【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
part1 『祝福の唄』は放たれた
北チュウザン首都ヤエセより、南東へ約500キロ地点。
そこでは現在ザフトの手により、速やかに前線基地の建設が進められていた。
目的は当然、南チュウザン軍の動向監視である。
建設が始まってまだ間もないが、基地は既にメガフロート級の規模となっていた。
これには勿論、南チュウザンもプラントに対し抗議声明を出していたが、プラント側は東アジアの平和維持とのお題目のみを唱え、後は無視を決め込んでいた。
これはデュランダルが失脚した今も、同じであったが──
上空では激しい風雨が吹き荒び、満足な設備も整わない手狭な基地。
その中核となるメインコントロールルームで、とあるオペレーターは、不意に飛び込んできた通信に戸惑っていた。
それは勿論──
南チュウザンによる、広範囲マイクロウェーブ発射情報。
まだうら若い乙女と言ってもいい彼女は、突如受信したミネルバJrからの通信をすぐには信じられなかった。それでも上官の指示に従ってとりあえず出来る限りのチャンネルを使い、友軍に伝達する作業を続けていたのである。
彼女はもとよりその場の誰も、俄かにはその情報を信用しなかったが──
今は殆ど何の警告もなく、プラントにレーザー砲が撃たれる時代である。
だからこそ、少しでも友軍の危機を示す情報であれば、とにかく速やかに手短に伝える。
それが通信士たる彼女の役割でもあった。
信憑性の有無は、上に一任する──
彼女はひととおりの作業を終え、うーんと伸びをする。
天井からわずかに覗く、小さなドーム状の窓。そこから見えるものは、ただどす黒い雲。
外では横殴りの雨がひっきりなしに降り続けている。もう何日目になるだろうか。
──大して設備も整わないこんなところに、何で自分が派遣されてしまったのだろう。
いくら能力が平凡とはいえ、まだハタチにもならない乙女にこんな地上の果てみたいな場所は、あんまりじゃない?
上官はオジサンばかりで、いい男なんていやしない。
あぁ、早くプラントに戻りたいな。ヤヌアリウスとディセンベルの復興作業が、どれだけ進んだのかも気になるし──
今はプラントも大変なことになっているのに、自分は地上でこんなに呑気にしていていいんだろうか。
ここの気候は今みたいに雨ばかりだし、晴れたと思ったら酷い熱射だし、湿気は酷いし
──母さんの世代は地上の自然がとか色々言うけど、やっぱり、天気が調整出来るプラントは快適よね。
そう思いながら、彼女が今日何度目かの欠伸をしかけた時。
遥か雲の向こうで、僅かに何かが光った。
──何、アレ?
ほぼ同時に、彼女のモニターがけたたましい警報音を鳴らす。
反射的に画面を確認すると、そこには敵襲を示す真っ赤な警告表示が大きく点滅していた。
慌てて上官を呼ぼうとした彼女だったが、何故かその時、頭の中で何かが響き出した──
それは、鐘の音。
天空から鳴り響く、祝福の鐘。
彼女のみならず、周囲の同僚たちも異変に気づき、咄嗟に警戒態勢に入る。
どす黒かったはずの空が、次第に光で満ちていく。
しかし彼女は──
どういうわけか、動くことが出来なかった。
動こうという意思が、わかなかった。
南チュウザンが開発したマイクロウェーブがどういうものかは、上官からの報告である程度は知っているつもりだった。
しかしせいぜい、人間の動きを多少阻害する程度のものだろう。
大量殺戮兵器でないのなら、そこまで問題にはなるまい。前線のパイロットならば非常に危険だろうが、自分は後方支援の通信士にすぎないし――
彼女は、そう認識していた。
――その甘さは彼女のみならず、周りの者や上官さえも同じだったが。
今、件の光をまともに浴び、彼女は改めてその恐ろしさを思い知っていた。
いや、
彼女が感じたのは恐怖ではなく、むしろ、これまで感じたことのなかった平穏。
母の腕に抱かれた幼き日のような、暖かさ。
私はどうして、戦おうなんて思ったのだろう?
そもそも何故、ザフトに入ろうなんて思ったのだろう?
友達がみんなそうだったように、普通の会社に就職するでも、進学するでも良かったんじゃない?
