【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part8 発動

 

 

 

 ずっと湖に蹲っていたストライクフリーダム・ルージュの中で。

 チグサ・マナベは、より一層酷くなった頭痛に苦しめられ、悲鳴を上げ続けていた。

 キラの手助けどころか、機体を操ることすらも出来ない。

 あの男が──

 サイ・アーガイルがティーダに近寄っていくのが分かってても、何も出来なかった。どんどん、自分の中の声が大きくなっていったから──

 

 そして、今。

 あの男がティーダの前で倒れかかったと思ったら、突然ティーダの発光が激しくなった。

 爆発かと勘違いするほど、あまりに強烈なその光。

 チグサは思わず目を瞑り身体を屈める。眼を閉じてもなおその輝きは瞼を貫通して眼球を刺激し、熱さも肌で感じられた。

 その唇からいつの間にか転がり出た呟きは、チグサ自身、到底信じられないものだった。

 

「ナオ……ト?」

 

 何故。何故今、あの忌々しい小僧っ子の名前が。

 あいつの名前とか、口にするのも煩わしすぎるくらいだったのに──

 

「うるさい! 

 うるさい、うるさい! アタシは……私は……!!」

 

 激しい頭痛に苦しみ、全身で頭を抱えるチグサ。彼女の身体を包み込んでいく光。

 その時、軽い衝撃と共にコクピットが上下に乱暴に揺さぶられた。

 通信から響いてきたものは、キラの叫び。

 

《チグサ! 

 今すぐ逃げるんだ、ここにいちゃいけない!》

「えっ? 

 で、でも、まだティーダが!」

《見れば分かるだろう、もうティーダには触れられない。

 とにかくここから離れるんだ!》

 

 有無を言わさぬ、キラの声だった。

 チグサは震える手で操縦桿を握り直したが、それより先に機体の方が勝手に上昇を始める。

 サブモニターを確認すると、すぐそばにストライクフリーダムが舞い降り、チグサ機の右腕を取って半ば強引に引き上げようとしているのが見えた。

 同時に、チグサの意志に反してどんどん浮き上がっていく機体。

 そして、湖面に広がっていく閃光は──

 物理的な衝撃波まで引き起こし、湖を大きく波立て、やがて光を中心とした竜巻まで形成しつつあった。

 

「これ……

 まさか、あの時の電磁パルス!?」

 

 

 

 

 

 

 同時刻、ミネルバJr。

 ブリッジでは索敵のバートが、突如声を荒げていた。

 

「艦長! ティーダZからのシグナルを確認! 

 ブックオブレヴェレイション・オーバードライヴ、照射開始しました!」

「何? 

 馬鹿な、こんな処で!?」

 

 どよめくブリッジに、狼狽するアーサー。

 しかしすぐに冷静さを取り戻し、間髪入れず指示を送る。

 

「電磁シールドシステム、起動! 

 周囲の援軍にも可能な限り伝達だ」

 

 だがその指示が終わるや否や、アビーが悲鳴の如き報告を上げてきた。

 

「……これは! 

 先日のオギヤカ付近における照射よりも、遥かに巨大なエネルギーが観測されています。

 本艦の電磁シールドでは間に合わない可能性も……うっ!!」

 

 彼女が報告を満足に終えない内に、ブリッジが衝撃で上下に激しく揺さぶられる。

 全員が天井に叩きつけられかねないような震動に振り回されたが、必死で耐えるクルー達。

 火器管制担当チェンの、絶叫が響きわたる。

 

「メインスラスターシステムにエラー発生! 

 推力が低下しています!! 現在、通常の80%を切り……」

 

 それに対抗するかのような、アーサーの声。

 

「構わん! 予備エンジンも全て投入後、最大出力で立て直せ! 

