【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
どれほど、時間が経過したか。
いつの間にかサイはカズイのベッドのそばで、座ったまま眠り込んでいた。
ナオトに助け出され、トライン艦長にあのように言われたことで、自分は若干ほっとしてしまったのだろうか。
――まだ決して、安心出来るような状況じゃないのに。
そう思いながらも、サイはぼんやりと頭を回す。
ミネルバJrの医務室は、先ほどまでより若干喧騒が落ち着いてきた気もする。今が真夜中だからか、少しばかり照明も落とされている。
先ほど洗面所で潮を落とし、ハンガーにかけたタキシードは、すっかり乾いていた。
──まさか自分たちがザフトに助けられるとは、思ってもみなかった。
不可抗力とはいえティーダに乗ったことでどういう処分になるのかは分からないが、少なくともアマミキョに危機を伝えることは出来そうだ。
あとは、フレイがどう動くかだが──
そこまで考えた時。
外部と自分たちを隔てたカーテンに、不意に人影が映った。
その人物は、全く無遠慮にカーテンをさっと開く。
「──あ」
思わず、そんな間抜けな声を上げてしまう。
それはつい先ほど、怒りに任せてサイを殴り飛ばした、整備士の少年だった。
確か、ヴィーノって言ったっけ。
左腕を包帯で吊ったまま、右手に何かを構えている──
背筋に、悪寒が走った。
彼が携えていたのは、長さが50センチはあろうかというレンチ。
整備士らしくそこそこ筋肉のついた右腕が、その柄をしっかりと握りしめている。
外からの照明を背にして、彼の表情はよく見えないものの、ものも言わずにサイを睨みつけているのだけははっきり分かる。
それだけでサイはついさっきの、ヴィーノの憤怒を反射的に思い出してしまった。
──お前らのせいで、ヨウランは両腕失くしたんだ!!
あの時傷つけられた左肩が、じわりとまた痛む。
明らかに、身体が恐怖に震えていた。
レンチを手にしたまま、ゆらりとサイの前に立ちはだかるヴィーノ。
そこに何故か重なったものは──
かつての、キラの姿。
──本気でケンカしたら、サイが僕にかなうはずないだろ。
なんてこった。俺はこの期に及んで、コーディネイターに恐怖を感じている。
キラに捻られた腕が、ハマーに砕かれた傷が、アムルに抉られた傷が、身体中に酷い警報を響かせている。
怖いのか。俺の中では、未だに、コーディネイターが?
自分ではもうすっかり、そんな蟠りは消えたと思っていたのに──
震えだす身体を抑えながら、サイはふと、横で眠っているカズイを振り返った。
駄目だ。ここで怯えては駄目だ。
──もし彼が俺をまだ殺る気なら、カズイだけは巻き込んじゃいけない。
カズイは何も関係ない。ただ、俺についてきただけだ。
そう思うとほぼ同時に、サイの身体は動いていた。
カズイを庇うように、ヴィーノの前に立ちはだかる。
「……やめてくれ」
精一杯絞り出したはずの声は、実にか細かった。自分でも情けなくなるほど。
相手はじっとこちらを見下げ果てたまま、一切表情を崩さない。
「カズイは、関係ない。
俺ならいくら殴っても構わないから、こいつだけは──」
「…………」
そんなサイの懇願が聞こえているのか、いないのか。
ヴィーノは若干面倒そうにレンチを右肩の上に乗せ、ずいとサイに近づいてくる。
表情のない冷酷な眼差しが、まっすぐにこちらを射抜いてくる。
殴られる──
サイはすぐ後に来るであろう衝撃に備えるべく、全力で身構えた。
──が。
「……邪魔」
サイの上から降ってきたのは、予想だにしなかった言葉。
「え?」
思わずぽかんと相手を凝視してしまったサイに、ヴィーノは呆れたようにわざとらしく溜息をつく。
「聞こえなかったのか?
そこ、邪魔だっての。医務室の電源の一部が壊れたっていうから、わざわざ来たってのに」
一気に解ける緊張の糸。
そうだったのか。てっきり──
「何? もしかして、また殴り殺しに来たと思った?
