【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
水面から若干離れた天空で激戦を繰り広げていた、アスランとフラガ。
ほぼ動けないチグサ機とティーダZを守るかのように、彼らと対峙するストライクフリーダム。
何を考えているか読めないキラ──その機体の背後から追随してくる、無数の黒ダガーL。
その黒は何度撃墜しようと、水場に湧き出る虫のようにどこからともなく飛来しては、インフィニットジャスティスとアカツキに向けて斬りかかってくる。
必死で呼びかけるアスラン。
「やめろ、もうやめるんだ、キラ!
いくらお前でも、俺とアカツキ相手じゃ……!」
ダガーLのビームを器用に空へ向けて跳ね返しながら、フラガも負けじと叫ぶ。
《諦めろ、キラ!
お前が何を考えているか知らんが、アークエンジェルももうすぐここに来る!》
《……そう》
アークエンジェルという単語を聞いても、キラは殆ど動揺を見せない。
フリーダムの腰部にマウントされた双対のビームサーベル──シュペールラケルタを二刀で携え、容赦なくジャスティスに斬りかかる。
──速い!
その動きに、迷いは全くないように見える。既に腹を決めたキラの攻撃なのか。
――だが俺だって、そう簡単にやられるわけにはいかない。
キラの冷たい刃に、何度も機体が触れられかかる──それを紙一重で躱しながら、邪魔をしてくるダガーLを撃墜しつつ、キラに呼びかける。
「答えろ、キラ!
お前とラクスは、何故……っ!?」
《後ろだ、アスラン!》
今眼前にいたと思っていたフリーダムが消え失せ、いつの間にか背後を取られるアスラン。
フラガの絶叫がなければ、そのまま背中から斬られていたかも知れない。
そのフラガ機──アカツキは、大気圏用航空戦闘装備「オオワシ」のブースターを燃え尽きよとばかりに全開にしながら、亜音速に近いスピードで闇の雲海を滑空していく。無数のミサイルの如く飛来するダガーLを次々と斬り飛ばしながら。
《クソっ……こいつら、どれだけ機体を無駄にする気だ!
ムジカ社長も泣き喚くレベルだぞ!》
フラガの精一杯の軽口を聞き流しながら、アスランは全速で一旦高空へと離脱した。
それを追いかけるように、またしてもジャスティスに斬りかかるフリーダム。
アスランの心を抉る言葉と共に。
《僕はもう二度と、大切な人を失いたくなかった。
大切な人を、傷つけたくなかった。
なのに──!!》
その言葉で、アスランは確信した。
間違いなく、ラクスに、何かが起こった。
キラと共に行動していたのなら、大丈夫だと思っていたのに。
しかも同行者はあの砂漠の虎・バルトフェルドだ。キラと彼がついていながら、一体何が起こったというのか。
チュウザンに潜入したラクス・クラインに尋常ならざる事態が発生し、それが原因でキラは南チュウザン側についたということか。しかし、ならば何故──
ジャスティスを追うキラの刃。
どういうわけかその双対の閃光は、以前のような鋭さが欠けているような気がした。
セイバーに乗っていた頃の自分を一瞬で撃墜した時のような冷たさが、ない。
──違う。
キラは、やはりまだ迷っている?
そんな疑惑がアスランの脳裏を掠めた、その瞬間。
フラガからの通信が再び響く。けたたましいアラートと共に。
《気をつけろ、アスラン!
七時の方向に、広範囲の熱源反応!》
「何? まさか……!」
《まさかも何もない、デストロイだ!》
瞬時にアスランはメインモニターを確認する──
どんよりと闇に包まれていたはずの南西方向の空に、やや紅を帯びた白い光が満ちた。
その光の中心で、まっすぐこちらに高エネルギー砲を向け、燃える森をメキメキ踏み潰しながら重い駆動音をたてて向かってくる、鈍重な鋼の塊。それが、確認出来ただけで3体。
「クッ……!