 何としても目的地までもたせるんだ!」

 

 

 

 

 

 

「これは──!?」

 

 一体何が起きた。

 キラとの戦闘中、突然眼下にいたティーダが輝き始めたと思ったら──

 アスランはティーダを中心に広がり続ける光に対して、殆ど棒立ちも同然の状態になっているしかなかった。

 咄嗟に危険を感じ、機体を瞬時に光から遠ざけたものの──

 衝撃波まで伴い膨張を続けた光はやがて爆発し、虹のような七つの色を帯びながら一息に拡大していく。

 通信ごしに轟く、フラガの声。

 

《ぼさっとするな、逃げろ! 

 コイツはまずい、EMPも一段と強くなってやがる!》

「分かってる!」

 

 反射的に操縦桿を掴み、ジャスティスを機動させるアスラン。

 しかしその脳裏に、何故か直接訴えかけるものがあった。

 

 

「何だ? 

 これは……声?」

 

 

 ──やめろ。

 もう、やめろ。もう、戦うのは! 

 これ以上は──やらせない!! 

 

 

 不可思議な鐘の音と共に、光の中心から聞こえた声。

 それは一つかも知れないし、複数のような気もした。

 ただ確実なのは、声を聞いたと同時に、アスランの手足、指先、瞼までが突如痙攣を始めたという事実。

 

「思いだしたぞ……

 ティーダの光。これほど強くなっていたとは!」

 

 そう、確かに自分はこの光を浴びたことがある。

 ミネルバがまだ健在だった頃──ティーダの確保を命じられ、アマミキョに乗り込んだ時。

 何故か自分の記憶が消え、戦闘データも書き換えられていたあの事件。

 あの時も、今と同じように──鐘の音と一緒に、こちらの動きが酷く阻害された。

 当時のセイバーにはティーダ対策としての防護機能が施されていたが、今の自機には通常の遮光フィルタがあるだけだ。

 しかもこの光はあの時の数十倍以上もの威力をもって、全てを消し去らんばかりの勢いで拡大しつつある。

 考える前に、動け。そう念じたアスランはスラスターの出力を全開にして、翼を引きちぎらんばかりの上昇をかけた。

 急制動によるGに耐えるアスランの瞳に、わずかに映った光景は──

 

 

 

 光と霧の中から生まれていく、うっすら虹色を帯びた光の翼。

 それが持つエネルギーは衝撃波となり、湖上空を覆っていた黒雲をほぼ全て一瞬で吹き飛ばした。

 硝煙の立ち上る湖の上に突然広がった、恐ろしいほどに青い、青い空。

 やがてその翼は厳かに、ゆっくりと広げられていく。

 湖全体を抱きこまんとするほどにその羽根は広がり、翼の先端では光の粒子が次々と集まり続け、新たな羽根を形成し続けていた。まるで、樹が枝を伸ばしていくように。

 翼の主たるティーダ・Zはその中心で、ただ一体だけで静かに佇んでいる。

 光の翼に護られるようにして、両腕をほぼ線対称に組み合わせ、祈りを捧げるかのように何かをその手に抱え込んでいる。

 まるで小さな小鳥を抱くかのように、そっとそれを両掌で守り、見つめているティーダ・Z。

 

 

 

 ティーダ・Zが抱いているものが何かは、アスランの目でも分からなかった。

 響き続ける鐘の音はいつしかメロディーを形づくり、それは何故か一つの歌のように聴こえてくる。

 青く澄みきった空に舞い上がる、虹色に輝く翼。

 

 翼がゆっくりと動くたびに──

 眼下の地上では、次々に閃光が煌いた。

 

 先ほどまで雲霞のようにアスランたちに群がってきた黒ダガーLが、殆ど動くことも叶わず地表へ墜落し、火球に変わっていく。

 それは、湖の向こうから接近してきたデストロイガンダムも同じだった。

 恐るべき巨躯と火力を誇った戦略兵器でさえもティーダの力の発動の前にはなす術なく、砲の付近から次々と炎を噴いて完全に動きを停止した。

 盛大な火柱を噴き上げるデストロイ。その遥か向こうに──

 光の筋を残して微かに羽ばたく青い翼を、アスランは見た。間違いない、ストライクフリーダムを。

 双子のようにそっくりな紅の機体を引きずるようにして、青い翼はその場から――

 アスランの視界から消えかかっていた。

 

