【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part5 幻影からの脱出

 

 

「だってさ、ルナ。

 いい加減、人間って、進化しすぎたと思わないか?」

 

 サイがフレイたちによって惑わされている頃──

 同じ空間に紛れ込んだルナマリアもまた、シンに同じ言葉を告げられていた。

 赤服ではなく、普段のラフなパーカーに着替えたシン。

 ルナマリアたちに日頃見せているような険しさは微塵もなく、ただただ脳天気にチョコミントのアイスを頬張っている。

 確かに、こういう穏やかな顔のシンの方がルナマリアは好きだが──

 それにしても、気が抜けすぎではないか。私服とはいえ服装もどこかだらしなく、着崩したジーンズの腰のあたりからは臍までが覗いている。

 ファッションでそうしているのではなく、本人の怠惰でそうなっているように見える。

 

「シン──何、言ってるの? 

 人間が、進化しすぎた?」

 

 何が起きたかすら理解出来ず、眼前のシンを見つめるしかないルナマリア。

 

「そうよ、お姉ちゃん」

 

 シンの背後から、ひょいと顔を出す赤毛のツインテールの少女。

 

「メイリン!? 

 貴方まで、どうしてここに──」

「ここが、人の理想の世界だから。

 進化しきった人類だけが行き着くことの出来る、究極のユートピアなの」

 

 はしゃぎながらルナマリアの腕を取るメイリン。

 随分久しぶりに、妹に甘えられている気がする──

 ルナマリアは一瞬そう感じたが、続いて彼女の口から発された言葉に、戦慄を覚えざるをえなかった。

 

「ねぇ、お姉ちゃん。考えてみて。

 自らを滅ぼすことが出来るまで、人は進化してしまった。

 それだけじゃ満足できず、生まれた時点で人をカスタマイズ出来るレベルにまで──

 それは、人の進化はもう、行き着くところまで行き着いてしまったということなの。

 手紙以外で通信が出来なかった時代なら、人の進化や文化の発達、新たな発明は絶賛されてきた。

 でも、今は違う」

「違うって、何が? 

 まさかメイリン……貴方まで、働くのはイヤだとか駄々こねるつもりじゃないでしょうね?」

 

 姉のそんな言葉に、明らかに眉を顰めるメイリン。

 彼女を庇うように、シンは言った。

 

「他の誰より先に行きたい。

 ライバルを超えたい。どうしても手に入らないなら、奪ってしまいたい。

 今日ここまで出来たんだから、明日はもっとやれるはずだ──

 それは確かに、人なら誰もが持つ欲求だった。

 でももう、そんな欲は歓迎されない時代になったんだよ、ルナ。

 だって先に進もうっていう夢や欲望は、本来ならヒトの進化につながるかも知れないけど──

 今の時代だと、人が人を滅ぼす大戦争に繋がるからな」

「短絡的すぎない!? 

 それに貴方が、それを言うの? シン! 

 貴方はフリーダムを倒すって、あれだけ頑張っていたじゃない!」

「その結果、俺、どうなったっけ?」

 

 笑みを消しながら、静かにシンは呟いた。

 そう言われると、ルナマリアも何も言えない──

 フリーダムに敗れ、ミネルバを失い、レイを失い、人生の目的と言えるもの全てを失い、ただ荒れるだけ荒れたシンを知っている彼女には。

 

「なぁ、ルナ。

 人の進化がいきなり滅亡とかにつながるってのは、確かに短絡的だとは思う。

 でもさ──俺、正直、疲れたんだよな」

「……えっ?」

「俺、思うんだ。

 誰かに勝ちたいとか、憎い相手をやっつけたいとか──

 そんなこと考えずに過ごせていたら、もっと楽に生きられたんじゃないかって」

 

 

 どういうことなのか。シンの言葉とは思えない。

 私は幻でも見ているのか。いや恐らく、これは幻なのだろう。

 こんな世界が、あるはずがない。あっていいはずがないから。

 

 

「シン──メイリン? 

 貴方たち、一体どうしちゃったの?」

 

 あまりにも変わり果ててしまったシンとメイリンに、動揺を隠せないルナマリア。

 そんな姉に、メイリンは笑いながら言う。

 

「そんな顔しないでよ、お姉ちゃん。

 ここはお姉ちゃんの望みだって、いくらでも叶えられる世界なんだよ? 

 アスランさんだって、私たち二人のものに出来るんだから!」

 

 ルナマリアの表情を下から覗き込むように、悪戯っぽくウインクしてみせるメイリン。

 その唇は、よく見ると薄紅のルージュで艶っぽく濡れていた。

 姉の自分の目にさえ、よく熟して甘い水の滴る果実のように見える。

 

「今日はちょっと無理だけど、明日だったら譲ってあげるよ。アスランさんを」

 

 

 分からない。

 シンとメイリンの言っていることの殆ど全てが、ルナマリアには分からない。

 アスランを、二人のものに出来る? 

