【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part3 アーサーの決断

 

 

 ――サイさんは、アークエンジェルにも乗ってた英雄なんですから。

 

 

 ナオトがこの言葉を吐いたその刹那──

 場の空気が、一気に凝固した。

 会話を聞いていただけのルナマリアも、思わず身体を震わせる。

 

 ──アークエンジェル。

 それはミネルバの元乗員たちにとって、最も忌々しい単語に違いなかった。

 当然である。理由もよく分からないままにミネルバはアークエンジェルに攻撃され、戦闘に割り込まれた結果、ハイネ・ヴェステンフルスを始めとする多くの仲間を失った。

 彼が生き残っていれば、シンやアスラン、レイたちのその後の運命も、もしかしたら変わっていたかも知れないのに。それだけの求心力を持った、大切な仲間だったのに。

 しまいにはミネルバ自体がアークエンジェルに沈められ、グラディス艦長も、レイも、そして──

 

 

 その時カタパルトデッキに響き渡ったのは、怒りに満ちた絶叫。

 

「畜生が!! 

 お前の!! お前らのせいで、ヨウランは!!!」

 

 誰よりも先にその場を貫いたのは、ヴィーノの怒声。

 まともな意味をなさない叫びと共に、彼はサイに飛びかかる。

 力いっぱい握りしめられた右の拳が、情け容赦なくサイの頬を直撃した。

 眼鏡と共にその身体が背中から床に吹っ飛び、腹を踏みつけるようにヴィーノが馬乗りになる。

 

「やめるんだ、ヴィーノ!」

 

 一歩遅れて状況を把握したアーサーの声が響くが、感情を爆発させたヴィーノはもう止まらない。

 普段の快活な彼からは想像も出来ないほどその目は剥き出しになり、憤怒に染め上げられていた。

 迸る涙と共に、サイに叩きつけられる怒声と拳。

 

「お前らのせいで、ヨウランは両腕失くしたんだ!! 

 今もあいつは、意識戻らないまま、ずっと病院で寝たっきりで……!!」

 

 その後は涙声になり、ろくな言葉にならない。

 

 

 

 

 ――あまりに突然の、ヴィーノの変容。

 この事態に最も驚いたのは他でもない、きっかけを作ったナオト本人だった。

 サイの後押しをする為に、全くの善意から発したはずの言葉。

 それがまさか、こんな事態になってしまうなんて──

 ナオトは思わず、助けを求めて周囲を見回す。

 

 誰か、誰か助けて。

 一体どうして、こんなことに? 

 

 しかし、自分たちを見るミネルバJrクルーの眼は、先ほどよりもずっと冷酷だった。

 ナオトを気遣い、ティーダへの搭乗を一旦は止めたマッド・エイブスさえも、ヴィーノの行為をじっと見守っているだけだ。

 中には、鼻で笑いながらサイを眺めている者さえいる。

 

 ──そういえば、僕は何も聞いてなかった。

 ルナさんたちの元の母艦たるミネルバが、どうして沈んだのかを。

 いなくなったヴィーノさんの仲間がどうしているのかも、何も。

 

 三発目の拳を受けるサイを目の前に、ナオトは弱々しく叫ぶことしか出来ない。

 

「や……やめて、ヴィーノさん!」

 

 復活したばかりのお得意の大声も、ヴィーノの激昂を前にしては、蚊の鳴くような悲鳴にしかならなかった。

 

 

 

 

 

 

 殴った。

 力の限り、殴った。

 こんなもんであいつの腕が、あいつが、戻ってくるわけがない。

 そう分かっていても、殴らずにいられなかった。

 

 ミネルバを墜とされ多くの仲間を失ってから、ずっと燻っていた無念。

 思い出すのは、病床で未だ目覚めず、呼吸器をつけられたままのヨウランの無惨な姿。

 首元あたりから白い毛布がかけられた身体。

 毛布で覆われた両肩から横の部分には、当たり前にあるはずの膨らみがなかった──

 その光景は今も、ヴィーノの心をじりじりと焼く。

 

 ある程度の時間を静かに過ごし、諦念に変わるのを待つしかないと思っていた、この怒り。

 ──でも、今、不意に、怒りをぶつけられる対象が現れた。

『あの』アークエンジェルに、乗っていた男。

 その意味を深く考える前に、身体が動いてしまっていた。

 目の前の相手を殴ったって、どうにかなるわけがない。

 だけどそれじゃ、この衝動的な怒りは、どこへ持っていけばいい? 

