【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part4 母の呪縛

 

 店内を流れる軽快なジャズのメロディーが、4人の間に虚しく響く。

 キラとラクスを襲った、あまりにも残酷な南チュウザンの惨劇。

 だがその結果、何故キラはフレイに従属したのか。それが繋がらない。

 そんなサイの胸中を代弁するように、ナオトは尋ねる。

 

「それで、何をどう話したんです──フレイ・アルスターは、キラさんに。

 今の話だけじゃ、キラさんが南チュウザンと敵対することはあっても、フレイさんの配下となって動く理由がないですよ」

「それは、長くなる上に少し信ぴょう性が落ちる話になるけれど……」

 

 ひとつ前置きをしてから、ミリアリアは咳払いをする。

 流れるジャズが盛り上がってきたのを見計らうように、彼女はさらに声を潜ませた。

 

「現在の南チュウザン──タロミ・チャチャの下には、大きく分けて二つの派閥があってね。

 一つは、タロミの第三王妃たるフレイ・アルスター率いるアマクサ組。

 アマミキョにも何人か搭乗していたと思うけど、彼らはアマクサ組のほんの一部隊にすぎないわ」

「じゃあ、もう一つの派閥は……」

「タロミの第二王妃が、それに当たる。

 彼の第一王妃……つまり最初の奥方は、既に死亡していてね。

 だけど第二王妃の正体は、未だにその全容が掴めていない。

 ただ、情報提供者によれば──

 その第二王妃こそが、ラクスさんの母親。

 ──彼女とほぼ同じ容姿を持ち、真なるラクス・クラインを名乗る女。

 ご丁寧に、名前までラクス・クライン。全く同じ名前。

 今まで私たちがラクスさんとして認識していた存在は、いわばラクス・クライン二世ってところかしら」

 

 

 ミリアリアが次々に呟く情報が、サイの中でパズルのように組み合されていく。

 復活したフレイ・アルスターの背後には、どれほど探ろうとしても全く正体の掴めない闇が常にあった。だが、少しずつ確かに組みあがっていく情報のパズルによって、彼女を包んでいた黒い霧がわずかながら晴れていく気がする。

 それにしても──フレイが第三王妃なら、第二王妃がラクス・クラインの母親? 

 行方不明になっていたはずの母親は、別の国で王妃となって国を牛耳っていたというのか。

 

 

「ラクスさんの母親が、もう一つの派閥ってことか?」

「というよりも──タロミ麾下で、圧倒的に最大の派閥がラクス母ね。

 フレイの部隊はその一部。ラクス母の手足となって動く、実働部隊ってところかしら。

 南チュウザンが、その貧弱な国力に関わらずあれだけのモビルスーツを生産出来ているのも、ラクス母を通じてターミナルやファクトリーと連携しているからだそうよ」

 

 さらりと飛び出したターミナルという単語に、すかさずナオトは食いついた。

 

「そんなこと──

 ターミナルやファクトリーって、あくまでシーゲル・クラインとラクスさん、クライン派のものであって。

 ラクスさんの母親とはいえ、南チュウザンが好き勝手にしていいものじゃないでしょ!?」

「ターミナルとファクトリーの基礎を作ったのは、確かにシーゲル・クラインよ。

 だけど、その勢力をあそこまで広げたのは彼一人では無理だったはず。いくら彼の人脈が広かったとはいえ、シーゲルには敵も多かった。

 そこをカバーしたと言われているのが、ラクス母だったのよ」

「だとすれば、その要請を断るわけにはいかない──か。

 でも、それほどの鞍替えしたらいくら何でも……」

「或いは、ラクスさんをも超えるカリスマ性があったとも考えられる。

 未だに彼女の全貌が分からない以上、確かなことは何も言えないけどね。

 ともかく、ラクスさんを誘拐し、襲わせた首謀者は──

 そのラクス母以外は考えにくい、という話よ」

 

 

 サイが漠然と思い描いていた、『母親』の像。『母性』なる単語のイメージ。

 生まれたばかりの赤ん坊を優しく抱き、乳を与える母の幻。

 それらがサイの中で、音をたててひび割れる。

 それほどまでに、今の話はあまりにも衝撃的だった。

 あのラクスさんを育て上げた母親とは、いったいどのような母性に溢れた人だったのかと思い描いていたこともあったくらいなのに。

 

 だがそんなサイの隣で、ナオトが思わず立ち上がっていた。

 あまりの勢いで、コーヒーカップが激しく揺れてこぼれたほどに。

 

「──ありうるよ。

 それなら、分かる……母さんが、研究所でやたら重宝されていた理由も。

 だって母さんは、僕に同じことをしたんだ! 

