【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
真っ先にこちらを心配してもいいはずのナオトの声が、聞こえない──
言い知れぬ不安を覚えるサイ。
だがその時、ストライクフリーダムを通して、声が響く。
不思議なほど感情を伴わない、キラの声が。
《やっぱり、サイはあの夢を拒絶するんだね。
こんなに簡単に抜け出せるなんて……》
相変わらず、何を言っているのか分からないキラの言葉。
しかしサイは、猛然とそれに反論する。
「あれが、お前の……
お前とラクス・クラインの夢だってのか。キラ!
進化しようとする人の意思そのものを消して、争いをなくす──」
ラクス・クラインの幻影を睨みつけるサイ。
しかしもう、ラクスは何も答えない。
そのかわりに降ってくるのは、平坦なキラの声。
《そうすれば、人はずっと平和に生きていけるよね?
戦いのない世界で》
どういうことだ。キラの言葉とも思えない。
「それは、デュランダル議長がやろうとしてお前らが叩き潰したことと、何が違うんだよ!?」
「落ち着いて。
多分、人の意思を抑えつけるか、捻じ曲げるかの違いよ」
ルナマリアも注意深くラクスを見つめながら、補足した。
「議長のディスティニープランは、こうなりたいという意思を無視して、遺伝子だけで人を抑えつけようとするものだった。
でも、今、ラクス・クラインが言ってるのは──」
「意思そのものを管理するってことだ。つまり、人の夢そのものを消す……
そうすれば、意思を抑えつけられることによる苦痛も抵抗もないからか。
まさに、人の精神への侵略だな!」
痛む左腕を押さえながら、ラクスに向かってサイは叫ぶ。
「そーいうの、一番嫌じゃなかったのかよ!?
何でだよ、キラ! ラクスさん!!」
サイの絶叫に対しても、ラクスは直接答えない。
ただ朗々と自分の言葉を続けるだけだ。
《時間に追われることもなく、差別も優劣もなく、豊富な資源の中で、人生を音楽と映画、芸術と知識の中で過ごしていく。
それは、これまでの長きに渡る戦いの歴史の末に人がようやく獲得した、進化の最終形なのです。
果てなき争いを強いられた人々に齎された、最後の福音。
他を蹴落としさらに豊かになりたい、もっと満足したい、今はイヤだから変わりたい……
そんな欲望を削ぎ落とした、人の究極の姿。それが──》
「そんなものはもう、人じゃない!」
首を大きく横に振り続け、ラクスの言葉を否定するサイ。
若干戸惑いの混じったキラの声が響く。
《どうして? サイ……
君こそ、ずっと苦しんできたんじゃないの?
力が及ばなくて、奪われて、苦しんで、誤解されて、痛めつけられて。
君こそ、戦いのない世界を一番望んでいたと思っていた》
「大きなお世話だ。
戦いなんか起こらないのが一番だが、あんな、セレブレイト何ちゃらとかいう兵器を使ってまでとは思わない!」
キラからの答えはない。
ただ、フリーダムのカメラアイが雨の中、冷たくサイを見降ろしているだけだ。
「俺は、昔は何も知らない、ただの学生だった。
だけど、フレイやお前やラクスさんに色々教えられて、変わった。変わることが出来た。
失ったものもたくさんあるし、取り戻せるなら取り戻したいものも山ほどある。
だけど、その痛みを否定する気はない。
変化っていうのは、痛みを伴うもんだけど──
人ってずっと、その痛みに耐えて生きていくものなんじゃないか?」
だがそんなサイの想いを受け、キラが続いて発した声は──
何故か酷く低めで、侮蔑の感情すら混じっているように聞こえた。
《サイ。本当に、そう?
