【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part4 フレイと幻想と幸福の世界

 

 

 

 ──ねぇ。

 ねぇ、サイ。早く起きてってば!! 

 

 

 

 目を覚ますと、最初に見えたものは──

 眩しくて頭が痛くなるほどの、青空。

 そして、自分を見おろす、紅の髪の少女。

 特徴的な灰色の瞳は、じっと優しくこちらを見つめている。

 

 

 

「え……? 

 フレ……イ??」

 

 

 

 先ほどまでの雨と黒雲が嘘のように、晴れ渡った空。

 輝くばかりの太陽。

 清々しい草の匂いが鼻をつく。

 

 

 

 ──あれ? 

 俺はさっき確か、ラクスさんとキラに捕らえられて……

 その後、どうした? 

 

 

 

 ぼんやりする頭を押さえながら、サイはゆっくり身を起こす。

 眼前のフレイは、水色のフレアーワンピースを着ていた。いつか北チュウザンで再会した時と同じものを。

 よく見ると自分のタキシードも油まみれの真っ黒ではなく、元のグレーに戻っている。

 身体中にこびりついていた血や泥も、すっかり消失していた。

 サイが寝ていたのは、ひどく明るい緑の草原が一面に広がる丘。あまりに明るい緑で、目が痛いくらいだ。

 見回してみると、色とりどりの花があちこちに咲き乱れ。

 丘の頂上には、白い石造りのアーチの下に飾られた金色のベルが見える。

 すぐ足元に咲いた蛍光色に近い桃色の花を見ながら、サイは思った。

 

 

 ──何だ、この花? 

 この地域で、こんな色の花は見たことがない。

 というか、図鑑でも見覚えがない。

 まるで……

 

 

「サイ! いくら何でも寝坊しすぎよ。

 早く行きましょ、下でみんな待ってるわ!」

 

 朗らかに声を上げて笑いながら、嬉しそうにサイを眺めるフレイ。

 ──何も知らなかった2年前の彼女と、全く同じに。

 

 

 

 彼女はそのままサイの手を取り、草原にきれいに敷き詰められた石畳を降りていく。

 さっきまでの身体の痛みはどこへ消えたのか。サイも彼女につられるように立ち上がり、歩き出した。

 

「フレイ……あの、どこだい、ここは? 

 君は一体……」

「だいじょーぶ。そのうち、サイにもちゃんと分かるから!」

 

 鬱陶しい湿気を含まず、かといって酷く乾燥してもいない、優しい風が頬を撫でる。

 暑くも寒くもない、人肌にちょうどいい大気。それはコロニー内の調整された空気にも似ていた。

 丘を降りていくとやがて、整然とした小さな街が見えてきた。

 上から見ると、道路はまるで碁盤のように一定の間隔で平行に通され、複雑な多差路は一切ない。誰が入り込んでも迷うことはなさそうに見えるが、どこも同じような構造の道路が余計人を惑わせるようにも思える。

 

 

 

 丘を降りて街に入り、フレイと一緒に少し歩いていくと──

 こじんまりとした白いレンガ造りの家々が、大きな広場を中心に広がっていた。

 広場の中心に堂々と飾られているのは、ひときわ大きな噴水。

 美しい空に勢いよく噴きあがる、清浄な水。

 そこには多くの人々が集まり、それぞれの時間を思い思いに楽しんでいるようだ。

 

 

 

 恐らく俺は、現実には存在しえない幻か夢を見せられている──

 何とかそう認識することは出来たものの、今のサイは状況を観察することぐらいしか出来ない。

 行き交う車や電車などはほぼなく、あってもたまに、何かの配達をしているらしき自転車が横切る程度。それも、サイから見るとひどくゆったりとしたスピードであった。

 車や電車用に作られた広い道路が、そもそも殆どないようにも思える。

 そして、サイの目に異様に映ったのは──

 噴水の周囲に、かなり多く配置されたベンチ。

 

「フレイ。ここは舞台か何かかい? 

