【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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※間接的にではありますが、性的暴行を示唆するシーンがあります。苦手なかたはご注意ください。




part3 ラクスの誘惑

 

 

 見間違えるはずもない。

 光を纏ってどこからともなく現れたその少女は、サイもよく知るラクス・クラインその人。

 エターナルに乗り込んでいた時と同様の、陣羽織にも似た衣装を身に着け──

 後ろでまとめられ、優雅に背に流した桜色の髪は、この雨の中でもどういうわけか、濡れることなくよく靡いている。

 その額の髪留めは、サイたちの知る重ねられた三日月ではなく、何故か満月の形をしていた。

 

 

「ラクス……さん?」

 

 

 モニターを食い入るように見つめながら、サイも戸惑いを隠せない。

 思い出すのは、最後に別れる直前の彼女の言葉。

 チュウザンに手を出すなと言った俺に、彼女はただ微笑んだだけだった。

 自らの主張を、一切変えることのないままに。

 

 

 ──私だから、行かねばならないのです。

 ──どれだけ危険だろうと、私は、行きます。

 

 

 その言葉通りに、彼女はここに来てしまった。

 しかも、キラを伴って。

 彼女をそこまで頑なにさせる理由を、あの時俺はちゃんと聞かないままだったな。

 もっとも俺が聞いたところで、おいそれと教えてくれるような人じゃないけど。

 

 

 ストライクフリーダムの掌で──

 ラクスは雨を気にもせず、ただ静かに微笑みながら、真っ直ぐにティーダZを見つめている。

 僅かに光を帯びた桜色の髪はまるで重力の存在を知らないかのように、ふわふわ空気中に浮いているようにすら見えた。

 そして、ストライクフリーダムのスピーカごしに聞こえる、彼女の声。

 

 

《──(わたくし)は、ラクス・クラインです。

 このような形で再生したティーダを見られて、嬉しいですわ。

 どうか、降りてきてくださいな。皆さま》

 

 

 そう語りかけるラクスの髪は何故か、かつてのものより異様に長いように思える。

 というよりも紅の混じったその銀色の髪は、サイたちの眼前で今なお伸び続けていた。

 まるで、植物の成長を高速再生するかのように。

 その異常さに動けないサイたちに、さらに呼びかける声。

 

 

《サイ──そこにいるのは分かってる。

 僕たちは、戦いに来たわけじゃない。

 少し、話をしたいんだ。

 お願いだから、出てきてくれないか》

 

 

「やはりお前か──キラ」

 

 彼らの目的が掴めないまま、サイは唾を飲みこむ。

 今のキラの声。あくまで穏やかではあるが、感情の読めない声だった。

 元々キラの感情は読みづらい時がよくあり、俺だけじゃなくトールやミリアリアもたまに振り回されていたような気がする。

 ラクスと一緒にいるようになってからは、そこに全てを悟りきったような世捨て人のような態度が加わり。

 オーブ軍の中にも、キラの──

 恐らく無意識であろう朴訥とした性格や発言を、上から目線な姿勢と誤解して嫌悪する兵士たちもいるらしいと、ミリアリアから聞いた。

 ただでさえそのような態度だったのに、今は──

 穏やかさの中に、言い知れぬ冷たさが籠められている。

 相手に敵意はないはずなのに、何故か複相ビーム砲にロックオンされているような感覚が、サイを襲っていた。

 

 ──降りなければ、やられるかも知れない。

 

 そんな思考に至った自分にサイは驚いたが、そう錯覚するほどの緊張が感じられる。ストライクフリーダムのカメラアイから。

 

 ──キラが、俺を撃つ? あのキラが? 

 あんなにボロボロになっても、友達を裏切っても、俺たちを守ってきたキラが? 

 何を考えているんだ、俺は。

 

 必死で頭を横に振りながら、サイは決心したように腰を上げた。

 

「俺、行くよ」

 

 その言葉に驚いたルナマリアは、慌ててサイを押しとどめる。

 

「駄目! 

 のこのこ出ていって、何されたって知らないわよ!」

 

 確かにここは、第三者たるルナマリアの意見を聞き入れたほうが良いかも知れない。

 ろくな武装もせず、敵味方も分からないモビルスーツの前に降りるなどと──

 だがサイは敢えて笑顔を見せながら、彼女を説得する。

 自分の中の不安を押し隠すように。

 

「ここで行かないと、どのみち俺たちはやられるよ。

 大丈夫。ラクスさんは信用できるし、それに──

 キラは俺の、友達なんだ」

 

 その言葉に、ルナマリアも反論出来ない。

 いくらティーダZとはいえ、2機のストライクフリーダムを相手にして勝てるとも思えない。黙示録など、恐らく発動の前に撃たれてしまうだろう。

 

