【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
倒れたインパルスの胸部付近で機体の状況を確認していたヴィーノも、有線通信でコクピットのその会話を耳にしていた。
サイたちを脱出させて亡くなったという、見ず知らずの整備士の話は──
何故か、ヴィーノの胸に奇妙に響いた。
そいつもきっと、俺と同じくらいに……
いやそれ以上に、ナチュラルを怨んでいたはず。
かつてのシンがオーブを憎んだのと同じレベルに、ナチュラルを憎んだはず。
なのに何故、最期に彼はナチュラルたるサイを救い、殺された家族同然の形見を渡したのか。
──それはもう、俺自身もなんとなく分かってるじゃないか。
サイが、そこまで悪いヤツとは思えないから。
むしろ、ヨウランと同じくらい、憎めないヤツだから。
小型モニターで手早く故障個所のチェックを続けながら、雨音でかき消されがちになる回線ごしの声にヴィーノは耳を澄ます。
かすかに響いてきたものは、ルナマリアの、酷く息を殺したような謝罪。
《本当に……ごめんなさい。
謝ったところで何もならないのは分かってる。だから、せめて……》
《……もういいんだ。
君はちゃんと仕事をしようとして、たまたまミスをしただけなんだから。
元をただせば、結局、俺が無力だったせいなんだよ》
痛みと熱にうなされているのか、サイの声は次第に荒ぶり、言葉も支離滅裂になっていく。
《こんな大事なものを、俺は託されたのに──
俺は、何も出来ていない。
ハマーさんだけじゃない。他にもたくさんの仲間を、俺は守れなかった。
ネネもオサキもメルーも風間さんもスティングもカイキも、絶対に守りたかった人たちを、俺は守れなくて──
トノムラさんのことだって、俺にはどうしようもなかった。
今も俺は、フレイを止められない。ナオトもマユも助けられない。カズイも傷つけてしまった。
キラとラクスさんが一体何を考えているのか、さっぱり分からない。
結局俺は……チグサって娘の言う通り、無能なんだ》
半分以上が、ヴィーノやルナマリアの知らない名前。
しかし、大事な仲間を失った上、仲間と思っていた者に裏切られた無念は、回線を通してヴィーノにも伝わってくる。
《でも、サイはアマミキョを再建したじゃない!》
必死でサイを励まそうとするルナマリアの言葉。
手を動かし続けるヴィーノも、ひたすら黙り込んだままそのやりとりを聞いていた。
カメラのフラッシュのように、湖でまだ光り続ける砲撃。
爆発音にかき消されそうになりながらも、ルナマリアの声は何故か響いた。
「アビーから、少し聞いたの。
アマミキョはハーフムーンだけじゃなく、色々な場所で多くの人を助けていたって。
今はプラントも大変なことになってるけど、アマミキョの隊員が大勢駆けつけて復旧作業をしてるって。
犠牲はあったかも知れない、でもそれは──」
「仕方のなかったことだって、やっぱり言うのかい?」
「違う。
同じくらい……いえ、それ以上にたくさんの人たちを、アマミキョは助けているってことよ」
幾枚ものガーゼを使って左腕の出血を消毒しながら、ルナマリアはサイを励まし続ける。
心身共に深く傷つけられたサイは、痛みと慟哭で絶望しかかっていたが──
彼女の言葉に、ほんの僅かに光を取り戻したような気がした。
傷による発熱でうなされながらも、少しずつ両脚を動かしてみる。
──まだ、動かせる。
――まだ、動ける。
左腕は酷く重たく感じるものの、それ以外はまだ大丈夫そうだ。
とはいえ動かせないことはないという程度で、当然激痛につぐ激痛が走る。それでも──
ナオトを助けることぐらいは、まだ、出来るかも知れない。
しかしサイの中で、先ほどのマユの──
否、チグサ・マナベの言葉が蘇る。
──キラをずっと心配してるふりして、ホントは自分が助かりたかっただけ。
──あんたに、何かを守ることなんて絶対に出来ない!
そうだよな。
俺が何かするたびに、誰かを助けようとするたびに、それは裏目に出て。
俺を信じてついてきてくれた人間を守れず、何も出来なかった。
だからカズイを振り払おうと思ったけど、全然うまくいかずに。
結局カズイは傷つき、フレイには裏切られ。
俺が否定したかったアムルは、アマミキョを踏み台にまんまと自分の望みを叶えた。
今また、キラが──
痛みに満ちた呻きを喉から漏らしながら、サイは叫ぶ。
「分かってた。
ずっと分かってたんだ、俺はあまりにも無力だってことぐらい!
