【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
ティーダコクピット内で、サイはどうにか状況を確認しようと努めていた。
忌まわしいダガーLの機動音も、全てを薙ぎ払う爆風も、どうやら静かになりかけている。
しかしモニターで確認する限り、今のティーダはザフトの管理下にある。
そして、ティーダが帰還しようとしている母艦も、当然のようにザフト所属。
──俺たちは、今度はザフトに捕らわれるのか。
呼吸が落ち着いてきたカズイの様子を見守りながら、サイは言った。
「ナオト、頼む。
俺はまだ、やらなきゃならないことがある」
「そういえば、気になってました。
サイさん、あの艦から逃げてきたんですか? どうして?」
ナオトの声は以前よりも何故か少し低く、大人っぽくなった気がする。
離れ離れになっている間に、変声期でも迎えたのか。
そんなことを考えつつも、サイは続けた。
「あれは、フレイの艦だ。
落ち着いて聞いてほしい。今から、俺が話すことを──」
北チュウザン首都・ヤエセ近郊。
今この地は、季節柄の暴風雨の真っ最中だった。
その上ブレイク・ザ・ワールドの影響により、毎年恒例の豪雨はさらに勢いを増している。河川の増水・氾濫が至る処で発生し、その復旧作業もままならない状態であった。
それでも、カガリ・ユラ・アスハの言葉を頼りに。
そして、隊長トニー・サウザンと副隊長サイ・アーガイルの名のもとに、意思ある人々は続々と集い──
新たなるアマミキョは、この地に復活を遂げていた。
とはいえ、船体そのものは以前のものと殆ど変わらない。アークエンジェルによく似た、トリコロールカラーを誇る威容もそのままだ。
それもそのはず──
メサイア攻防戦終結とほぼ時を同じくして、アマミキョと同型の船がモルゲンレーテ本社・オノゴロ島の地下深くで、既に完成していたのである。
勿論、当時チュウザンが関わっていた部分(主にティーダ運用に関する機能)はブラックボックスのままだったが、モルゲンレーテと文具団の技術は可能な限り、元のアマミキョの機能を再現していた。
もはや実験船ではない。本物の民間救援船・アマミキョが誕生した──
進水式でモルゲンレーテと文具団の技術者たちは、そう喜び合ったものだ。
ただし、このヤエセで満足に稼働出来ているのは従来の7割程度といった状況で、未稼働の部分はオーブからのパーツ到着待ちという状況である。
それはカガリによるアマミキョ再結集の指示が、いささか急だったことにも起因していたが──
しかし現地の状況からすれば、その指示は決して早すぎたわけではない。むしろ、もう少しで手遅れになるところだったとも言える。
何しろ、オーブからアマミキョが到着するかしないかのタイミングで、南チュウザン軍の再侵攻が始まったのだ。
ロゴス騒動を経ても、アマミキョが沈没してさえも、未だ北チュウザンにおいて堅固な抵抗を続ける連合軍。
一度は本島北端まで追いつめられかけたものの、そこから連合軍は物量に任せて粘りに粘り、ヤエセを始めとする北チュウザンの拠点を次々に取り戻しつつあった。
それは山神隊を筆頭とする歴戦の志士たちの、驚異の粘りによるものが大きい。
そんな連合軍の協力を仰ぎつつ、到着したばかりのアマミキョは獅子奮迅の働きを見せ、住民の避難・救出・保護、医療活動、そしてインフラの復旧に努めた。
毎晩のように繰り返される南チュウザン軍の攻撃にも負けず、新生アマミキョクルーらはただひたすらに、市井の人々を救出するべく、隊長──トニー・サウザンの大声のもとに行動していた。
かつての、コロニー・ウーチバラにおけるアマミキョ緊急発進時のように統率が乱れることなど、最早殆どなく。
いかなる現場においても、各人が自らの役割を全うし、また、新人にも的確な指示を行ない、失敗があれば即時サポートに回る。
その敏速さと献身ぶりは、連合の将校すらも目を見張った。
しかしそれは、かつてのフレイやサイ、リンドーらの指導があってこそのものだということを──
彼らを知る隊員たちは、決して忘れはしなかった。
カガリの命令のもとアークエンジェルがヤエセ近郊に入港を果たしたのは、まさにそんな時だった。
到着するまでに、南チュウザン軍との戦闘は避けられなかったが──
アークエンジェルに新たに配備されたオーブ軍モビルスーツ・アカツキ。