いや、それすら必要ない。
誰かいい人見つけて、ずっと好きな絵を描いて、唄を歌って、ゆっくりのんびりと──
そう、フレイ・アルスターも演説で言っていたじゃない。
ただ、平穏のみを求めればそれで──
強烈さを増す光と、鐘の音。
彼女の周囲の者たちも彼女同様、全く動けず銅像のように固まっていく。
明日、ううん、今すぐにでも除隊届を出そうかな。
一応、机の引き出しの隅にいつも──
そこまで考えた時、彼女の意識は消失した。
PHASE-41 雨と太陽の交わる処
「酷いものだ……」
マイクロウェーブ照射から、数時間後。
悪天候の中ミネルバJrは、ザフト軍メガフロートへ到着していた。
南チュウザンが開発した新兵器たるセレブレイト・ウェイヴ。地上における初めての犠牲となったとみられる、前線基地へ。
艦長たるアーサー・トラインは直接現場へと降り立ったが、その時の第一声がこれだった。
一見、物理的被害はほぼ皆無に思える。
アーサーたちがこれまでよく目撃したような、元の形状が想像できないほどの絶望的な破壊ではない。
しかし、人が動く気配が全くない。
否、人は確かに存在している。だが──
「艦長! こちらも駄目です」
「東棟の第三発電機、作業中だったのがそのまま放置された模様。
火災が発生しています」
「食堂でも、オーブンの中でパンが炭になって放っとかれてましたぜ……」
偵察に向かわせた人員が何人か戻ってくるが、いずれも希望の見えない報告ばかりだった。
ガス漏れを警戒しつつ、アーサーは基地の基幹たるメインコントロールルームに入っていく。
まだ若いオペレーターたちが、白く明滅するモニターの前で、全員倒れていた。
その中の一人――
緑服の女性通信士の前にしゃがみ、アーサーはゆっくりと首筋に手を伸ばして脈を診る。
──生きている。しかし……
確認した限りでは、基地内の人間たちは外傷もほぼなく、ただその場に倒れていただけ。
死亡に至った者はいなかった。3名ほど、建設作業中に落下したと思われる者を除いて。
だが殆どの人間は、アーサーらが呼びかけても目を覚まさない。応答もしない。
脈はあるが、脈があるだけだ。
まるでおとぎ話の氷の城の如く、全員の時間がそこで停止させられたかのように、人間としての活動をストップしてしまっている。
それでもどうにかしてアーサーは、ここから一人でも無事に帰還させようと考え──
眼前に倒れている女性通信士の肩を、少し強めに揺さぶった。
通信室内で彼女の席は、あまり日光の届かないところにある。照射されたと推測される光は、そこまで届かないはずだ。
とはいえ恐らく、セレブレイト・ウェイヴは光のみならず、振動によっても攻撃してくる。光の届かないはずの地下にいた人間でさえ、全員倒れてしまっていたのだ。
それはもう、アーサーも分かっているが──
「おい!
起きてくれ。ここで何があったんだ、教えてくれ!!」
わずかな希望に縋らずにいられず、彼は通信士を揺さぶり、呼びかけ続ける。
部下たちはそんな彼を、完全に諦めの表情で見つめていた。中には、無駄だとばかりに首を振っている者もいる。
しかし、アーサーの懇願に応えるかのように──
彼女の瞼が二、三度、僅かにピクピクと動いた。
やがてその瞼はゆっくり開き、大きめの黒い眸が真っ直ぐに、かなりの無遠慮さを伴ってアーサーを見つめる。
思わぬ奇蹟に、アーサーの声が跳ね上がった。
「君!
大丈夫かね、意識は……そうだ、担架を」
彼は慌てて我に返り、部下たちに指示を下した。
そして彼女はそんな彼の前で、何故か泣きそうな表情で声を出す。
発されたその言葉は──
彼女に一縷の希望を見いだしかけたアーサーを、絶望の底に突き落とすものだった。
「あ、あの。
私、除隊届を出さないといけなかったはず、なんですけど……
じょたいとどけ、って、何でしたっけ?
ていうか、ここ、どこですか?