君の言う通りだ。一人でみんなを助けられるわけがないって……
結局それは、俺が甘かったせいなんだ。
みんなを助けたいなんて、そんなもの、偽善にすぎない!
フレイに認められたくて、どうしようもない自分を何とかしたくて、必死になってアマミキョに乗って、がむしゃらにここまで来たけど──
誰かを傷つけては裏切られて、守れずに失って、その繰り返しだ。
そのたびにそれ以上に多くの人を助けようとして、また失敗する。
結局俺の人助けなんて、そんなもんだ。偽善の塊なんだよ!」
「サイ!
落ち着いて、傷口が広がっちゃう!」
とめどなく感情を露呈し出したサイ。そんな彼の両肩を、必死でルナマリアは抑える。
だがその吐露は、もう止まらない。
「そうだよ……
俺、昔、ラクスさんやキラにも酷いこと言ったんだ。
あのきれいな歌声も、遺伝子弄ってそうなったんだろって、キラに……キラの目の前で!」
「──!!」
その言葉で、ルナマリアの手が、一瞬止まる。
――当然だ。彼女だって、コーディネイターだものな。
そう分かっていながらも、さらにサイは言葉を継いだ。
「チグサは何も間違ってない、彼女の言う通りだ。
君だって、俺がラクスさんにそんなこと言ってたって知ったら、軽蔑するだろ?
彼女は今でも、プラントの平和の象徴なんだから」
「……要するに。
自分の優しさなんてうわべだけのものだから、何も出来ず、誰も助けられなかったって。
そう言いたいの? 貴方は」
ほうっと一つ溜息をつきながら、少しだけ軽さを装って肩を竦めてみせるルナマリア。
「じゃあ、私がこう言ったら、貴方は軽蔑する?
私が、誰かを慰めることで自分の無力さを忘れるようにしてる、って言ったら」
サイは一瞬、意味が分からなかった。
自分の為に、誰かを慰めてる?
ぽかんとしてしまった彼に、ルナマリアはさらに言う。
その言葉には若干、自虐も含まれていた。
「私ね。昔から、弱っている人や立場の弱い子を励ましたり、慰めたりすることが多くて。
それは単に、自分が世話焼きなせいだと思ってた。
でもね。私が慰めたり世話を焼こうとした人たちは、みんな離れていった。
アスランも、メイリンも……シンも。
シンに言われて、気づいたの。お前は誰かを慰めることで、自分を慰めてるだけだって」
「でも君は、とても一生懸命にナオトの面倒を見てくれたじゃないか。
今だって、俺を──」
「ナオトだってそう。
声が出ない間はずっと、私が介抱していたようなものだった。
でも、ナオトが声を出せるようになって、分かったの。私なんかがいなくても、ナオトは一人で十分やっていけるんだって──
それからずっと、私、自分でもはっきり分かるくらい、ナオトに冷たくなった」
「そんなことは……ないだろ。
君は本当に、ナオトを気にかけてくれてる」
「じゃあ――
私が今、貴方を慰めることで自分が満足してるって言ったら?」
サイは思わず、ルナマリアの目を凝視してしまう。
彼女の視線の先にあるのは、剥き出しになった自分の胸の傷。
雨と泥で濡れそぼったスーツは肌に張り付き、薄暗い光の下、身体の線がくっきりと見えている。
自嘲するように唇を舐めるルナマリア。その表情と重なるものは、自分に婚約を迫った瞬間のフレイの瞳。
はっきり言われずとも分かった。彼女は自分に──
「軽蔑するでしょう?
私が貴方のこと、
しかも私、ホントに本心から、好きな奴がいるのに!」
次第に吐き捨てるような口調になりながら、ルナマリアは呟く。
そんな自分を、心の底から汚らわしいと感じているようだ。
しかし──
サイは、全く彼女を軽蔑しようという気にはならなかった。
汚いとも、陰湿とも感じなかった。
多少がっかりしたことも事実だが、それはあくまで「他に好きな男がいる」の部分のみ。
そうだよな、ナオトが言ってたっけ。この娘にはちゃんと、シンっていう彼氏がいるって。
「俺は……君に感謝しているよ。
ナオトをずっと世話してくれたことも、俺を助けてくれたことも。
たとえそれがどんな感情によるものだとしても、君の行動で俺たちが救われたのは事実だから。
君が慰めたことによって救われた人も、大勢いるはずだよ。少なくともナオトは、君にずっと支えられてた。
君が気づいてないだけ」
「え?」
思わぬ言葉に、顔を上げるルナマリア。
そんな彼女を見て、サイは思い出す──
自分が追い詰められていた時に懸命に呼びかけてくれた、カズイの言葉を。
──どんなにお前自身が、自分の言葉を否定したって。
いくら偽善と言われたって……
その言葉だけで、救われる奴がいるのも事実なんだ!
