【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
「だってさ、ルナ。
いい加減、人間って、進化しすぎたと思わないか?」
サイがフレイたちによって惑わされている頃──
同じ空間に紛れ込んだルナマリアもまた、シンに同じ言葉を告げられていた。
赤服ではなく、普段のラフなパーカーに着替えたシン。
ルナマリアたちに日頃見せているような険しさは微塵もなく、ただただ脳天気にチョコミントのアイスを頬張っている。
確かに、こういう穏やかな顔のシンの方がルナマリアは好きだが──
それにしても、気が抜けすぎではないか。私服とはいえ服装もどこかだらしなく、着崩したジーンズの腰のあたりからは臍までが覗いている。
ファッションでそうしているのではなく、本人の怠惰でそうなっているように見える。
「シン──何、言ってるの?
人間が、進化しすぎた?」
何が起きたかすら理解出来ず、眼前のシンを見つめるしかないルナマリア。
「そうよ、お姉ちゃん」
シンの背後から、ひょいと顔を出す赤毛のツインテールの少女。
「メイリン!?
貴方まで、どうしてここに──」
「ここが、人の理想の世界だから。
進化しきった人類だけが行き着くことの出来る、究極のユートピアなの」
はしゃぎながらルナマリアの腕を取るメイリン。
随分久しぶりに、妹に甘えられている気がする──
ルナマリアは一瞬そう感じたが、続いて彼女の口から発された言葉に、戦慄を覚えざるをえなかった。
「ねぇ、お姉ちゃん。考えてみて。
自らを滅ぼすことが出来るまで、人は進化してしまった。
それだけじゃ満足できず、生まれた時点で人をカスタマイズ出来るレベルにまで──
それは、人の進化はもう、行き着くところまで行き着いてしまったということなの。
手紙以外で通信が出来なかった時代なら、人の進化や文化の発達、新たな発明は絶賛されてきた。
でも、今は違う」
「違うって、何が?
まさかメイリン……貴方まで、働くのはイヤだとか駄々こねるつもりじゃないでしょうね?」
姉のそんな言葉に、明らかに眉を顰めるメイリン。
彼女を庇うように、シンは言った。
「他の誰より先に行きたい。
ライバルを超えたい。どうしても手に入らないなら、奪ってしまいたい。
今日ここまで出来たんだから、明日はもっとやれるはずだ──
それは確かに、人なら誰もが持つ欲求だった。
でももう、そんな欲は歓迎されない時代になったんだよ、ルナ。
だって先に進もうっていう夢や欲望は、本来ならヒトの進化につながるかも知れないけど──
今の時代だと、人が人を滅ぼす大戦争に繋がるからな」
「短絡的すぎない!?
それに貴方が、それを言うの? シン!
貴方はフリーダムを倒すって、あれだけ頑張っていたじゃない!」
「その結果、俺、どうなったっけ?」
笑みを消しながら、静かにシンは呟いた。
そう言われると、ルナマリアも何も言えない──
フリーダムに敗れ、ミネルバを失い、レイを失い、人生の目的と言えるもの全てを失い、ただ荒れるだけ荒れたシンを知っている彼女には。
「なぁ、ルナ。
人の進化がいきなり滅亡とかにつながるってのは、確かに短絡的だとは思う。
でもさ──俺、正直、疲れたんだよな」
「……えっ?」
「俺、思うんだ。
誰かに勝ちたいとか、憎い相手をやっつけたいとか──
そんなこと考えずに過ごせていたら、もっと楽に生きられたんじゃないかって」
どういうことなのか。シンの言葉とは思えない。
私は幻でも見ているのか。いや恐らく、これは幻なのだろう。
こんな世界が、あるはずがない。あっていいはずがないから。
「シン──メイリン?
貴方たち、一体どうしちゃったの?」
あまりにも変わり果ててしまったシンとメイリンに、動揺を隠せないルナマリア。
そんな姉に、メイリンは笑いながら言う。
「そんな顔しないでよ、お姉ちゃん。
ここはお姉ちゃんの望みだって、いくらでも叶えられる世界なんだよ?
アスランさんだって、私たち二人のものに出来るんだから!」
ルナマリアの表情を下から覗き込むように、悪戯っぽくウインクしてみせるメイリン。
その唇は、よく見ると薄紅のルージュで艶っぽく濡れていた。
姉の自分の目にさえ、よく熟して甘い水の滴る果実のように見える。
「今日はちょっと無理だけど、明日だったら譲ってあげるよ。アスランさんを」
分からない。
シンとメイリンの言っていることの殆ど全てが、ルナマリアには分からない。
アスランを、二人のものに出来る?
