【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
その同時刻──
ヤエセを中心として、膨大な数の避難民の移送を担っていたアマミキョ。
しかしこの時、ブリッジを中心として構成されたメインブロックは、従来と同様に他ブロックを切り離し、再び北チュウザン上空に飛び立っていた。
再建前と同様の船体分離機構を備えていたアマミキョはそれまでも、分離させたブロックを北チュウザン各地へ派遣しつつ避難民の誘導と支援を続けていた。しかしメインブロックが主だって動くことは殆どなかった。
だが今、新生したアマミキョブリッジでは、トニー・サウザンが堂々と指揮を執っている。
きっかけは、アークエンジェルからの通信。
あの艦から直接、キラ・ヤマトとラクス・クラインを追いかけて出発したという情報を受け取った時──
隊長たるトニーの中で、何かがざわめいた。
行くべきだ。
そこに、目指すものがある。
降ってわいたようなその呼びかけが何なのか、トニーには分からなかった。
ただ自分の血の中で、逆らいがたいものが騒ぎ出している──
そう感じた時にはもう、彼はアークエンジェルとの随行を指示していた。
唐突にしか思えないと彼自身も感じた、トニーの命令。
それでもクルーたちは何故か、その指令にさほど抵抗を示すこともなく。
彼らは驚くほどてきぱきと動き、これまでにない速さで分離作業を完了させ、メインブロックを離陸させていた。
その理由はただ一つ──
多少の差はあれど、アマミキョに搭乗したクルーほぼ全員が、トニーと同じ感覚を味わった為だ。
ウーチバラでの出航からずっとアマミキョに乗っていた者らは、特にその感覚が強いらしい。医療班のチーフたるスズミなどは、乗員の動きに当惑するトニーを通信ごしに叱咤激励したほどだ。
その時、彼女はこう言った。
──恐らく、そこでティーダが呼んでいるのでしょう。この船を。
今ブリッジの中央に立ちながら、トニーは呟いた。
「もしかすると、そこにサイ君もナオト君もいるということか」
誰にも聞かせるつもりのなかった、トニーの呟き。
しかしすぐ右脇の通信席で、それを受けたかのようにヒスイが応えた。
「もしかすると──ではなく、間違いなくいます。
感じるんです。サイさんたちを」
状況に相応しくないあいまいな言葉だったが、それ以外に彼女はこの感覚を表現しようがなかったのだろう。
そんな彼女に耳打ちするように、トニーは出来る限り声を低くして囁いた。
「それは、私にも分かる。
しかし、先ほどまでは何も感じなかった──」
「スズミ先生も仰っていましたが、恐らくティーダに何らかの異変が発生したのではないでしょうか」
「その影響が、アマミキョにまで及んだと?」
そんなトニーの疑問に、ヒスイはいつもよりさらに声を落しつつも、比較的はっきりとした口調で言った。
「隊長は、覚えていないですか?
副隊長が、私たちをアマミキョから脱出させた時の言葉を」
「サイ君の言葉?」
「アマミキョを、南チュウザン軍が──
フレイ・アルスターが襲った、本当の理由です」
──恐らくその秘密の為にこの船は、フレイ自身の手で破壊されようとしているのだと思う。
トニーも思いだした。
あの時サイは、皆がアマミキョから無事脱出出来たら真実を話す――
そう約束したはずだ。
「私たちの中の不可思議な感覚も、その秘密に関係あるのではないでしょうか。
この感覚は、アマミキョに長く搭乗していた者に特に強く顕れているようです」
「ならば、やはり……」
トニーは改めて、両腕を組み直し宣言した。
「サイ君を問い詰めねばなるまいな!