そして、ターミナルから齎された新型・インフィニットジャスティス。
両機の活躍により、ヤエセを蹂躙しかかっていた南チュウザン軍を何とか撤退させることは出来た。
アカツキを操るムウ・ラ・フラガが、連合の山神隊と予想外にうまく連携が取れていたのも大きい。
しかし次の攻撃が来るのは恐らく、時間の問題か。
「せめて、サイが無事であれば……」
海岸線修復のため、続々とアマミキョから出動していくアストレイをモニターで確認しながら、ミリアリア・ハウは呟いた。
今彼女がいるのは勿論、アークエンジェルのブリッジ。
メイリン・ホークと共に通信業務を行いながら、彼女はメインモニターからの景色を眺める。
ここのところヤエセでは、ずっと同じ酷い曇天が続いていた。
ちょっとでも外に出ればすぐに雨に降られ、頭からずぶ濡れになってしまう。暑いのは勿論だが、湿気も酷い。
その上、常に雲は低い位置でやたら分厚くたれこめていた。地上の大気を、強引に押しこめるように。
そのせいか、落雷の被害もあちこちで発生していた。大木を軽く薙ぎ倒してしまうほどの暴風も、日常茶飯事だ。
それでもアマミキョの隊員たちは慣れた様子で、文句は殆ど出ていない。
しかし──次にいつまた、南チュウザンの攻撃が来るかも分からない。
さらにカガリも指摘していた、南チュウザンの最新兵器の脅威。
その兆候をいち早くキャッチし避難活動に備えられるよう、ミリアリアも自らアークエンジェルに乗り込み、ここまでやってきた。
ラミアス艦長も、フラガ一佐も、隣にいるメイリンやチャンドラも、操舵士たるノイマンも整備士のマードックも、アスハ代表の出撃命令に殆ど何の文句もなく、皆意気揚々とチュウザンに乗り込んできた。
アスランは未だに、若干戸惑いがあるみたいだけど──それでも、ちゃんと仕事はしてくれた。
あの不気味極まりない、真っ黒な偽ダガーLの大軍。
恐らく20機を超えていたであろうそいつらが、ヤエセ都市部に迫る直前──
それをアスランは、5分もかからず全て撃墜。おまけに一つの破片も街に落としはせず、全てを山間部の塵にしてのけた。
あの神技は、決してターミナル最新鋭の機体だったからというだけではないだろう。
ただ──
キラ・ヤマトに、ラクス・クライン。
アークエンジェルの、最大の力となってくれる仲間。
その二人が不在というだけで、ミリアリアの心を言い知れぬ不安が襲ってくる。
カガリも当然手を尽くして二人を探しているはずだが、未だにその行方は掴めていない。
ふと思い出すのは、別れ際にサイから放たれた、あの言葉。
――良かったな、将来安泰で。いずれは世界征服でもするつもりかい?
──俺を要らないって言ったのは、君だろ。
――サイ。
貴方を振りきって、力に頼ってアークエンジェルに乗り込んだ私を、今も軽蔑する?
勿論あの言葉は、貴方の本心じゃないってことぐらいは分かってる。
でも、ちょっとショックだったのは確か。
本心かどうかは問題じゃない。ああいう言葉が、よりにもよって貴方の口から出てしまった、それ自体が私にとっては──
そんな物思いに耽りかけたその時、メイリンが彼女に呼びかけた。
「あの、ミリアリアさん。
さっきから、妙な通信が入ってて……」
「え? どうしたの」
「秘匿回線からです。
意味が分からないんですけど、キラさんとサイさんの行方を知ってるというかたが──
って、わっ!?」
メイリンが最後まで言い終わらないうちに、思わずミリアリアは彼女を押しのけ、通信権を奪い取っていた。
「こちらアークエンジェル。この通信は何ですか?
何度も発信されるようであれば、通信妨害と見做しこの回線を──」
口では一応、匿名の通信に対するマニュアル的対応をしていたものの、ミリアリアの心は逸る。
この通信の向こうに、サイとキラがいるかも知れない──
そんなわずかな希望に縋ろうとするミリアリアの心に、通信の向こうの声はさらなる衝撃を与えた。
その声色、それだけで。
「──え?」
声を聴いた瞬間、ミリアリアの全身は凍りついてしまった。
どんなに心を揺さぶられようと、どんな切迫した状況であっても、何とか手と口は動かし続けていたのが、自分だったのに。
そんな──ありえない。
ずっと、いなくなったと思っていたのに。
2年前に、貴方は、いなくなったんじゃなかったの?