 

 ──畜生。

 動かない左腕が邪魔で、拳にすら力が入らない。眼鏡を吹っ飛ばしただけか。

 

 その時ヴィーノの視界に入ったのは、何故か不自然に黒く染まっている、サイの左袖。

 ──拳が駄目なら、せめて。

 ヴィーノはほぼ何も考えず、力まかせにサイの左肩を掴む。

 

 何で、お前()()()の腕がちゃんと揃ってるんだ。

 ヨウランは両腕失くしたのに! 

 

 指先に怒りをこめ、ありったけの力で握りしめた。骨まで砕けろとばかりに。

 

 

 途端──

 それまで冷静だったはずの相手の喉から、凄まじい絶叫が迸った。

 ほぼ同時に、その肩を掴んでいたヴィーノの指が、真っ赤に染まる。

 明らかに布でも肌でもない、一定の温度を持つ粘土のようなものに指がめり込んだ感覚が、伝わってくる。

 

「え……っ?」

 

 そんな馬鹿な。

 いくら俺がメカニックだからって、こんな簡単に、挽肉みたいに腕が潰れるなんて、そんな馬鹿なこと。

 

 ――ヴィーノの手から力が一瞬抜けた、その刹那。

 

「やめなさい!」

 

 予想もしないところから飛んできた声と共に――

 ヴィーノの、火傷をしていない側の頬が思い切り、張られた。

 

「な、何すんだ!」

 

 反射的に顔を上げると──

 ヴィーノとサイの間に、どういうわけかアビー・ウィンザーが割り込んでいた。倒れたままのサイを庇うように。

 酷く荒れた呼吸と悲痛な呻きが、サイの喉から漏れていた。腕を押さえるその指からは大量の血が流れ出し、床をじわりと染める。

 大慌てでそこに駆け寄るナオト。

 

「サイさん! 

 しっかり、しっかりして、サイさん!!」

 

 泣きだす寸前の子供のようなその横顔を見ながら、ヴィーノは完全に放心してしまった。

 

 ──今、俺、何をした? 

 ティーダに乗ってまで、ナオトが必死で助けようとした奴を、俺は──

 

 アビーの、青みがかった灰色の瞳が、明確な怒りを湛えながらヴィーノを睨む。

 

「ヴィーノ。お願いだから、冷静になって」

「何でだよ? 

 アビー、そいつはミネルバを……」

「話がおかしいとは思わなかったの? 

 この人自身から説明があったとおり、彼はアマミキョの副隊長でしょう。

 我々が彼の恨みを買うならともかく、逆はありえないはずよ」

「で、でも……」

 

 

 何でだよ。

 何で、そいつを庇うんだ、アビー。

 アスランの野郎を庇ったメイリンみたいに、何で!! 

 

 

 彼の慟哭に追い打ちをかけるように、アーサーの言葉が流れた。

 

「今回のチュウザンの騒動に対処するにあたり、我々はフレイ・アルスターの件も出来る限り詳しく調べた。

 それによれば──サイ・アーガイル。

 君は確かに、アークエンジェルに乗っていたそうだな。2年前らしいが」

「……はい」

 

 ナオトに支えられて身を起こしながら、サイはこくりと頷く。

 声を出すのもやっとの状態らしく、玉のような汗が額から噴きだし、顔色は真っ青だった。

 

 

 ──2年前? 

 じゃあ、今のは、完全に、俺の勘違い? 