何としても教えてもらおうじゃないか、その秘密とやらを!!」
状況の深刻さにも関わらず、豪快に笑ってブリッジを見回すトニー。
ごく一部は苦笑しながら彼を見ていたが、クルーはほぼ全員一糸乱れずアマミキョのコントロールに専念している。
新しくアマミキョに乗り込み、サイやナオト、ティーダを直接知らぬ者もいたが、彼らも並み居る先輩の勢いに押されるようにして動いていた。
それもまた、説明も抵抗もしがたい感情が彼ら後輩たちの胸に湧き上がってきたからとも言える。
ただ、この感情は決して心を高揚させる類のものではなく、むしろ酷い焦燥に近いものだった。
行かなければ、自分たちは命にも近い何かを失う。そんな、強迫観念にも似た衝動。
アマミキョが未だ持つシステム内のブラックボックス、その全貌を──
彼らはまだ知らなかった。知らないまま、動いていた。
ティーダZを巡り、再び激突を余儀なくされたキラとアスラン。
黒ダガーLの大軍の横槍もあり、ストライクフリーダムとインフィニットジャスティスの戦いは、未だ決着がついていなかった。
湖へ落ちていくダガーLの破片に気を配りつつ、無防備にもコクピットを晒したままのティーダZを庇いながら、2機は果てしなく火花を散らす。
「キラ……
お前は、カガリにまで刃を向けるつもりか!」
激情したアスランは叫ぶ。この言葉が、キラの動揺を誘うことを期待しながら。
ラクスとカガリの二人をずっと守ってきたキラにならば、届くはずだと信じながら。
その一方でアスランは瞬時に、ストライクフリーダムの無力化を試みた。
──絶対に、キラを殺すわけにはいかない。
何とかあそこから引きずり降ろして、何があったのかを問いたださなければ。
今のままでは、何も分からない!
自機に装備されている、シュペールラケルタ・ビームサーベル──
ストライクフリーダムと同一の、双対の光刃。ジャスティスは大きく左側を機体を捩じるように回転させ、右腕側に装着された刃を素早く左腕のそれと連結させた。
アスランの得意技とも言える、連結ビームサーベル──アンビデクストラス・ハルバード。
それを今彼は、よりにもよってキラに使おうとしていた。
キラの十八番たる、全武装解除。いつかキラにしてやられたその攻撃を、今度はやり返す為に。
──デスティニーにだったら、通用した。
しかし、キラには……?
迷いを抱きながらも、ストライクフリーダムの両腕部に一瞬で狙いを定めるアスラン。
「武器だけでも、捨てさせる!」
連結した光の刃を携え、黒雲を貫くように真上に飛翔するインフィニットジャスティス。
しかしキラがその動きを見逃すはずもない。かつてはザフトのトップエースに君臨し、今も腕自体は向上しつつあるアスランだったが、そんな彼の速さにキラは悠々と追いついてきた。
右腕部を一閃しようとした瞬間、モニターから消えるフリーダム。
気付いた時にはすぐ右横に、青い翼が見えた──
同時に、アスランは見た。大きく開かれた8枚の翼の間から、よく見覚えのある青い閃光が迸る光景を。
「まさか、ドラグーン!? 地上で……っ!」
何故キラが地上でそんなものを使ったのか。考えるより先に、身体は動いていた。
CIWSを起動させ、アスランは機体正面に弾幕を張る。ドラグーン相手であっても、これは有効な戦術のはずだ。
霧の中に糸のように撃ちこまれる、無数の細い光弾。炎に触れた雷雨は一瞬で霧に変わり、ジャスティスの周囲を満たす。
それを縫うようにして、エメラルドの閃光がジャスティスに向かい、宙を駆け抜けてくる
――当てても被害が武装のみで済むよう、最小出力で。
恐らくこのドラグーンは、ビームポッドを機体に装着したまま発射されている。確か、レイ・ザ・バレルのレジェンドガンダムがそうだった──あいつはドラグーンを地上でも可動砲台として使っていた。
しかしストライクフリーダムのドラグーンは、キラ専用に作られた特別製のものだ。
それ故、大気圏内での運用は不可能だったはず。だが今、大気圏外とほぼ同様に使用出来ているのは──
「あいつ……
また、システムの書き換えを?」
キラならばあり得る。そう確信しつつアスランはさらに全神経を研ぎ澄ませ、ドラグーンの回避に集中した。
例えキラのドラグーンだろうと、必ず当たるとは限らない。
当たったとて、衝撃に耐えられれば問題ない。機体が耐えられなくとも、自分が耐えられれば!