どうして。どうして。どうして──
通信を聞きながら俯き、震えだしてしまったミリアリア。
そんな彼女を、メイリンは不思議そうに見守るしかなかった。
オギヤカとザフトの戦闘は、セイレーンのマイクロ波、及びティーダの電磁パルスにより、両陣営とも損耗した結果、双方が一旦撤退を強いられた。
その約30分後──
ミネルバJrでは、インパルス及びティーダの帰還が確認された。
ブリッジでは、アビー・ウィンザーがモニターでインパルスとティーダの状況をチェックしつつ、艦長たるアーサーに報告する。
「駄目ですね……
通信妨害が激しく、カーペンタリアともコンタクト不能です」
「マウナロアは?」
「ヨダカ隊長から連絡が入りました。
メインブリッジまでやられたそうで、急遽カーペンタリアに戻らざるを得ないとのことです。カオスγもパイロットが負傷。
ガレラス、パパンダヤンも撤退する模様です」
「デスティニーはどうした?」
「それが……
やはり、シグナルロストのままで……」
「仕方あるまい。
シンがいなくなったと決まったわけでもない。ルナマリアが戻ってきたら、詳しい話を聞こうじゃないか」
顔を伏せてしまったアビーを励ましつつ、アーサーは思い切りうーんと背筋を伸ばしつつ眉間を揉んだ。
「となれば、ミネルバJrも一旦戻りたいものだが……
進行方向から考えて、奴らは恐らくこのまま北チュウザンを目指すだろう。
ならば、我々も行くしかあるまい。
カタパルトが損傷したとはいえ、上も旗艦たる我々を、そうそう簡単に戻してはくれまいよ」
そうでなくてもデスティニーを失った以上、おめおめ戻ってはどんな処分が下されるか、分かったものではない。
ただでさえ元ミネルバの乗員たちは、暴走の末に失脚したデュランダル前議長のお抱えだった。今のプラントでは白い目で見られることも多い。
かなり無茶な地球降下及び北チュウザン進軍を命じられたのは、厄介払いの意味もあろうと、アーサーもアビーたちも半ば諦めていたものだ。
なのにこんなところで戻ったのでは、アーサーはもとより乗員全員、ザフトでの立場がなくなる。
しかしだからといってエース機を失い、艦も損傷した状態で進軍が可能だろうか。チュウザンに到着してからの補給は──
「チュウザン領海付近ではあるが、ザフトがあのへんに急遽建設したメガフロートがいくつかある。
一旦そこへ向かうか……だが、あそこはやたらと小さいそうだからなぁ」
アーサーが思案にくれたその時、カタパルトデッキから再び通信が入った。
《おーい。
聞こえるか、艦長?》
整備班リーダー、マッド・エイブスの声だ。アビーが応答する。
「どうしました、チーフ」
《それが、ティーダに妙な奴らが乗り込んでて……
ワケ分からんことを言い出してるんですよ》
その途端、アビーの横からアーサーも会話に割り込んだ。
「えぇ?
ティーダに、他の誰かが乗ってきたと?!」
《由々しき事態なのは分かってる。あまりにしつこいんで一発ぶん殴ったんだが、これが全く聞かなくてねぇ。
しまいにゃ、北チュウザン全域にさっきのマイクロ波が撃たれるとか言い始めて》
その言葉に、アーサーの顔つきが微妙にこわばる。
「分かった。
話をしてみよう、すぐ行く」
《ちなみに、負傷者も一名ついてきた。
そいつは他の怪我人と一緒に、医務室に運んどいたんでよろしく》
「ありがとう。手間をかけさせた」
アーサーは一旦自ら通信を切り、立ち上がる。
そして、不安げに彼を見上げるアビーに向かって言った。
「どうやら、珍客がこのミネルバJrに到着したようだ……
ちょっとカタパルトへ行ってくる。アビー、君も来るんだ」
「えっ?」
思いがけないアーサーの言葉に、さすがのアビーも戸惑いを隠せない。
そんな彼女に、彼は明らかに慣れていないウインクをしてみせた。
「君は優秀だが、まだ経験が浅い。
こういう時に場数を踏んでおくのも、良い勉強になると思うぞ?
