【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
同時刻、ミネルバJr。
ブリッジでひっきりなしに通信を続けていたアビーが、声を張り上げる。
「艦長! インパルスからの報告、来ました。
旧マブミ付近でストライクフリーダムと接触後小破、現在緊急メンテナンス中とのことです」
「なっ……!?
また、あの機体か!」
忘れもしない、因縁のストライクフリーダム。その情報にアーサーも一瞬絶句したものの、それでも何とか冷静さを装いながら続きを促した。
「それで、負傷者は。ティーダZは!」
「ルナマリアとヴィーノは無事ですが、アーガイルさんが重傷を負った模様です」
少し前なら殆ど感情が籠っていないようにも感じられたアビーの声だが、今は明らかに相応の焦りが含まれている。
この方が人間らしくて良いかも知れない。ただ情報を垂れ流すだけなら、AIでも出来る
──未だにザフトも連合もAIにオペレータの任務を委ねないのは、状況に応じて皆を鼓舞したり、緊張感を高めたりする役割も彼女らは担っているからなのか。
アーサーがそんなことをちらっと考えたとも知らず、アビーは報告を続ける。
「ティーダZですが、パイロットのナオト・シライシ共々、ストライクフリーダムに捕捉されたとのこと……」
「え、えぇえ!!? また、機体ごと拉致られたか!?」
「いえ……
インフィニットジャスティスの援護を受けて、ティーダZもインパルスもまだ現地に留まっています。ストライクフリーダムと交戦中」
「何?
もしや――アスラン・ザラが」
そんなアーサーの言葉に、ブリッジがほんの少しざわめく。
殆どが元ミネルバの乗員で構成されているミネルバJr。ブリッジ要員もほぼ当時のままである。
つまり、アスラン・ザラに裏切られ、艦を大破させられた怨恨を共有する者たちでもあり──
何故、あのアスランがまた自分たちの援護に回ったのか。
アーサーも動揺を禁じ得なかったが、それでも乗員たちを落ち着かせるべく、冷静かつ果敢に判断を下した。
「ミネルバJr、全速前進!
インパルス及びティーダZの救出に向かう」
そんなアーサーの言葉に、操舵士マリクは驚きを隠せず思わず反論した。
「き、危険です艦長!
インフィニットジャスティスの意図が不明である以上、ストライクフリーダムと同時に本艦を攻撃する恐れもあります。
あの2機に対抗する術は、今のミネルバJrにはありませんよ!」
マリクの言葉に、索敵担当のバートも追随する。
「まだ信用するというんですか? あの裏切り者を!」
彼らの意見ももっともだ。アスランは、二度もザフトを裏切った──
一度目は結果的に世界を破滅から救ったとも言えるからまだしも、二度目はミネルバを直接攻撃し、自分たちは艦と多くの仲間を失った。
あの痛みを、乗員たちは未だに鮮明に覚えている。
それでも──アーサーは唇を噛みながら宣言した。
「それでも、ルナマリアたちを助けないという選択肢はないだろう!
彼女らを放っておいたら我々は、あの日の屈辱をもう一度味わうことになる!!」
あまりにも堂々としたその言葉に、クルーたちは何の反論も出来なかった。
自分たちは、何も出来ないわけじゃない。艦を失ったあの日に比べたら、出来ることはまだある──
それなのに手をこまねいたまま事態を放置していたら、何の為にここまで来たのか。
そんな想いが、アーサーの言葉には籠められていた。
大気圏外に浮かぶオギヤカ、その最深部で。
シン・アスカはただ一人、紅の保存液に満たされた中に眠るステラ・ルーシェの前に佇みながら、思い悩んでいた。
フレイ・アルスターの真実──
それをシンは、つい先ほど畳み掛けるように一息に告げられた。彼女自身の口から。
シンを拉致した理由は勿論、SEED保持者であり、マユ(チグサ)を動かす鍵ともなりうる人物だから──
『御柱』とされたステラと同様、自分もその天性の能力を買われて強制的にオギヤカに連れられたということだ。
「SEED」が何なのか、説明されてもシンにはさっぱりピンと来なかったが。
しかしフレイによれば、それは表向きの理由にすぎないという。
フレイはその後、さらに言った──
南チュウザンを実質統括しているのは、ラクス・クラインの母親たる「真なる」ラクス・クラインであり、ステラの利用をフレイに命じたのも彼女であると。
今、ラクスは自らの娘たるラクス・クラインを──
つまり、これまで人々がラクス・クラインと認識してきた存在を利用し、娘に成り代わりその名声も利用して、セレブレイト・ウェイヴにより戦争の恒久的停止を目指しているという。
それだけでも、シンにとっては頭がおかしくなりそうな話ではあった。
ついこの前までラクスの偽者騒動で俺たちは大変だったのに、今度出てきた三人目のラクスが「真なる」ラクスでラクスの母親?