 母さんは言ってた……『御方様』に、すごく大事にされてるって。

 その『御方様』って!」

 

 その大きな瞳は痛いほどに見開かれ、一瞬だけ周囲の人間がこちらを睨んだが──

 ミリアリアは動じることなく、両肘をテーブルにつき顎を両手に乗せながら諭す。

 

「ナオト、落ち着いて。気持ちは分かるけど──

 最初に言ったでしょ、大声出すなって」

 

 何か言いたくてたまらなそうなナオトだったが、その言葉に口ごもり、無言でどすっと着席する。

 その勢いで、テーブルに置かれた4つのコーヒーカップが一斉に揺れた。

 

「フレイは今のところ、完全にラクス母に従属している。

 だけどその派閥の中には、ラクス母を快く思わない者もいるって噂がある。

 ラクス母に言われるがままのフレイに、不満を持つ者さえいるらしいの」

「それは、俺も不思議だよ」

 

 サイは思わず口を開いた。

 そこだ。全てはそこに繋がっている。

 

 

 ──何故フレイは、ラクス母に反抗しない? 

 

 

「今の話が本当だとすると──

 ラクスさんの母親に対しフレイが何も言わないのは、どう考えてもおかしい。

 ラクスさんがされたことに対して本当に怒るのなら、彼女の母親に対してじゃないのか」

 

 アマミキョがフレイ自身の手で壊されたのも。

 フレイが自らの手を汚しながら、SEED保持者を探していたのも。

 今また、北チュウザンとアマミキョと、そして世界に牙を剥こうとしているのも。

 どうしても納得できない彼女の行為は、殆どがタロミと、ラクス母の指令によるものだったとしたら。

 何故、『あの』フレイともあろう者が、ひとつの反抗もせず、粛々と彼女らに従っている? 

 

 

「それは……

 さすがに正解は、『彼』でも教えてはくれなかった。

『ソキウス』って言葉を、調べてみろって言われただけ」

「ソキウス?」

「勿論その後、調べたわよ。

 その結果、恐ろしいことが分かってね」

 

 ミリアリアはそう言いながら、随分古びたバインダーを手持ちの鞄から取り出した。

 そこにファイルされていたのは、殆どが黒インクで塗りつぶされた論文資料のコピーと、何枚かの少年兵の写真。全て連合の制服だ。

 写真を指しながら、彼女は説明する。

 

「彼らが、ソキウス。

 連合で作られた、戦闘用コーディネイターよ」

「コーディネイターを……作った? 

 連合が? 戦闘用に?」

「ブルーコスモスが台頭してくる以前に、対ザフト用にと『開発』されたコーディネイターの兵士。

 様々な戦闘実験に投入され、そのおかげで連合のモビルスーツ開発も進んだと言われている。

 あぁ、矛盾を衝きたくてしょうがないのは分かるけど、今重要なのはそこじゃなくて……

 彼らがどうして、黙々と連合に従い、過酷な戦闘実験を強いられていたか。

 それは、『服従遺伝子』なるもので強力なコントロール下に置かれていたせいなの」

「服従の……遺伝子?」

「初耳ですよ、そんなの」

「ソキウスたちは、服従遺伝子によって、強制的にナチュラルに従うようにコーディネイトされ作られた人間。

 ナチュラルに攻撃したり危害を加えたりすることは勿論、ただ一つの反抗も許されない。たとえそれが、自らの命を脅かす状況であっても。

 自分の意思には関係なく、ただひたすらナチュラルに従うだけの人形として作られたのが、彼らなのよ」

 

 

 その瞬間、頭を強烈に金槌でぶん殴られたかのような衝撃が、サイを襲う。

 まさか──もしかして。

 

 

「服従遺伝子については、SEEDと同じくらい不明点が多いけれど……

 一説には、全ての人間が持っているとも言われてる。

 小さな子は親に逆らえず、強制的に親の声に反応してしまうでしょ? あれと同じ。

 親が子を従えるその遺伝子を、より強力にしたものが、ソキウスに埋め込まれた服従遺伝子。

 ブルーコスモスの台頭によって、連合内部でソキウスの存在は闇に葬られてしまったけれど……

 その技術が、南チュウザンにも流出したとしたら?」

 

 

 まさか──

 フレイ・アルスターにも、同じ遺伝子操作が施されてるって言いたいのか。

 サイの中で、レイラ・クルーの言葉がまざまざと蘇る。

 

 

 ──姉は、とある理由で、タロミ・チャチャへの反逆が出来ません。

 もっと言うならば、タロミよりもさらに上位存在への……

 ──もっと絶対的で、根源的な理由によります。

 

 

 繋がる。

 全てが恐ろしい勢いで、繋がっていく。

 あまりに矛盾に満ちたフレイの行動には、やはり──納得のいく理由があった。

 フレイと契りを交わす直前、彼女が叫んだ言葉も蘇ってくる。

 

 

 ──私のせいで、お前が死ぬかも知れないんだぞ! 

 それだけではない、私がお前を殺すかも知れない! 