「……仕方ないわね。

 じゃあ、私もついていくわ。何かあるといけないから」

「ぼ、僕も行きます!」

 そこに食らいついてくるナオト。「マユがどうなっているのか、知りたいんです!」

 だがルナマリアは、そんな彼の言葉を一刀両断した。

 

「それは駄目」

「何でですか!?」

「ティーダがガラ空きになるでしょ。

 それにあいつら相手に、丸腰のサイを貴方が守り切れるとも思えない。

 ナオトはここで待機してて。何かあったらすぐに動けるように!」

 

 かなり強めの彼女の口調に、ナオトも引き下がらざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 霧雨の降る湖上で、じっと相対するティーダZとストライクフリーダム。

 サイはハンドガンを手にしたルナマリアを伴いながら、コクピットハッチからティーダの右掌部に飛び移る。

 眼前のラクス・クラインは、何故か全身がほのかに輝いていた。

 特にその髪から発せられる光は、眼鏡ごしであっても目が痛くなるほど強い。サイは一瞬、ビームの一種かとすら感じた。

 眩しげに自分を見つめるサイとルナマリアを眺めながら、彼女は優雅に微笑む。

 しかしその唇から静かに発された言葉は、一瞬にして二人を戦慄させた。

 

 

《フレイの心を惑わす者。

 キラを動揺させる者。

 私からフレイを、奪おうとする者よ。

 今の私に必要なものは、ティーダです。

 キラと、フレイと、ラクス・クライン──

 私の愛する者たち、全ての為に》

 

 

 まるで電子音声のように、抑揚が感じられないラクスの声。

 ──違う。

 これは、ラクス・クラインじゃない。

 何を言っているのか、まるで理解が出来ないが──

 少なくとも彼女は、このような物言いをする人ではなかったはず。

 

「何、これ……本当にラクス・クラインなの? 

 もしかして、ホログラフィー?」

 

 違和感に気づいたのか、ルナマリアも怪訝そうに状況を見つめる。

 少し前にデュランダル議長による偽者騒動があったのだから、疑うのも当然だろう。

 しかし──

 

 

 サイとルナマリアを完全に無視し、ラクスの視線はティーダZのカメラアイにじっと注がれる。

 その視線に沿うように、彼女はすうっと右手を眼前まで上げた。

 同時に、彼女の光る髪が──

 まるで一本一本が生き物であるかのように、ざわっと蠢いた。

 

「!?」

 

 それが一瞬、イソギンチャクの触手を思わせる動きで空中に浮かんだと思うと──

 毛先がまるでビーム状の光の束となり、一息にサイたちに向かってくる。

 

 

 撃たれる──と錯覚したのは、ほんの一瞬。

 

「うっ!?」

「え……っ!!?」

 

 軽い悲鳴と同時に、サイもルナマリアもその身体を光の束に包まれた。

 それもご丁寧に、一人一人別々に。

 ティーダZの手の上で、ラクス・クラインの髪に絡め取られるサイとルナマリア。

 どうやらこれはただの光ではなく、超軽量だがある程度の質量を伴った透明の細い糸であるらしく──

 それが幾千本もの柔らかな束となって、サイたちの身体に無遠慮に触れてくる。

 まるで拘束するかのように一瞬で彼らに巻きつく、ラクスの髪。

 それは人間本来の髪量からすればありえないほど長く伸び、さらに間断なく次々とラクスの身体から生み出され、二人に襲いかかる。

 

 

 ──惑わされるな。

 ここにラクス・クラインはいない。こいつは擬似映像にすぎない。

 

 

 そう確信し、サイは眼前の彼女をしっかり見据えようとしたが──

 身体が光の束に触れた個所から、酷い熱を伴いつつ、軽い痛みと痺れが神経を突き刺した。

 同様に拘束されかかったルナマリアが叫ぶ。

 

「気をつけて! 

 この光、普通じゃないわよ! う、あぁっ……」

 

 その間にも、ラクスの声は虚空に響く。

 

 

《私は、ラクス・クラインです。

 地上と宇宙に住む、全ての人々よ。

 あるべき道を失い、未来が闇に閉ざされた、黙示録の時代の今──

 絶望の中から、光を生む為に。

 今こそ『種』を持つ、新たなる人類が必要とされる時。

 やりましょう、キラ──

 誰も血を流さぬ新たな時代への、最後の革命を!!》

 

 

 光の束はサイたちを包みこむのみならず、さらに彼らを強く縛りつける。

 やはりただの光ではない。それも、微細だがかなり強力な糸のような──

 そこまでサイが考えた時、突然、意識が朦朧とし始めた。

 よく見るとタキシードに触れた光はそのまま濡れた布地を侵食し、直接彼の肌にまで到達しているようだ。

 

「まさかこの光は、神経を……!? 

