【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
昇降用ワイヤーを使って何とかインパルスのコクピットまで辿りつくと、ルナマリアはすぐにサイの身体を操縦席に横たえた。
その血まみれのタキシードを目の当りにして、ヴィーノも息を飲む。
しかしルナマリアは構わずメディカルセットを座席下から取り出し、サイの治療を始めた。
泥と血をタオルでとりあえず拭い、最も出血の酷い左腕を診るべく、皮膚に張り付いていた布地の残骸を剥ぎ取っていく。
当然、その下の傷はほぼ全てが露出し──
「……!?」
あまりの惨状に一瞬、声も出せなかったルナマリア。
覗き込んだヴィーノまでも、彼女の心情を代弁するかのような呻きを漏らした。
「お、おい。
何だよコレ……?」
医者の診断を待つまでもなく、ルナマリアもヴィーノも気づいた──
サイの左腕が、オギヤカ脱出時や今ここで負わされたものだけではなく、
それよりずっと以前から、酷く負傷していたことに。
大小様々な古いかすり傷や痣があちこちに散見され、明らかに後天的なものであろう不自然な歪みや凹凸が腕自体にあり、それだけでも目を覆いたくなるが──
最も目立ったものは、真っ黒に抉られた、弾傷の痕。
その部分を中心に、左肩から二の腕あたりまでの肌がどす黒く変色している。
「ヴィーノ。
インパルス、すぐに動かせそう?」
サイの傷口に視線を落としたまま、ルナマリアは出来るだけ冷静に尋ねた。
すぐミネルバJrにサイを搬送したいが、ティーダが囚われかけている今の状況では難しい。
インパルスさえ動いてくれれば、母艦に救援を乞うことも可能だし、もしかしたら援軍も来るかもしれない。
ヴィーノの考えも同じだったのか、すぐに答える。
「メインエンジンは損傷ないし、マニピュレータの駆動系をちゃちゃっと応急処置すりゃ、何とかなるよ。
だけど、ティーダはどうする? シンと同じように、奴らに攫われたら……」
不吉なことを口にするなと言いたげに、ルナマリアはキッとヴィーノを睨んだ。
それを目にして彼は肩を竦めたが、決して引き下がりはしない。
「……分かったよ。
でも、ティーダとナオトは放っとけないだろ?
今は、『あいつら』が何とかしてるけど──」
アスランの名を口にしたくもないのか、ヴィーノは憎々しげにモニターを横目で睨みつけた。
今も湖では戦闘が続き、黒い機体の総攻撃からティーダを庇う形になりながら、インフィニットジャスティスとアカツキが応戦している。
その爆光は時たま、血の気の失せたサイの頬を青白く染めた。
それでもルナマリアは手を動かしてその傷を消毒しながら、ヴィーノに指示する。
「何をするにしてもまずは、インパルスを動かせなきゃ話にならない。
修理、頼める?」
「分かった。けど──」
ヴィーノは少し戸惑いながら、サイに──
露わになった左腕の傷跡に、視線を向けた。
数多くの人間に傷つけられたと思われる、左腕。
その中には、ヴィーノ自身が与えた傷も混じっている。
ルナマリアがガーゼでほんの少し傷に触れるたびに、サイの瞼がぴくりと動き、呼吸が荒くなる。
それを見つめるヴィーノの目には、明らかに悔悟の念が見てとれた。
そんな彼に、ルナマリアは少しだけ声を和らげて言い直した。
「いいから。早くインパルス、直して。
このままでいたら、何も出来ずに死ぬだけよ?」
静かだがはっきり響いたその言葉に、ヴィーノはそれ以上何も言えず──
こくりと頷き、黙ってコクピットから外へ出て行った。
二人きりになったコクピット。
激しい戦闘音を出来るだけシャットアウトするよう、ルナマリアは改めてハッチを閉め直し、サイの傷口と向き合う。
左腕以外も、あちこちが血に染まっているタキシード。特に、胸元から腹あたりまでの出血は酷かった──
灰混じりの雨に濡れてほぼグレーに変色していたワイシャツが、今はどす黒い赤へと染められている。
とにかく、出血箇所を何とかしなければ。
シャツの上から着ていた防弾ベストすらも、ところどころがちぎれかけている。
鋏を使ってベストを切り開き、シャツの襟ぐりにルナマリアは慎重に手をかけ、手早くボタンを外していった。
肌に張り付いていたアンダーシャツも、ほぼ無理矢理引きちぎるようにして剥がしていくと──
「何よ……これ」
先ほどのヴィーノとほぼ同じ言葉を呟いたきり、ルナマリアは絶句してしまった。
その下から露出した胸には、明らかにさっきの負傷によるものではない、地割れにも似た古い裂傷があったから。
それはサイの右鎖骨から、一番下の肋骨あたりに至るまでを大きく裂き、決して消えない焼印のように肌に刻まれている。
さらにそこより下へ視線を移すと、右腹部のあたりにもう一つ、酷い銃創があった。
治療は施されているようだが、先ほどの墜落の衝撃で傷口が開いたのか、じわじわと出血している。
百戦錬磨のベテランであればこの程度の負傷はよくあることだと、アカデミー時代に偉そうな教官から威張られたことはある。
しかし、サイは民間人のはずじゃないか。アークエンジェルに乗っていたとはいえ、今は──
そんなルナマリアの疑問を見透かしたかのように、掠れた声が流れた。
「……びっくりしただろ?
