねばならないミッションでもあった。

 

 そんな彼女の両側から再び、黒のダガーLが2機、急襲をかける。

 即座に撃ち落とそうとしたアムルだったが、激しい眩暈でロックオンすらままならない。

 それでも彼女は再び、気力だけでファイヤーフライを装填する──

 カオスγから放たれた無数の劫火が、ダガーLを次々に、恐るべき的確さで直撃した。

 彼女のターゲットがサイでなくフレイ・アルスターたちであったなら、まさかの大金星もありえたかも知れない。

 妖しい鐘の鳴り響く中、ザフト勢でそれほどの攻撃衝動を保てていた者は、彼女だけであった。

 この時、隊長たるヨダカですら、グフ・イグナイテッドに乗りながら後退を余儀なくされ、後方で母艦を護衛するのに手いっぱいだったのだから。

 

 しかし、彼女自身は気づいていなかった──

 サイへの執着と殺意が強まれば強まるほど、自らの内にある母親の影が大きくなっていくことを。

 

 

 

 

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