【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
フレイは送られてきた避難民区画のデータを素早く解析し──わずかに眉をひそめる。
その時、力を失ったジンの機体はようやく壁から離れだした。
ようやく危機は去ったか。その場の誰もがそう思った
――その時だった。
完全に壁から離れるその直前──
ジンのビームライフルが、最後の火線を噴いた。
その光が港壁面、崩壊しかかっていたブロックの間に走り、内部で炎が弾けだす。
同時にフレイは絶叫していた。
「管制っ、 第23区画の人間を全員退避させろ、早く!
爆発が来るっ!!」
フレイの声が届くとほぼ同時に、サイはチャンネルを素早く切り替え船内オールで叫んだ。
「船内A-13から22区画それから医療ブロック、衝撃に備えっ――!」
サイがその台詞を最後まで言うか否かのうちに
一瞬ブリッジの照明が全て消え
非常灯の紅い光が満ちた。
悲鳴。
0.2秒後、巨大な揺れがブリッジ全体を襲う。
ジンのビームライフルの閃光が、港口ブロック内部のメインに近い場所を直撃したのだろう。
サイたちブリッジクルーはすぐに体勢を立て直し、血のように紅いわずかな光の中、どうにか作業を継続させようと焦った。
やがて回線が復旧し、メインモニターも3秒後には復活した。
だが、さっきまで流れていたバイオリンの音色は
――既にない。
「アムルさんっ! しっかりして」
カズイの叫びが、サイの耳を打った。
振り向くと、アムルがカズイの肩を破壊せんばかりに掴みつつ、茫然と座り込んでいた。
その目はメインモニターを見上げてはいるが、実際は何も見ていない。
サイはディックと視線を交わしあい、手元のマルチモニターを次から次へと確認していったが、第26救助艇──
つまりアムルの母親と婚約者がいた区画の映像は、どうしても探し出せない。
電波干渉の影響ではない。
「港湾第23区画、ロスト!」「映像も出ないかっ」「見たいかよ、三つ目なんか」「やめてよ、グロはもう嫌!」「さっきの実況野郎に言え!」
港湾区画の状況を映し出しているCG上では、さきほどまでは緑の光のラインで描かれていた港湾区画のディテールが、今の衝撃での通信不能を示す赤い「LOST」「ERROR」表示により、一角が大きく塗りつぶされていた。
いくつもの「LOST」「ERROR」点滅の重なり──
第26救助艇も、その範囲内に位置している。
途絶えたバイオリンの代わりに鳴り響くものは、パニックを増長させる警告音。
乱れたまま、何とか映像を回復したメインモニター。そこでは──
大破して閃光と瓦礫を吐き続ける港口と、その手前を力なく浮遊するジンが映し出されていた。
さらに、ちぎれた細かい色紙のようなものが散見される──
それらが人の服の布地の一部であることが、既にサイには分かっていた。
ノーマルスーツではなく、桜色のワンピースの切れ端や、紅いストールなどの残骸。
手元のモニターで思わず映像を拡大してしまったことを、サイは激しく後悔した。
唇を噛みつつ、誰にも聞こえないよう呟く。
「電波妨害するならきっちりしろよ……
こんなもん、もう見たくないのに!」
そして、そっと横目でアムルを見る──
彼女の頬を、一筋の涙が伝っていた。唇からは、小さな呻きが漏れている。
カズイはその意味をそのまま解釈し、彼なりに彼女を支えようとしていた。
俺も、カズイのように受け止められれば──
サイはまたしても自嘲する。カズイのように、アムルをまっすぐに信じたかった。
真実、彼女が母親と恋人を想っていると。
――畜生。いつから俺は、こんな嫌な人間になった。
その時、後席からリンドー副隊長の声が響いた。
「アマミキョ、発進シークエンス再開だ。これ以上予定を遅らせはせん!