意味が分からない。
それを正直にフレイに告げたところ、彼女は酷く苦しげになりつつも微笑みながら、こう言った──
「──それが普通の感覚だ。
子供に自らの想いを託して自分と同じ名をつけることはあっても、自分のコピーとして同じ名を名乗らせる母親は、そうはいるまい」
ラクス・クラインが、真なるラクスの娘でありコピー?
しかし、フレイの言葉が確かなら──
フレイもまた、ラクスの(つまりラクスの母親の)娘であるはずだ。
見かけ上はほぼ同年齢に見えるし、姉妹と言われても信じてしまうレベルだが。
それをシンが指摘すると、フレイは額に玉のような汗まで浮かべ、少しずつ語り始めたのである。
タロミ・チャチャとラクス・クライン――
そしてフレイ・アルスター自身に纏わる真実を。
「……だからって。
俺に、どうしろってんだよ。なんで、ほぼ見ず知らずの俺なんかに
一部始終を思い出しながら、シンは頭をかきながら情けなく座り込むことしか出来なかった。
フレイは全てをシンに告げた後――
彼女らしくもなく、突然その場から逃げるように走り去ってしまった。口を懸命に抑えているように見えたのは、何だったのだろうか。
話している途中から、随分と苦しげにしているとは思ったが──その理由が、シンには皆目分からない。
彼女と入れ替わるようにして入ってきたレイラが、哀しげにじっとシンの背中を見つめている。
「──シン様。
姉上を巡る今のお話、信用出来ないのは当然です。
しかし、『出来る』というだけで、どれほど人道から外れたことでも為そうとする──
そういった人間は、いつの世にも一定数いるものですわ」
「だから、ステラをこうするぐらい、朝飯前だってのかよ!!」
フレイ・アルスターさえ何とか出来れば、マユも助けられると思っていた。
だが、ことはそう単純なものではなかった。
今、聞かされたばかりの『彼女の真実』は。
フレイはむしろ、全てを奪われ、全てを背負わされた被害者だったのかも知れない。彼女の言葉を信用するならば、だが。
世の中、誰かを殴れば解決出来るものではない。そんなことは嫌というほど思い知らされてきたはずなのに。
『彼女の真実』を聞かされてから、酷い吐き気がこみあげてきてたまらない。
それは、シンのように普通の家族に囲まれ愛情をそそがれ真っ当に育ってきた人間にとっては、到底受け入れられない話であった。たとえその家族とあまりに無惨に引き裂かれたとしても。
――フレイにとってはそもそも、親子とか家族とか、愛情とかいう概念すら……
ステラの周囲を何重にも覆い尽くしている、どんなに殴ったところでひび一つ入りそうにない強化ガラス。
そこに拳を打ちつけながら、シンは虚しく叫ぶしかなかった。
酷く熱い蒸気を頬に感じ、サイは重い瞼を開いた。
吹き飛ばされた衝撃でほんの少し意識を失いながらも、幸運にも頭まで水底に沈むことはなく、何とか呼吸ぐらいは出来ていたらしい。
勿論、胸から下はどっぷりと泥水に浸かっていたが。
紅く霞み続ける視界の中で、サイは奇妙な蒸気の正体を探ろうとして身体を動かそうとする──
その途端、右のわき腹を鋭利な刃物で骨まで抉られたような激痛が、脳天までを貫いた。
「ぐ……っ!!」
