【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
ルナマリアはその呻きに直接は答えず、ナオトの正面に座るようにしてそっとサイの手首に触れる。
自分でも手ががたがた震えだすのが分かったが、どうにか冷静さを保ちつつ胸にも触れ、心音を確かめる。
「──そんな」
眼前の現実が信じられず。
ルナマリアは咄嗟に、サイの口元に耳を近づける。
冷え切った唇が、彼女の耳たぶをそっと撫ぜたが──
その呼吸は、完全に停止していた。
「やめて……
やめてよ、そんなの酷い! やめてよ!」
サイに呼びかけながら、呼吸と心音を幾度も確かめるルナマリア。
そのたびに、首を横に振り続けるナオト。
「何度も人工呼吸したんです──心臓マッサージも、除細動も。
でも……でも!!」
それを証明するかのように、ティーダのコクピットからサイの身体に、何本かのケーブルが伸ばされていた。
恐らくナオトが、コクピットシート裏に取り付けられている除細動装置を試したのだろう。それ以外にも、思いつく限りのあらゆる蘇生手段を彼は試したのだろう。
しかしそれでも、サイは目覚めない──
いや。まだ、諦めたくない。諦めてたまるものか。
歯を食いしばりながら、ルナマリアは除細動装置のケーブルに手を伸ばす。
その時──
不意に人の気配を感じて、ルナマリアはそっと振り向いた。
見ると、浅くなった湖をかきわけるようにして、どんどん人が集まっていた。ティーダとルナマリアたちに気づいたのか、ざわめきが静寂の中へ広がっていく。
真っ先に見えたのは、ミネルバJr艦長たるアーサーの顔。
それに追従するようにして、アビーの姿も見える。
「ルナマリア! 無事か!!」
自分は無事だが、他はとてもそうとは言えない。
アーサーに応答も反応も出来ず、黙りこくってしまうルナマリア。
そして、さらにそれより北の方向からは──
オーブの制服を着用した集団が、同じようにやってきた。
何故かその中には、随分懐かしい気がする人物──アスラン・ザラの顔も見える。
多分あのオーブ軍服の集団は、アークエンジェルの乗員たちなのだろう。
反射的にルナマリアは、サイの身体をそっと抱きしめた。彼らから守るように。
ミネルバJrと、アークエンジェル──
かつて激戦を繰り広げ、未だ因縁の消えぬ艦のクルー同士が、こんなところで鉢合わせとは。
アーサーもそれに気づいたのか、怪訝そうにオーブ軍服の集団、そしてアスランを振り返った。
「アスラン……何故、君がこんなところに。
それに彼らは、アークエンジェルの者たちか」
アーサーにしてみれば、アスランがザフトを突然裏切り飛びだしていった豪雨の日以来の再会である。
彼がアスランを見つめる視線に、いつもの柔和さは皆無だった。
アスランの攻撃により彼は多くの部下を失い、タリア・グラディスをも失うことになったのだから。
タリアの死因をアーサーは未だ知ることはなかったが、アスランの裏切りがなければ、今も彼女とミネルバは健在だったかも知れない──
不意にそんな思いに囚われたのか、アーサーは言い放った。
「帰りたまえ。
ここは、君たちのいる場所ではない。
アスラン──君が我々に何をしたか、それに対して我々が何を思っているか。
分からない君じゃないはずだ」
そんなアーサーに、アスランは努めて冷静さを保ちつつ答える。
「自分は、キラ・ヤマトとラクス・クライン──
二人の変節の原因を知りたくて、ここまで来ました。
ここで何が起こったのか。キラとラクスに何があったのか。知りたいんです」
しかしアスランにアーサーが答えるより先に、彼の背後から突然怒声が上がった。
「ふざけるな!
お前、ヨウランがどうなったか知ってるのかよ!?
ヨウランだけじゃない。ミネルバのみんながお前のせいで、一体どんな目にあったか──」
その声の主は勿論、気絶から回復し救出されたヴィーノ。
彼の叫びと同時に、ミネルバクルーから怒号がアークエンジェル側へと浴びせられる。
「そうだ! 貴様らのせいで、グラディス艦長も!」
「お前らの身勝手で、世界中がどれだけ迷惑したか分かってるのか!!」
それに対し、アスランは目を逸らしたままじっと俯くばかり。
後ろに立つアークエンジェルのクルーたちも同様であったが──
その中から唐突に、やや落ち着きのある声が響いた。
「ミネルバ、と言ったな。
貴方がたもまた、我々とアマミキョに甚大な被害を与えたことをお忘れですか」
進み出たのは、連合軍パイロットスーツを着用した一人の中年男性。
堂々と腰に片手を当てながら、彼はアーサーに相対する。
「失礼。自分は連合軍山神隊・伊能──アマミキョの護衛を任されています。
船を必死で守っていたらここに来ていましたよ。かなり無茶な道中でしたがね」
その言葉は──
それだけで、ミネルバJrのクルーをたちどころに黙らせてしまう効果があった。
彼はザフトにとって、何よりも憎いはずの連合軍人である。しかし彼ら山神隊が守っているのは、かつてミネルバが誤って撃沈した民間救助船・アマミキョ。
守るはずの船を沈めたあの事件は、ミネルバクルーにとって大きな汚点の一つでもあった。
ルナマリアは思う──私たちは、加害者でもある。
本来なら私たちは、サイやナオトからどれだけ恨み節をぶつけられても文句の言えない立場だ。
相手が宿敵たる連合の軍人といえど、その事実は変わらない。黙ってその言葉を呑みこむしかない。
よくよく見ると伊能の背後からは、泥まみれの作業服の者たちが大勢、息を切らして集まってきていた。彼らが恐らくアマミキョの乗員たちなのだろう。
ルナマリアは唇をぎゅっと噛みながら、その様子を見つめる。
霧の中で、呻くような呟きが流れた。
「ミネルバ──貴方たちだって、散々殺してきたじゃない。
ザフトさえいなければ、オサキさんも……ネネさんだって……!」
やや長めの前髪を乱しながら、一人の女性が食い入るようにこちらを見つめ返していた。
前髪を止めていたピンが外れかかり、耳の横で不安定に揺れている。その動揺を示すように。
声こそ静かで控えめだったが、黒い髪の間から覗く眼光はルナマリアを射抜かんばかりに憎悪に溢れている。
クルーの隊長らしき恰幅の良い男性が、そんな彼女を片手で何とか制していた。
アークエンジェルと、ミネルバと、アマミキョ。
かつて互いに刃を交え傷つけ合った者たちが今、何故かティーダを中心に集い──
霧煙る湖の上で、静かに怨嗟の視線をぶつけあった。
誰かが怒号を発せば再び争いが始まりかねない、一触即発の状況。
誰かが叫べば、たちどころに全員の感情に飛び火し一気に燃え上がるであろう──
そんな緊張状態が、三者の間で形成されつつあったその時。
「……やめてください」
ルナマリアのすぐそばから、低くはあるがはっきりと響く少年の声が、湖面をわずかに揺るがせた。
思わず彼女が振り返ると──
サイの身体を両腕でじっと抱きしめたままのナオト・シライシが、唸るように呟いていた。
彼を守るように、うつむきながら。
「貴方たちには、何も聞こえなかったんですか?