発進後、アマミキョは即刻コロニー内部へ進入。残された住民の救助活動、及びコロニー修復作業を開始する」
トニー隊長を含めた全員が、リンドーを振り返る。
リンドーの横の社長が、唇に含み笑いを浮かべたままモニターを睨んでいた。
「僕だって人間、ウーチバラを好きにされちゃたまらんよ。
文句がある人は金塊一本あげる――だから黙って作業してね」
一見ヘラヘラしているように見えるものの、この態度と言動は社長が本気で怒った証である。その証拠に、目が全く笑っていない。
瞬間的に、ブリッジ内の混乱が鎮まった。そして今までとは別種の緊張が、空気中を満たす。
サイはコンソールパネルのデータを確認した。数値はまだ正常、いける。
トニー隊長が逡巡しながらも、指示を出す。
「分かりました……
オサキ、悪いが臨時に操舵を頼む」
「やってる!」
オサキは既に操舵席にとりつき、機器のチェックを始めていた。やはり元軍属、しかも操舵経験ありというだけのことはあり、その手つきは大分慣れている。
ノイマン少尉ほどではないにしても、頼りになりそうだ。サイは思った。
浮遊したまま動かないジンの機体の脚部分を掴み、フレイのアフロディーテがなおも動く。
機体の下から――つまりアフロディーテの脚の下から迫りくるウィンダム。
「私と同じ戦法、貴様にやれるものか!」
ウィンダムを見下げるその目は、あくまで冷たい。
サイはディック、マイティ、ミノル他ブリッジクルーと共に所定のマニュアルに沿い、素早く操作を始めていた。
そのキーボードの操り方は、一見どこのコーディネイターかとすら思わせるものだ。
「アマミキョ、発進シークエンススタート。
非常事態につき、プロセスD40からR62までを省略します。主動力、オンライン。区画接続、確認終了。
全チーム、スタンバイお願いします!」
「ゲートコントロール、オンライン」「生命維持システム、問題なし」「エンジン、異常なし」「気密隔壁、閉鎖」
他のクルーも、次々と各データをチェックしていく。
マルチモニターの隅で、ずっと静止状態だったアマミキョの船の状況を示すCGが、動き出す。
アマミキョの船体にパワーが注入されていく様子がはっきりと分かる。出血多量で死にかけていた人間に、血液と魂が注入されていくように。
足もとに力が漲る感覚を、サイは覚えた。
アマミキョの心臓に、灯が入った──
サイは叫ぶ。
「アマミキョ全システム、オンライン。発進準備完了!」
「主動力、コンタクト! いつでも来いっ!!」
オサキの元気は、ブリッジで一番だ。臨時要員であるにも関わらず。
突進するウィンダムに向けて、ジンの巨体をアフロディーテが力まかせに投げつける。
ウィンダムの火線に対して、ジンがアフロディーテの盾となる形となった。とうに魂を失っているジンが。
一切のためらいなくフレイは、放り出したジンに向けてビームライフルを撃った。
ジンの陰となったアフロディーテの動きに、どうにか反応したウィンダムが素早く避けようとする──
が、フレイの放った一筋の光は、ジンの脚部に残っていたミサイルポッドを直撃した。
光球がジンとウィンダムを包み、ウィンダムは凄まじき閃光の波に呑まれ、四散する。
露出した心臓を思わせる白い光球がさらに大きくなり、戦闘空域を満たす。
アフロディーテは最大戦速でその場から離れ、爆光を回避した。
清掃当番まで含め、アマミキョクルー全員の動きが慌しくなるのがブリッジでも分かった。
「救助艇のワイヤーは!?」
「全て繋いだ、避難民収容完了、ハッチ閉じて!」
本当に完了したのか。サイがマルチモニターを可能な限り開き、確認していた最中だった──
ウィンダムが撃沈され、アフロディーテからの光がモニター全体を照らし出したのは。
「フレイ!」
あまりの光量に、思わずサイは叫んでしまっていた。
モニターを見る――だが、彼女のアフロディーテは無事だ。
閃光の中を抜け、まっすぐにアマミキョへ向かってくる。
リンドーの声が轟いた。
「シャッターを開くよう管制に伝えろ!