同時にやってきた酷い眩暈で気を失いそうになりながらも、サイは傷を確認する。
しかし傷の状況を見た瞬間、彼は反射的に目を背けてしまった。
──これは、内臓まで露出したかも知れない。
これ以上見たら、それだけで気を失いかねない。
そう判断したサイは、それでも身を起こして移動を続ける方法を考えた。
腹部から流れ続ける血は、濁った水面をさらに赤々と染めていく。これまでサイの身を幾度も守ってきた防弾ベストも、今の衝撃で大きく破れてしまった。
ベストの破損状況から考えると、まともに破片が当たっていたら上半身と下半身が分裂していたかもしれない。ルナマリアが完全にベストを脱がしてくれていなくて助かった──
しかし痛みのせいか、それとも神経のどこかをやられたのか、右脚に力が入らない。
その時サイは、すぐ頭上で何かが小さな炎をあげて燻っているのに気づいた。
咄嗟に振り返ると、そこにあったものは──
つい先ほど墜落したらしき、黒ダガーL。恐らくその脚部と思われる、鋼鉄の残骸。
メイン動力部から引きちぎられた断面からのぞく、無数のケーブル。切断されたそれは、倒れたサイのすぐそばで今も小さな閃光を撒き散らしながら、バチバチと嫌な音をたてている。
さらに切断面の奥に、炎が揺れている様子まで見てとれた。サイが感じた蒸気は多分、爆散し燃え残ったこの装甲が湖に落ちたことによるものだろう。
いつまた爆発するか分からない。すぐに離れなければ──
そう思ったものの、簡単に身体は動いてくれなかった。
どうする──?
痛みで乱れる呼吸を何とか抑えつけながら、周囲を探る。
このままじゃ、歩くことさえ出来ない。
何か……何か、支えになるものが欲しい。木切れの一本ぐらい、流れてきてくれてもよさそうなのに。
目指すティーダ・Zの光は先ほどより近くなったはずだが、それでもまだ大分距離があるように思える。具体的な数値にすると、あと50メートルといったところか。
しかし痛みが身体を貫くたびに、あと50キロあってもおかしくないように錯覚する。
だがサイはその時、すぐ横で燃えるダガーLの脚部に──
主に整備に使うであろう、昇降用のステップが取り付けられているのに気づいた。
ステップとはいえ鋼鉄の装甲に1メートルほどの鉄棒をそのまま何本かくっつけたような、今どきあまり見ないお粗末なものだったが、この状況からすればむしろ好都合といえた。
爆発の衝撃で、一部塗装が剥げ片側が外れかかっているものまである。それも、手を伸ばせばすぐ届く距離に。
──これを使えば。
そう思い立ったサイは熱さに顔を顰めながらも、半身を引きずるようにしながらゆっくり機体の残骸に近づいた。
右手の拳をタキシードの袖口で覆い、その状態で試しにステップを掴んでみる。
案の定、鋼鉄の棒は限界まで熱せられていたようで、布ごしでも酷い高熱が伝わってきた。
まるで濡れたハンカチにアイロンをかけた瞬間のように、凄まじい蒸気が顔を覆い尽くす。
それでもサイはステップから手を離そうとせず、何とかそいつを機体から引き剥がすべく、全身に力を籠めた。
「ぐうっ……!!」
無理な力を入れたせいで、明らかに出血量が増えたのが分かった──
それでも。
それでも俺は、ナオトを助ける。
それが、今俺に出来る、ただ一つの……!
