【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
半分がた意識を失ったサイが、医務室に運ばれた直後──
ミネルバJrブリッジで、早速アビーは仕事をすませていた。
それは勿論、全軍へのマイクロウェーブ照射情報の発信。
及び国際救難チャンネルまで含め、同一の情報を北チュウザン周辺へ流す。
彼女の手早い作業を眺めながら、アーサーはほっと一息ついた。
前方のメインモニターに映るチュウザン方面の空は、どす黒い雲が異常な速さで流れている。明らかに暴風雨だった。
「これでとりあえず、最初の仕事は終わったか。
あとは友軍が、出来るだけ早く退避してくれることを祈るか……」
「住民共々、ですね。
……でも、本当によろしいのですか?」
「何が?
別に、進軍を取りやめてはいないよ。
敵前逃亡するわけじゃないんだから、問題ないだろう」
唇を尖らせるアーサーに、アビーは少しだけ表情を緩めた。
「正直、驚いています。
アーガイルさんを前にした時の艦長が、終始落ち着かれていたものですから」
「エェッ!?
それって、そこまで驚くことかい」
「えぇ、まぁ……あ、いえ。
ただ、感謝しているんです。私の話や、彼を信じていただけて」
彼女の穏やかな顔を前に、アーサーは多少恥ずかしげに鼻の頭をかいた。
「いやぁ、自分はただ……
グラディス艦長ならどう判断するかと、考えただけだよ」
「え?」
「フレイ・アルスターの件について、そこそこ調べたのも。
彼女なら、間違いなくそうしているだろうと考えたからさ」
「そうなんですか……」
知っていれば、少しは協力したのに。そう言いたかったのを、アビーはこらえた。
「だから、だったんですね。
彼がアークエンジェルに乗っていたと知っても、艦長だけが全く驚かれなかったのは」
「まぁ、そうだね」
私は、艦長が驚かなかったことが一番驚きでした──
そう言いたいのも、またアビーはこらえた。
「少々突っ込んで調べてみたら、色々と信じられん情報も多かったがね。
かつてのクルーゼ隊に、一時的にフレイ・アルスターが身を寄せていたこともあったとか……」
「えっ?」
アビーは思わず、軽く声をあげてしまう。
一体何がどうなったら、そんな事態になるのか。
今はともかく、クルーゼ隊が活躍していた2年前は、彼女はただのナチュラルの少女だったのでは。
そんな娘が、どうしてザフト、しかもエリートばかりのクルーゼ隊にいたのか。
アビーの中でいくつも疑問が浮かぶ。そういえば、あのイザーク・ジュールもクルーゼ隊に在籍していたじゃないか。
だとすれば──
「艦長。
もしかして、ジュール隊に話を聞きに……?」
「その通り。復興作業で超絶忙しい間を、無理矢理時間とってもらってね。
最初はジュール隊長もなかなか口を割ってくれなかったが、エルスマンからは面白い話が色々聞けたもんだよ」
「エルスマン? あぁ、ジュール隊長の相棒的な、彼ですか」
「そうそう。彼が話すと、隊長も次第に腹を割ってくれてねぇ。アレ、きっと弱みでも握られてるんじゃないかなぁ隊長。
あぁ、それと」
アーサーはそこでふと声を落とすと、バートやマリクといった他のブリッジメンバーに聞かれぬよう、そっとアビーに耳打ちした。
「医務班に連絡を忘れてた。
あの……アーガイル君と、連れの件なんだけど。
あまり大きな声じゃ言えないんだが」
「遺伝に関するメディカルチェックを失念しないよう、一応通知しておきました。
あくまで口頭質問による簡易なものですが、結果も出ています」
「え、あぁ、そうかい? ありがとう!」
アビーは手元のサブモニターに、サイとカズイの情報を示す。
その二つのデータには、生年月日・性別・血液型・身長体重などの数値と共に、こう表示されていた──
「ナチュラル」と。
現在の医療現場では、コーディネイターとナチュラルを混同し、コーディネイター用の薬剤をナチュラルに投与するというミスが頻発している。逆も同じだ。
コーディネイターとナチュラルを血液検査などで医学的に見分ける技術はあるものの、結果が出るまでにある程度の時間を要する為、緊急度の高い患者に対しては使えない。
その為、現場の医師は口頭で患者にコーディネイターか否かを質問するのが常となっている。
だから状況によっては、患者が自らの遺伝を偽ることもある。それが原因で現場が混乱することもよくあるのだが──
サイ・アーガイルはそういった事情を、よく把握しているらしい。
恐らく彼は、周りがコーディネイターだらけのザフト艦に乗せられたこの状況下でも、臆することなく自分たちはナチュラルだと答えたのだろう。
それが自分たちの命を救うだけでなく、現場には何より重要なことだと分かっているから──
アーサーは溜息をつきつつ、ふと呟く。
「いい加減、こういう気遣いが必要ない世の中になってほしいもんだが」
その言葉は解釈の仕方によっては、ナチュラルかコーディネイター、どちらかがいなくなってほしいという意味にも取れる。
だが、今のアーサーの言葉には決してそのような意図が含まれているはずはないことも、アビーは何となく分かっていた。
「……お尋ねに、ならないんですね」
「何を?」
「あの……」
アビーはつい、口を噤む。これこそ、すんなり大声で話せることではない。
アビーの幼馴染がハーフムーンにいたことを、アーサーは彼女に一切問いただしてはいなかった。
あの土地がどういうものであるか、彼もある程度の情報は知っているはずなのに。
ハーフコーディネイターの子供らと、その保護者たちが追いやられた土地。
その者たちと馴染みだったというだけで、プラント内では色眼鏡で見られてもおかしくない。最悪、アビー自身がハーフコーディネイターと疑われかねない。
身体を若干強張らせた彼女を見ながら、アーサーは言う。
「恐らく君は、誰にも明かすつもりはなかったんだろう?