 

 

 茫然とするヴィーノを前に、アビーはさらに言う。

 

「そうであれば彼は、我々が交戦した時のアークエンジェルとは無関係なはずです。

 それに、艦長。

 彼が率いたアマミキョの隊員たちの中には今も、プラントの復興のために尽力している方々がいます。

 その知識と技術力の高さは、艦長も一度はご覧になったはず。

 彼らを導いたサイ・アーガイルの言葉ならば、信用に足るものと私は考えます」

 

 普段の言葉少なさが嘘のように、アビーはサイを援護する。

 良く言えば冷静、悪く言えば不器用な彼女の性格を知るクルーたちは戸惑い、ざわめきだしていた。

 思いがけない部下の行動と発言に、アーサーはまたしても眉間を揉んでいたが──

 やがて、静かに彼女に尋ねる。

 

「アビー。個人的な件に立ち入るようなら、申し訳ないが──

 君がそこまで、彼を信じる理由は何だい?」

 

 彼女は一旦顔を伏せかけたが、すぐに毅然とした態度でよどみなく答えた。

 

「私の幼馴染は、ハーフムーンでアマミキョに助けられました。

 最後に会ったのが6年前なので、今は13歳ぐらいになると思います……

 村が壊滅状態になり、周りの大人たちも皆負傷して動けなくなったところを、アマミキョが迅速に収容し、何とか助かったそうです」

 

 淡々と語るアビーの横顔を、今度はサイとナオトが驚いたように見つめる。

 いつしかクルーたちのざわめきはなくなり、カタパルトデッキに再び沈黙が訪れた。

 響くのは、アビーの言葉だけ。

 

「村や多くの知人を失ったその時、自ら血まみれになっても笑顔で励ましてくれたのが、アマミキョ副隊長だったとのこと──

 メサイア戦後に、私は彼女からの手紙でそれを知りました。

 未だに、返事は出せていませんが……」

 

 

 

 

 

 

 そんな騒動を、インパルスの傍らでルナマリアはじっと眺めていた。

 アビーの言葉を聞きながら、彼女は思う――

 

 手紙の返事が出せないのも当然だろう。

 ミネルバはアマミキョを沈めたのだから。この私の手で、撃って。

 

 ワイヤー伝いにインパルスのコクピットから降りたルナマリアだが、どうも輪の中に加わる気になれず、ふとハンガーの隅に視線を移す。

 

 ──あそこには、ついさっきまで、デスティニーがいた。

 私が帰還する時にはいつも、当たり前のようにあったはずのシンの機体。

 ──ハンガーって、こんなにだだっ広かったかな。

 

 そんな彼女の耳に、またアーサーの声が響く。

 

「分かった。

 だが、アーガイル君。君を信用するのと、君をここで解放するのとは、また別の話だ」

 

 そして改めて、アーサーはサイたちに向き直った。

 

「君たちの身柄は、先ほど収容した負傷者も含め、暫定的にこちらで預かる。

 そして──

 ミネルバJrはこのまま、北チュウザンに進軍する」

 

 ここで下された、新艦長たるアーサーの決断。

 その言葉に、アビーもヴィーノも、ルナマリアまでもが青ざめた。

 デスティニーもないまま、進むというのか。ジェネシス級の破壊が待ち構えているやも知れない、北チュウザンに。

 それでもなお、サイは抗う。血の流れ続ける腕を押さえながら、必死に頭を下げて。

 

「お願いします。

 自分は、もう二度と、誰も死なせたくないんです。今すぐに、自分を行かせてください! 

 住民だけじゃない、アマミキョだけじゃない。貴方がたも危険なんです。

 ザフトにも連合軍にも、全員に退避勧告をします。命の続く限り、全員を助けます!! 