しかもそうすることを、シンまでが当たり前のように受け入れている?
おかしい。おかしい。おかしい──!!
「何だって……?」
ルナマリアと同様、意味は通じるが内容が理解出来ない会話を続けていたサイ。
そんな時、ふと告げられたフレイの言葉に──
サイは、心のどこかを酷く踏みにじられる感覚に苛まれていた。
「え、意味分からなかった? だからー……
私、今日はキラのところに行くから駄目だけど、明日と明後日だったらサイのものになれる、ってこと!」
全く屈託なく、当たり前のように、フレイはそんな言葉をサイに吐いてのけたのだ。
一瞬言葉を失ったサイを、面白そうに覗き込むトール。
「そんな顔するなよ。
俺だって、その次だったらミリィ譲ってもいいぜ?
ミリィもちょうど、たまにはサイとしたいって言ってたし」
「もー、トールってばハッキリ言わないでよー!」
はしゃぐミリアリア。微笑み続けるフレイ。
「私、サイもキラも大好きだから。
二人とも手に入れたいって思うのは、当たり前でしょ?」
サイの中で何かが酷く荒ぶり、状況を拒絶する。
──やめてくれ。
これ以上、みんなを汚さないでくれ。
どうしてそう思うのか、サイ自身もよく分からない。
しかし、フレイの今の言葉が何らかのトリガーになったかの如く、サイはこの世界に怒りさえ感じ始めていた。
フレイがまたしても嗤う。
今度ははっきりと、侮蔑を含んだ面持ちで。
「あはっ……
サイってば、やっぱり私を独占したい、って思ってる?」
「普通、そうじゃないのか。
俺は、フレイは俺だけのものであってほしい。
フレイは、俺だけの特別であってほしい──」
サイはフレイと、その背後のミリアリアにトール、カズイをそれぞれゆっくり見渡しながら言う。
「みんな、そうじゃないのか?
恋人は、自分の特別であってほしい。恋人に、自分を特別と思ってほしい。
そういうものじゃないのか?」
首を傾げながら、フレイはあくまで穏やかだった。
「サイ。それは、わがままって言うの。
特別が二人や三人いたって、別にどうってことないでしょう?」
──どうする。
この世界は理解出来ず、許しがたい。少なくとも、俺にとっては。
フレイたちの言葉が、意味は分かるのに、心で納得出来ない。
同じ頃──
ナオトはこの世界でマユ・アスカと再会を果たし、久しぶりに言葉を交わしていた。
「ねぇ、ナオト。
ナオトは今まで、すごく頑張ってきたでしょ?
少しぐらい、休んでもいいと思うんだ」
ナオトの右腕に寄り添いながら、そっと囁くマユ。
眼前の光景は現実ではないと何となく把握しつつも、彼女のぬくもりに逆らえないナオト。
「頑張った、かな? 僕は……
僕は何をしても裏目で、君のことも守れなくて……
君ともう一度会えたのは嬉しいけど、多分今の君は幻なんだろう?」
そんなナオトの左膝に、今度は栗毛のツインテールの少女が寄り添う。
「頑張ったよ、ナオトは。
自分に嘘ついてまで、ずっと頑張ってきたじゃない」
「君は──メルー!?
君も、ここに来ていたのかい」
「そう。ここは何もかもが許される、あったかい世界だよ!
ナオトを傷つける大人は、もうどこにもいない。
私たちハーフコーディネイターを殺そうとする大人も、どこにもいない。
マユみたいな特別な生まれの子だって、全然平気で生きていけるの!」
ナオトの眼前で散ったあの時のマフラー姿のまま、メルーのツインテールが可愛らしく揺れる。
「ナオトはずっと自分のことで苦しんで、傷ついてきたでしょ。
私たちと同じぐらいの時からレポーターとして頑張ってきて、今でもティーダのパイロットやって──」
「そうだよ。もう、十分だよ」
マユとメルーの瞳が、じっとナオトを心配そうに覗き込む。
「私たち、不安なの。
今のままの世界じゃ、ナオトは壊されてしまう」
「人がずっと変わらなくてもいい、人がずっと平穏な世界にならない限り――
ナオトはいつか、死んじゃうよ?」
──そうか。
父さんも母さんも、僕を利用するだけ利用して、死んでいった。
僕を守ろうとしてくれた大人も、みんな死んでしまった。
サイさんだってこのままじゃ、いつ死んだっておかしくない。
それは──この世界が、人間が、変化を求め続けるせい?