だが君は、敢えてみんなの前で、はっきり話してくれた。
あの客人たちのように、空中戦艦から飛び降りるのと同じぐらい無謀だが……
勇敢なことだと、私は思う」
その言葉に、アビーは久方ぶりに、自分の頬がはっきりと熱を持つのを感じた。
彼女の様子に気づかず、アーサーはさらに訥々と語り続ける。
「我々は今までの戦いで、あまりにも血を見過ぎた。
どうせ戦うならば、血を流すのではなく、助ける為の戦いをしたい。
その想いは、君や彼だけじゃない。私も一緒なんだ」
日頃の彼らしからぬ、落ち着いた言葉。
多少どもってはいるものの、それは本心からの言葉に間違いはなかった。
赤くなった横顔を見せないようにして、少し咳払いをしながら、アビーは話題を変える。
「しかしデスティニーを失った今、やはりこのままの進軍は相応の危険を伴います。
カーペンタリアに援軍を要請するのが最適かと思われますが」
「ルナマリアの報告で、少し安心したがな。
シンが撃墜されたわけではないと分かって」
アビーは思わず溜息をつく──
ちょっとカッコイイ面を見せたと思ったら、呑気なのは相変わらずか。
「それでも、デスティニーが不在であることには変わりません。
ティーダが新たに使用可能になりましたが、今の処ミネルバJr在籍のパイロットは、ルナマリアしかいない状態です」
「うーん……やはり、パイロットの補充を要請するべきか。
いやその前に、艦内から有望株を募ってみるとするか」
ミネルバJrに収容されて、数時間後。
医務室の隅の隅、薄いカーテンで仕切られただけの手狭な場所で。
サイとナオトは、急ごしらえのベッドに寝かされたカズイを、二人でじっと見守っていた。
先ほどまでの戦闘で、他にも山ほど負傷者が出たらしい。医務室は今も酷くごった返し、あちこちで悲鳴も上がっている。
アマミキョの医療ブロックが、常にそうだったように──
どうにか意識のあったサイの治療が後回しにされたのは、決してサイがナチュラルだからというわけではない。単に、他に優先すべき重傷者がいるだけだ。
一応薬を塗られ、包帯を巻き直されたサイの左腕。
意識が飛ぶほどの激痛は、それだけで随分楽になった。
血まみれのワイシャツの右袖にだけ腕を通し、左半分を無造作に肩から引っかけつつ、サイはナオトの話を聞いていた。
ギガフロートに到着してから、ナオトに何が起こったかを。
──実験台同然に、自分を扱おうとした母。
──チグサ・マナベ復活の依代として生み出された命。魂の入れ物とされた、マユ・アスカ。
──マユを助けようとしたナオトと、真っ向から対立したフレイとカイキ。
──セレブレイト・ウェイヴの試験的発動。
──最終的に、カイキもマスミ・シライシも死亡し、ナオトを助ける為に広瀬少尉も亡くなった。
──チグサに取り込まれたマユはどうなったのか、今も分からない。
全ての報告を聞き終わった後、サイは静かに告げた。
「ナオト。
アマミキョに戻ったら、今話したことをそっくりそのまま、山神隊にも報告するんだ」
「……分かっています」
「伊能大佐は、広瀬少尉が報告を完遂するものと、今も信じている。
お前が、少尉の報告書――その最後の一ページなんだ」
ナオトは袖でごしごしと乱暴に目元を拭きながら、大きくこくりと頷いた。
話の途中から既に、少年の眼からは涙が次々と溢れ出し──
おかげで今や瞼は大きく腫れ上がっていたが、彼は絶対に話をやめようとはしなかった。
