【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
完全に無防備となったデスティニー。
コクピットハッチまでを失い、シンの身体は操縦席に縛り付けられたまま、空中に晒される。
座席から引き剥がされんばかりの突風を全身に浴びながら――
それでもシンは、今なお現実を把握出来ていなかった。
──何故、マユが?
彼の脳裏を満たしていたのは、その疑問だけ。
そんなシンの目の前で、紅の機体のコクピットも、ゆっくりと開いていく。
戦闘中にも関わらず、勝利は確定したと言いたげに。
《ふぅ~ん。
カイキ兄ぃほどじゃないけど、そこそこいい感じじゃん? 結構好み!》
全く緊張感のない脳天気な言葉と共に、現れたのは勿論──
紅のパイロットスーツにその細身を包んだ、マユ・アスカ。
シンの妹。
炎に吹き飛ばされたはずの、家族。
永遠に失われたはずの、大切な存在。
それが、メットすらも脱ぎ、悠々と操縦席から身を乗り出し、今、シンを不敵に見つめている。
暑苦しいメットから解放されてたなびくロングヘアは、シンの髪色と同じく、黒かった。
脳裏で疼いたものは、失われたはずの記憶。
──あぁ。俺は一度、会っていたはずじゃないか。
いつか、アマミキョと遭遇した時の海戦で、マユに──
何故忘れていたんだろう。マユが、こうして生きていたことを。
──いや、待て。
違う。絶対に違う。
マユは死んだはずだ。
黒コゲの片腕だけになって、死んだんだ。父さんや母さんと一緒に!!
だから。
だからこそ俺は、ザフトに来たんじゃないか!
目の前の現実に、シンの思考は混迷と衝突を繰り返す。
そんな彼に、マユ・アスカの姿をした少女は、微笑みながら右手を差し出した。
無垢なる小さき唇から、漏れた言葉は。
「ねぇ──お兄ちゃん。
アタシ、ホントに嬉しいんだよ? お兄ちゃんに会えて。
アタシらには、お兄ちゃんが必要なんだ。
一緒に、来てくんない?」
シンは感じた。
それが確かに、目の前の少女の、本心からの言葉であることを。
かつての妹の言葉とは違うが、妹の声を通じて紡ぎだされた、真実の言葉。
――ここに何故、マユがいるのか。
死んだはずのマユが、何故。
少女の言葉により、シンの頭は逆に冷静さを取り戻しかかる。
俺の目は、記憶は、絶対にごまかせない。
この少女は、マユとは違う。違うが──
マユと同じ声が、シンの心を根底から揺さぶってくる。
それが、偽りの言葉ではなかったが故に。
──ザフトにいても、ついに見つけられなかった自分の道。
議長が失脚し、デスティニーもろくに戦えず、キラ・ヤマトとも和解してしまった今。
自分が戦ってきた意味の全てが、否定されてしまった今。
俺はどうすればいいのか、どこへ行けばいいのか、まるで分からなかった。
迷いに迷った俺は、ルナまで傷つけてしまった。
マユを名乗る少女の手は、俺を欲している。俺を必要としている。
何故マユの姿をしているのかは分からないが、その姿で俺を誘っていること自体が──
俺がその先で必要とされる、何よりの証左じゃないのか。
その向こうに──
そうだ、もう認めよう。俺は確かに、救いを求めている。
だがシンの中で、憎悪とも言うべき激しい感情が、その思惑を頑なに否定する。
いや、やめろ。やめるんだ。
その手を取ったら、俺はあのアスランと、同じになっちまう!
メイリンを連れてザフトを、俺たちを裏切ったあの野郎と!!
未だに燃えるその憎しみは、シンを縛りつけたまま、容易に離れることはない。
「ねぇ、どうしたの? 早く来てよ、お兄ちゃん?