私、がっこうに、いた、はずなのに。はやく帰らないと、かあさんに怒られちゃう……」
ミネルバJrハンガーでは──
急遽、ティーダ・Zのコクピット周りの改修が進められていた。
勿論、ナオトとルナマリアだけでなく、サイを乗せられるようにである。
それに伴い、サイ自身も普通にハンガーに出入りしていた。
当然整備士たちはいい顔をしなかったが、事情が事情だけに仕方がない。
セレブレイト・ウェイヴ発射の衝撃。
それが、ティーダ出動の緊急度をさらに高めていた。
人間から最低限の生命活動以外の全てを奪い、一瞬で基地の機能を麻痺させる、恐るべき兵器──
新兵器の脅威を目の当たりにして、艦長たるアーサーは帰還してからも動揺を隠せず、それは自然と乗員たちにも伝わっていた。
一瞬の爆光による、メガフロートの壊滅。
しかも基地そのものの破壊を殆ど伴うことなく、命も奪わず、ただ、機能だけを停止させる。
それが、セレブレイト・ウェイヴの正体。
サイ・アーガイルの齎した情報は、決して偽りではなかった──
アーサーやアビー以外の乗員は殆どがサイをろくに信用していなかったが、この事態を前に、慌てて動かざるを得なくなっていた。
一刻も早く、チュウザン方面に残されたザフトの友軍、及び住民たちを、新兵器の脅威から避難させる為に。
整備士たちが忙しなく動き続けるハンガー。
ティーダコクピットでは、ヴィーノが補助席を装着している横で、ルナマリアがナオトのパイロットスーツの様子を確認している。
ザフトのパイロットスーツが慣れないようで、ナオトは少々不満そうではある。
しかもモニターで確認する限り、今向かっている北チュウザン方面の天候は、これ以上を望めないほどの激しい雷雨ときた。
「チュウザンの雨はもう慣れましたけど……
こりゃ、一段と酷そうだなぁ」
そんな時だった――
キャットウォークを経由しながら、サイが彼らの前に現れたのは。
「ごめん、遅くなった。
よろしく」
そんなサイの声に、ヴィーノは何気なく振り返った──が。
「おう、準備出来たか……
って、え!?」
サイの姿を一目見て、絶句するヴィーノ。
気付いたナオトもルナマリアも、目を剥いてしまう。
「え、えっと、サイさん?」
「ちょ、ちょっと! そのカッコで出るつもりなの!?」
サイは別に、これといっておかしな恰好をしていたわけではない。
それまでと同様、グレーのタキシード姿のままだった、というだけである。
しかし、これからモビルスーツに乗って戦場に出ようという時に、タキシード姿とは──
驚く三人をよそに、サイは両手に嵌めた黒いグローブの具合を確認しながら、淡々と話す。
「大丈夫。
防弾チョッキは中に着たし、靴もマグネット入りのに変えてる」
「だから、そーいうことじゃないわよ!
貴方、戦場ナメてるの!?」
思わず怒鳴るルナマリアにも、サイは冷静だった。
「そう思われても仕方ないけど、舐めてなんかいない。
ただ、ザフトのノーマルスーツや制服を着ていると、住民救出の時に支障になることがあるんだ」
「な、何それ……」
「どの地域に降りるかにもよるけど、チュウザンはまだ、コーディネイターやザフトを恐れる住民も多い。
救助の手を差し伸べたにも関わらず、ザフトの恰好をしていたというだけで、住民側から激しく拒絶されたって例も少なくないんだ。
中には発砲された、なんて事件もあったりね。
だから出来れば君たちも、ザフトだと分かる装備は避けてほしいんだけど……
そこまですることは出来ないから、せめて俺だけでも、ね」
理路整然としたサイの説明に戸惑いながらも、ヴィーノも反論する。
「だからって、タキシードのまんまはねぇだろうが!!
ノーマルスーツがダメなら、俺の服でも何でも貸してやっから!!」
「それ、タキシードより丈夫だっていう保証はあるかい?」
即座にこう返され、何も言えなくなるヴィーノ。俺の服、結構ヒラヒラなヤツが多いからな。
「タキシードって意外と、どんな気候にもある程度は耐えられるんだ。
モノがいいと、ヘタにノーマルスーツ着るより動きやすい。
それに、俺がこの恰好で戦場に出ていくことで人目にもつくだろうから、住民の誘導もやりやすくなる」
その言葉で、ヴィーノもルナマリアも絶句しかけた。
「え……?
