【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
大気圏外──
コロニー・ウーチバラへ航行中のオギヤカにて。
シン・アスカは未だ、オギヤカ・メディカルルーム最深部に眠るステラの許にいた。
紅の液体で満たされ、天井から吊るされた強化ガラス管。その中で生まれたままの姿を晒す彼女の許へ。
暇になれば何となく、足はここに向かってしまう。
彼女が目を開いたのは、ティーダが目覚めたとかいうあの時だけだったというのに。
ただ──
もう一度彼女が目を覚ました時、誰かがいないと寂しがるだろうし、怖がってしまうような気がして。
シンはどうしても、ステラから離れられずにいた。
彼女を見上げながらそっと、懐に入れたままの、やや形式の古い桃色の携帯電話を取り出す。
勿論それは、マユ・アスカの形見のケータイだった。
《はーい、マユでーす》
今はもういるはずのない、妹の声が再生される。
画面には、平和だった頃の妹の笑顔。炎の中へ消し飛ばされた笑顔。
それと共に、ルナマリアの言葉が脳裏に蘇ってくる。
──だったら、あんたも忘れなさいよ。
──ナオトに忘れろなんて言ってる癖に、一番忘れられてないのはあんたじゃない!
「仕方ないだろ、ルナ。
忘れたくても、目の前にいるんだから」
乱暴に黒髪をかきむしりながら、シンはどっかとその場に腰を下ろす。
最初は咎められると思ったが、不思議なことに彼の行為をフレイ・アルスターは一切責めはしなかった。
そこはガラス管のほぼ真下。無数のチューブに覆われたステラの身体は殆ど見えなくなるが、顔はちゃんと見える角度だ。呼吸により膨らむ胸元も。
呼吸と言っても勿論、電気的に空気の交換がなされているだけなのだろうが──
シンにはどうしても、普通の呼吸のように思える。
あの日ステラが何故か目を開いて以降、なおのことその感覚は強くなっていた。
──ステラをこんな形で利用して、フレイ・アルスターは……
タロミは、ラクス・クラインの母親は、一体何を考えている。
フレイの正体については、ミリアリアがサイたちに告げたとほぼ同じ内容を、シンはフレイ自身から直接、聞かされていた。
彼女が服従遺伝子なるものを埋め込まれたコーディネイターであることも。
フレイの行動の殆どは、彼女の主たるラクス・クラインの母親と、そしてタロミ・チャチャの指示によるものであり、それに逆らうことは遺伝子により許されていないことも。
──それを、あくまで事実として淡々と、フレイはシンに話したのである。
シンの頭ではきちんと理解するまでに半日以上かかったし、今でも全てを把握しているかは怪しいものだとシン自身も思っている。
それでもはっきり覚えているのは、この事実を語る直前の、彼女の言葉。
──今から話すことは、事実でしかない。
その上で誰を怨むか、怨むならどうするか、己の意思で判断しろ。
自分で考え、自分自身で決めるがいい。
少し前の俺なら、タロミもラクスの母親もフレイも全員ぶちのめして、ステラとマユを助ける選択をしただろう。成功するか否かは別として。
だけどそれでは、何も解決しない気がする。
議長に言われるがまま、大義を翳して憎しみのままに一方的に相手を討ち続けていたあの日と、何も変わらない。
フレイは俺の憎しみをたきつけて、ラクス母を殺させるつもりなのかとも思ったが──
それもすぐに違うと悟った。
どうして、ラクス母に逆らえないはずの彼女が、そんな真似をするんだ。
どうして、俺に服従遺伝子のことなんか打ち明けたんだ。
どうして俺に、ステラのこの姿をわざわざ見せた挙句、放っておく?