 サーカスでも来るのか、ここは」

「え、どうして?」

「ベンチがやたら多いな、と思って」

「えー? よくあるただの広場よ。確かに時々催し物があって、歌手志望の子がライブやったりはするけどね」

「ただの、か……」

 

 そういえば、オーブにはこんな場所、殆どなかった気がする。

 駅にも公園にも、ベンチなんて必要最低限しかなかった。特に駅のホームなんて、人がどうにか寄りかかれるような、椅子とも呼べないような支柱的な何かがあるだけ。理由は多分、ホームレスや酔っ払いのたまり場になるから。

 テロに使われるからって、ゴミ箱すらもなかったっけ。

 

 

 風景を見回してみて、サイは気づいた。おかしいのはベンチの数だけではないことに。

 よくよく見ると、ベンチ以外の場所にも──

 かなりの人数が地べたに直接座り、のんびりと日向ぼっこをしている。

 石畳の上に何も敷かずに腰を下ろし、カップルでべったりしている者。

 店らしき建物のすぐ前に堂々と陣取り、物憂げに本を読み耽る者。

 中には、道路の真ん中で昼間から堂々と寝そべっている者までいた。

 明らかに下着が見えていても、それを笑ったり咎めたりする人間はいない。

 そんな光景を見ながら、フレイは笑う。

 

「いいでしょう? 

 この街、どこで何をしていてもいいの。いつでもどこでも、皆、思い思いの時間を過ごせる。

 今日はのんびりしたいなーと思ったら、一日中ここでお茶しながら日向ぼっこしててもいいのよ!」

 

 そんなフレイの言葉にも、サイはどことなく違和感を覚えた。

 

「夜はいいのか? 

 浮浪者のたまり場になるだろう」

 

 それを聞いて、フレイは信じられないと言いたげにサイを見つめる。

 

「それの何がいけないの?」

「え? 

 何が、って……」

「夜の景色が好きだから夜に広場に集まって時間を過ごす。それの何がいけないの?」

「いや、だから、その……フレイ?」

「そもそも、貴方が言う浮浪者なんて、ここにはいないわ。

 他人の持っているものを羨んで盗みをはたらく人間は、ここには存在しない。

 他人の才能を羨んで殺人や暴力沙汰を起こす人間は、ここには存在しない。

 住む場所も働く場所もお金もなく、誰かから奪わなければ生き残れない人間は、ここには存在しないから」

 

 

 ──どういうことだよ。

 

 

 戸惑いながら、サイが周囲を見回すと──

 噴水の端に腰かけ、幸せそうに頬を寄せ合うカップルが見えた。

 あれは──

 

「トールに、ミリアリア……? 

 何であいつら、ここに?」

「あぁ、いたいた。ミリィー!」

 

 彼らに気づいたのか、フレイははしゃぎながらそちらへ走っていく。

 

「トール、もうお仕事終わったの?」

「うん、やっとだよ~。やっぱり1週間に2日も働くなんて、キッツイよなぁ」

「またぁ、そんなこと言っちゃって。私なんかこの前、3日も連続で道路掃除したんだから!」

 

 駆け寄るフレイに、屈託なく微笑むトールにミリアリア。

 ──だがサイはそこで、何となくこの世界の違和感の正体に気づきはじめた。

 

 

 そもそも、トールは――

 頭のどこかがぼんやりして理由が思い出せないが、トールはもう――

 なのに何故、彼が普通にミリアリアと一緒にいる?

 それにこの会話は、一体、何だ?

 

 

「なぁ、フレイ……

 そういえば、ここの奴らって、仕事は? 

 ここにいる人間は、仕事はしていないのか?」

 

 しかしフレイのかわりに、ミリアリアが心底驚いたといった顔で答える。

 

「え? サイってば、まだそんなこと言ってるの? 

 人は働くのが当たり前みたいな顔しちゃって!」

「へ? そりゃ、当然のことで……」 

「人は生きてる限り働かなきゃいけないなんて、100年前に滅びた常識でしょ?」

 

 眉根を寄せながら、怪訝そうにサイを見つめるミリアリア。

 

 

 ──違う。彼女はミリアリアじゃない。

 ミリアリアだと思いたくない。

 

 

 サイの中で、何かが酷い警告を発する。

 それに追い打ちをかけるように、トールがひらひらと手を振った。

 

「あぁそうか。サイはこの街、初めてだもんなー。

 ここじゃ、労働なんて概念、ないも同然なんだよ。

 要は、働かなくても生きていけるってこと」

 

 

 ──どういうことだ。

 働かなくても大丈夫だと? 