じゃあ、ナオト君は、そう思っているかな?》
そう言われて、サイはティーダZを振り返った。
先ほどから、不気味なほどに沈黙を保っているティーダとナオト。
そのコクピットは、依然として開け放たれたままで──
「……ナオト!?」
サイもルナマリアも、思わず同時に声を上げてしまう。
コクピットに座ったまま、ナオトはぴくりとも動いていなかった。
彼を縛りつけていた光の糸はサイたちと同様、既に全て引き抜かれている。
しかし彼はサイたちと違い、雨を払おうともせずバイザーを開いたまま、人形のようにだらんとシートに身体を預けていた。
その目は半開きだがどこも見てはおらず、口の端からはわずかに白い涎まで見える。
まさか──
最悪の予感がサイの胸をよぎったが、それはキラにより否定された。
《心配しなくても大丈夫、身体に影響はないはずだから。
だけどやっぱり、あの夢がとても魅力的だったみたいだね……彼には》
大丈夫とは言いながら、どこか悲しげに呟くキラ。
その言葉を実証するかのように、ナオトの唇はほんの少し、動いた。
譫言をひたすら呻き続ける病人のように──
──マユ。メルー……
その二つの単語を、延々と繰り返すばかりの少年。
誰の目から見ても明らかに、ナオトは先ほどの幻に囚われていた。
インパルスからも必死でヴィーノがナオトに呼びかけているが、ろくな反応がない。
「キラ!
ナオトに、何を……!?」
怒りをこめて、サイはストライクフリーダムを睨みつける。
すると突然、キラにつき従うように佇んでいたもう一機のフリーダム──
紅に染められた機体から、幼い少女の声が響いた。
《へへ、ざ~んねんでしたぁ~。
これでもう、あんたらは黙示録を使えない。
なんだかんだであのガキンチョがいなきゃ、あんたら絶対キラには勝てないでしょ?》
思いかげず響いたその声に、サイは改めて衝撃を受ける。
──この紅の機体。この声。
やはり、マユ……いや、チグサ・マナベか。
そう確信したサイは、紅の機体のカメラアイを──
挑戦的に輝くエメラルド色を睨んだ。
「黙っててくれ、今はキラと話がしたいんだ。
キラ。どうしてお前は、チュウザンに来た?
本当のラクスさんはどこにいる?
どうしてお前は、こんなことをしている?」
そんなサイの言葉に、微かに頭部を下方へ動かす反応を見せるフリーダム。
《そう──
僕とラクスは確かに、チュウザンの戦いを止めたいと思った。
だけど理由は、他にもあって。
それは、ラクスの──》
しかし、キラが改めて説明しようとしたその時。
ずいと前に出た紅の機体が、彼を押しとどめた。
《キラ、アタシに任せな。
こいつらにあんなこと、話す必要ないからさ。つらすぎるでしょ》
《ごめん、チグサ。だけど……》
《いーから!
キラのこと色々聞いてから、ずっと思ってたんだ。
特に
あんなこと?
一体、何が起こったっていうんだ。キラと、ラクスさんに。
そんなサイの思惑に構わず、前に乗り出して彼をじろりと睨む、鮮血のストライクフリーダム。
《ほーん。
あんたが、キラの『友達』ねぇ……》
マユは──いや、チグサは今モニターごしに、サイを値踏みするかのようにじろじろ眺めまわしているのだろう。
反射的にルナマリアが庇おうとするが、それでもサイは中のパイロットたる彼女へも呼びかける。
「君は、マユ・アスカか?
マユであれば、ちゃんとナオトに答えてくれ。
ナオトはずっと、君を探していたんだ!!」
しかし、チグサの返答はキラよりも遥かにつっけんどんだった。
《マユだったら、
アタシあの時あんだけ言ったのに、まだ分かってなかったんだね、そいつは。
そんなことより!》
そんなことより?