アスランは咄嗟にビームキャリーシールドを掲げる──当然、ドラグーンのうち数発が盾めがけて炸裂した。
その着弾により、ジャスティスを取り囲む煙と霧は一層その濃さを増していく。
コクピットは警告音の協奏曲が響き渡り、操縦者たるアスラン自身にも尋常ならざる衝撃が襲っていたが──
気絶さえしなければ、こっちのものだ。
霧の中を無数に飛び交うエメラルドの閃光を間一髪で避け続けながら、アスランはシールド外装からグラップルスティンガー──巻き取り式ワイヤーを射出した。
狙うは勿論、雨と硝煙の間からほんの少し覗く、ストライクフリーダムの両腕部。
ほんのわずかな隙だが、これで絡めとれれば。
腕を封じたところで、他にいくらでもキラには攻撃手段があるのは分かっている。だが、そのうち一つでも潰しておくのは、悪くないだろう。
──しかし、ワイヤーがどうにかストライクフリーダムの拳あたりに到達しかけたと思った瞬間。
突如、コクピット内の警告音が一つ増えた──
と同時に、足元からせり上がった巨大な鉄板に身体ごと殴られたような衝撃が、アスランを襲う。
「ぐっ……!!」
目玉が脳にめりこみかねない叩きつけに耐えながら、彼はサブモニターに視線を走らせた。
機体の破損状況を示す右側のサブモニター。それは、左脚関節部に被弾した事実をアスランに教えていた。
死角に潜り込んでいたドラグーンにやられた──
そう確信しながら、アスランは襲いくる落下の重力に耐える。
同時に聞こえてきたのは、キラの声。
《ラクスをこれ以上傷つけようというなら──
僕は君も、アークエンジェルも、許さないよ》
そこでカガリの名を出さなかったのは、キラに残った最後の良心か。
自然落下を始める機体の中で、アスランはそれでもなお諦めはしなかった。
ブラックアウトしかかる視界の隅に、僅かに金色に光るものを捉えたとほぼ同時に、
キラとは別の声が、叱咤するようにアスランを打つ。
《アスラン!
しっかりしろ、今助ける!》
それは勿論、金色に輝くアカツキ──
通信から響くムウ・ラ・フラガの声が、一瞬カガリのそれに思えたのは、気のせいだったろうか。
その瞬間、アスランは再び指を操縦パネルの上に走らせる。
100m先の針穴を狙うような無謀な試みだが、やらないよりはマシだ。
「何とか……入射角の精度を微調整……
これで!!」
この時アスランも機体も、地表に対してほぼ逆さになりながら落下しつつあったが──
それでもインフィニットジャスティスは、紙一重でドラグーンを回避しつつビームライフルを撃ち放った。
しかしその銃口が狙ったのはストライクフリーダムではなく、味方のはずのアカツキ──その鏡面装甲。
アスランの狙いに勘付いたのか、アカツキも射撃を停止し敢えてその場で動きを止める。
同時にストライクフリーダムの機動にも、僅かな動揺が見て取れた。
かつてのシンもフリーダムに対してやっていた、シールドにビームを反射させての攻撃。そいつの応用だ。
まさか味方を撃ってその反射を利用して自分を攻撃してくるなんて、さすがのキラでも予想外だろう──
そう考えたアスランは、アカツキに反射した直後の閃光を目だけで追った。
《ふー、なかなか危ないことしやがって……
俺でなけりゃ、避けちまってるぜ》
警告音と共に響く、フラガの軽口。
その言葉も終わらぬうちに、ストライクフリーダムの左脚部末端に閃光が炸裂した──
アスランの放った、起死回生の一撃。
これだけではとてもストライクフリーダムを止めるまでには至らないが、それでも一矢報いるぐらいは、出来た。
左脚部、その爪先に当たる部分が砕け散り、さらにその光は背中の翼の端あたりまでも掠めていく。
だが、こういったアスランの奮闘の結果──
「……しまった!」
アスランが小さく叫んだ時には、もう遅く。
その破片は、下で佇んで動こうとしないティーダ・Zに、そのまま落下していくことになった。
上空で何が起こっているのか、今のサイには殆ど分からなかった。
彼に分かっているのはただ、自分のすぐ頭上で相変わらずキラが戦っているという事実だけ。