ごめんな、カズイ。
俺、また大事なことを忘れて、一人で勝手に落ち込んでた。
分かってたはずじゃないか、お前に必死で教えられて。
お前の言葉、そのまま彼女に使っちまった。バカだな、ホント。
ルナマリアはやがて、泣きだしそうになりながらも吹きだしてしまう。
「ふふっ……なあんだ。
貴方、自分でもとっくに分かってるんじゃない。自分は全然、無力なんかじゃないって。
その言葉、そっくりそのまま返すわよ」
声を殺して笑ってはいるが、その両目にはやがて涙が滲み、泥にまみれた頬を汚していく。
──そうだな。
今俺がすべきことは、こんなところで彼女に愚痴ることじゃない。
今、やるべきことは。
「ごめん。
事情を殆ど知らない君に、こんなに愚痴ってしまって……」
「ううん、いいの。
おかげで私も、なんだか吹っ切れた」
優しく頭を横に振りながら、ルナマリアは呟く。
「貴方のおかげで、思いだせたから。
私がホントに好きなヤツのことを」
「え?」
「アカデミー時代から一緒にいて、なんだかずっと、放っておけなかったヤツがいるの。
家族を殺されたせいでずっとオーブを憎んでいたけど、本当はすごく素直で、バカみたいに優しくて、子供みたいに不器用で。
それでいて、私と同じで何故か世話焼きなところもあって……」
サイにはすぐ分かった。
恐らくそれは、ナオトから聞いたルナマリアの恋人──シン・アスカなのだろうと。
死亡したマユ・アスカの、本当の兄。
「今、あいつは南チュウザンに捕らえられてるけど──
私はずっと信じてる。あいつは、まだ大丈夫って」
「そうだね……
俺もそう思うよ。フレイの元にいるなら、彼は絶対に大丈夫だ」
そう声に出して言ってみて、サイはふと気づいた。
するりとその言葉が自分の口から出てきたことに、自分で驚いて。
──俺はまだ、フレイを信用しているのか。
フレイたちが探し求めていた、SEED能力者。
広瀬の報告書どおりシン・アスカがSEEDを持っているのならば、確かにフレイが彼を殺すはずはない。
そう理論的に考えても無理のない話だったが、それ以上にサイの中では未だにフレイへの信頼が強く残っていた。
サイを必死で守ろうとした、フレイの必死な姿が──
──貴様は私が守る。だから私に従え。
フレイが俺に呼びかけたあの時の言葉は、今でも俺の胸に焼きついている。
アマミキョにいた時も、アマミキョを裏切った時も、オギヤカで俺を捕らえた時も──
フレイは常に、何かに抗うように俺を守ろうとしていた。
その「何か」は、未だに分からないけど。
その時、ルナマリアは敢然と告げた。
サイの思惑を見透かすかのように。
「なら、決めた。
私、シンを助ける」
しっかりした彼女の言葉に、サイは思わずルナマリアを見つめ返してしまう。
目の前にあったものは、覚悟を決めた人間の顔。
「あいつとは、喧嘩したままだったもの。
必ずあいつを南チュウザンから助け出して、もう一度ちゃんと仲直りする。
おせっかいだ偽善だって何度言われたって、私はあいつと一緒にいたい」
そんな彼女の言葉に、サイの中で何かが再び、激しく鼓動を始めた。
それは、自分の身を賭しても貫き通したい――
否、貫かねばならない願い。
2年前も、俺はフレイときちんと話をしないまま一方的に彼女を突き放し、そのままフレイはいなくなってしまった。
その魂を受け継ぐかのように蘇ったフレイとも、俺は事情もろくに聞かないまま、ここまで来てしまった。
キラとも、フレイのことをきちんと話し合いもせず。
あいつとラクスさんに、何があったかも分からずに……
ナオトのことだってそうだ。ナオトがあの夢の世界に浸ってしまった理由も理解出来ないまま、あいつまで取り込まれようとしている。
なら、俺がやるべきことは、目の前の彼女とほぼ同じ。
違うのは、助けたい相手だけだ。
だが、サイがその決意を口にしようとしたその瞬間──
ずっとテレビ画面の点滅のように光り続けていた湖が、ひときわ強い光を放つ。
通信からのヴィーノの叫びと共に。
《ヤバイ、二人とも! 伏せろ!!》