マユのことを、その一言で済ませられると思っているのか、この娘は。
ナオトがどれだけ、君を想って動いていたと──
だがそんなサイの想いを、チグサは一蹴する。
《痛み、痛みって……エラそーに。
あんた、キラがどんだけあんたらのせいで痛めつけられたと思ってるのさ!!》
チグサが何を言い出したのか一瞬分かりかね、サイは思わず身構える。
そして、エメラルドのカメラアイ付近から降ってきた声は──
心の最も触れてほしくない部分を、直接踏みにじるものだった。
《あんたは多分、彼女取られた自分だけが辛かったと思ってんだろうけどさ。
アークエンジェルであんたらを
あんたらのことは、トールとフレイからだいたい聞いたけどさ──
アタシ、キラだけが悪いなんて、どーしても思えないんだよね。
キラをこんな戦いへ突き落とした元凶って、そもそもの発端はあんたらじゃん。学生気分のあんたらが、キラをモビルスーツに乗せたようなもんじゃんか。
しかもあんたときたら、自分はいかにも理解者ですってツラでキラを戦わせてさ!
面と向かって酷いこと言ったフレイよか、よっぽどタチ悪いじゃん。
自分が悪かったなんて、これっぽっちも思ってないでしょうが、あんた!!》
サイはようやく理解した──アークエンジェルでのことか。
何故今更と一瞬思ったが、今だからこその指摘かも知れない。
敢えてじっとその言葉に耳を傾けると――
《キラもフレイもトールも必死で身体張ったのに、あんたは安全な後方で支援だけ。
最前線で戦わされることがどれだけ苦しいか、知ろうともせずに。
しかもキラは親友と殺し合ってたっての知ってたくせに、キラを分かろうともせず自分の安全ばかり考えて。
キラをずっと心配してるふりして、ホントは自分が助かりたかっただけ。
そんなあんたに、痛みがどうこうとか、上から目線の説教なんかされたくないってーの!》
あぁ──そうだ。
2年前から、俺はどれだけ自省したか分からない。
あの時の自分の言動を冷静に振り返ると、俺は様々な形でキラを追いこんでいた。
ラクスさんを返そうとして協力した時、俺は何度もキラに「帰ってくるよな」と念を押した。
しかもラクスさんの歌声に対して俺は、「遺伝子を弄ってそうなったのか」なる発言までしたような覚えがある──キラの眼前で。
その時は自分でも全く気づいておらず、フレイとのことがあった後でふと思い出した自分の発言だった。
何気なく口にした言葉だったが、その何気なさ故の暴言と言ってもいいだろう。
にも関わらず、うわべだけはキラと笑顔で接していた俺のような『友達』のおかげで、キラはアークエンジェルを離れられなくなった。
悩み苦しみ続けるキラを理解しようともせず、心の底ではコーディネイターを差別し、自分の安全だけを願う、俺のような偽善者のせいで。
あの時キラがどれだけ孤独だったかは、キラにフレイを奪われたと思った直後は殆ど理解出来なかった──
ついこの間、アマミキョで孤立してアストレイで飛びだした時に、ようやく分かってきた気がした。
でも、それだけではとても、あの時のキラの苦痛には足りない。そう考えてはいたが──
フリーダムの左腕が伸ばされ、憤るチグサ機を静止させようとする。
《チグサ。僕はそこまで……》
《だから、いいっての!
こーいう奴には、ここまでやらなきゃ分かりゃしないんだから!》
それでもチグサの言葉は止まらない。
サイに向かって、その心に向かって、直接攻撃を加え続ける。
《あんたは今ものうのうと後方で、民間人でございってツラで呑気に偽善活動。
昔はキラを戦いに追い込んで、フレイやトールを死なせたってのに──
なーんにも学習せずに今また、ナオト・シライシに同じことして、アマミキョも守れず、たくさんたくさん死んでいくのを傍観しか出来なかったくせに。
そんな偽善者が、キラの『友達』だなんて、ちゃんちゃらおかしいね》
言葉はさらにヒートアップし、同時にチグサ機のカメラアイもサイを照らしつつ、何度も点滅する。その感情を映し出すように。
《そのくせまだ、聖人ヅラ振りまいて『人は痛みに耐えて変化しなきゃ』とか何とか言って、アタシやキラを戦わせるんだね。
ホントの痛みがどんなもんか、何も知らないくせに!》