それにより、自分の身がさらに危険に晒されているということも。
否──自分だけではない。やっと眼前にまで来ることが出来たティーダ・Zにまでも、焼け落ちた鋼鉄の破片が次々と降ってきている。
──頼む。
ナオトにだけは、落ちないでくれ。
ただひたすらそう願いながら、サイはやっとの思いでティーダ・Zを見上げる。
相変わらずコクピットが剥き出しになったままのティーダ。幾度もその装甲に当たっては湖に落下し、大きく蒸気と飛沫を上げる鋼鉄の塊。
その熱い飛沫を顔面にまともに浴びながら、サイはよろよろと身を起こした。
先ほど無我夢中で抜き取った金属棒はまだ杖がわりになってはいたが、身体を動かす力は最早殆ど残されていなかった。
彼の移動した後の湖水は血で染まり、上空の戦闘の余波たる鋼の破片が何度も身体を掠めていた。
おかげでタキシードの両袖は殆ど吹き飛んで皮膚が露出し、ズボンも右膝あたりまでが大きく破れている。
──これじゃ、裸で戦場に放り出されているようなもんだ。
サイはぼんやりと自虐的に考えつつ、それでもティーダに向かって進んでいた。
ぼんやりと白い光を放ち続けるティーダの武装。そこにも容赦なく破片は落ち続けていたが、幸いナオト本人にまだ当たった様子はない。
しかしそれは恐らく、ただの幸運にすぎない。いつ巨大な盾の破片が上空から落下し、ナオトを叩き潰すか──
ティーダまでは、残り恐らく20メートルもない。何とかこの距離から、ナオトにもう一度呼びかけられないか。
そう念じながら、サイは力いっぱい頭を上げる。最早上半身を支えていること自体が苦しい状況だったが、それでも。
だが、喉から声を振り絞ろうとしたその瞬間──
「ナオ……っ!?」
まるで名前すら全て呼ばせまいとするかのように、サイの頭は横薙ぎに弾かれた。
左こめかみ付近をゴルフクラブか何かで殴られたかの如き衝撃と共に、意識が一瞬遠くなる。
サイが何とか把握出来たのは、飛んできた少し大きめの金属片が、まともに側頭部を直撃したということだけ。
駄目だ。
まだ、死んじゃ、駄目だ。
俺にだって、まだ、出来ることがあるなら!!
飛びかけた意識を宙で掴み、たぐり寄せるように無理矢理引き戻す。
血まみれになった両膝を湖の中で踏ん張り、後方に大きく仰け反りかけた上半身を強引に元に戻そうとする。
その結果、傷口から残りの血が一斉に噴きだした。
自分の身体に、まだこれほどの血液が残されていたのかと驚愕するほどに。
それでもサイは、声を上げた。
輝き続けるティーダ・Zの真正面で。
ろくに言葉の形を成していない声。それでも彼は、荒れ狂う雨と爆光の中で叫んだ。
獣のように全身を震わせ、天へと首を振り上げ、血の溢れ続ける内臓までも総動員し、骨の全てを砕かんばかりの
──命の声。
それは絶叫というより、咆哮に近いものだったかも知れない。
彼の叫んだ言葉は、ナオトに戻れと訴えるものだったか。
もしくは、キラたちに戦闘停止を叫んだものだったか。
自分自身にも意味が分からない、言葉としてすら成立していない声。
全身から血を噴き出し、それでも何かを成そうとする男が叫んだ言葉は──
そのまま天へ、虚しく吸い込まれるだけに見えたが。
──ナオト、気づいて。
私は、そこには、いない。
私はまだ、ここに、いる。
「マユ……?」
ナオトはその瞬間、ようやく気づいた。
ティーダに乗ったまま、ずっと夢の世界に囚われていた自分に。
ぎゅっとこの腕に抱きしめたはずのマユが、ふと顔を上げて呟いた言葉によって。
──ナオト。
私はまだ、ここには、いない。
私はまだ、ナオトのすぐそばに、いる。
ナオトを、待ってる。
その声と同時に、ナオト・シライシは目を開いた。
見えたものは、コクピットが剥き出しになり雨と砲弾に晒されている、自分の機体。
そして聞こえたものは、彼が何よりも守りたかった者の、叫び。
「サイ……さん?」
刹那──
彼は、自分が今成すべきことを、理解した。
いつだったか──母を目の前で失った時に幻視した、闇の中で白く輝く宝石。
それが叫びと共に、再び粉々に砕かれていく。