──畜生。デュランダル議長だったら、レイだったら、こんな時に色々教えてくれたはずなのに。
お前はこうすればいいとか、君にはその力があるとか……
さっぱり読めない。あの女の考えが。
そんなシンの背中に、不意にかけられる幼い少女の声。
「やっぱり、またここにいらっしゃったのですね。シン様」
「ん? レイラか……
悪いな。ちょっと一人になりたくてさ」
「ここ最近、毎日そうじゃありませんか。
いくら宇宙とはいえ、引きこもってばかりでは身体に毒ですよ?」
既に聞きなれた、丁寧だが舌足らずな声。シンはけだるげに振り返る。
だがその紅の瞳は、すぐに驚愕で見開かれた──
レイラ・クルーに同行してきた、一人の青年の姿を見て。
「あ……
あ、あ、あんた!! 何でここに!?」
やや乱れた栗色の髪。
常にどこか遠くを見つめているような、深い菫色の瞳。
どこか朴訥とした雰囲気を漂わせるその青年を、シンが忘れたことはない。
──間違いない。キラ・ヤマトだ。
着用している南チュウザンの軍服は、ザフトの赤服の赤と黒をちょうど反転させたようなデザインにも見える。今シンが着ているものとほぼ同じだ。
家族が吹き飛ばされたあの日にも、上空でフリーダムを操っていた男。
ミネルバに敵対し、ステラを殺した、憎むべき男。
だけど、全てが終わりオーブで初めて彼と出会った時──
俺は、拍子抜けしたんだっけ。見た目があまりにも、普通の青年すぎて。
だが、今目の前にいるキラは、あの時とは何か違っていた。
菫色の瞳は相変わらず優しい光を湛えているが、酷く哀しみを背負っているようにも思える。
何より違うのは、全身から放散されている空気だ。
穏やかさを保っているものの、時々チリっと鈴の音のような騒めきが響く──
それは間違いなく、フリーダムと激闘を繰り広げた時に感じたものと同じ感覚だった。
そして彼の視線は、じっとシンの背後のステラに注がれている。
「彼女が──
あの時、デストロイに乗っていた子なんだね」
シンは思わず、キラとステラの間に立ちはだかる。彼女を守るように。
何故そうしたのかはシン自身にも分からない。ただ、キラの纏う雰囲気が、以前とは違っているような気がしたから──としか説明出来ない。
一瞬、二人の間に漂う剣呑な空気。
だが、先に謝ったのはキラだった。
「ごめん……そういうつもりじゃないんだ。
ただ……」
どこかはっきりしないキラの言葉に、シンは思わず噛みついてしまう。
「そういうつもりじゃないって、どういうつもりだったんですか。
今更ステラの前で、土下座して謝る気だったとか?」
「たとえそうしたところで、許されるはずもないことは分かってる。
僕がここに来たのは、そうじゃなくて……」
じゃあ、何しに来たんだよ。
いつまでもステラに拘る俺を見下しに来たってのか。
そう言いかけたシンだが、その言葉を何となく喉元で呑み込む。
ここで彼に噛みつくのは、何か違う気がして。
「まぁまぁ、お二人とも」
そんな彼らをとりなすように、レイラが割って入る。
「シン様がお悩みのようですから、キラ様も心配されていたのですよね?」
「え?
あ、あぁ……うん、間違ってはいないね」
「は?
あ、あんたに心配される筋合いなんか……」
そんな二人を見て、レイラはわざとらしく大きなため息をついてみせた。
「お二人のいきさつが、色々複雑なことは承知しておりますわ。
だけど、一度は握手をされた仲なのでしょう? ならば、今度は腹を割ってお話してみてもいいのでは?
お二人とも、曲がりなりにも今はフレイお姉様の許にいらっしゃるのですから、嘘でもいいから仲良くしていただかねば困ります」
レイラはそう言い放ち、つんと鼻をそらす。
そして彼女はほぼ強引に、キラとシンの手首を掴んで二人とも部屋の外へと引っ張りはじめた。
「ちょうどいいですから、お二人で少しお話がてら、トレーニングルームに行ってみてはどうでしょう?
拳は言葉ほどにものを言う! とも言いますし!!」
「え?
おい、ちょ、待てって!」
「ねぇレイラ、さっきも言ったけど、僕そういうのあまり得意じゃ……」
「キラ様がそう言うと思って、お誂え向きのシミュレーターも用意したのですよ~!