もう、アンタらの負けは決まったようなモンなんだからさ」
先ほどよりぐんと近づいてきた、マユ・アスカの機体。
直接触れることが可能なほどに、彼女の指先が接近してきた。ただ真っ直ぐに、シンだけに向かって。
そして、彼女の背後から──
全身を紅に染めた機体・セイレーンが、ゆっくりと舞い降りる。
まるで、傷ついたデスティニーを包み込むように。
見えない焔でも纏っているかのように、セイレーンの周囲の空気は相変わらず揺さぶられ続けていた。
その向こうに──
シンは再び、そこにいるはずのない者の幻を見た。
「──嘘だ。
ステラ……?」
力を手にしながら、守れなかった少女。
守ると約束しながら、失ってしまった少女。
彼の腕の中で、その命の灯を儚く散らした少女。
誰にも脅かされることのない湖の底へ、眠るように沈んでいった少女。
ガーネットのように深い赤紫の瞳と、ふわりと靡く金色の髪。
未だにシンの中で大きな傷となっている、ステラ・ルーシェ。
彼女はセイレーンの背後から幻影となって現れ、天使のようにシンのもとへ舞い降りる。
「ステラ……
どうして、ここに?」
もの言わぬまま、シンの手にそっと指を重ねるステラ。
その白い指はやがて、ぐんと近づいてきたマユ・アスカの手と重なる。
ここに及んで、シン・アスカは遂に、冷静な判断能力を失った。
マユ・アスカが現れてもなお、懸命に己を保とうとした彼だったが──
ステラ・ルーシェの幻影は、ぎりぎりで踏ん張っていたシンの精神に、とどめを刺したも同然だった。
勿論、ここにステラがいるはずがない。そんなことは分かっている。
でも、見えるんだ。あの紅の機体に寄り添うように、ステラが。
これは、あの機体が──フレイ・アルスターが見せている幻影なのか。
「痛ましいものだ……」
幻に踊らされるシン・アスカを眺めながら、フレイはセイレーンの中で呟いた。
セイレーンが発動させた、ブック・オブ・レヴェレイション。それはつまり、簡易型のセレブレイト・ウェイヴでもある。
かつてはガンダム・ティーダだけが発振可能だったこの兵器を、今、フレイは自在に操り、戦場を攪乱させていた。
セイレーンが謳う、黙示録。
それにより何を見ているのかは分からないが、シンは確かにマユ・アスカの存在以外にも何かを感じとり、その結果、ああも精神を乱されている。
シンが幻視したものが恐らくステラ・ルーシェであると、フレイは勘付いていた。
勿論、この場にステラは存在しない。しかし──
「やはり、『御柱』の影響……
あの力、既に地上にまで及ぶか」
フレイは唇を噛みしめつつ、それでも冷酷にセイレーンを機動させる。
裸同然となったデスティニーを、シンを、捕らえる為に。
「シン! しっかり!!」
ルナマリアの必死の叫びにも関わらず、デスティニーは完全にその動きを停止させてしまった。
かといって、彼女自身もろくに動けない。何しろ、インパルスの頭部をデスティニーに向けただけで、吐き気が酷くなってしまったのだから。
相変わらず鳴り響く鐘の音。眼球の奥が金槌で殴られているように、痛い。
瞼や唇が、軽い痙攣まで起こしかけている。
最早、戦闘など可能な状態ではなかった。何も出来ないインパルスの前で──
こちらを嘲笑うように、難なく動く紅のストライクフリーダム。
その右腕が、まんまとデスティニーのコクピットに伸び、抵抗できないそのパイロットを掴みとった。
──シン・アスカを。
ルナマリアはその光景を見つめながら、声が嗄れんばかりに叫ぶことしか出来なかった。
「やめてぇえぇ!
お願い! シンを、シンを離してぇえええぇッ!!」
《戻れ、ルナマリア・ホーク!
