【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
数分後。
またしても幾度かエレベータを乗り継ぎ、最深部に近いと思われる目的地に到着した、その瞬間――
シンは、自分の覚悟が多少甘すぎたことを思い知らされた。
まず目に入ったものは、宇宙艦内という割にはいやに高い天井から吊り下げられた、巨大な試験管のような形状の強化ガラス筒。
筒の中は、やや紅を帯びた液体で満たされている。
その内部に──
裸の人間が、眠っていた。
先ほどのガラスの中の患者と同じように、いやそれ以上の量のチューブに繋がれた状態で。
しかし、何よりシンの心を奪い、言葉さえも一瞬失わせたのは──
見間違えるはずのない、肩まで伸びかけたふわりとした金髪。
透きとおるような白い肌。どこまでも華奢な身体。
その大きな眼は、今は動くことなく静かに閉じられている。その奥には、ルビーにも似た大きな瞳が輝いていたはずだ。
でも──!
何故、彼女がここに?
俺の腕の中で息絶えたはずの──ステラが!
あまりの動揺に絶句してしまったシンに、フレイは淡々と告げる。
「お前は覚えているはずだ。ステラ・ルーシェを。
デストロイガンダムに乗せられ、破壊の限りを尽くし、その結果命を落とした彼女のことを」
そうだ。
ステラを止めようとしたのに結局それは叶わず、フリーダムによってデストロイは落とされ。
ボロボロになった彼女は、俺の目の前で──
「彼女に、デストロイガンダムへの類稀なる適性があることを発見したのは連合軍だ。
その能力は貴重なものだったようだな。ベルリンの惨劇後、多くの兵士がデストロイに乗せられたが、彼女ほどの戦績を残した者は皆無だった。
そこに、我らがタロミ・チャチャも目を付けた」
俺は、二度とステラを戦場に出したくなかった。
だからこそ、反乱まがいの真似してまでステラをあの男に託したのに、結局その約束は果たされなかった。
そのせいで、ステラは──
俺はもう、彼女をこれ以上戦争に利用されたくない。
彼女をこれ以上、苦しめたくない。
だからせめて、静かな湖の底で、誰にも見つからずに眠っていてほしい。
そう思って俺は──
「南チュウザンの新たなる力。
人を革命する光たる、『セレブレイト・ウェイヴ』。
その『御柱』となる能力を持つ者として、タロミはステラ・ルーシェに注目した。
そして私は命じられた。彼女の確保を」
『御柱』……って、何だ?
そんなものに、ステラは選ばれたってのか?
死んでしまった、その後にまで?
「残念ながら、私が確保する直前に彼女は死亡した。
だが、比較的良好な状態で回収出来た。お前が彼女を湖に沈めた、その直後だ。
仮に死亡しても破損状況がそこまで酷くなければ、現在の南チュウザンの医療技術ならば『御柱』に必要となる脳波の再現は可能だからな。
その点も感謝しているぞ。シン・アスカ」
破損状況? 回収?
こいつが一体何を言っているのか。何故、俺に感謝しているのか。
俺には全く分からない。
目の前で眠るステラは、とっくに死んでいるはずなのに──
何故かまだ、息をしているようにさえ見える。口から際限なく吐き出されている泡のせいだろうか。
やや豊満な胸も、少しばかり脈をうっているように思える。
「まさか……」
シンはありえない憶測を口にしてしまう。それは願望にも近かったが。
「生きてる、のか?
ステラ……」
その言葉に対し、即座にフレイは返答する。
「違うな。
彼女は既に死亡した──これは間違いない」
断固たる否定で返され、シンは酷く落胆する自分を感じた。
ステラは死んだ。俺が確かめたんだ。確かだったはずなのに。
それでも俺は──
彼女の生存を、一瞬でも信じたかった。
フレイは声色を全く変えることなく、冷淡に告げる。
「今、お前の目の前にあるものは、かつて彼女だった物にすぎない。
タロミ・チャチャは彼女の遺体を利用してまでも、彼女を『御柱』に仕立て上げるよう命じた。
そして、その命令を実行したのは私だ」
だとしたら。
死んでしまったステラまでも利用して──
どこまでもステラを汚し、蹂躙し、貪り尽くそうってのか。こいつらは!