デスティニーとストライクフリーダムのデータを大量に叩き込みましたので、お気のすむまで存分にやっちゃって下さいね!!」
有無を言わさず、キラとシンの手をぐいぐい掴み歩いていくレイラ。
その手を見ながら、シンは何故かレイの白い手を思い出していた。
――いつもそばにいて、自分を導いてくれたレイの手を。
ひとしきり、情報交換を終えた後──
サイたちはミリアリアを伴い、ヤエセ郊外のあぜ道をとぼとぼ歩いていた。
話が終わった時には夜は既に21時を過ぎ、小雨まで降り出している。
ナオトはサイたちより少し前を、アスランは他の3人を警護しつつ一番後ろからついてきていたが、全員、ほぼ口をきかなかった。いや、きけなかった。
ラクス・クラインを襲った、あまりにも酷な惨劇に。
そして、彼女を巡る血の轍の、あまりの深みに。
だが、重い沈黙を最初に破ったのは、意外にもアスランだった。
周囲を慎重に確認しながら、彼はミリアリアに囁く。
「ラクスの母親は……
声まで同じなのか」
「そう。自分と全く同じに娘をコーディネイトしたわけだから、容姿も声も一緒だそうよ」
「ラクスの歌を聞くと気分が落ち着き、その声に耳を傾けたくなるという噂が、プラントではよく流れていた。
もしそれも、ラクスの母親が彼女に組み込んだ遺伝子のなしうる技だったとしたら。
そして、母親の声にも同じ力があったとしたら──」
そんなアスランを冷ややかな眼で眺めながら、ミリアリアは言い放つ。
「……結構乱暴なこと言うのね、アスラン。
人の気持ちを分かろうとしてないって、よく言われない?」
「な、何を言う。
俺はただ、下手をすればラクスの母親がザフトを、プラントを――
最悪の場合全てのコーディネイターを、簡単に掌握出来てしまう恐れがあると言っているだけだ。
それが何故、人の気持ち云々に……」
「同じことをラクスさんの前で言ったら、彼女はどう感じると思ってるの?」
「──!」
想像もしなかったのか、アスランはぐっと口ごもる。
「今まで自分の歌が人々を惹きつけてきたと思っていたのに、それは全部遺伝子のおかげだった。
自分の言葉で人を導いてきたと思っていたのに、それが全部、親が仕込んだ遺伝子のおかげだった、って言われたら?」
「いや……ラクス本人がそうコーディネイトされたわけじゃないかも知れないだろう。
クライン派の規模を考えると、もしかしたら、服従遺伝子に似たものをプラントのコーディネイターの多くが秘密裏に植え付けられている可能性もあるじゃないか」
全く噛み合わない会話に、ミリアリアはさらに深い諦めのため息を隠せない。
「はぁ……
仮にそう言われたとしても、ラクスさんだったら動じないでしょうけどね。
ただ、心の奥ではすごく傷つくと思うのよ」
それで何が傷つくのかと言いたげに、アスランは首を傾げる。
そんな彼に、サイがそっと声をかけた。
「アスランなら、覚えがあるだろ? たくさんの女の子に言い寄られた経験がさ。
その子たちがみんな、自分じゃなく、容姿とか肩書き、家柄、能力しか見てくれなかったんだとしたら?」
その言葉でようやく少しばかり腑に落ちたのか、アスランは顎に手を触れて考え込む。
「肩書きや能力ではなく、自分自身を……か」
「少なくとも、アスハ代表とラクスさん……
あと、君についてきていた子。メイリンって言ったっけ。
その三人は、ちゃんと君自身を見ている気がするけどね。
話で聞く限り、メイリンは凄かったんだろ? 何もかも捨ててザフトを脱走しようとする君を、必死で手助けして命がけでついてきたんだから。
自分も、全てを捨てる覚悟で」
そう言いながら、サイは思い出す。
ミリアリアの話を信じるならば、恐らくあのフレイには『自分』など存在しなかったのかも知れない。
ラクス母やタロミから離れて自分の意思で行動するなど不可能で、そもそも自分の意思という概念すら、あったかどうか怪しい。
遺伝子操作により生まれた時から意思を操られた彼女は、キラを籠絡するべくその名と姿までフレイ・アルスターのものに変えられた。その上、王妃として人々を導き戦うことを与儀なくされた。
ラクスの母親なる人物に対して、一体どんな恨みを買ったらそんな理不尽な目に遭わされるのか。
サイには全く見当もつかなかったが、彼女にとってはそれが当たり前だった。
――なのに彼女は、俺に対しては自分を剥き出しにした。
「フレイ・アルスター」を装うのではなく、彼女自身であろうとしたんだ。
遺伝子の指示にすら逆らい、命がけで俺を守り、俺を抱き、俺を救おうとして。
今もなお、酷く歪んだ形でありながら俺に想いを告げた。
フレイの言葉を借りればそれは、俺に『奇跡』を見たからになるのだろうが──
意思を操作されているはずの彼女に、操作主に反する意思が芽生えたこと。全てを捨てても、反逆の意思が生まれたこと。
それ自体が、奇跡のように思える。
「ねぇ……サイ」
子供のように道端の石ころを蹴りながら、ミリアリアはふと尋ねた。
「私、どう考えても分からないことがあるの。
どうして貴方は、『あの』フレイを受け入れられたの?」
じっと顔を背けながら、彼女は呟く。
「私には、無理だった。
いくら、『同じ』だからって……」