僕には確かに聞こえたんです、サイさんの声が。
戦いをやめろって、叫んでいました。
僕に……ティーダに必死に呼びかけて、僕を引き戻してくれたんです。
ティーダの黙示録を作動させたのは僕だけど、それをさせたのはサイさんだった。
こんなバカな争いを止めるために──貴方がたが戦っているそのすぐ下で、命をかけて、ティーダを動かしてくれたんだ。
なのにどうして、まだ貴方たちは、子供みたいに争いを続けてるんですか!」
そんなナオトの言葉にいち早く反応したのは勿論、アマミキョの人々。
「サイ君……だって?」
「ふ、副隊長?!」
一斉にナオトらのもとに駆け寄ってくるアマミキョクルー。
中でも敏速に飛びだしたのは、医療班チーフのスズミ・トクシだった。
「ケンカしてる場合じゃないわね……
サイ君!」
ルナマリアを押しのけるように駆けつけた女医は、素早くサイの腕をとり脈を診る──
彼女に続いて3人の看護師が無言で走り出し、てきぱきと女医の補助を開始した。
やがておもむろに、隊長らしき男──トニー・サウザンが皆を落ち着かせるべく、よく通る声で言った。
「ナオト君。確かに君の言う通りだ──申し訳ない。
そして、よくぞここまで生きのびていてくれた。ありがとう」
真摯にじっとナオトを見つめるトニー。
その言葉に、嘘偽りは全く感じられなかった。頑固にサイを守ろうとしていたナオトも、ようやく頭を上げていく。
「我々はこれまで、どれだけいがみあい、争い、傷つけ合ってきたか分からない。
戦いによって多くの人命が失われ、生まれた憎悪も数多い。
それは戦いから人を助ける立場だった、我々アマミキョも同じことだ。
──しかし!」
両拳をぎゅっと握りしめながら、トニーは伊能を、マリューらアークエンジェルクルーを、そしてアーサーを順々に見回した。
「今の我々に、それに拘っている余裕はありません。
世界中がセレブレイト・ウェイヴの危険に晒されている今、連合もザフトも、ナチュラルもコーディネイターも関係ない。
我々が偶然にもこうして顔を合わせたのは、サイ君とナオト君、そしてティーダが呼び起こした奇跡です。
自分は、その奇跡を無碍にしたくはない」
スズミたちがサイの治療にとりかかっている間、それを守るように仁王立ちになりながら、トニーは切々と周囲に訴えかけていた。
「そのサイ君たちの前で、なお争い合おうというなら──
せめてこの地から遠く離れた場所で、存分にやっていただきたい!」
そんなトニーの言葉に、それきり全員が押し黙る。
先ほどミネルバに憎しみの牙を剥いたヒスイや、アマミキョクルーたちでさえも、その言葉に反論は出来なかった。
ルナマリアとナオトの眼前で、静かに行われているサイの治療。
二人がどれだけやっても、彼の呼吸も心音も戻らなかった。
サイを介抱している間は考えないようにしていたが、常識的見地からすれば死亡と断定されてもおかしくない。これが仮にサイではなく見ず知らずのパイロットであれば、ルナマリアもとっくに諦めていただろう。
ナオトは何かに祈るように両手を胸の前で組み合わせながら、肩を震わせている。
極めて冷静に周囲に指示を送りながら、サイに治療用モニターのケーブルを取り付けていくスズミの横顔を、ルナマリアは眺めているしかなかったが──
ふとスズミの眼差しに、明らかに戸惑いの色が顕れた。
こんなことはありえない、考えられない──そう言いたげに、両目が一瞬見開かれる。
しかしすぐにその表情は平静さを取り戻し、彼女は手を動かし続けた。
それから数秒か、もしくは数十分か。
どれだけ時間が経過したかもよく分からない状況の中、女医は頭を上げた。
そして、しっかりナオトを見つめて少し微笑みさえ浮かべながら、こう言ったのである。
「大丈夫よ、ナオト君。
サイ君は、ちゃんと──戻ってきた」