【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
「あ~~~~!!
俺の、バカバカバカぁあああぁあああぁあ~~ッ!!!」
自室に戻った瞬間ヴィーノはベッドにその身を投げ出し、右腕で枕を抱えジタバタ悶絶し始めた。
病室に入る直前、看護師たちの噂話を偶然耳にして──
あいつがナチュラルだってことは知っていた。
──ナチュラル。
プラントのコーディネイターとは違い、醜悪な容姿と貧弱な肉体と粗末な頭脳しか持たず、群れなければ何も出来ず、物量に頼るしかない無能な奴ら。
優秀な俺たちに嫉妬するあまり、攻撃を仕掛けてきた愚かな奴ら。
――ヴィーノのようなプラントの子供たちはずっと、そう教えられてきた。
幼い頃から、ずっと叩きこまれてきた。ナチュラルを蔑視するのは当然の正義であると。
いつだったかヨウランも言ってたとおり、あんな奴ら、ユニウス落下で滅んでしまえば良かったんだ。
そうすれば、プラントがレクイエムを撃たれることもなかったのに――
彼は未だに、そう思うことがあった。
カガリ・ユラ・アスハに直接激昂されても、ヴィーノのその認識が変化することはなかった。
ただ、口に出さなくなっただけだ。
幾多の大人たちによって培われたその傲慢は、連合との戦いを経て憎悪まで加わり、さらに強烈になったと言ってもいい。
──なのに。
実際にサイと話してみて気づいたのは、ナチュラルと呼ばれる彼らが、自分たちと何も変わらないという事実。
しかもあいつは、俺を褒めてくれた。
仕事が早いなんて、今まで一度も言われたことはなかった。俺なんかいつも、ボサボサすんなとチーフや皆に怒鳴られてばかりだったのに。
俺たちはコーディネイター。しかもザフトの軍人なんだから、ナチュラルより仕事が早くて当たり前──
そう頭で思ってはみるものの、褒められて嬉しいという感情は隠せない。
おまけにあいつは俺と出くわした時、逃げようとしなかった。
自分も怪我してるのに、仲間を守ろうと俺の前に立ちはだかった。その怪我をえぐったのは俺なのに。
俺に敵意がないと分かると、積極的に話しかけてもきた。
その上、俺たちにいらぬ心配までしやがってくれた。
コクピットに自爆装置という話そのものは今では常識になりつつある為、勿論整備班でも対策はしてある。常識になりつつある世の中の方がおかしいと、マッドは言っていたが。
それでも、ヴィーノにとっては驚きだった――サイが自分たちに注意喚起をしてくれたこと、そのものが。
――容姿だって、俺たちとそこまで変わらない。
ってか認めたくはないが、俺より若干モテそう。流石、今や世界を牛耳る勢いのフレイ・アルスターの婚約者ってだけのことはある。
アビーがあいつ庇ったのって、勿論ハーフムーンとやらの件もあるだろうけど、多少そういう側面もあったりしないか?
「って……
こんなこと言ったら、またアビーに殴られるか」
大きな溜息が、天井にまで虚しく響く。
――ハーフコーディネイターたるナオトを知り、不器用ながらも少しずつ心を通わせ、自分の認識も知らぬ間に変わってきたのだろうか。
ナオトも、俺たちと殆ど変らなかった。喋れないという以外は。
元々、ティーダをそこそこ乗りこなすことが出来たという点から考えると、身体能力はもしかしたら俺とどっこいどっこいかも知れない。
俺たちが思っているほど、コーディネイターとナチュラルの差なんて、大したことはないのかも知れない。
だとしたら──
「──なんで、謝れなかったんだ」
枕に顔を埋めながらふと呟いたその言葉に、ヴィーノは自分で自分に驚愕した。
──俺が、謝る? あのナチュラルに?
まぁ、常識的に考えれば、そうすべきだろうな。あいつがナチュラルでさえなければ。
確かにミネルバは、アークエンジェルに討たれた。
だけど俺たちだって、アマミキョを沈めたのに。
しかもあいつ、あのメサイア戦ではアークエンジェルにはいなかった。つまりあの時点では全くの無縁。
だから、ヨウランたちの仇じゃない。むしろ俺たちの方が、あいつにとっては仲間の仇だ。
なのに俺は、あいつの言い分など何も聞かず、あいつを傷つけた。
ナチュラルの弱い身体を……しかも既に怪我していたらしき左腕を、怒りのままに潰しかけた。
あの瞬間の嫌な感覚は、未だに手のひらに残っている。
――それは
アビーが止めてくれなかったら、俺は多分あいつを殺していた。
この状況で謝らないとか、クズもいいとこだ。
でも──
ヴィーノの脳裏をよぎるのは、炎に巻かれたミネルバハンガー。
目の前で、落ち葉のように吹き飛ばされていく仲間たち。
両腕を失い、ただベッドでチューブにつながれ、息をしているだけのヨウラン。
「あ、謝る必要なんかないだろ!
