【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
ナオトの腕をサイが掴んだ、その瞬間。
サイの脳裏に、一度に大量の情報が、光と共にどっと流れ込んだ。
──それは、死のイメージ。
多くの命が、叫びの一つも上げられず、ただの灰塵となって消滅していくイメージ。
いくら理性でそれを退けようとしても、圧倒的な物量をもって、そのイメージは彼の中へと直接侵入していく。
身体全体が裂けるような痛みまで伴って。
自分が永久にこの世の存在ではなくなったことすら自覚できず、
恐怖すら感じる余裕もなく、消えていく命のイメージ。
一瞬噴きだしたはずの血すら、熱と光となり、灰も残さず蒸発していく。
──何度経験しても慣れないな、このおかしな現象には。
しかしそんな混乱の中でも、サイは気づいた。
これが、今、ナオトが感じているイメージと、ほぼ同じものであると。
そして恐らく、これよりも酷い苦痛を感じていると。
そう直感したサイは、敢えてさらに力を籠めた。ナオトの腕を掴んだ右手に。
──理屈は分からない。
だがこうすることで、ナオトの痛みはほんの少し、軽減されるような気がする。
ナオトの痛みが、俺自身にも流れ込むことで。
サイは激しい揺れに耐えながら、そのままナオトの腕を掴み続けた。
傍から見れば、揺れの恐怖に怯えて子供に縋る情けない男に見えるかも知れない。
だが、構うものか──!
激震と共に、メインモニター向こうの空が何度も煌く。
爆光によるものか、モニターそのものの異常か、サイには分からない。
身体に流れ込む痛みとイメージの奔流に耐えるだけで最早手一杯。
彼らがそうしているうち、通信ごしにヴィーノの声が聞こえてくる──
《おい、大丈夫か!? ルナ、ナオト!》
やや怒気のこもったその声で、サイは気づいた。
すぐ眼前に、インパルスが傲然と立ちはだかっている――爆光から可能な限りティーダを守ろうとして。
その右腕部が伸ばされ、今にも倒れかかろうとするティーダを支えていた。
接触した装甲を通して、ヴィーノの震え声がさらに響く。
《こいつはヤバイぜ……
ルナ、すぐに艦に戻ろう! この光、デストロイだ!!》
「そんなこと言ったって……!」
ルナマリアが思わず、サイとナオトを振り返る。
──これでもあんたは、救出活動を続ける気なの?
口に出さずとも、ルナマリアの表情は雄弁に問いかけていた。
迷いつつも厳しさを湛えた彼女の瞳に、サイは逡巡する。
このまま住民の救出を続ければ、インパルスもティーダも無事ではすまない。
だが、あの光の先にいる人々はどうなる? 俺たちが救出すべき彼らは。
まだあのあたりには避難所も残っている。逃げ遅れた人々も大勢いるだろう。
その救出に向かったアマミキョの仲間たちも、少なからずいるはずだ。
しかし――サイが決断を迷ったその時。
ナオトの腕を掴んでいた手が、そっと握り返された。
ナオト自身の手によって。
吐き気を抑えながら、少年は呟く。
「……行きましょう、サイさん」
抑え気味ではあるが、はっきり通る声がコクピットに響く。
「まだ、あのあたりに生き残っている人がいるはずです。
ティーダが僕に、そう教えてくれてます」
「馬鹿! 何言ってるのよ」
サイが反論するより早く、ルナマリアが怒鳴ったが──
それでもナオトは、頑なに意志を曲げようとしなかった。
「それに──
これも、僕の役目ですから。
あそこで何が起こっているのか、この目で真っ直ぐ見て。
生きて帰って、それを伝えることが」
その言葉で、サイは思った──心の中で苦笑しながら。
これはどうやっても、俺たちは行かなきゃいけないだろうな。
俺たち全員でナオトを止めても、こいつは一人でも行くと言い出すに違いないから。
そんなサイの心情を代弁するように、ヴィーノの通信が響く。
《……ったく、しょーがねぇな。
危なくなるのは俺らなんだぞ?》
「すみません。でも……」
「ちょっと! ヴィーノまで何言ってるのよ!」
ナオトの謝罪を中断し、すかさずルナマリアが突っ込む。
死地に向かう気満々の男どもに、彼女は必死で抗い始めた。
「あのね、あんた達! どういう状況か分かってる!?