カタパルト開け、アフロディーテを回収後すぐに発進だ」
「……なんて女だよ」
誰かが呆れて呟く声が聞こえたが、それはサイの心境そのものだった。
アマミキョの発進ゲートをコロニー内側から封鎖していた、何重ものシャッターがゆっくりと開いていく。
既に、真空の闇からこちらを攻撃する者はない。
予定では、アマミキョがこれから乗り出していくはずだった宇宙。それを今は、背後にせざるを得ない。
「カウントダウン開始、発進まで残り30秒」
リンドー副隊長の、普段のドモリがちな呟きとは違う声が響く。
「これよりアマミキョは、港湾開口部を抜けてコロニー内部へ進入。
ティーダとソードカラミティを回収しつつ、コロニー内の救助活動及び修復作業を行なう。
いいな!」
カタパルトが開き、誘導用のライトが点灯した。
カタパルトの気圧状態をチェックし、サイはアフロディーテへの回線を開く。
「フレイ・アルスター、こちら受入れ準備オーケー。
着船直後に発進するから、姿勢制御に気をつけて」
《了解。
システムに問題はないが、まだノーマルスーツどもが見える。下がらせろ》
何とも、無感情な返答が来ただけだった。
これが、かつての婚約者への言葉か。奇跡の再会後、初めてかける言葉か。
形式的な応答を返しながら、サイは不満を拭い切れなかった。
そんな彼を、カズイがアムルを支えつつ、こわごわと覗き込む。
アムルはというと、茫然と前方を見つめながら、涙を流れるままに任せている。
「カズイ。彼女、頼むよ」
微かな震動と共に着船していくアフロディーテを横目に、サイはそっと呟いた。
カズイは黙ってうなずき、発進に備える。
アマミキョのノズルが、一斉に始動した。矢継ぎ早に指示が飛んでいく。コロニーへの隔壁が開いていく。
「本船はこれより発進します。
全員、所定の位置についてください。繰り返します……」
「……すごい」
それが、ウィンダム撃沈を間近に見たディアッカの素直な感想だった。
もう少しで巻き込まれるところだった。怒りの波動をそのまま表現したような光を、彼は今までどんな戦闘においても、見たことがなかった。
魂を焼かれるような、純な怒り──
それが、あの血の色のストライクから感じられたものだ。理屈ではない、心に直接怒りを見たのだ。
怨恨や復讐心とも違う。単なる憎悪なら、今までどれだけ見たことか。
そうではなく、もっと根源的な何か。生理的なおぞましささえ感じられる、怒り。
冗談じゃない。だいたい彼女はもういないはずだ。彼女の為に、ミリィは号泣していたんだ!
なのに一体何だ、この状況は。
あの力は何だ。あの機体は何だ。あの戦い方は何だ。
「ミリィ……お前のダチ、とんでもないことになってるぞ」
「ちょっと待ってよ、今から発進?!」
女医・スズミの呟きは喧噪の中でかき消されていく。
医療ブロックは大変な騒ぎになっていた。
ようやく重力制御がかけられ、物理的にはどうにか落ち着いたと思った途端――
医療ブロック付近が強い衝撃に見舞われ、負傷者がわんさか運び込まれたのだ。
サイの警告により、医療スタッフ全員が出来うる限りの衝撃対策を施したから良かったようなものの……
カーテンだけで何とか区切った部屋のあちこちから、医者とナースの怒号が聞こえる。
負傷者をベッドに乗せる音が派手だ。
「血算、生化学、血液型クロスマッチ6単位!」「いくわよしっかり持って、1・2・3!!」「吸引セットは! え、切れてる!?」
混乱の中で収容された者はまだいい方で、大多数は区画外の廊下にまではみ出して治療を待っている状態だ。血が流れるまま、放っておかれている患者までいる。
そんな中を、看護師のネネは白いゴミ袋のような荷物を抱え、患者たちを踏まないよう気をつけながら走りまわっていた。
「スズミ先生ー、この腕どなたのですかー?」
「また?! とりあえず、空いてる消毒室へ!」
「全室満杯だから困ってるんです~!!」