バート、少しの間通信を頼む」
ミネルバにいた時、しょっちゅうグラディス艦長の隣で悲鳴や絶叫をあげていたのは、どこの副長だったか。
アビーは思わず心中そう突っ込んでしまい、そんな自分に自分で笑ってしまった。
彼女自身だけが笑いだと分かるような、笑みであったが。
インパルス着艦後、コクピットハッチを開いたルナマリアが最初に見たのは──
消火作業はようやく終わりかけているが、雪崩直後のようにしっちゃかめっちゃかになっているカタパルト。
未だに燻り続けるダガーLの残骸。その横に着艦しているガンダム・ティーダ。
ティーダの足元を中心に、わらわらと集まっている整備士たち。
若干遠巻きにしてそれを見守っているヴィーノ。火傷でも負ったのか、ガーゼで頬が覆われている。左腕も包帯で吊られていた。
何故かそこには、艦長やアビーの姿もあった。
やたらと静まり返ったカタパルトデッキに、アーサー・トライン艦長の、意外に低い声が響く。
「すると、君は──
間もなく、コロニー・ウーチバラより北チュウザンにマイクロウェーブが照射されると。
そういうことだね?」
「──俄かに信じていただける話ではないことは、承知しています」
その輪の中心にいるのは、ひたすら床に額をつけて全身で土下座している男。どういうわけか、グレーのタキシード姿だ。
彼を守るようにじっと付き添っているのは、病院着姿のナオト・シライシ。
デッキ中に谺する、聞いたことのない少年の大声。
「聞いて下さい、トライン艦長!
ティーダを勝手に動かしたのは謝ります。でも、サイさんたちには何の責任もないでしょ!?」
──あぁ。
何故だか全然分からないけど、ナオト、声が出せるようになったんだ。
こういう声だったのね。ちょっと、ヨウランの声を高くしたような感じかも。
メットを外しつつその様子をぼうっと眺めながら、ルナマリアは自分が酷く無感情に、その現実を受け止めていることに気づいた。
ついさっきまでは、自分以外の誰ともろくにコミュニケーション出来なかった少年。
それが今やすっかりその声を取り戻し、艦長と堂々とやり合っている。
実に、喜ばしいことなのに。
喜ぶべきことなのに、何故今、自分の心は沈んでいる?
シンを失ったから──
大切な存在が目の前で捕らえられるのを、ただ、見ていることしか出来なかったから。
本当に、それだけ?
「頭を上げたまえ、君」
ルナマリアの思惑をよそに、アーサーの意外に通る声が響く。
その声でようやく、輪の中心の青年はその顔を上げた。
蜂蜜色の短髪に、ほんの少しずれた眼鏡から覗く青い眸が、インパルスコクピットのルナマリアからもよく見える。
──あの人、どこかで会った気がする。
それも、酷く嫌な記憶の中で。
アーサーの声。
「それを北チュウザンのアマミキョに伝える為に、オーブゆかりのベント家に連絡を取りたいと……」
「アマミキョだけではありません。
これは、連合・ザフト・中立問わず、北チュウザン及びその周辺にいる、全ての人々の危機です」
「事の真偽はともかく、君たちの言い分は理解した」
ナオトが必死に声を張り上げる。
「サイさんは嘘なんか言いませんよ、艦長!
信じてください!!」
「分かっている。
だがザフトとしては、このまま君たちを解放するわけにはいかない。
不可抗力だったとはいえ、君たちは軍の機密事項たるティーダ・Zに触れた。
これがどういうことかは、君なら分かるはずだ──
サイ・アーガイル君」
アーサーの言葉で、青年はじっと俯いて唇を噛む。
ティーダは元々オーブと文具団所有のものだったとはいえ、現在はザフトのセイバーガンダムにシステムを移譲した、いわば完全にザフトの最重要機密事項だ。
民間人が勝手に乗って、ただですむわけがない。
ナオトがさらに叫ぶ。
「そんな! 僕が勝手にサイさんたちを助けただけです!
サイさんは何も悪くない!!
そもそも、勝手にティーダをザフトのものにしたのはそっちでしょ!?
元々、僕らの機体だったのに!」
無謀なまでにアーサーに噛みついていくナオト。
床にほぼ伏せたまま、サイはそんな少年を片手で制する。
「いいんだ、ナオト。
トライン艦長の言っていることは正しい。全くその通りだ」
「アマミキョを沈めた人たちですよ!?」
「それでも、だよ」
ルナマリアも薄々勘付いていたが、ナオト・シライシは元々、やたらとお喋りで血気盛んな少年だったようだ。元レポーターの経歴は伊達じゃなかった。
今まで声が出なかったが為に吐きだせなかった鬱憤を、ここぞとばかりに叩きつけたがっているようにすら見える。
それに対して、サイという青年はかなりの緊張を強いられているだろうに、冷静だった。
何とかナオトを宥めつつ、アーサーの出方を探ろうとしているように思える。
──アマミキョを沈めた人たち、か。
仕方ないと言えば仕方ないけど、そういう風にしか見られてなかったのか。私たち。
ルナマリアの胸で、何かがズキリと痛む。
だが、次の瞬間──
誰も想像だにしなかった言葉を、ナオトは吐いた。
「お願いです、信じてくださいよ艦長!
サイさんは誠実で勇敢で、何に対しても一生懸命で、誰かを裏切るなんてするわけない!
だって、何たって、