ちょっと待て。お前、それ……」
「まさか、外に出る前提で言ってるの?」
今更何を当然のことをとでも言いたげに、サイは二人を眺める。
「基本、そのつもりだけど。
でなきゃ、住民の誘導や救出なんて出来ないだろう?」
「だ、駄目ですよサイさん!」
さすがにナオトも止めに入る。「普通の天候ならともかく、今のヤエセ付近は特に酷い嵐です! 無茶ですって!」
問題はそれ以外に山積みだと思うけど、と言いたげなルナマリア。
しかしサイは聊かも態度を変えないどころか、多少おどけた仕草まで交えて言った。
「いいじゃないか。
アークエンジェルに乗ってたオーブの俺が、アマミキョと住民たちを助ける為に、ザフトの艦に乗って、オギヤカの花婿衣装で、ザフトとチュウザンとオーブの手で造られたモビルスーツで飛び出す──
これって、なかなかロマンがあるんじゃない?」
「馬鹿なこと言わないで! 私たちは真面目にやってるのよ!?」
「言っておくけど、艦長には許可を取ったよ」
「えっ?」
アーサーがこれを許したというのか。あまりの意外さに、ルナマリアも沈黙せざるをえない。
「今俺が言ったことをそのまま説明したら、納得してくれてね。
連合では許されないだろうが、ザフトはそのあたり柔軟だから、って。
それでも私服を何着か勧められたけど、サイズが合うものがなくてね」
それを聞きながら、ヴィーノは一旦ティーダコクピットから離れた。
ボソリと突っ込みつつ。
「……死んだって、知らないぜ」
「分かってる。
俺の目的は、まだヤエセ停泊中のアマミキョと、その周辺住民を助け出すことだ。
それまでは、絶対に死ぬつもりはない」
場を離れかけた彼に、敢然と言ってのけるサイ。
思わず反論しようとしたヴィーノだったが――
不意に背後からその肩が、強引に掴まれる。
ヴィーノを止めたのは、同じ整備士の仲間たちだった。
「おい、もうよせよ。
そいつがそうしたいって言うなら、すればいいだろう」
だが、感情をどうにも抑えられないヴィーノ。
「無茶だって!
あいつ、このままじゃ……」
しかし、そんな彼に対する仲間の返答は、酷く冷淡なものだった。
「死んだって構わなくね?
どうせあいつ、多分ナチュラルなんだろ」
一応、サイたちには聞こえないよう、ぼそりと呟かれた仲間の言葉。
その一言で、ヴィーノは我に返る──
──そう。
死んだって関係ない。だってあいつは、ナチュラルなんだから。
数日前までの自分だったら、そう思っていただろう。
しかし、今はそんな仲間たちの言葉に、違和感を覚えずにはいられない。
実際にナチュラルと接する前と後で、こうも違ってしまうものか。
多分、仲間たちにとっては今の自分のほうが、よほどの異物だろう。大勢の同胞を殺した下劣なナチュラルなのに、何故──
下手にヴィーノを責めたりしない分、彼らは人間が出来ているという見方も出来る。
そりゃそうだよな。俺、ちょっと前まで、冗談半分だったにしろ──
地上が焼けてしまえばいい、とまで言い合っていたんだから。
おし黙ってしまったヴィーノの耳に──
突然、マッド・エイブスの叫びが轟いた。
「おい、全員モニター見ろ!
例の基地の映像が出回ってる!!」
思わぬ事態に、ヴィーノもルナマリアも、そしてサイもナオトも一斉に、ハンガー中央付近に設置された共用モニターに注目した。
そこでは──
数時間前、艦長らが目撃したばかりの基地の様子が、何故か克明に映し出されている。
それも、テレビニュースといった形で。
物理的な破壊はされていないものの、ゴーストタウンに近い様相となってしまった基地内部。
無傷に見えるのに、倒れたままぴくりとも動かない、ザフト兵たち。
鎮火がなされず、延焼が広がっているボイラー付近。
目を覆うような流血は殆どないものの──
僅かな呼吸と脈があるだけで、他の生命活動をほぼ停止させられている人間たち。
サイたちが初めて目にする、セレブレイト・ウェイブの惨状。
その映像は、オーブ経由の報道によるものだった。
光が照射された直後、ミネルバJr以外にも基地に立ち寄った者がいたのか。
サイは食い入るようにその映像を見ながら、歯噛みする。
「まさか……
ミリアリア?」