隣との仕切りがカーテンだけということも考慮し、決してそこまでの大声は出さなかったが。
「……でも、良かった。
サイさんが、生きていてくれて。
ルナさんやミネルバが、サイさんを殺したわけじゃなくて──」
「ルナさん?」
「ミネルバJrに来てから、すごくお世話になった人なんです。
喋れなくなった僕に、いつも付き添ってくれて」
そこまでナオトが説明した時、ふと、カーテンが少しだけ開かれる。
遠慮がちにこちらを覗き込んでいたのは、ザフトの赤服を着た、赤い髪の少女。
前髪は癖っ毛なのか、いやに特徴的に跳ねている。
フレイや自分と、そこまで年齢的に開きがないように思える。
イザーク・ジュールと共にいたシホもそうだったが、こんな娘までザフトでは普通に軍人をやっているのか──
それがルナマリア・ホークに対し、サイが抱いた第一印象だった。
「あの……
お邪魔だったかしら」
彼女を見た途端、ナオトは喜び勇んで、サイにルナマリアを紹介しようとする。
「ルナさん!
サイさん、この人ですよ。ザフトに来た僕に、すごく優しくしてくれて!
ずっと一緒にいて励ましてくれて……」
だが、そんな彼をルナマリアは静かに、手で制した。
「ナオト。せっかくだから、ゆっくり色々お話したいけど──
今すぐ来なさい。トライン艦長が呼んでる」
それを聞いて、ナオトの肩が若干竦んだ。
「え?
もしかして──やっぱり、ティーダの件ですか」
「多分ね。
ブリッジ横の第二ブリーフィングルーム。分からないだろうから、案内するわ」
「あ、はい……」
ナオトは一瞬サイの方を名残惜しげに見たが、サイはすぐに、さっさと行けとばかりに顎をしゃくった。
それに答えるように、慌ててナオトはルナマリアの後をついて出ていく。少しだけ首を傾げながら。
後には、静かに寝息をたてるカズイと、寄り添うサイだけが残された。
「あれ?
ルナさん、スカートどうしたんですか?」
「うん……まぁ、ね。
ちょっと、気分変えてみたくなっただけ」
ナオトを連れて通路を足早に歩きながら、ルナマリアはどんどん気持ちが沈んでいくのを感じていた。
いつものミニスカートから通常の女子制服に変えた理由は、自分でも良く分からない。
シンがいなくなった今、スカートを履いている意味などないと感じたからだろうか──
そう自覚した時、自分で自分を、薄汚い女と感じた。
大した実力もない癖にミニスカートなど履いて、男を誘いに来たのか──
ザフト内でたびたびそう陰口を叩かれていたのは、彼女自身も知っていた。
でも、自分でそれは違うと考えている限り、そんな噂など気にする必要などないと思っていた。
ザフトは連合軍や既存の軍隊とは違う。実力さえあれば、制服をちょっと改造するぐらいは許される。
自分には力がある。だから権利もある。
そして、自分で着たいから堂々と着ているだけ。そう思っていた。
でも──
今、普通の赤服に着替えたのは、やはり自身のどこかにそういった後ろ暗い部分があったからか。
最早、誘う男などいないから──
「あの、ルナさん?」
聞き慣れない少年の声が、随分と馴れ馴れしく自分を愛称で呼んでくる──
ほんの少し苛立ちを覚えて振り向くと、ナオトが不思議そうに自分を見上げていた。
──あぁ、そうか。
ナオトと私がこうして、言葉を交わして話をするのは、初めてだったっけ。
「いやぁ、嬉しいなぁ。
僕ずっと、ルナさんとこうしてまともにお話出来る時を待ってたんですよ~!