「キラ!」

 

 思わず追いかけようとしたアスランだが、その途端、両腕に酷い痺れを感じた。

 ティーダの光が持つ、パイロットの神経を直接攻撃する力だ。

 

「なるほどな……

 俺は敵意をもってキラを追いかけようとしている。そう判断したか

 ──貴様は」

 

 思わず怒りをこめて、眼前のティーダ・Zを睨みつけるアスラン。

 その感情にさえも反応したのか、酷い頭痛まで始まった。

 ほぼ同時に、コクピットにアラートが響く。母艦の危機を示す警報が。

 

「──アークエンジェル!?」

《しまった!》

 

 アスランが反応するより先に、フラガの叫びが響く。

 瞬時にサブモニターを切り替えると、今にも湖へ不時着せんとするアークエンジェルが映し出された。

 

「全く! 無理にキラと俺たちを追ったせいで……」

《あの高度なら、ノイマンの腕なら大丈夫とは思うが──

 行くぞ!》

 

 その言葉より早く、フラガのアカツキはアークエンジェルへと一直線に飛んでいく。

 間もなく、湖岸の森から大地を揺さぶるような轟音が響いたかと思うと──

 大量の土煙と飛沫が、泥の柱となって噴き上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、大気圏外──

 オギヤカ最深部で、シンは俄かに信じがたいものを見た。

 紅の保存液が満たされたガラスケースで、眠っていたままのステラ・ルーシェ。

 無数のチューブに繋がれ、魂を持たないはずの彼女の抜け殻。

 それが──

 

 

 

 一瞬だけ、目を開いた。

 

 

 

 見間違いではない。シンの願望が生み出した錯覚ではない。

 何故なら、そばにいたレイラまでも驚きの声を上げたから。

 

「これは──『御柱』の力? 

 まさか、地上でティーダに何かが……サイ様!!」

 

 レイラの声は驚いてはいたが、ほんの少しばかり嬉しさが込められているようにも感じた。

 ステラが目を開いたのは数秒足らず。唇からもごぼりと大きな泡を噴きながら、彼女はそのまま静かに瞼を閉じてしまったが──

 その奥の瞳が元通りの綺麗な紅玉色だったことに、シンはどこか安堵していた。

 

「何で、ステラが? 

 地上で何が起こったってんだ?!」

「ティーダが、真の覚醒を果たしたのですわ。

 お姉様の運命を、変える力が!」

 

 唇を噛み、覚悟を決めたようにステラを見上げるレイラ。

 幼い少女のそんな横顔を見つめながら、シンは彼女の言葉に引っかかりを感じ、ふと尋ねる。

 

「なぁ……サイ様って?」

 

 戸惑うシンに対し、レイラは少し誇らしげに振り返る。

 

「お姉様に、世界を壊す決意をさせた御方。

 お姉様がお姉様として生きる為に、絶対不可欠な御方です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どのくらいの時間が、経過しただろうか。

 頬に落ちた水滴の冷たさを感じ、ルナマリアは目を覚ました。

 

「あれ……? 