 しかもそうすることを、シンまでが当たり前のように受け入れている? 

 おかしい。おかしい。おかしい──!! 

 

 

 

 

 

 

「何だって……?」

 

 ルナマリアと同様、意味は通じるが内容が理解出来ない会話を続けていたサイ。

 そんな時、ふと告げられたフレイの言葉に──

 サイは、心のどこかを酷く踏みにじられる感覚に苛まれていた。

 

「え、意味分からなかった? だからー……

 私、今日はキラのところに行くから駄目だけど、明日と明後日だったらサイのものになれる、ってこと!」

 

 全く屈託なく、当たり前のように、フレイはそんな言葉をサイに吐いてのけたのだ。

 一瞬言葉を失ったサイを、面白そうに覗き込むトール。

 

「そんな顔するなよ。

 俺だって、その次だったらミリィ譲ってもいいぜ? 

 ミリィもちょうど、たまにはサイとしたいって言ってたし」

「もー、トールってばハッキリ言わないでよー!」

 

 はしゃぐミリアリア。微笑み続けるフレイ。

 

 

「私、サイもキラも大好きだから。

 二人とも手に入れたいって思うのは、当たり前でしょ?」

 

 

 サイの中で何かが酷く荒ぶり、状況を拒絶する。

 

 ──やめてくれ。

 これ以上、みんなを汚さないでくれ。

 

 どうしてそう思うのか、サイ自身もよく分からない。

 しかし、フレイの今の言葉が何らかのトリガーになったかの如く、サイはこの世界に怒りさえ感じ始めていた。

 

 

 フレイがまたしても嗤う。

 今度ははっきりと、侮蔑を含んだ面持ちで。

 

「あはっ……

 サイってば、やっぱり私を独占したい、って思ってる?」

「普通、そうじゃないのか。

 俺は、フレイは俺だけのものであってほしい。

 フレイは、俺だけの特別であってほしい──」

 

 サイはフレイと、その背後のミリアリアにトール、カズイをそれぞれゆっくり見渡しながら言う。

 

「みんな、そうじゃないのか? 

 恋人は、自分の特別であってほしい。恋人に、自分を特別と思ってほしい。

 そういうものじゃないのか?」

 

 首を傾げながら、フレイはあくまで穏やかだった。

 

「サイ。それは、わがままって言うの。

 特別が二人や三人いたって、別にどうってことないでしょう?」

 

 

 ──どうする。

 この世界は理解出来ず、許しがたい。少なくとも、俺にとっては。

 フレイたちの言葉が、意味は分かるのに、心で納得出来ない。

 

 

 

 

 

 

 同じ頃──

 ナオトはこの世界でマユ・アスカと再会を果たし、久しぶりに言葉を交わしていた。

 

「ねぇ、ナオト。

 ナオトは今まで、すごく頑張ってきたでしょ? 

 少しぐらい、休んでもいいと思うんだ」

 

 ナオトの右腕に寄り添いながら、そっと囁くマユ。

 眼前の光景は現実ではないと何となく把握しつつも、彼女のぬくもりに逆らえないナオト。

 

「頑張った、かな? 僕は……

 僕は何をしても裏目で、君のことも守れなくて……

 君ともう一度会えたのは嬉しいけど、多分今の君は幻なんだろう?」

 

 そんなナオトの左膝に、今度は栗毛のツインテールの少女が寄り添う。

 

「頑張ったよ、ナオトは。

 自分に嘘ついてまで、ずっと頑張ってきたじゃない」

「君は──メルー!? 

 君も、ここに来ていたのかい」

「そう。ここは何もかもが許される、あったかい世界だよ! 

 ナオトを傷つける大人は、もうどこにもいない。

 私たちハーフコーディネイターを殺そうとする大人も、どこにもいない。

 マユみたいな特別な生まれの子だって、全然平気で生きていけるの!」

 

 ナオトの眼前で散ったあの時のマフラー姿のまま、メルーのツインテールが可愛らしく揺れる。

 

「ナオトはずっと自分のことで苦しんで、傷ついてきたでしょ。

 私たちと同じぐらいの時からレポーターとして頑張ってきて、今でもティーダのパイロットやって──」

「そうだよ。もう、十分だよ」

 

 マユとメルーの瞳が、じっとナオトを心配そうに覗き込む。

 

「私たち、不安なの。

 今のままの世界じゃ、ナオトは壊されてしまう」

「人がずっと変わらなくてもいい、人がずっと平穏な世界にならない限り――

 ナオトはいつか、死んじゃうよ?」

 

 

 ──そうか。

 父さんも母さんも、僕を利用するだけ利用して、死んでいった。

 僕を守ろうとしてくれた大人も、みんな死んでしまった。

 サイさんだってこのままじゃ、いつ死んだっておかしくない。

 それは──この世界が、人間が、変化を求め続けるせい? 