本当にありがとうございます! 色々、僕のこと気遣ってくれて……」
恐らくそれは、全くの本心なのだろう。
無邪気な笑顔をルナマリアに向け、ナオトは喋る。
「サイさんもカズイさんも生きてたし、もう、ルナさんが気にすることなんか何もありませんよ!」
「何言ってるの。
私がアマミキョを撃った、それは事実よ。
あの人たち以外にも、大切な人がいたんじゃないの? 貴方には」
「それはそうですけど……
僕の知ってた人たちの殆どは、避難出来たそうですし。
亡くなられたかたも……確かに、いましたけれど。
でもそれはきっと、ルナさんだけのせいじゃないですよ」
そこでナオトは唇を噛みしめ、改めて顔を上げた。
「それに僕にとってはやっぱり、サイさんは特別だったんです。
本当に良かった……生きていてくれて。
あのねルナさん、サイさんってホント、凄い人なんですよ。
アマミキョに乗ったばかりの時、サイさんはちょっとした事故の冤罪おしつけられて、ほぼ全員から目の仇にされてたんです。すごく酷いこともされたし、大怪我もしたし……
それなのにサイさんは誰も恨まず、誠実に自分の仕事を続けて、命がけでメディカルチームの救出に行ったり──」
死んだと思っていた大切な存在を、失ったと思っていた自分の声と共に、奇跡的に取り戻すことが出来た。
それだけでナオトは未だに興奮さめやらぬ様子で、かなりの早口で喋りつづけていた。
でも、何故だろう。これまでのナオトと、何かが全く違う気がするのは。
──違う?
そうじゃない。ずっと違っていたのは、私がこれまで知っていたナオトの方。
今、目の前で嬉しそうに一人で喋り続けている子供こそが、本当のナオトだ。
そう自覚した瞬間、脳裏をよぎったのは、シンの言葉。
──お前は傷ついた奴を見つけて慰めることで、自分を慰めてるだけだ。
そうか。
私、ペットが欲しかっただけなんだ。
私がナオトに求めていたのは、殆ど何の主張も出来ず、自分では何も出来ず──
ただ、こちらだけを拠り所にしてくれる、尻尾を振り続けて甘えてくる、犬のようなもの。
だから私は、可愛がったんだ。
今のナオトは、一人で立てる。一人で歩ける。一人でコミュニケーションが出来る。
私なんか、もう必要ない。
私はまた、置いて行かれるのか。メイリンの時と同じように。
「ルナさん?」
少し不安げなナオトの瞳が、再びルナマリアを見上げる。
「あ……すみません。僕ばかり喋っちゃって。
シンさん、やっぱり戻ってこないんですよね」
どうやらナオトはルナマリアの様子がおかしいのを、シンの不在によるものと解釈したらしい。
それも決して、間違いではないのだが。
「え、えぇと、あの……
多分、大丈夫ですよ! シンさんなら!!」
自信のない言葉ではあるものの、精一杯ルナマリアに胸を張ってみせるナオト。
何とか彼女を励まそうとしているのだろう。
「どうしてそう思うの?」
「僕、何となく分かるんです。シンさんは無事だって。
あー、もったいないことしたなぁ。マユのこと、もう少し聞いておくべきだったかな……」
結局貴方も、マユのことばかりか。
そう言いそうになるのを、ルナマリアは喉元で押しとどめた。
「気にすることないわ。
多分、聞いてもそう簡単に答えなかっただろうし──あいつは」
言いながら、ルナマリアは改めて気づく。
──私だって、それほど深くシンを知っているわけじゃなかった。
妹のことについては、オーブで家族が殺されたという話を聞いただけ。
隣にいるのが当たり前だと思っていたのに、気が付いてみたら……
私はあいつのことを、何も知らなかった。
それは、レイもアスランも同じだった。妹のはずのメイリンですら。
私は誰のことも何ひとつ知らないままで、いつも一人だけ蚊帳の外で。
メイリンもアスランもいなくなって、私はシンを慰めようとして自分が慰められ。
今度はミネルバ自体もなくなって、レイもグラディス艦長も失って──
ナオトを拾って慰めていたつもりが、自分が慰められていた。
──だからみんな、私から離れていくのか。
手を差し出すふりをして、求めていたから……?
「あの……」
押し黙ったままのルナマリアを前に、ついナオトも黙ってしまう。
喋れないでいる間は、お互い手を取りながら必死でコミュニケーションしていたというのに――
今、その手は全く触れ合わない。
ルナマリアはふと、先ほど会ったばかりの、眼鏡の青年を思い出す。
血まみれのワイシャツをそのまま肩からかけた、その姿を見て──
彼女は不意に思い出した。
──沈没寸前のアマミキョ。
炎に包まれかかったあのブリッジで血みどろになっていた、彼だ。
あんな状態から、生還するとは。
ルナマリアの中で、それに付随する記憶が閃光のように蘇る。
──じゃああの時、彼にのしかかっていた女は、何者?
明らかにあの女は、彼を殺そうとしていた。確か、長い金髪の──
まさか。