色々あったんだ。アマミキョで」
声に打たれたように、ルナマリアは思わず顔を上げる。
──目の前にあったものは、どこまでも透き通った晴空にも似た、蒼い瞳。
泥にまみれた顔で、その瞳だけが僅かにまだ光を湛えていた。
それがサイの目だと分かるまで、彼女は少し時間がかかった──
あぁ、そうか。
眼鏡がないと、彼の顔ってこんな感じなのか。
そんなことを考えつつも、ルナマリアは努めて冷静さを装いながら尋ねる。
「色々あった、じゃないでしょ……
一体どうしたら、民間の船でこんなことになるわけ?
この傷、尋常じゃないわよ。白兵戦何回やったの? ってレベル。
特にこの銃創は……」
その問いに、サイは怒りも笑いもせず、ただ事実だけを答えた。
「撃たれたんだ。
アマミキョが、沈んだ時に」
「──!?」
ルナマリアはわけも分からず、思わず手を止めてサイを凝視してしまった。
「撃たれたって、誰に?
まさか……」
忘れもしない。あの時血まみれになってブリッジに倒れていたのは、間違いなくサイだった。
そして、満身創痍の彼に馬乗りになっていた、金髪の女は──
「アムル・ホウナ?」
ルナマリアが思わず口にしたその名に、今度はサイがほんの少し目を開いた。
こんな時でなければ、思わず眼鏡がずり落ちかけるほど驚いていただろう。
「何故、君が彼女を……?」
「ついこないだ、ザフトの新人として乗り込んできたパイロットが、そう名乗ったの。
アマミキョにいたって言ってた。
船のデータを売り渡したことを、臆面もなく言いふらしてたのよ。新型に乗れたのは、多分そのおかげもあるんでしょうね」
酷くキツイ口調になっていると感じながらも、ルナマリアは言わずにいられない。
そんな彼女の言葉に、サイの蒼い瞳が酷い苦痛に歪む。
「そっか……やっぱり、そうだったんだ。
結局、彼女は夢を叶えちまったんだな。ハハ……ぐっ……」
乾いた笑いを上げながらも、全身から突き上げる痛みで呻くサイ。
どうやら熱まで出てきているらしく、呼吸も異様に熱い。慌ててルナマリアは彼の身体を抑えつけ、額から噴き出る血まじりの汗を拭き取った。
「ヘタに動いちゃ駄目よ! もう無理しないで」
それでもサイは、荒れる息の中でルナマリアに尋ねる。
「君は……
どうして、ここまでしてくれるんだ?
我がまま言いまくる俺なんか置いて、インパルスで艦に戻っても良かったのに」
「それが出来れば、とっくにしてる」
「ここまで付き合わせてしまって、本当に申し訳ないと思ってるんだ。
しまいには、キラとのことにまで巻き込んで……
キラとラクスさんがチュウザンに来て、あんなことをしてくるなんて、全然予想もしてなくて……」
「あの人たちの突拍子のなさには、ミネルバ隊の方が慣れてるかもね。
だからあの時、私を庇ったの?