 

 

 戸惑うサイに、フレイが寄り添って耳打ちする。

 

「もう少し詳しく言うとね……

 ある程度は仕事をするように政府から言われるの。だけどトールも言った通り、せいぜい一週間に2日ぐらい。

 それも、自分で仕事を探すような面倒もなくて、政府から勝手に割り当てられたお仕事の中から、好きなものを選べばいいようになってる。

 私なんか先々週、あそこのパン屋で働いてたのよ!」

 

 ちょうど噴水を挟んで正面あたりに見える、赤茶けたレンガ壁が印象的なパン屋を指差すフレイ。店からは、いかにも美味しそうなパンの焼ける香りが漂ってくる。

 

「フレイのパン、殆ど焦げてたけどねー」

 

 笑って言うミリアリアに、フレイは膨れながら口答えする。

 

「でも、殆ど苦情なんかなかったのよ? みんな焦げてても美味しいって言ってくれたし!」

「苦情ってフレイ、それも100年前の話だろー? 

 今は誰も、文句言う奴なんかいないんだって~」

 

 

 どうなっているんだ。

 一体どうなっている、この街は? 

 サイは次第に、自分がいる場所への違和感を強めていく。それは――

 嫌悪というべきものにも似ていた。

 

 

「いや……待ってくれ。

 それじゃここの連中は、どうやって生活してるんだ? 

 今の話を聞く限り、収入はどうしても限られてくるだろう?」

「なぁんだ、そんなこと?」

 

 サイの言葉に微笑むミリアリア。フレイが朗らかに説明する。

 

「だから大丈夫だって。

 そういうの、ずっと政府から支給されてるから、心配ご無用!」

 

 

 彼女の説明はかなりざっくりしていたが、サイはおぼろげながらも理解しつつあった。

 ということは──

 人々の収入も仕事も、全て政府が完璧に保障している世界だということか。

 

 

「そういうこと」

 

 サイの背後から、突然小さく声がかけられる。

 振り向いてみるとそこにいたのは、分厚い本を抱えたカズイだった。

 ――あれ? 確かカズイは……怪我をして……

 何で、ここにいる? 

 

「働きたいという意思があるヤツには、ちゃんと仕事が与えられる。

 個人の適性も遺伝子データの管理によりちゃんと把握されてるから、能力がないのに無理な仕事をさせられて苦しむなんてこともない。

 生活するに十分なお金は支給されるから、過重労働で倒れるようなこともない。

 政府により労働者の能力は分析され、それにより仕事の割り振りは適正になされているから……

 能力のある奴が一方的に仕事を押し付けられることもない」

「カズイったら、やーねぇ。

 倒れるまで働くなんて、それこそ100年前の話でしょう?」

 

 フレイの指摘に、カズイはちょっと頬を赤らめながら得意げに本を突きだした。

 

「俺、昔の労働事情の研究もしてるから……」

 

 ミリアリアが興味深げに、トールと顔を見合わせた。

 

「そーね。カズイって、地味だけど面白そうな研究、好きだったもんねー」

「昔なんて酷かったらしいよ。

 どんなに暑くても寒くても、満員電車に毎日詰め込まれて、2時間以上かけて職場に行くなんてのが当たり前で……

 しかも早朝から深夜まで、12時間以上連続で働かされることもザラだったって」

 

 トールが大仰に驚きながら突っ込んだ。「えぇ、マジ!? 完全に奴隷の世界だなー。

 俺たちなんか、職場まで歩いて20分かかるってだけでも勘弁。もっともそんな仕事、割り振られるわけもないけど」

「そもそも電車なんて、旅行に行く時ぐらいしか使わないしねー」

「暑かったり寒かったりしたら、休むのは当然だしねー。てか、休めって言われるしねー」

 

 