何言ってんだ、俺。そもそもこの戦争が起こったのは、ナチュラルのせいなんだから!」
大声で自分に言い聞かせるヴィーノ。
それでも自らの中に潜む蟠りは、如何ともしがたい。
彼につけてしまったあの傷を目の前に、謝ることが出来ないもどかしさ。
反面、彼に謝ろうかと考えてしまう自分への憤怒。
二つの相反する感情が、ヴィーノの中でせめぎ合う。
──だからなのか。
あの時俺が、思わず礼の言葉を口にしてしまったのは。
謝ることが出来ないかわりに、一応の礼をしたのは。
ナチュラルなんかを相手に、礼など言ってしまったのは──
心のバランスを、どうにか保つためなのか。
そんな自分に対し、ヴィーノは本日何十度目か分からない溜息をつく。
「ちっちぇーなぁ、俺……」
未だに疼く左腕の痛みに耐えつつ、彼はベッドで寝そべることしか出来なかった
──が、ライトを消そうとした、ちょうどその時。
エアロック横に取り付けられた通信モニターが、突然反応した。
けたたましいわけではないが、安眠を阻害するだけの効果は十分持つその音に、彼はのろのろと起き上がる。
通信の向こうから聞こえてきたのは、整備班チーフ・マッドの、聞き慣れた低い声。
《ヴィーノ、すまない。
急いで来てくれないか》
多少困惑の混じったマッドの言葉に、ヴィーノは若干戸惑いつつも聞き返す。
「どうしたんスか?」
《ティーダのセキュリティに、また問題が発生した》
「え?
やっぱり、ナオトがまた乗っちまったから……なんですか」
その件に関しては、ヴィーノもかなり責任を感じてはいた。
最初は止めたものの、結果的にはあいつを乗せてしまったのは自分だ。
マッドが言っていた、ティーダの「呪い」。それにまた、ナオトが罹ってしまったとしたら。
ヴィーノの歯噛みをよそに、マッドはさらに言葉をつぐ。
《それもあるが──
問題は、それだけじゃなくてな》
「へ?」
《とにかく来てくれ。見てみるのが一番いい》
「本気ですか!?
ナオトを、ティーダにって……!」
ミネルバJr、ブリーフィングルームにて。
ナオトと共にアーサーに呼び出されたルナマリアは、思わず驚愕の叫びを上げていた。
その声色には明らかに、非難が混じっている。
そんな彼女たちに、アーサーは努めて冷静さを装いつつ告げた。
「仕方あるまい。
ブック・オブ・レヴェレイション。ティーダ最大の武装と言えるこの機密兵器を使用したことで、ナオト・シライシは再び、ティーダのパイロットとしてその指紋・虹彩・声紋データを登録されてしまったんだ。
この登録解除には膨大な時間がかかる。少なくとも、本作戦終了には間に合わんレベルの時間がな」
「そんな……!」
ルナマリアが唖然とする横で、ナオトは困ったように頭をかいている。
事態の大きさを掴めていないのか、呑気に笑顔まで見せて。
「あはは……僕、またやっちゃったみたいですね。
そんな気はしてたけど」
「ナオト!