 ルナマリア!」

 

 サイは慌てて彼女を振り返る。

 しかし既に時遅く、ルナマリアの全身はラクスの髪に絡みつかれ、四肢の自由を奪われ──

 そのさまは、まるで桜色の巨大な繭だった。

 僅かに頭だけがまだ自由だったが、熱さと痛みに耐えかねてか、その頬はほんのり紅に染まっている。

 だが、サイ自身はもっと酷い状態だろう──

 ある程度丈夫なパイロットスーツでも、いとも簡単に貫通しているこの光。自分のタキシードでは、それ以上に早く侵食が進むのは当然だ。

 現にもう、皮膚だけでなく血管にまで影響が及んでいる。袖と革手袋の間から僅かに覗いた手首が、奇妙にむくみ始めていた。

 身体中を襲う痺れはさらに進み、手足どころか指先を動かすのすら危うくなっている。

 サイが何とか立っていられたのは、全身に吸い付いた大量の糸で支えられていたからに過ぎない。

 

 

 ──この感じ。

 あの時と、一緒だ。

 

 

 不意に蘇ってきたものは、収容所での記憶。

 狂った男に一方的に暴行された時の記憶を、何故かサイは思い出した。

 汚水を頭からぶち撒けられ、さんざん殴られて動けなくなったところを、身体じゅうに泥を塗り込められた。

 濡れた服の上から、身体を弄ってきた太い指。

 傷つき出血した腕を、無遠慮に舐め回した汚い舌。

 奴と一緒にいたあの軍人は、奴を止めもせず、俺を冷酷に見下げていた。

 何も知らずに戦争に参加した、無知の罪だとばかりに──

 

 

 状況はまるで違うものの、あの時と全く同じ感覚を、サイはこの光の糸に感じた。

 心を、身体を、土足で踏みにじられる恐怖と屈辱を。

 恐らく服の中まで達しているだろうその毛先は、暴力と同じ無邪気さを伴って彼の腹のすぐ下や、胸の中心やらを撫で回している。

 だが、いよいよ意識が混濁しかけたその瞬間──

 

 

「サイさん! 

 サイさん、ルナさん、しっかりしてください!!」

 

 

 響き渡ったものは、ナオトの叫び。

 まさかと全力で振り返ると──

 ティーダZのハッチを完全に開き、生身でコクピットから身体を乗り出しているナオトが見えた。

 声帯まで痺れかけてはいたものの、サイは全身全霊で叫ぶ。

 

「馬鹿! 今すぐ戻れッ!!」

 

 

 ──今ここで、ナオトまで囚われてはいけない。

 

 

 そう直感しての、サイの絶叫。

 しかしその時、溢れんばかりの光の向こうで

 ラクス・クラインの幻が、満足げににっこり微笑んだ──気がした。

 その柔和な青い瞳は、真っ直ぐにナオトを、ティーダZを見つめている。

 まるで、彼を誘うように。

 

「何してるの、ナオト! 

 早く、ハッチ閉めなさ……あぁっ!!」

 

 サイと同じ危険を感じたのか、ルナマリアも必死で叫ぼうとあがく。

 しかし無数の光の糸に絡め取られ、さすがの彼女も最早、満足に動くことも声を出すことも出来なかった。

 そんな彼らの眼前で、ストライクフリーダムのカメラアイが無機質に光る。

 ラクスを両掌に抱いたまま。

 

 

 その瞬間──

 サイの予感を全く裏切ることなく、ラクスの髪がまるで光の矢のように伸び、

 ティーダZのコクピットを──

 ナオト目がけて、飛んだ。

 

「!?」

 

 あまりに素早いその動きに、何が起こったのかすらナオトが理解出来ないまま、輝く糸は襲いかかっていく。

 

 

 ──何故だ。

 どうして、キラとラクスさんが、こんな風にナオトを……? 

 それに、あの赤いストライクフリーダムは、何だ? 

 

 

《てめぇら、何しやがる!? 

 畜生っ……!》

 

 ティーダZにつき従っていたインパルスから響く、ヴィーノの叫び。

 サイとルナマリアのみならずナオトまでも囚われてしまった以上、闇雲に手を出すわけにもいかず、インパルスはライフルを構えたまま棒立ちになるしかなかった。

 その間にもナオトを取り込もうとする糸は一気にその嵩を増し、何も出来ないサイたちの前で、ティーダZのコクピットごとナオトを包み込んでいく。

 ラクスの発する光の前に、ナオトは全くの無力で──

 得意の大声の一つすら出せず、飲みこまれていくばかりだ。

 

《ルナ! ナオト! バカメガネ!! 

 返事してくれよ、おい!!》

 

 ヴィーノの声だけが、インパルスから虚しく響く。

 だが最早、今のサイにはどうすることも出来ず──

 その必死の叫びすら、やがて聞こえなくなっていく。

 この光が脳までを侵食している、とサイが理解したとほぼ同時に、

 彼の意識は、すうっと遠くなった。

 

 

 

 

 

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