どこまでも、しつこい奴らだ!」
そう吐き捨てながらアスランは、全速力で機体を上昇させる。
同時に、まだ大分離れているはずのデストロイ──アウフプラール・ドライツェーンの砲口から、全てを焼かんばかりの閃光が放たれた。
まるで湖そのものを喰らい尽くそうとでもするように、大地へと牙を剥く火閃。
コクピットに光が溢れ、一瞬遅れで、雷撃が数十発一斉に落ちたかの如き轟音が、空気をビリビリ震わせる。
白い炎に吹き飛ばされ、飛沫を上げて蒸発していく湖。
「──ルナ!
おい、ルナマリア!! 大丈夫かよ!?」
突然の光と、続けて襲いかかってきた酷い衝撃で、ルナマリアは一瞬だけ気絶していた。
気がついた時目の前にあったものは、心配そうに自分を見つめて揺さぶり続けるヴィーノの瞳。
少し頭を回してみると――
インパルスのコクピット内部は照明が殆ど落ち、正面のメインモニターは左側のあたりが半分近く破壊されていた。
勿論そこには何も映し出されてはおらず、激しい雨が直接コクピットに入り込み、ルナマリアの頬を叩いている。
──サイは!?
暗闇の中で、彼女は慌てて状況を確認した。
コクピットに寝かせていたはずのサイの姿は、何故かどこかに消え失せていた──
そのかわりに座席に寝かされていたのは、ルナマリア自身。
思わず身を起こそうとして、両手をシートにつく。すると、手からべっとりと粘着質のものが付着する感覚が伝わってきた。
慌てて右手を引き抜き、パイロットグローブを見ると──
手のひらにこびりついていたものは、固まりかけている黒い血。
確かにサイがそこにいたと証明するように、その血はルナマリアの手の殆どを黒く染め上げていた。
「な、何これ……
ヴィーノ、何があったの?」
そんな彼女の問いに、ヴィーノは間髪入れず答える。
「デストロイだ。
あいつら、ここを焼き尽くしてもティーダを奪うつもりだよ!」
彼は悔しげに言いながら、湖の方向を顎で指し示す。
──そこは湖というよりも最早、火山の噴火口か間欠泉とでも形容した方が良い地形に変貌していた。
熱線によって巻き上げられた土煙と霧によって視界は非常に悪くなり、ともすれば粉塵が喉に入り込んでくる。
先ほどまで静かに水を湛えていた湖は半分がた分厚い蒸気となり、泥の斜面を覆い尽くしている。
閃光に大きく抉られた大地は熱せられたクレーターを形成し、そこに汚泥が勢いよく流れ込んでいた。
熱い霧の向こうに、微かに紅い光が幾つも蠢いている。森が燃えているのだろうか。
戦闘がすぐ上空で行なわれているはずだが、何故かその音は酷く遠く聞こえる。爆音で一時的に聴覚が鈍くなっているのか、まるで水の中にいるような感覚だ。
壮絶な有様を食い入るように見つめながら、ルナマリアは尋ねた。
「サイは?
あいつ、一体どこに……」
「分からない。俺がここに戻った時にはもう、いなかったんだ」
「そうなの……
インパルスの状況は?」
「……ゴメン。
修理がもうちょっとで何とかなりそうな時に、デストロイが来て──
何とか直撃は免れたけど、地盤が崩落して機体ごと落ちてさ。
俺もインパルスと一緒に吹き飛ばされてしばらく意識なかったし、多分その時にあのバカ……」
その状況では、VPSを展開していなかったインパルスが、コクピットが壊れるほどのダメージを受けても致し方ないといったところか。
ヴィーノの口ぶりからすると恐らく、他の部分もかなりの損傷を受けたに違いない。全身泥まみれになりながら、彼はしょんぼりと肩を落としている。
しかしそれでも、すぐ上空では未だに戦闘が続いているようだ。
ルナマリアが確認出来たのは、隼の如く自在に天空を飛び回るストライクフリーダム。
その斬撃を紙一重で躱し続けながら隙を窺う、インフィニットジャスティス。
彼らに蝿のように群がろうとする、無数の黒ダガーL。
それを次々に撃破しながら、南へ向かおうとするアカツキ。恐らくデストロイをどうにかしようというのだろう。