 もっと酷いことなどいくらでも考えられる、あの方なら……

 

 

 いつもの冷酷さが嘘のように、叫んだフレイ。

 あれは紛れもなく、彼女の本心だった。

 自分の意思に関わらず、アマミキョを壊し、俺を殺さなければならなかったのだとしたら──

 

 

 アマミキョが沈む寸前、確かにストライク・アフロディーテは、俺を助けようとその腕をブリッジに伸ばしてきた。

 フレイを操っているのが、タロミかラクス母かは分からない。

 だが彼女は――

 遺伝子レベルで強要された命令もあまりに強烈な刷り込みすらも、何もかも全てぶち破ってまで、命を賭して俺を助けようとしていたのか。

 だとすれば、本当に、君は──

 

 

 サイの表情を見て、全てを察したかのようにミリアリアは頷く。

 

「……これ以上、わざわざ私が説明する必要はなさそうね」

 

 恐らく彼女も、サイと同じ結論に達したのだろう。

 余計な言葉を挟まず、冷徹なまでに落ち着き払って話し続ける。

 

「フレイがキラに、どこまで自分のことを打ち明けたかは分からない。

 だけど、これだけは確かよ。

 キラはフレイとラクスさんの味方であり、ラクス母の味方ではないということ。

 自ら手を出せないフレイにかわり、キラは何かを成し遂げようとしていること。

 その一環が──多分、サイが湖で見た出来事なんでしょうね」

 

 

 醜い戦争はかつてフレイを死なせ、今またラクスを傷つけた。

 壊れる寸前だったであろうキラに、差し伸べられたフレイの手。

 彼女が何をキラに告げ、彼を誘ったのかまでは分からない。

 俺の仮説が正しければ、恐らく彼女は真犯人を知ってはいても、容易にキラに告げることは出来ない。

 ただ──

 

 

 それまで沈黙を保っていたアスランが、拳を握りしめながら口を開く。

 その声は静かだったものの、サイたちも震え上がるような怒りに満ちていた。

 

 

「その結果が──

『戦いのない世界』への『最後の進化』か。

 それがキラの望む、『最後の革命』か。

 あいつはあの時、言ったんだ。

 自分もラクスも皆、これ以上傷つかなくてもいい世界へ、人は進化すると。

 だが──セレブレイト・ウェイヴで人を精神から支配するのが、人の進化だと? 

 本気でそう考えているのか、あいつは」

 

 

 アスランの怒りはもっともだが──

 何故かサイは、キラがそんな考えに至ったのは納得できる気がした。

 3年前のフレイと、今のラクスの存在は、キラにとってはそれほどまでに大きかったから。

 

 そう──3年前フレイを失った時から、キラは壊れていたんだ。

 デュランダルを止める為にアークエンジェルで戦っていた時は、一見普通に戻っていたようにも思えたが──

 常識的感覚からすれば、その行動はあまりにも突拍子もないものばかりだった。

 そして今、ラクスが傷つけられ──キラの精神は、3年前より一層酷い状態に追い込まれたのかも知れない。

 

 

 アスランはさらに慟哭する。

 

「ラクスもラクスだ。

 そもそも何故今、突然、母親に会いたいなどと言い出した!? 

 気持ちは分かるが、そこまでの危険を冒してやることじゃないだろう。

 自分は勿論、キラやバルトフェルドを追い込んでまで……!」

 

 ミリアリアはゆっくりコーヒーをスプーンでかき回しながら、呟く。

 

「これは私の推測だけど、ラクスさんは母親に会いたいというよりも、止めたかったんじゃないかと思う。

 ちょうど、サイが今のフレイを止めたいと思っているのと同じようにね。

 多分彼女は、見抜いたんじゃないのかな。母親が何をするつもりなのか」

「なら、何故……

 今、ラクスは何も言わない!? 

 何も言わずに、何故、キラとフレイ・アルスターを、母親とタロミのなすがままにさせている?」

「ラクスさんは、服従遺伝子を操作可能と思われる母親の元にいる。

 彼女は、その母親にそっくりそのまま似せて生まれた。

 なら──当然、分かるわよね?」

 

 そんなミリアリアの言葉に、アスランははっと口を噤む。

 つまり──ラクスもフレイと同じく、反抗を許されない状態になっているということか。

 

「そもそもね。

 ラクスさんは今、物理的にも何も言えない状況だから」

「え?」

「ごめんなさい、アスラン。

 貴方にも、まだ言ってなかったけど……」

 

 今までずっと一定の声色を保っていたミリアリアが、そこで初めて、わずかながら声を震わせた。

 もう、耐えられない。言外にそう語りながら、視線を落とす。

 それでも彼女は告げた。厳然たる事実を。

 

「彼女──暴行された時にね。

 喉を焼く薬を飲まされていたらしいの」

 

 

 

 

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