自分の中で酷い怒りが燃え上がるのを感じながら、シンは眼前に立つ女をその紅の瞳で睨みつける。
だがそんな彼に対しても微動だにせず、フレイは語り続けた。
「これから南チュウザン軍は、セレブレイト・ウェイヴを使って革命を起こす。
そのたびに、ステラは『御柱』として使用されることになるだろう。
連合軍が彼女を、デストロイパイロットとして使い続けたようにな」
「そんなこと……っ!!」
思わずシンは叫びかかる。
そんなことは、絶対にさせない。
ステラをこれ以上凌辱など、絶対にさせるものか。
その叫びが、途中で止まったのは──
フレイの強い視線と相対したせいだろうか。
「お前ならば、どうする?
今すぐ私を殺して、ステラをここから解放するか?
妹を力づくで取り戻し、ステラをもう一度埋葬するか? 以前、お前がステラを強引に連合に返したように?
ここはもうミネルバではない。私を殺しても状況は変わらぬばかりか、お前が殺されるだけだ」
そんなことは分かっている。
だけど、じゃあ、どうしろってんだ。
死体になっても利用され続けるステラや、得体の知れないパイロットとして蘇ったマユを、放っておけっていうのか。
両拳を握りしめたまま、動けないシン。
目の前の女を一発ぶん殴ってやりたいが、それすらも出来ない。
フレイの視線の強さもあるが、何を考えているのか全く読めないのが、シンにとっては恐怖でもあった。
わざわざ自分の罪を俺に曝け出して、俺に何をさせる気だ?
まさか、俺に自分を殺してほしいとか言うのでもないだろう。
なら──
ゆったりとした呼吸をしながら眠っているようにしか見えないステラを前に、フレイは言い放った。
「シン・アスカ。
今から話すことは、事実でしかない。
その上で誰を怨むか、怨むならどうするか、己の意思で判断しろ。
自分で考え、自分自身で決めるがいい」
ガラスの前でふと視線を落としながら、フレイはさらに続ける。
ちょっと待ってくれよ。
今起こっていることですら、俺の脳は処理出来ていないのに──
そんなシンの心の叫びを、ほぼ意に介さず。
「このオギヤカを中心として構成される、南チュウザン軍。
それを率いるは私だ。私はタロミ・チャチャの命のもと、軍を動かす。
だが、とある事情から、タロミ・チャチャは滅多に外部へ顔を晒せない」
「それは、どうして……?」
「理由を話せば長くなるが、今のタロミは傀儡にすぎぬ。
実質、軍を統制しているのは……」
そこで一瞬、フレイが大きく息をついた。
酷く苦しげに胸を抑えたように思ったのは、シンの気のせいだったろうか。
「対外的には、私の姉を名乗る者。
実質、私の母であり──南チュウザン第二王妃。
真なるラクス・クラインだ」
北チュウザンにとどまり、防衛作戦を展開していた連合軍。
南チュウザンの暴虐を抑止するという名目のもと、北チュウザンに攻め入ったザフト軍。
セレブレイト・ウェイヴの脅威が現実のものとなった今、対立する二つの軍は双方とも指揮系統が乱れ、トラブルが続出していた。
──連合の山神隊など、チュウザンの情勢には慣れているわずかな例外を除いて。
撤退か否かすらもろくに決定出来ず、情報も伝わらず、連合・ザフト共に、大変な混乱に陥り──
比較的狭い島の中で運悪く衝突し、互いに交戦状態に陥ってしまった部隊も少なくなかった。
ロゴス壊滅により終結したかに思えた、連合とザフトの争いも──
ここチュウザンでは、未だ執拗に続けられていたのである。
一つの組織が壊滅しただけで、幾年月も積み重ねられたナチュラルとコーディネイターの憎悪と遺恨が消えるはずもなく。
また、中立国たるオーブがどれほど介入したところで、限界があった。
それを好機とばかりに容赦なく攻め入ってくる、南チュウザンの偽ダガーL強襲部隊。
勿論その中には、自らの命などお構いなしに敵陣に自爆攻撃まで仕掛ける、いわゆる特攻部隊も少なからず存在した。
降りしきる豪雨の下、次々に炎に巻かれていく小さな村や集落。
犠牲となるのは常に、力を持たない民衆であった。
「なんて無様な……」
十数機目ともなる敵機を、どうにか撃墜しながら──
フォースインパルスガンダムのコクピットで、ルナマリアは呟かずにいられなかった。
夜の闇と豪雨に紛れ、連合軍に襲いかかろうとしていた南チュウザン軍の偽ダガーL。
黒雲を裂くようにして現れたその3機を、彼女は苛立ちを振り払うように無我夢中で撃った。
ビームライフルの一撃を避けようともせず、まともに閃光を喰らって墜ちていく偽ダガーL。
そんな彼女のコクピットに、怒声が響く。
《やめてくれ!