爆光が雷のように轟き、もうもうとあたりに満ちた蒸気をエメラルドに染める。
「ティーダは……?」
そんな中、すぐにルナマリアは湖へと再び視線をやった。ティーダZがあったはずの場所へと──
何らかの理由で動けないのか、その場にうずくまるように上体を落としている紅のストライクフリーダム。
その向こうに、依然として棒立ちになったままのティーダZが見えた。
その付近へ次々と落ちてくる、ダガーLの残骸。
ティーダZの白い機体にも何度かその鋼の塊は激突していたようだが、どうにか機体は倒れることなく奇跡的に姿勢を保っていた。
デストロイの光の被害も殆ど受けたように見えないのは偶然か、意図的なものか。ルナマリアには判断出来なかったが──
ごうごうと音をたてながら、上空の闇に吸い込まれていく蒸気。
森が燃える炎、そして戦闘の光を反射し、その濃い蒸気は翠、紅、蒼と様々な色に鈍く光り続ける。
激しい爆雷のどん底に落とされたとしたら、そこから眺める雲はこのような感じなのだろうか。
ルナマリアはそんなことを考えながら、湖の岸辺あたりにふと視線を移した。
岸辺と言っても既にデストロイの砲撃で溶け崩れ、四方八方から泥水が流れ込んでいる場所だったが──
「……!?」
思わず身を乗り出した。
ありえない、あってはならない光景を、そこに目撃して。
「……そんな!!」
燃え残り煙を噴きだしつづける木々の間に彼女が見たものは、
よろよろと立ち上がり湖へと向かおうとする青年の、細い影。
再びあたりを照らし出した一瞬の爆光により、その姿は一層鮮明になる。吹き荒れる雨風の中、激しく煽られるタキシードの裾が見えた。
ボロボロにちぎれ、元の長さの半分近くまで裂かれたその裾は、敗走を続けながらも立ち上がろうとする軍の旗のようにも見える。
「サイ、やめて! 戻って!!」
即座にサイの目的に気づいたルナマリアは、全身で叫ぶ。
彼は──この状況下でもなお、ティーダを、ナオトを、取り戻すつもりだ。
私がシンへの想いを改めて口にした時、彼の目から迷いが消えた気がする。
サイは何も言わなかったけど、あの時、恐らく──
そんなルナマリアの叫びが届いたのか、サイはほんの少しだけ、こちらに振り向いた。
熱い蒸気と閃光を背景にして、ほぼ黒い影にしか見えないサイの姿。その中で、あの青い瞳だけが、静かな輝きを湛えているようにも見える。
──ありがとう
サイの唇が、そう動いたような気がした。
瞬間、ルナマリアは思わず駆けだそうとする──
「サイ、やめて! 何をする気なの!?」
そんな彼女を、慌てて羽交い絞めにしながら止めるヴィーノ。
「待てよ!
今あそこに行ったら、ルナまで死んじまうぞ!!」
「お願い、離して!
彼、たった一人でナオトを助けるつもりなの!? あの身体で!」
必死でもがき、ヴィーノの手から逃れようとするルナマリア。しかし意外に彼の力は強く、決してルナマリアを離そうとはしなかった。
「だからってルナがいなくなったら、ミネルバJrはどうなるんだよ!?
シンもナオトも、戻ってこられねぇぞ!!」
その言葉で、ルナマリアははっと我に返る。
──そうだ。私はミネルバJrに残された、唯一のまともなパイロットなのだから。
私がいなくなったら、みんなはまた、あの時と同じ痛みを繰り返すことになる。
メサイア戦で味わったのと、同じ痛みを。
シンも、戻ってこられない――
そう気づいてようやく暴れるのをやめた彼女は、力を落としてへたりこむ。
そんな彼女を、ヴィーノは必死で励ました。
「さっきやっと、ミネルバJrとも連絡が取れたよ。
多分もうすぐ、みんなここへ来る。うまくアマミキョとも連携出来れば、きっと……」
それでもルナマリアは、湖へと立ち向かうサイの後ろ姿を見守らずにはいられない。
鈍く光る雲の中へ消えていくかのような、小さい微かな影を。
彼の向かう先で、依然として悠々と屹立するティーダ・Z。
その白い機体は、炸裂する爆光の中、どういうわけか先ほどまでよりさらに輝きを増しているように思えた。