掌を焼くほどの熱と、傷口から迸る痛み。
いつもとは違う場所から空気が漏れているような違和感を伴った、ゼイゼイと荒い呼吸。肺のどこかも傷つけられたのだろうか。
それでもサイは決して、焼け落ちかけたステップから手を離そうとはしなかった。
今まで殆ど気づかなかったが、以前よりも明らかに、自分の右腕の力は増している──
左腕が自由にならなくなった分、右の筋力が余計に強くなったのだろう。
少し前の自分であればいくら脆くなったといえ、モビルスーツの機体の一部を無理矢理素手で、しかも片腕で引き剥がすなど出来はしなかった。
しかし今のサイは右腕でステップを掴んだだけで、何とかそれをぐらつかせることには成功していた。当然、尋常ではない痛みが爪先から頭までを貫いていたが。
──あと少しで。
足を踏ん張れない代わりに、サイは腹から盛大に出血するのも構わず、右腕と拳にぐっと力を籠めた。
蒸気だけでなく、布やその下の皮膚まで焼ける嫌な臭いが漂う。
ここでもし、おあつらえ向きの木の枝でも流れてきたら助かるけど、間抜けだな──
そんなことをちらりと考えつつ少し周囲を確認してみたものの、やはりそれらしきものは見当たらない。
──仕方ないか。
上の戦いは、木なんて一瞬で全て焼き払ってしまうレベルのものなんだから。
そう思いながら、サイは握りしめたステップをがむしゃらに上下左右に揺さぶった。
空では相変わらず、ストライクフリーダムとインフィニットジャスティスが閃光のぶつけ合いを続け、アカツキが周りに群がる黒ダガーLを払い落としている。
そのすぐ下で、何も知らずに佇むティーダZ。
さらにその横では、まだ立ち上がれない紅のストライクフリーダムが、湖上で膝をついている。
そこまで損傷しているとは思えないのに未だに復帰しないのは、あまりに超人じみた戦闘に割り込むのは無謀とチグサが考えたのか、それとも別の要因によるものか。
──どちらにせよ、これ以上俺たちに攻撃を仕掛けてこないのなら、それでいいさ。
サイは無理矢理チグサの件を、頭の中でそう片づけることにした。
マユのことは気にかかるが、今はどうしようもない──
そう考えた時、また身体の奥から痛みが突き上げた。
右腹の奥までを貫いて身体に入れられたナイフが、中で無理矢理進行方向を変え、さらに肋骨の下あたりまでねじりこまれるような痛みが──
「あ、あぁ、あ……がっ!!」
吐き気までこみあげ、掴んでいたステップから思わず手を離しかけてしまう。
顎や額を何やら熱いものが流れ、止まらない。
泥水だと思ったそれが血だと分かったのは、上空の閃光で一瞬明るくなった水面に、僅かに映った自分の顔を見た時だった。
──駄目だ。
これ以上、俺は、自分の無力を味わいたくはない!!
喉の奥から、殆ど言葉の体を成していない呻きが漏れる。
無理に叫んで力を入れようとしても、こんな低い唸りにしかならないのが情けない──
それでもサイは、瞼から血が入り込むのも構わず目を見開き、右腕に全精力を籠めた。
「がああぁあああぁ……っ!!」
そんな想いに、遂に天が応えたか。
彼の眼前で、揺さぶられていたステップはバキリと音を立てて装甲から外れ、ただの棒切れと化した。
勢いあまって背後に尻もちをつきかけたサイだが、やっと手にした支え──
自分の脚の代わりとなる鋼の棒切れを、すぐに泥の湖面に突き立てる。
杖がわりになったそれはまだ熱をもっていたが、袖口で掴めば問題ない程度まで熱はおさまっていた。
突き立てた金属棒に全体重をかけるようにして、サイは今一度立ち上がり、泥水の中を進み始める──
血まみれの身体の頭上では、未だに戦場の爆光が閃いていた。
──そうさ。
偽善と言うならば、言え。
俺はナオトも、フレイも、キラも、アマミキョも。
これ以上、誰も失いたくないだけなんだ。