バカ言ってんじゃないよ。人手も足りないんだし、こっちだってあんたらに構ってる暇なんか、な・い・の。
さっさとどきなよ」
言われたとおり、サイは急いでベッド脇から飛び退いた。
カズイは全く何も知らず、まだ呑気にスヤスヤ眠っている──
その横をずかずか通り抜けたヴィーノは壁際のパネルを開き、床下から慣れた手つきで他の工具を引っ張り出すと、手早く作業を開始した。
サイには目もくれず、パネル内部のケーブルを調べ、器用に破損個所を次々と探り当てていくその横顔は──
何故かナオトに、どことなく似ている気がした。
多分彼は元々、気さくで明るいお調子者で、どこにでもいそうな少年だったのだろう。
恐らく友人に起こった悲劇が、彼にあそこまで凄まじい表情をさせるに至った。
俺を殴った時のような、狂気の形相を。
サイのそんな思惑など知らず、彼がまるでそこにいないかのように、ただ黙々と片手を動かすヴィーノ。
金属音だけが静かに響く。
気付くとサイは、ほぼ手持ち無沙汰のまま、ベッド脇に浅く腰かけていた。
──こういう時って、どう会話すればいいんだっけ。
サイはまた思い出す。
アスランや、ディアッカと最初に会話しようとした時もそうだった。
キラの友達だったり、味方になってくれた仲間ではあったけど――
いざ会話をしようとすると、何を話していいのか分からず戸惑うことも多かった。
例えば、「今日のブリーフィングの内容、難しかったなぁ」「管制システムの仕様変更、山ほどありすぎて覚えられないなぁ」とかいう何気ない会話でも、アスランやディアッカは真顔で「何が?」「どこが?」と答えてきたものだから。
ディアッカはそれでも、少し時間が経過したらこちらに話を合わせてくれるようになった。
明らかに気を使っていると分かるほど、彼はごまかしが下手だったが。
そしてアスランは、いつまでもそういう態度を変えなかった。
敢えて変えようとしなかったのか、変えようとして変えられなかったかは分からない。
変えるという発想に至らなかった可能性もありうると、サイは思っている。
その点、キラとはそういうことを、あまり考えずに話をしていた気がする。
キラはコーディネイターだと意識するようなことが、ほぼなかったからだろうか。
──あいつが、ストライクに乗るまでは。
あいつはそれまでも、俺たちのようなナチュラルに、相当気を使っていたんだろうか。
ナオトが敢えて周囲に自分を偽っていたのと、同じように──
「……おい。
おいって!!」
少年の声が、思考に耽溺していたサイを強引に現実に引き戻す。
慌てて顔を上げると、目の前でヴィーノがふんぞり返っていた。
カズイの枕元で、さっきまで何をやっても点灯しなかったはずのライトが、静かに暖かい光をたたえている。
少しばかりサイの左肩に視線をやったかと思うと、慌てて顔を背けてヴィーノは呟いた。
「修理、終わったから……」
そんな彼に対し、思わずサイの口から出たのは、感謝の言葉。
「あ、ありがとう。早いね」
「え……?
そ、そっか?」
紛れもなくサイの本心から出た言葉だったのだが、それだけでヴィーノは少し頬を赤らめ、ちょっとばかり笑顔さえ見せた。
だがすぐにそんな自分に気づいたのか、我に返ってサイに怒鳴る。
「って、当たり前だろ!?
俺だって、一応ザフトなんだからな!!」
「そうだよな。ごめん」
サイがそう言って少し笑うと、ヴィーノはさらに真っ赤になって口を噤む。
血まみれの左肩にじっと落とされる、視線。
「……何で謝るんだよ。
謝らなきゃなんないのは──」
彼はそこで、ぎりっと歯を食いしばる。
思わず出そうになる言葉を、懸命に喉で押し込んでいるようにも見えた。
そこから続くであろう言葉を、サイも既に分かっているが──
ヴィーノを見ながら、サイはまた思い出す。
ハマーさんもこんな感じの顔、俺によくしていたな。
相手の言い分も聞かず、一方的に傷つけたと分かっていても──
彼らにとって安易に謝罪することは、自分の憤怒が負けることだ。
それは、殺されたり傷つけられたりした家族や仲間を、裏切ることを意味する。
たとえ相手は無関係だったと分かっても、一旦振り下ろした拳を否定することは、そう易々と出来るものではない。
頭では分かっても、心が許さない。
謝ることの出来ないヴィーノと、それをどうすることも出来ないサイの間で、再び緊張が走った。
そこから逃げるように、若い整備士は慌ててレンチを手に背を向ける。
「じゃ、じゃあ……
またライトがおかしくなったら、すぐ呼べよ」
言うが早いか、その場から立ち去ろうとするヴィーノ。
そんな彼の背中に、サイは声をかけた。
「あのさ……
ちょっと、気になってたことがあるんだけど」
ヴィーノはその声に、一旦立ち止まる。振り向きもしないまま。
「……なに?」
「カタパルトに墜落していた、南チュウザンのモビルスーツなんだけど。
もしコクピット開けて調べるつもりなら、気を付けた方がいい」
「……何で?」
「あいつらのモビルスーツって、機密保持のせいか、コクピット周りに自爆装置がつけられてることが多いんだ。
救助作業中にコクピットを無理に開こうとして爆発して、大怪我したケースもあってね。
だから……」
サイの言葉に、ヴィーノは思わず振り向いて唇を尖らせる。
「わ、分かってるよ。そんなことぐらい常識だろ!?
俺たちはちゃんとやってるから、あんたの心配なんか必要ないって」
「なら、いいんだけど」
「当たり前だよ。
俺はあんたらみたいに、馬鹿なナチュラルどもとは……」
言ってしまってから、ヴィーノはハッとして口を噤む。
その言葉に、サイも心臓にチクリと針を刺されたような気がした。
──やっぱり、そうだよな。
あれだけの争いがあったんだ。数年程度で、ナチュラルとコーディネイター、お互いのこの蟠りが消えるはずがない。
特に彼のように、幼い頃からナチュラルは劣等種だと教えられたであろう世代にしてみれば、なおさらだ。
酷い沈黙が、場を支配する。
だが、数秒後にヴィーノの唇から、何やら呻きにも似た呟きが漏れた。
「でも……
…………がと」
「え?」
聞き取れずにサイが尋ね返すと、今度はヴィーノは耳まで真っ赤になった。
そして、非常につっけんどんながらも言い捨てる。
「あ、ありがとよ!」
その横顔を見ながら、サイは思わず噴きだしそうになる。
それを精一杯こらえつつ、彼は応えた。
「こちらこそ、ありがとう」
「別に礼なんか。
これ、俺の仕事だし」
「そうじゃないよ。
嬉しいんだ。気を使ってくれてるのが」
「……!!」
その言葉は紛れもなく、サイの本心でもあったのだが──
途端、ヴィーノは肩をいからせ、背中を向ける。
そしてさっさとその場から、逃げるように立ち去ってしまった。