笑ってる場合じゃないわよ、これがどういう状況か分かってるの!?」
思わず肩をいからせ、ナオトを睨みつけるルナマリア。
それでも少年は、のらくらした態度のままだ。
「大丈夫ですよ。
僕、前にも同じような感じでティーダに乗ったんです。
それでたくさんの人に迷惑もかけたし、酷いことも色々あったけど──」
「分かってるならまた、何故乗ろうとしたのよ。
どうして乗ったのよ!」
かなりヒステリックに叫ぶルナマリア。
だがナオトは、きっぱりと言った。
「マユの声が、聞こえたんです」
「──え?」
「あの艦が近づいてきた時、僕はマユの──
いなくなったと思っていた、大切な女の子の声を聞きました。
その声を追っていたら、いつの間にかティーダの前に来ていた。
多分、ティーダを通してマユが、僕を呼んだんだと思います」
訳が分からないとばかりに、眉根を寄せるルナマリア。
それに対しアーサーは、じっと興味深げにナオトの言葉を聞いていた。
「ティーダのセキュリティシステムに、君とそのパイロットの少女のパーソナルデータがしつこく食い込んでいるという報告は受けていた。
それが原因で、ルナマリアのサブパイ登録が遅れたという話もね。
信じられんが、その影響か……」
ナオトはアーサーに対しても怖気づくことなく、淡々と言い放つ。
「でもそのおかげで、僕はティーダにもう一度乗れて──
今、サイさんたちを助けられた。後悔はしてません」
だがそんな少年に、アーサーはあくまで冷徹だった。
「サイ・アーガイルら2名の救出という目的があったとはいえ──
ザフトの機密たるガンダム・ティーダZに、民間人の君は自発的に触れ、兵装を動かした。
連合ならば恐らく、銃殺刑に処されても文句は言えない行為だ」
その言葉に、さすがのナオトも思わず身を縮める。
だが、唇を尖らせて文句を言うのは忘れない。
「そんな。元々は、僕らの機体だったのに……」
ナオトのぼやきに、アーサーは即座に突っ込む。
「違うだろう。
ガンダム・ティーダはオーブと文具団が共同出資して造られたモビルスーツ。少なくとも、君の所有物ではなかったはずだ。
そして今、最新鋭のザフト機にそのシステムは移管され、ザフトの手でカスタマイズされている。最早ティーダは、ザフトの軍用機だ。
そんな機体に、君は勝手に乗ってしまったんだ」
「勝手はどっちだよ」
アーサーからあからさまに目を背け、頬を膨らませるナオト。
その横顔を見て──
ナオトがただの素直で明朗快活な少年ではなかったことを、ようやくルナマリアも理解した。
理不尽に思える大人に対してはここぞとばかりに抵抗を示す。目上だろうが何だろうが、関係なく。
思春期相応の態度かとルナマリアは思ったが、その割にナオトの膨れっ面はやたら強情で、酷く陰鬱な色さえ帯びている。激怒した時のシンにも似ていた。
――それはそうだろう。
ただでさえハーフコーディネイターとして辛酸を舐めさせられながら生きてきたのに、その上ティーダによって運命を狂わされ、戦場に出され、仲間だと思っていたフレイに裏切られ、親や大切な人たちを大勢失ってきた──
多かれ少なかれ歪まない方が、おかしいと言える。
そんなナオトの不機嫌を知ってか知らずか、アーサーはさらに続けた。
「だから君には、一時的に現地徴用兵として、ザフトの一員となってもらう。
そういうことにしておけば、上からのお咎めも免れるだろう」
ルナマリアは口を挟もうとしたが、それより先にナオトが反抗した。
「僕はオーブのレポーターです。
ザフトの軍人やるなんて、冗談じゃありません!」
憤るナオトに、アーサーはおどけつつ、わざとらしい笑顔まで見せる。
「いやー、大丈夫さ。
ザフトは連合ほどお堅い連中ばかりじゃない。副業はOKということになってるからね。
なんと、プラントの議員をやりながらしっかり隊長やってる者もいたりする。
君だって、その気になれば出来るはずだよ。レポーターとパイロットの兼任!」
「そーいう問題じゃないです!!」
そんなナオトに、流石にアーサーも呆れたのか、若干口調が厳しくなった。
「では君は、ザフトの機体には乗ります。
でも、ザフトの軍人にはなりません。そう主張するつもりかい?」
「それの何が駄目なんですか!?」
その言葉で──
ミネルバJr艦長たるアーサーの眼光が、不意に氷のように鋭く変貌した。
「駄目も何も、それこそ一番身勝手じゃないのか」
その時響いたものは、これまでルナマリアすらも聞いたことのないほど、重く冷たいアーサーの声。
「君はティーダに触れるに際して、再三警告は受けていたはず。
それでも君はティーダに乗り、黙示録を使う選択をした。
齎される結果がどういうものか、分かってもいい年頃だと思うがね」
そこまで言われて、ようやくナオトも口を噤んだ。
決して納得したというわけではないだろうが、アーサーの提案に乗る以外にどうしようもない状況であることぐらいは、理解出来たようだ。
ルナマリアも当然、何としてでも反論したかったが──
どれだけナオトの身を思ってもどうしようもない。勝手には違いないが、ティーダは最早ザフトのものなのだから。
そこで彼女は、別の切り口から質問をしてみた。
「しかし、艦長。
ミネルバJrに残されたモビルスーツは、ティーダとインパルス以外にないのが現状です。
それでもなお、民間人の少年だったナオトを、パイロットとしてティーダに乗せるつもりですか?」
「それについては心配ない。
その為に、ルナマリア。君をティーダのサブパイロットとして登録しておいたじゃないか」
「え?」
「メインパイロットとしてティーダを動かし、黙示録を起動させるにはナオト・シライシが必要になるが──
黙示録の起動以外ならば、サブパイロットでも操縦は可能だ。
つまり、君にはナオトのサポートとして、ティーダに乗ってもらうことになる。
補助とはいえ、ほぼ君が操縦することになるだろうな。特に戦闘時は」
それは、ルナマリアにとって願ってもないアーサーの言葉だった。
もとより、ナオトを戦場に出すのは絶対反対の彼女である。万が一そんな事態になるようであれば、ナオトを守る為に可能なことは何でもするつもりだった。
彼のそばに付き添い、危なくなれば守ることが出来るならば、理想的じゃないか。
――ただ一つの問題を除けば、の話だが。
「ならば、インパルスのパイロットはどうなりますか?