相手は──」
しかし、彼女がデストロイの危険性を改めて口にしようとしたその瞬間、
再びけたたましいアラートが鳴り響いた。
すぐにモニターを確認すると──
森の向こう、炎の燃え盛る空の彼方から、またしても黒の機体が群れをなして滑空してくるのが見えた。
それは当然、南チュウザン軍の偽ダガーL──
容赦ない自爆攻撃を躊躇なく仕掛けてくるがゆえに、無人の可能性すら疑われつつある機体。
「ちぃっ……!」
ルナマリアは盛大に舌打ちするとバイザーを下ろし、改めて操縦桿を握り直した。
「しょうがないわね!
ヴィーノ、ナオト、行くわよ!」
《おい、待ってくれよルナ!
こっちはすぐには飛べない、木も邪魔だし……》
「分かってる。
迂闊に飛んだら奴らのいい標的よ、地上から迎撃する!」
ルナマリアの声と同時に動き出すティーダ・Z。
だが敵機の動きは予想以上に素早く、あっという間に森の中にいるティーダとインパルスを捉え──
不慣れなインパルスがライフルを構えるより先に、黒の機体が3機ほど真っ直ぐにインパルスに襲いかかった。
空中から雨あられと、インパルスに注がれるビームカービンの光。
当然、ヴィーノの悲鳴が通信ごしに響きわたる。
《う、うわあぁああぁ!!》
「ヴィーノ!
あいつら、こっちの弱いところを……!」
いきりたったルナマリアは、空中を躍動する敵に向けてビームライフルを乱射するが──
彼女の腕では、やはり思うように当たらない。
こちらの攻撃をひょいひょい避けていくダガーLを凝視しながら、サイは怒鳴らずにいられなかった。
「闇雲にビームを使うのはやめてくれ!
いくら対策がなされているったって、ビームが人体や環境に及ぼす影響はまだ無視できないんだ。
近くに住民がいる可能性だって……!」
そんなサイを振り向きもせず、ルナマリアは迎撃を止めずに叫ぶ。
「あんたも、コーディネイターは環境無視の大馬鹿者って言いたいワケ!?」
「そうじゃない!
ただ、ビームを使うのは出来るだけやめてくれって言ってるんだ!」
「コロニー内でもあるまいし!
気にしてたら、こっちが死ぬわよ!?」
「だけど……!」
反論しかけたサイだが、今はもうそれどころではない。
彼が何か言おうとする前に、またしても機体に衝撃が走る。
ナオトの悲鳴と、ヴィーノの絶叫の交錯。
モニターを確認すると、轟音と共に右肩部あたりが爆炎に包まれるインパルスが見えた。
「ヴィーノさん!?」
「──まさか、スティレットにやられたか?」
サイは思い出す。
いつだったか、自分があの武器を使っていたことを。
作業用アストレイにスティレット・投擲噴進対装甲貫入弾を無理矢理積んで、単独出動したことを。
今思えば無謀にもほどがあった、あの時の自分の行動。
あれは捨てられていたものを子供たちと一緒に集めて修理した中古品ではあったが、それでもザフトの最新鋭モビルスーツの装甲を揺さぶるぐらいのことは出来た。
今ダガーLがそのスティレットを使ったのだとすれば、インパルスとはいえ無傷ではすまないだろう。
《ち、畜生!
こんな、連合の武器なんかで……!》
ヴィーノの呻きと共に、何とか立ち上がろうとするインパルス。
見ていられず、ルナマリアが叫ぶ。
「ヴィーノ、駄目っ!