今ここで、お前まで失うわけにはいかん!!》
通信からはヨダカによる撤退命令が虚しく鳴り響いていたが、今の彼女には最早聞こえなかった。
カオスγに翻弄されつつも、サイは気づいていた。
フレイの操るセイレーンが、今まさにザフトのエース機を鹵獲しようとしているさまを。
──いつだったか、ザフトと海で交戦した時と同じに。
あの時はオギヤカに助けられたが、今そのオギヤカから、俺たちは逃げている。なんという皮肉だろう。
ザフトはあのエース機のみならず、周囲の機体もまるで動けていないようだ。恐らく、空中で姿勢制御を行なうのが精一杯なのだろう。
攻撃がおさまったと見るや、セイレーンと、そして紅のストライクフリーダムは、息を合わせるようにデスティニーを両側から支える。
ザフトのパイロットがどうなったのか、サイの目からでは分からない。
そして自分自身、そこまでザフトに気を使っている余裕はなかった。
傷つけられた左肩が、じわりと痛み出してくる。操縦桿を支えている左手首にまで、血が浸みだしていた。
オギヤカで与えられた個室の棚に痛み止めがあったのを、サイは今更のように思い出した。それをこっそりくすねて懐に忍ばせたことも。
「カズイ……ちょっと、右、頼む」
「分かった!」
悲愴なまでの決意のこもった、カズイの声。
同時に、彼の右手ががっしりと、サイの代わりとばかりに背後から操縦桿を掴んでくる。
おかげでサイは、右手を離して内ポケットの錠剤を取り出すだけの余裕が出来た。
包みを食いちぎり、そのまま奥歯で噛み砕き、水なしで飲みこむ。
身体に良くないとは分かっているが、仕方がない。こうしなければ、左腕が今にも肩からちぎれそうだ──
背中を少し丸めながら、右側のバランス制御をカズイに任せ、サイは右手で肩の傷口を押さえこんだ。
血に濡れた袖の嫌な感触に耐えながら、背後を確認する
――分厚い雲を突き破るように現れたのは勿論、紅の混じった焦茶のモビルアーマー。
カオスγ。
畜生、やっぱりだ。まだ、追ってきやがった。あいつは!!
「逃がさない。
何があろうとも、お前だけは、絶対!」
デスティニーの危機も知らぬまま。知ろうとしないまま。
アムル・ホウナは未だに、サイたちを追い続けていた。
通信そのものを遮断した彼女には、ヨダカの指令も、ルナマリアの叫びも、聞こえるはずがない。
その白目を剥きだしてアムルが見据えているのは、閃光の舞う虚空をよろよろと飛んでいく、小さな翼。
彼らが何故ここにいるのか、何故オギヤカから飛び出したかなど、彼女には何の関係もなかった。
ただ、アムルの脳裏にあるのは――
未だに自らを苦しめる母親の呪縛を断ち切ること。
それは、鐘の音と同時にやってきた激しい嘔吐感と頭痛を蹴散らしてでも、絶対に完遂せねばならないミッションでもあった。
そんな彼女の両側から再び、黒のダガーLが2機、急襲をかける。
即座に撃ち落とそうとしたアムルだったが、激しい眩暈でロックオンすらままならない。
それでも彼女は再び、気力だけでファイヤーフライを装填する──
カオスγから放たれた無数の劫火が、ダガーLを次々に、恐るべき的確さで直撃した。
彼女のターゲットがサイでなくフレイ・アルスターたちであったなら、まさかの大金星もありえたかも知れない。
妖しい鐘の鳴り響く中、ザフト勢でそれほどの攻撃衝動を保てていた者は、彼女だけであった。
この時、隊長たるヨダカですら、グフ・イグナイテッドに乗りながら後退を余儀なくされ、後方で母艦を護衛するのに手いっぱいだったのだから。
しかし、彼女自身は気づいていなかった──
サイへの執着と殺意が強まれば強まるほど、自らの内にある母親の影が大きくなっていくことを。