私だって、全力でナオトを守るつもりです。絶対に、戦闘に巻き込むつもりはありません。
しかし、私一人でインパルスとティーダのパイロットを務めるのは無理です」
即座に尋ねるルナマリアに、アーサーも困惑を隠せなかった。
質問は予想していたが、答えをどうしても用意出来なかった時の顔だ。
「そうなんだよなぁ。君の身体が二つあるわけじゃないしねぇ」
真面目に答えろとばかりに、ルナマリアはじっとアーサーを睨みつける。
「か・ん・ちょ・う?」
「い、いやいや、誤解するなよ!
今、艦内から志望者を募ろうと考えててね……あと、カーペンタリアにも応援を要請してる。
うまくいくか分からんが」
「間に合うんですか、それ?」
「いやぁ……どうかな」
「どうかなって……!」
言葉を濁して鼻を掻いてみせるアーサーだが、ルナマリアは当然納得出来ない。
そこへ、ナオトが割って入る。
「大丈夫ですよ、ルナさん!
僕、ちょっとぐらいなら戦えます。ルナさんに迷惑はかけませんから!」
しかし、彼女はその言葉をばっさり斬って捨てた。ナオトを一瞥もせずに。
「冗談じゃないわ。
中途半端に戦ったせいで、貴方は声を失ったんじゃなかったの?
私がいる限り、貴方には絶対に、黙示録以外の武装は触らせないから。
出来れば、ティーダ自体に触ってほしくないけどね!」
そんなルナマリアの気迫に、ナオトも思わずたじろいだ。何故彼女が怒っているのか、さっぱり分からないという顔で。
黙りこくってしまったナオトとルナマリアを眺めながら、きまり悪げにアーサーは話を続けようとする。
「問題はまだある。
ティーダコクピットに乗ってしまった、アーガイル君らの扱いだが──」
「サイさんたちが、どうかしたんですか?」
訝しげに尋ねるナオト。そんな彼に、アーサーは淡々と語る。
「君がティーダで彼らを救出した時、アーガイル君らはコクピットに乗り込んだはずだ。
つまり君と同じく、彼らもザフトの最高機密を覗いたわけだ」
「なっ……!?
だから、何で! どうしてそうなるんです!?」
アーサーの言わんとすることを何となく理解したナオトは、遂に耐えきれず絶叫する。
「どうして。
サイさんを僕の機体で助けただけなのに、何故こんなことに?
まさか、サイさんたちまでザフト兵にするつもりですか!?」
「我々とてそうしたくはないが、如何ともしがたい状況だ。
もっとも、意識を失っていたカズイ・バスカークの方は、急を要する重傷者ということで何とかなるかも知れん。ただ、アーガイル君に関しては──
明らかに、コクピットの殆どを見ていた。音声データも残っている。
言い逃れは不可能だろう?」
「そんな──!!」
ナオトはさらにアーサーに喰ってかかろうとする。殴りかからんばかりの勢いで。
だがその瞬間、ブリーフィングルームの通信モニターから突然コール音が響き、彼らの会話は一時中断された。
アーサーが自ら通信に応じると、途端に室内に整備班チーフの低い声が轟く。
《艦長、すぐに来てくれ。緊急事態だ》
「どうした、チーフ……もしやまた、ティーダに何か?」
《何かどころじゃない。とにかく早く!》