 カズイの話から、サイは少しずつ冷静に事態を把握し始めた。

 ――ここはもしや、デュランダル議長のディスティニープランが、完全に実現した世界なのか。

 全ての人間が遺伝子により管理され、仕事と収入を与えられ、争いも不和も発生せず、何不自由なく暮らすことが出来る世界。

 しかし、デュランダルの計画は破綻したはずだ。キラたちの蜂起によって。

 未来を決めるのは、人の自由意思によるものだと──

 そう信じて、キラとラクスはデュランダルを討ったのではなかったか。

 

 

 サイがふと視線を外すと、噴水付近でたむろしているカップルの中には、ナオトやマユまでがいた。

 微笑みあう彼らのそばには──死亡したはずのカイキ・マナベの姿もある。

 しかも、あれだけナオトといがみ合っていたはずのカイキは、マユと一緒にナオトの頭までもわしゃわしゃ撫でながら談笑していた。 まるで、本当の妹と弟を愛でるように。

 

 

 ──カイキにはああなってほしいと、俺も思った時期はあるけど。

 しかし今となっては虚しい願いだ。

 そういえば……

 

 

 彼らを見ながら、サイは気づいた。

 この世界の抱える、違和感の正体に。

 出来るだけ冷静さを保つよう努力しながら、サイはフレイに尋ねる。

 

「盗みや無駄な争いをしなくても、生きていけるのは分かったよ。

 だけど、人同士の争いはどうやったって発生するだろう」

 

 そんなサイの言葉に、フレイだけでなくミリアリアたちもしんと静まる。

 

「誰かの才能を羨んだり。

 自分にはない何かを求めて苦労したり。

 到底叶いもしない夢を見て、何とか努力してみたり。

 人より多く稼ぎたくて、がむしゃらに働いてみたり。

 それは言葉を変えればただの徒労で、虚しいことかも知れない。

 時にはそれが原因で、略奪が起こることもあるだろう。

 そういうことは、この街ではありえないのか?」

 

 

 サイの言葉の意味が分からない──というように、ミリアリアたちは顔を見合わせる。

 それでもサイは、いつしか感情的になり言葉を重ねていた。

 

 

「例えば、縄張り争いとか。好きなヤツを取り合ったりだって……

 それは人間だけじゃない。動物にだって起こりうることだ。

 生々しい話だけど、優秀な遺伝子を残す為に……」

 

 そう言いかけて、サイははっとして口を噤む。

 フレイの灰色の瞳が、彼をじっと凝視していた。

 その唇が、静かに開く。

 

 

「全ての人間が、()()()()()()()()()()、完璧にコーディネイトされたとしたら? 

 もうそんなこと、考える必要はなくなるんじゃない?」

 

 

 かつてコーディネイターをあれだけ忌み嫌ったフレイ。その彼女の口から出た言葉とは思えない。

 しかしそれ以上に、何かが酷くサイの中で暴れ出す。フレイの言葉を拒絶する何かが。

 

「ありえないよ。

 それが出来ないから今の俺たちみたいに、際限ない争いが繰り返されているんじゃないのか? 

 出生数の問題もクリア出来ていないのに、人間がそこまで遺伝子をどうにか出来るわけがない。少なくとも、俺が生きている間は」

「じゃあ――

 擬似的にでもそう出来るように、人の意識を変える道具を作ってしまえたら、どうかしら?」

 

 

 何を言っているんだ。

 政策でも遺伝子でも人を縛れないなら、意識自体をコントロールしてしまえばいいって? 

 まさか、それが──それこそが、セレブレイト・ウェイヴなのか。

 

 

 戸惑いを隠せないサイに、フレイは微笑みかける。

 

「サイの言うこと、分からないわけじゃないのよ。

 ひとつ願望が叶うと、だいたい人間って、その先を望むんだよね。

 今日一緒にお喋りできたから、明日は一緒に帰りたい。その次は一緒にお茶したい、あわよくばその次は……って。

 それが出来なくなると、人は不満を感じる。不幸を感じる──

 もう一歩先に行けるはず、その希望を打ち砕かれるから。

 でも、もう人は、そんなことに苦しまなくてもいいの。

 変わりたいという願望に、変われない自分に、苦しまなくてもいいの。

 だってもう、人は──変わらなくてもいいんだから」

 

 

 

 

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