本当に馬鹿ね。私はパイロットスーツを着てるから少しは耐えられるのに、貴方は……」
そこでルナマリアは一つ、大きくため息をついた。
自分が今の今まで、何だかんだ言いながらもサイについてきた理由。
ずっと告げることが出来なかった、自分の罪。
今こそ、懺悔するべき時だ。
「──アマミキョを撃ったのは、私なのに」
サイの瞳が、痛々しいまでに大きく見開かれる。
その表情の変化を受け止めるのも懺悔のうちだ。ルナマリアはそう思いながら、彼の目をしっかり見つめ、一言一言はっきりと言った。
「何を言っても、弁解にしかならないけど──
あの時ミネルバは、アマミキョを保護するよう、指示されていた。
だけど南チュウザン軍の攻撃で、みんなが混乱して……
その中で、私は──味方を助けようとして、アマミキョのブリッジを、撃った」
「助けようとして、撃った?
何故……」
「勿論、ブリッジを撃つつもりなんてまるでなかった。
狙いが外れたの」
サイはただ茫然としながら、ルナマリアの告白を聞いていたが──
やがて、息を整えながら静かに言った。
「あの時、アマミキョは殆どの人員が船外に避難していてね。
船に残っていたのは俺と、あとはほんのわずかな最小限の人数だけだった。
そして……
船に致命傷を与えたのは、君の攻撃じゃない。
アムル・ホウナの手で仕掛けられた、船のメイン航行システムエラーによるものだ。
君が撃たなくても、いずれアマミキョは沈没していた。
というかその前に、俺の手で沈没させるつもりだったんだよ。全員を安全に逃がした上で。
だけどシステムエラーの発生によって、あんな結果になってしまった」
──そうだったのか。
そういえばあの時、アマミキョはどういうわけか、既に火を噴いていた。
南チュウザン軍の攻撃によるものかと思っていたが、あれは……
あの女が仕組んだのか。
「だからって……!」
だからといって、自分の罪が消えるわけではない。
ルナマリアはそう言おうとして、つい口ごもった。
──少しだけ、安堵しかけた自分に気づいて。
そんな彼女の心中を見透かしたかのように、サイの言葉は続く。
「だけど君が撃ったことによって、船の沈没が早まったのは確かだ。
それがなければ、助かっていたはずの命もあったよ」
「…………」
当然だ。
君のせいじゃないなんて言葉、期待などしていない。
むしろそう言われたら、却ってサイを軽蔑したかも知れない。
そんな彼女の思惑を知ってか知らずか、サイは無駄にルナマリアを庇うような言動は取らず、痛みをこらえて話し続ける。
ただ、事実だけを。
「ハマーさんっていう、コーディネイターの整備士がいてね。
ナチュラルに家族を殺されて、ナチュラルを激しく憎みながらもアマミキョに乗り込んだ人だった。
俺も彼に、酷くやられたことがあって──
この胸の傷は、その時のヤツだ」
「…………」
「でも、アマミキョに乗って色々あるうちに、彼も少しずつ打ち解けていくようになってた。
酷い酒飲みだったけど、何とかそれを治すよう努力もしててね。
本当に腕のいい整備士だった。
だけどあの時──彼は船内の混乱で負傷して。
俺とカズイを脱出させてくれたけど、彼は力尽きてそのまま船に残った。
船が沈んだのは、その直後だったよ」
自分が撃たなければ、もしかしたらその整備士は生き残っていたのかも知れないのか。
サイが明言することはなかったが、ルナマリアは言外にそのようなニュアンスを感じ取った。
──はっきりと自分を責めてくれた方が、どれだけ楽か。
じりじりと苛まれるような痛みを感じながら、それでも彼女はじっとサイの言葉に耳を傾ける。
そんな彼女の前で、サイは内ポケットから、乾いた血が黒くこびりついた小瓶を取り出した。
「彼は最期に、俺にこれを渡してくれたんだ──
こんな、俺なんかにさ」
震える右手で取りだされた、親指ほどのサイズの小瓶。
カラカラと乾いた音をたてるその小瓶の中には、小さなヒマワリの種が数粒確認出来る。
意味がよく分からず首をかしげるルナマリアに、サイは言った。
「彼の娘さんの形見だよ。
ずっと身に着けていて離さなかったこれを、ハマーさんは俺に託した」