あんた、ただでさえ怪我してるでしょ!?」
《こっちだって、意地ってもんが!!》
折り重なるように鳴り響く複数のアラート。
インパルスとティーダを攻撃し始めた偽ダガーLの数は、さきほどより倍増しているように思えた。
「無駄に戦う必要はないだろう!
ここは、離脱を考えたほうが……くっ!!」
思わず叫んだサイの言葉も、放たれたビームの余波による衝撃で中断されてしまう──
それでもルナマリアはサイを無視し、ビームライフルを無我夢中で連射する。
ヴィーノとインパルスを狙われた怒りが、彼女から冷静さを奪っていた。
──まずい。
このままじゃ、住民どころじゃない。
俺たちまでが、やられてしまう。
「サイさん、ルナさん!
黙示録、使いましょう! 今しかないですよ、アレを使うなら……」
前席中央に配置された白ハロを後席から覗き込みながら、ナオトも叫ぶ。
しかし、戦闘中のルナマリアのかわりにサイがそれを止めた。
「駄目だ。
この状況で無理矢理黙示録を発振しても、隙を狙われるだけだ」
「なんでですか!?」
「奴らには恐らく、黙示録の効果は殆ど及ばない。
黙示録が最も有効なのは中のパイロットだ、機体への物理的なダメージはそこまで大きいものじゃない」
「そんな……
ってことは、つまり」サイの言葉に、ルナマリアも驚きを隠せない。
「やっぱりあのモビルスーツには、パイロットがいないって言いたいの?
馬鹿なこと言わないでよ!」
彼女の言葉ももっともだ。
Nジャマーにより、ありとあらゆる電子機器が地上で使用不能になったことで、レーダーも使い物にならなくなった今──
人の肉眼による索敵は、絶対不可欠のものであり。
だからこそ、直接乗り込んだ人間によって動かす機動兵器たるモビルスーツが生まれたのだから。
今まさに命を賭してモビルスーツに乗り込んでいるルナマリアにしてみれば、無人のモビルスーツなどという概念は自らの覚悟を嘲笑われたに等しい。
そんな彼女の心情を考慮しつつ、サイは続けた。
「無人だとは考えにくいし、考えたくない。
だけど、攻撃衝動を持たない人間、という可能性もある」
「攻撃衝動……ですって?」
「俺の感覚が正しければ、黙示録は恐らく、人間の攻撃衝動に対し異様に強く反応する。
戦おうとする意思、相手を叩きのめそうとする感情。
誰かを守ろうとする勇気まで含めて。
怒り、憎悪、怨恨。言い方はいろいろあるけど──
俺は何度もティーダの光を見てきた。この推測は、結構近いと思ってるよ。
だからあのパイロットは――パイロットが乗ってるとするなら!」
あくまで冷静さを保とうとするサイに、今度はナオトが噛みついた。
「そんなもの、人間じゃないですよ!」
揺れで舌を噛まないようにしながら、サイは必死でシートにしがみつきつつ、ナオトを説得にかかる。
「いずれにせよ、こちらの黙示録発動にある程度の対策が講じられている可能性は高い。
向こうだって、既にティーダ以上の兵器を有しているんだ!」
「でも、今のティーダだって強化されたんですよ!?