 アマミキョの救出が成れば、プラント復興にも出来る限りの人手を回します。

 だから……!!」

 

 全身で叫び続ける彼は最早、ルナマリアから見てもはっきり分かるほど疲労困憊し、目の下の隈まで色濃く見えている。恐らく発熱もしているだろう。

 

「――失礼」

 

 そんなサイの前に、目線を合わせるようにしてアーサーは片膝をつき、腰を落とした。

 

「出来るかどうか分からない約束なら、しない方がいい。

 ザフトは、損得勘定で物事を見るような人間ばかりじゃない」

「しかし……」

 

 激しい呼吸で咳き込みそうになりつつも、サイはなおも話を続けようとする。

 そんな彼の足元に落ちていた眼鏡。それをアーサーはゆっくりと拾い上げ、サイの手に返した。

 思いがけない相手の行為に、一瞬ぽかんとしたサイは言葉を止めてしまう。

 そんな彼の、負傷していない方の肩に、ゆっくりと置かれるアーサーの手──

 もう大丈夫、と言いたげに。

 

「落ち着きたまえ。

 君は自分だけで、何もかもを背負い込むつもりかい?」

 

 予想もしなかったアーサーの行動と言葉に、サイは勿論、ナオトもアビーもヴィーノも、この新艦長を一斉に凝視してしまっていた。

 そんな彼らの視線を若干意識したのか少々どもりつつも、アーサーは静かに語る。

 

「アビーの話で、君は信頼に足る人物だと私は判断した。

 だから君も──我々を、信頼してほしい。

 君の経歴から考えると、少し難しい話かも知れんが」

 

 どういうことなのか、説明してほしい。

 そう言いたげなサイに、アーサーは咳払いをし、大きく一つ息をついた後、告げた。

 

「我々ミネルバJrはこれより、北チュウザンに居住及び滞在する、全ての人々の救出へ向かう。

 軍属かどうかは関係ない。全ての人々を、だ。

 君がオギヤカで手にした情報も、可能な限り迅速に、全軍に発信させる。

 いや、全チャンネルを使い、民間にも発信しよう。

 だからもう、武器も持たずに危険な空域に飛び出すような真似は、しなくてもいいんだ」

「艦長……!」

 

 サイよりも先に、アビーが思わず声を上げる。

 その声色には、彼女には珍しく、明らかに歓喜が混じっていた。

 クルーたちは艦長の決断に一瞬だけ戸惑い、互いの顔を見回していたが──

 それをまとめるように、マッド・エイブスがぱんと手を叩いた。

 

「さぁ、迷っている時間はないぞ。

 艦長がこう決めた以上、我々のやることは決まってる! 

 あのクソったれなマイクロ波が宇宙から撃たれる前に、一刻も早く北チュウザンへ向かうこった!!」

 

 そんな整備班チーフの声と共に、クルーたちは興味本位の眼でサイたちを眺めつつも、とりあえず輪から離れて持ち場へ戻っていく。

 後に残されたのはアーサーとアビー、茫然としているサイとナオト。

 そして、ただじっと突っ立って、血に染まった手を眺めているヴィーノ。

 さらに、その輪から取り残されているルナマリア。

 ようやく状況が掴めたのか、完全に熱にうなされた声で、サイは礼を言う。

 

「あ……

 ありがとうございます!! このご恩は、必ず……」

 

 そこまで言いかけ、突然サイの身体は、ぐらりと大きく揺れた。

 アーサーとナオトがすぐに支えていなければ、彼は硬質の床に思い切り側頭部をうちつけていただろう。

 アーサーがサイの背中を抱きとめたと同時に、彼の黒服の袖も真っ赤に染まる。

 それでも新艦長は、ちょっとおどけつつもアビーに指示した。

 

「あっちゃあ~……せっかく、カッコよく決まったと思ったんだが。

 アビー、また医務室の手配を頼む」

 

 

 

 

 





※本エピソードにおけるアビーの設定は本作オリジナルのもので、原作には一切ありません。
また、ヨウランの生死についても原作では明確にされてはおりませんが、本作ではこのようにさせていただきました。

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