言ったろ、この森は幹線道路が通ってる! 人が避難している可能性があるんだ、出来るだけ空中での交戦は避けて……》
「んなこと言ったって!
襲ってくるものは、仕方ないでしょうっ!!」
なんでいちいち、あんたの命令聞きながら戦わなきゃなんないのよ。
そう怒鳴りたくなるのをルナマリアはこらえながら、すぐ右側のモニターに映りこむ味方機──
ティーダ・Zを見据える。
真っ白い機体は豪雨をものともせず、悠々とインパルスの隣を飛翔していた。
さすが、元が空戦能力の高いセイバーガンダムだけはあり、地上の重力に負けることなくインパルスに追随している。
白く輝く装甲に雨が跳ね、ティーダは全身が霧に包まれているように見える。
今の怒声は、そのティーダの右掌部からスピーカーを通して流れてきた、サイ・アーガイルのものだった。
心底呆れながら、ルナマリアは改めてその掌を眺める。
掌部の上では、戦場には全く相応しくないタキシード姿のサイが、片膝をつきつつ嵐に耐えながら、じっと前方を見据えていた。
このサイの行動に関してだけは、ルナマリアやヴィーノがいくら文句を言おうと、サイは頑なに聞き入れようとはしなかった。
ティーダとインパルスがミネルバJrから飛び出して間もなく、サイはティーダの外へ出て機体掌部に乗りながら、自ら住民の避難誘導を開始したのである。
チュウザンの地理や適切な避難場所、港へ通じる最短ルートを熟知しているからこその行動であったが──
ナオトはともかく、ルナマリアとヴィーノは閉口せざるを得なかった。
サイのやりたいことは、彼女も分かっているつもりでいる。
しかしここは、戦場のど真ん中となってしまっているのだ。
現にサイが住民を誘導している最中も、すぐ上空でビームが飛び交い至近距離の森にまで着弾した時もあったくらいだ。
――そんな中で、そんな恰好で、避難誘導?
こっちにどれだけ負担がかかってると思ってるのよ。あんたたちに流れ弾が行かないように、戦闘で余計な気を配らなきゃいけないのに──
文句で頭が一杯になりつつあったルナマリアだが、その一方でサイの言葉と行動を認めずにいられない現状にも気づきつつあった。
まず、サイの恰好が意外にも、この状況においては適していた点だ。
雨粒にうたれながら、うっすらと光輝を放つティーダ・Z。
機体だけでも目立つ上、高速移動を行なうモビルスーツの掌にわざわざ生身で立っているタキシードの男とくれば──
人々の目に留まらないわけがない。
しかもサイは以前から、アマミキョを率いる副隊長として顔が知られている。アマミキョ復活のニュースは、北チュウザンでも大きな話題となっていた。
彼を知る住民たちは一にも二にもなくサイを信じ、ザフト機であるにも関わらず、ティーダやインパルスの掌に一斉に乗り込んできた。
反面、ルナマリアやヴィーノが住民の前に積極的に顔を出そうとすると──
ザフトのマークに気づかれ、明らかに怪訝な表情をする住民が殆どだった。子供でさえも。
中には酷く抵抗し、ちょっとした騒ぎになりかかった時さえある。
ナイフまで持ちだされた時は、さすがにルナマリアもサイの言葉を認めざるを得なかった。サイとナオトが必死で説得した為、その時は何とか大事に至らずすんだが──
地上で今なお厳然として存在する、ザフトやコーディネイターへの偏見。
ルナマリアもヴィーノも、それを痛感せずにはいられなかった。