黙示録も、パイロットだけじゃなく機体にダメージを与えるようになって……」
「EMPだろう? 分かってるよ。
避難民を乗せた車輛やモビルスーツに影響が出たらどうする!」
そう言われると、ナオトも自分の提案を却下せざるを得ない。
「……畜生。
でも、このままじゃヴィーノさんが!」
ナオトが叫んだ瞬間──
モニターに映し出されていたインパルスが、さらなる爆炎に包まれた。
絶叫と同時に切断される、ヴィーノの通信。
それでもなお、インパルスは立っていたものの──
最早、立っているだけだ。
ただひたすらに、こちらを殺す為だけに空から機動してくる凶器──
黒のダガーLは徒党を組み、傷だらけのインパルスになおも襲いかかっていく。
ビームライフルの先端から放たれた熱線が、無数の光条となってインパルスとティーダを貫こうとする──
その時だった。
アラートばかりが飛び交っていたコクピットに、不意に別の通信が割り込んだのは。
《伏せろ、坊主ども! お嬢ちゃん!!》
サイにとっては何故か懐かしさを覚える、そんな男の声と共に──
モニターの隅に、闇の空には似つかわしくない金色が閃いた。
天空を切り裂いて飛んできたその金色は、敢然とティーダとインパルスの前に立ちはだかり──
「あれは……!?」
やや怪訝な声で、ルナマリアもその光景に目を見張った。
よく見ると、それはストライクのフォルムにもよく似た、全身を金で彩られたモビルスーツ。
下手に凝視すると目が痛くなるほどの、金色。
噂には聞いたことがあるが、あれはまさか──
サイの思惑をよそに、ナオトが身を伏せながら絶叫する。
「あ、危ない!」
恐らく、自分たちを庇ってくれた金色の機体に向けての叫びだろう。
しかし次の瞬間、サイたちは信じがたいものを目にすることになった。
彼らを庇った金の装甲は、雨あられと集中してきたビームを全て防ぎ──
その上、ビームの反射までやってのけたのである。
当然、真っ直ぐに反射し弾き返されたビームは、撃ったダガーLの機体を次々と貫いた。
「……まさか、アカツキ!?」
サイは思い出す。
モルゲンレーテで一時モビルスーツ開発の手伝いをしていた頃、話だけは聞いたことがある──
オーブの元首長だったウズミ・ナラ・アスハが、娘カガリに遺したモビルスーツが存在することを。
さすがにその恐るべき性能までは、当時のサイには知らされなかったものの──
つい先日のオーブ防衛戦や、メサイア攻防戦の前後において遂に実戦投入され、敵味方にその脅威をまざまざと見せつけたという。
最も驚くべきは勿論、ビームすらも弾き返すその鏡面装甲、「ヤタノカガミ」。
ビーム回析格子層と超微細プラズマ臨界制御層から成り、機体をビームから完全に守り切るその装甲は、陽電子砲の直撃にすら耐えたそうだ。
そんな化物の如き機体が開発されたのが、今より2年前──
つまりアラスカから逃れたアークエンジェルがオーブに寄港した時には既に完成していたと聞かされ、さすがにサイは怒りを隠せなかったものだ。
その事実を知ったのは、アマミキョ復活の為に久々にモルゲンレーテを訪ねた時だったか。
──どうしてそれを、オーブ防衛戦で使わなかったのか。
──どうしてそれを、宇宙に逃がれざるを得なかったアスハ代表に託さなかったのか。
──そんな機体があったのなら、キラだってあそこまで苦しまずにすんだかも知れなかった。
──もっとたくさん、助かる命があったかも知れなかった。
──フレイだって!!
エリカ・シモンズ主任からは懇々と説明された。
当時はOSも装備もヤタノカガミも、実戦で使える状態ではなかった……と。
それでもサイは、どうにも納得出来なかったものだ──
その時反論出来なかったのは、冷静に説得を続けるエリカ自身の表情にも、無念の想いが現れていたからかも知れない。
そんな因縁の機体が今、俺たちを救った?
アスハ代表が直接、俺たちを?
だが、あの動き。
カガリ・ユラ・アスハが乗っているにしては、随分敏捷に感じる。
あれだけ接近していたはずのインパルスとダガーLの間に、アカツキはいとも簡単にひょいと割って入った──
そんな技術が、カガリに可能なのか。
それに今響いた声は、明らかに彼女ではない。
サイの思惑をよそに、ルナマリアはアカツキを睨みながら唇を噛んでいた。
言いたいことが山ほどあるが、助けられてしまったからには何も言えないという顔だ。
それはそうだろう──
ザフトはついこの間まで、オーブと敵対関係にあった。
エース機を操っていたルナマリアだって、アカツキに痛い目に遭わされたのかも知れない。
ヴィーノからの通信が回復すると同時に、彼の怒声が響く。ルナマリアの心情を代弁するかのように。
《畜生……!
あんなヤツに、助けられるなんて!!》