 争いを求め続けるせい? 

 

 

 そんなナオトの両肩を、背後から軽めに鷲掴みにする大きな褐色の手。

 慌てて振り向くと、そこには死んだはずのカイキ・マナベがいた。

 ナオトが殺したはずの──

 しかし彼は、仇敵たるナオトに向けて、白い歯を見せてにっと笑ってみせたのである。

 

「なぁ、坊主。

 俺たち兄妹だって、お前と同じだ。

 大人たちに利用されまくって、虫けら同然に扱われた。

 戦うのが、殺すのが当然だと教えられて──それが当たり前だと思ってたよ」

「でも、違うんだよ! この世界は」

 

 マユが朗らかに続ける。

 

「戦わなくてもいい、殺さなくてもいい、奪わなくてもいい。

 働かなくてもいい、無駄な努力なんかしなくてもいい、つらかったらずっと休んでていい! 

 好きなこと、ずーっとやってていいんだよ。

 私、ナオトやお兄ちゃんと一緒に、旅をしたいな! 

 どこへ行くかは特に決めずに、おいしいもの食べながら、のーんびり一日中歩いてみるの。

 疲れたらバスに乗って、景色見ながらお喋りしたい!」

「それいいね、マユ! 私も行きた~い!」

「盗みをする奴なんかいないから、夜はそのへんの地べたで寝てもいいしな!」

「お腹すいたら、どこかの農家に寄ればいつでも食べ物くれるしね!」

 

 

 楽しげに話すマユ、メルー、カイキ。

 その会話を聞きながら、ナオトはこの世界に少しずつ惹かれていく自分を感じていた。

 

 

 ──あぁ、そうだ。

 僕はずっと望んでいたんだ。こんな、平穏な世界を。

 誰も僕を傷つけない、僕は誰も傷つけずにすむ、こんな世界を。

 誰も泣かない、誰も嫌わない、誰も軽蔑しない、誰も憎まない、誰も争わない、誰も殺されない世界。

 マユと一緒に、こういう世界を迎えられることを。

 

 

「ねぇ、ナオト。

 だからもう、休んでいいんだよ」

 

 

 ──そうか。その通りだよな、マユ。

 僕は今まで、頑張り過ぎたんだ。

 いくら頑張ったって、優しい人たちはみんな、死んでいくばかりだったのに。

 いくら頑張ったって、僕は誰にも認められないのに。

 だったら……

 

 

 

 

 

 

「駄目だ!!」

 

 幻の世界で、サイは心の底から絶叫していた。

 何がそうさせたのかは、彼自身にもよく分からない。

 ただ、自分の中で、それだけは──

 今のフレイの言葉だけは許せない。そんな強い思いが湧きあがったから。独占欲と言いたいならば言うがいい。

 愛しい者を奪われた時の痛み。

 自らの無力を思い知らされた時の敗北感。

 変わろうとして変われず、求めても得られず、あがき、苦しみ、挙句に叩きのめされた時の絶望。

 ──だけど、それらも確かに、今の俺を形作ってきたものだから。

 

 

 そして、叫んだ瞬間──

 目の前からフレイも、ミリアリアも、トールも、カズイも消え失せた。

 どこまでも明るかった青空も、白いレンガ造りの小さな街も。

 戻ってきたものは、それらとは実に対照的な鬱陶しい闇の空。

 霧に近い小雨だったはずの天気は、再びシャワーのような本降りと化していた。

 感覚を取り戻したサイは、慌てて自分の状況を確認する──

 

 

 先ほどまで自分を縛りつけていたはずの薄紅色の糸──ラクスの髪は、いつのまにか身体から離れていた。

 そのかわり、残滓のようなゼリー状の粘液が身体中に付着しており、クセの強い果実のような異臭を微かに放散している。

 袖でごしごしと乱暴に顔を擦りながら、サイは視線を上げた。

 眼前に立ちはだかっているものは、当然、2機のストライクフリーダム。

 その威容を前にして、サイはティーダ・Zの掌でがくりと片膝をついてしまう。

 身体から無理矢理引き抜かれたであろう、無数の光の糸。その痛みがまだ、全身を蝕んでいた。

 糸の侵入により膨張しかけて肌から浮き出ていた血管も、未だ治りきってはいない。

 

「サイ!」

 

 ルナマリアの声が、頭上から降ってくる。

 どうやら彼女もサイと同様、光の糸から脱出に成功したらしい。

 さすがはザフトの赤服といったところか。サイほどのダメージは受けずにすんだようで、自分の身よりも先に彼を案じ、その身体を支えていた。

 

「ありがとう、俺は大丈夫。

 それより……」

 

 言いながら、サイはティーダコクピットを振り返ろうとする。

 

 

 ──ナオトは。

 ナオトはどうした? 

 

 

 

 

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