争いを求め続けるせい?
そんなナオトの両肩を、背後から軽めに鷲掴みにする大きな褐色の手。
慌てて振り向くと、そこには死んだはずのカイキ・マナベがいた。
ナオトが殺したはずの──
しかし彼は、仇敵たるナオトに向けて、白い歯を見せてにっと笑ってみせたのである。
「なぁ、坊主。
俺たち兄妹だって、お前と同じだ。
大人たちに利用されまくって、虫けら同然に扱われた。
戦うのが、殺すのが当然だと教えられて──それが当たり前だと思ってたよ」
「でも、違うんだよ! この世界は」
マユが朗らかに続ける。
「戦わなくてもいい、殺さなくてもいい、奪わなくてもいい。
働かなくてもいい、無駄な努力なんかしなくてもいい、つらかったらずっと休んでていい!
好きなこと、ずーっとやってていいんだよ。
私、ナオトやお兄ちゃんと一緒に、旅をしたいな!
どこへ行くかは特に決めずに、おいしいもの食べながら、のーんびり一日中歩いてみるの。
疲れたらバスに乗って、景色見ながらお喋りしたい!」
「それいいね、マユ! 私も行きた~い!」
「盗みをする奴なんかいないから、夜はそのへんの地べたで寝てもいいしな!」
「お腹すいたら、どこかの農家に寄ればいつでも食べ物くれるしね!」
楽しげに話すマユ、メルー、カイキ。
その会話を聞きながら、ナオトはこの世界に少しずつ惹かれていく自分を感じていた。
──あぁ、そうだ。
僕はずっと望んでいたんだ。こんな、平穏な世界を。
誰も僕を傷つけない、僕は誰も傷つけずにすむ、こんな世界を。
誰も泣かない、誰も嫌わない、誰も軽蔑しない、誰も憎まない、誰も争わない、誰も殺されない世界。
マユと一緒に、こういう世界を迎えられることを。
「ねぇ、ナオト。
だからもう、休んでいいんだよ」
──そうか。その通りだよな、マユ。
僕は今まで、頑張り過ぎたんだ。
いくら頑張ったって、優しい人たちはみんな、死んでいくばかりだったのに。
いくら頑張ったって、僕は誰にも認められないのに。
だったら……
「駄目だ!!」
幻の世界で、サイは心の底から絶叫していた。
何がそうさせたのかは、彼自身にもよく分からない。
ただ、自分の中で、それだけは──
今のフレイの言葉だけは許せない。そんな強い思いが湧きあがったから。独占欲と言いたいならば言うがいい。
愛しい者を奪われた時の痛み。
自らの無力を思い知らされた時の敗北感。
変わろうとして変われず、求めても得られず、あがき、苦しみ、挙句に叩きのめされた時の絶望。
──だけど、それらも確かに、今の俺を形作ってきたものだから。
そして、叫んだ瞬間──
目の前からフレイも、ミリアリアも、トールも、カズイも消え失せた。
どこまでも明るかった青空も、白いレンガ造りの小さな街も。
戻ってきたものは、それらとは実に対照的な鬱陶しい闇の空。
霧に近い小雨だったはずの天気は、再びシャワーのような本降りと化していた。
感覚を取り戻したサイは、慌てて自分の状況を確認する──
先ほどまで自分を縛りつけていたはずの薄紅色の糸──ラクスの髪は、いつのまにか身体から離れていた。
そのかわり、残滓のようなゼリー状の粘液が身体中に付着しており、クセの強い果実のような異臭を微かに放散している。
袖でごしごしと乱暴に顔を擦りながら、サイは視線を上げた。
眼前に立ちはだかっているものは、当然、2機のストライクフリーダム。
その威容を前にして、サイはティーダ・Zの掌でがくりと片膝をついてしまう。
身体から無理矢理引き抜かれたであろう、無数の光の糸。その痛みがまだ、全身を蝕んでいた。
糸の侵入により膨張しかけて肌から浮き出ていた血管も、未だ治りきってはいない。
「サイ!」
ルナマリアの声が、頭上から降ってくる。
どうやら彼女もサイと同様、光の糸から脱出に成功したらしい。
さすがはザフトの赤服といったところか。サイほどのダメージは受けずにすんだようで、自分の身よりも先に彼を案じ、その身体を支えていた。
「ありがとう、俺は大丈夫。
それより……」
言いながら、サイはティーダコクピットを振り返ろうとする。
──ナオトは。
ナオトはどうした?