 私、どうしたんだろ」

 

 酷い頭痛を感じながらも、ゆっくりと身を起こしてみる。

 確か、湖の岸からティーダ・Zの光を見て──

 衝撃波に巻き込まれかけたんだっけ。多分、ほんの少し気を失ってたんだ。

 すぐ隣では、ヴィーノが倒木に凭れてぐったりと横たわっている。急いで脈と呼吸を診たが、気絶しているだけのようだった。

 彼の頭の包帯を直しながら、ルナマリアは周囲を確認する。

 

 

 戦闘音どころか、風のざわめきすらも殆ど聴こえない。

 焼けた木からたちのぼる黒煙。何とか耳に入ってきた音は、木がちりちりと焦がされる音だけ。

 激しい雨はやみ、空はぽかりと穴が開いたように、湖の上空だけが不自然なほど青く澄み渡っていた。

 しかし今はまた雲と湿気が戻りつつあり、あたりを濃い霧に包み始めている。

 霧の向こうにぼんやりと見えるものは、ティーダ・Zの光。

 あれだけ拡大していた七色の翼は消滅し、ティーダは殆ど全ての力を失ったかのようにじっと湖に佇んでいた。

 水面から両手で何かを掬い取るような姿勢で、機体を跪かせたまま。

 

 

 一枚の絵画のように動かない風景。

 静寂を破るのすらもためらわれる状況下、ルナマリアはゆっくりと、湖へと足を踏み出した。

 

 サイは、ナオトは、一体どうしたのだろう──

 

 嫌な胸騒ぎに背中を押されるようにして、泥だらけの足で一歩一歩、水へ踏み込んでいく。

 激しい戦闘の連続とデストロイの砲撃により、湖水は大分蒸発してしまい、かなり進んでいっても彼女の膝ぐらいまでの深さしか残っていなかった。

 湖水の殆どは霧となり、大気中を漂っているのだろう。温泉と言ってもおかしくないくらい、水温は上昇している。

 そのままさらに進んでいくと、やがてティーダ・Zの様子が少しずつはっきり見えてきた。

 雫を掬うように水面に浸された、鋼鉄の両掌部。

 

 

 そこではナオト・シライシが──

 じっと頭を垂れたまま座り込み、食い入るように何かを見つめていた。

 

 

「ナオ……」

 

 

 ほっとして思わず呼びかけようとしたが、ルナマリアはその声を途中で止めた。

 静けさを破るのが怖かったから、というのもある。

 しかし何より、彼の肩が小刻みに震えているのが分かったから──

 そして見開かれたままの大きな両眼から、次々に涙が流れ落ちているのが分かったから。

 静寂の奥から微かに響いてくる、水滴の音。それは涙の音のような気もした。

 

 

 

 まさか。

 胸の中で膨らんでくる悪寒に、ルナマリアは思わず走り出していた。

 飛沫を上げるのも構わず、彼女はナオトの許へと一気に駆けていく。

 彼女が静寂を破ると同時に、森が目覚めたかのようにあちこちでざわめきが起こったが、ルナマリアは殆どそれに気づかず少年に走り寄っていた。

 

「ナオト! 

 無事だったのね」

 

 そんな彼女の声にも、ナオトは殆ど反応しない。

 水面に殆ど沈みかけている彼の両膝に視線を落としたルナマリアは、思わず言葉を失い──

 そして同時に、その涙の理由を即座に理解した。

 

 

 

 ナオトの両膝の上に横たわっていたのは、全身血まみれの青年。

 着ていたタキシードは両袖も裾も吹き飛び。

 ルナマリアが巻き直したはずの包帯も、殆どがぼろぼろの残骸と化し、鮮血に染まっていた。

 彼女が診た時よりも彼の傷は明らかに深くなり、右腹部はどこでやられたのか大きく抉られ、骨と内臓の一部が露出しているようにさえ見えた。恐らく、その傷からの出血が最も酷い。

 その眼は開くことなく固く閉ざされ、口元には大量吐血の跡がはっきり残っていた。

 動くことのない水面にそっとその身体を浸しながら、ナオトはひたすら泣きじゃくっている。

 

「僕が……

 僕が、守るって言ったのに。

 もっと早く、僕が戻ってきていれば──!!」

 

 大粒の涙がナオトの頬を流れ落ち、青年の──

 サイ・アーガイルの額を濡らす。

 その皮膚は、飛び散った鮮血の赤に対して、恐ろしく白かった。

 

 

 

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