【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
二人の姿を目撃するなり、サイは目を見開き茫然としてしまった。
ナオトは胸元やら膝やらコンソール・パネルやらに思い切り嘔吐しており、その顔は血まみれ。
まだ意識はしっかりしているようで、その両手は操縦レバーを固く握り締めたまま震えている。吐瀉物と血にまみれた唇の間から、激しい呼吸が漏れていた。
その後ろのマユに至っては、目を剥いたまま気絶している。顔は何故か笑顔だ。
その凍った笑顔が、この状況のあまりの異常性を象徴していて──
サイは、かける言葉を失った。
素人がモビルスーツを下手に動かした場合のダメージがこれほどとは、予想していなかったのだ。
自分も、無謀にも素人の分際で出撃しようとした過去はある。その時はモビルスーツをろくに動かすことすら出来なかった──
それは、不幸中の幸いだったのかも知れない。今のナオトの姿を見て、サイはそう思わずにはいられない。
キラ。
お前は、これほどのダメージにもずっと耐えていられたのか。
――心の奥からこみあげる思いを押し殺し、サイはやっとナオトに声をかける。
「大丈夫か、返事しろナオト!」
だがナオトが反応する前に、カイキの咆哮が轟いた。
意味不明の叫びと共に彼はナオトの肩を思い切り蹴り飛ばし、無理やりマユを抱き起こす。
その目は既に、マユ以外のものを見ていない。
ナオトの上半身がパネルに激突しかかり、サイが慌ててそれを支えた。
カイキはマユを抱いたままコクピットを両足で蹴り上げると、スピードを保ったまま低重力空間を滑り、医療ブロックに直行していく──
二人の姿は、あっという間にエレベータに消えた。
「何なんだよ、アレ」
サイは思わず怒鳴りつつ、ナオトの上半身を抱いてコックピットから離す。
座席を見ると、黒い大きなシミがあった。ナオトの脚の間が濡れていた。
サイの腕の中でぐったりしながら、歯をガチガチ言わせて震えている。その震えは恐怖か、羞恥か。
無理もない。たった14歳の子供が、戦場を体験したんだ。
「きったねぇな、クソガキ。
パネルの間にゲロ入ってたら損害賠償だかんな、SunTVに!」
サイの後ろから嘲笑が響く。ハマーの声だ。
サイはまたもや無視して通り過ぎようとしたが、その時上方から──
彼にとって、決して無視できない声が降ってきた。
「黙示録を動かしたな、貴様?」
アフロディーテのハッチの脇から立ち上がったフレイが、紅いストライクの顔面を背にしつつ、サイとナオトを見下げる恰好で腰に片手を当てていた。
真紅のパイロットスーツに包まれた細い肢体が、サイの目に色濃く焼きつく。既にヘルメットから解放されていた長い髪が、低重力の中で靡く。
フレイはハッチを蹴って素早くナオトとサイの方へ飛んできたと思うと、サイを押しのけるようにしてナオトの胸倉を掴んだ。
その横暴さに、サイは思わず叫ぶ。
「やめろ。
彼はたった今、地獄を見たんだぞ!」
「お前には聞いていない」
フレイはナオトを凝視したまま尋問する。
「答えろ子鼠。
作動させたのは、貴様か?」
しかしナオトは震えながらも、意外なほどしっかりした口調で答えた。
「こ……この機体、何なんです?
貴方、知ってるんでしょ。さっきの光で、マユは傷ついたんだ!
それと、僕は子鼠じゃありません──ナオト・シライシです」
サイはナオトの神経の強靭さに、内心驚いた。
子供の身ながら大人の中で仕事をしていただけのことはある。上から、ハマーの嘲笑が降ってきてはいたが。
「ゲロと小便まみれのカッコで威張っても、説得力ねぇぞ?」
だが次の瞬間、さらにサイが驚愕する事態が発生した
――いきなりフレイの平手が、ナオトの頬を直撃したのだ。
パイロットスーツの手袋ごしの平手はかなりキツイということは、サイも身をもって知っていた。
「!?
おい、フレ――」
そんなサイの言葉も完全に無視し、フレイはナオトを問い詰める。その表情は、ただひたすらに冷徹なまま。
「質問を質問で返すな。黙示録はマユ一人では動かせん!」
「マユが指示してくれたんです。彼女がいなければ僕は死んでた!」
ナオトは反射的に答えていた。
平手と自らの声のおかげで、朦朧状態から少しばかり目覚めることが出来たようだ。
――だがこのやり取りに、サイは耐えられず無理矢理割り込んでしまう。
「フレイ! 君こそ一体なんなんだ!」
彼は二人に掴みかかるような体勢になってしまい、三人の身体が低重力の中で流れるように降下していく。
抑えていた感情が、サイの喉から溢れかかった。
「正直、君と会うのは怖かった。でも、会って話がしたかった。
あの後、チュウザンの色んな場所を回ったよ。だからこの船にも乗った。
なのに、なんなんだよ、君の態度!」
三人はティーダの、投げ出されたままの右脚部に着地する。
次第に大きくなっていく声を止めることも出来ぬまま、サイはフレイを睨んでいた。
「何度も俺たちを助けてくれたことは感謝する――
君がいなければ、俺はここにいない」
作業員たちが数人、驚いてこちらを見る。
ナオトも血のついた唇をぽかんと開いていたが、サイの勢いは止まらない。
「だけど。
彼を理不尽に叩くのは許せない!」
サイが絞り出した、必死の言葉。
だがそれを前にしても、フレイは全く表情を変えない。
「戦場が地獄は当然──それを知った故、子鼠はティーダを動かした。
そして地獄と知りつつ、無用の励ましをしたのは貴様だ」
サイの頭に血が上った。
思わずフレイの肩に掴みかかろうとしたが、サイは逆にフレイに素早く前腕を掴まれてしまう。
片手だけでサイの手首を捕らえたフレイは、強烈な力をこめる
──骨が砕けるかというほどの痛みが、サイの手首を襲った。
明らかに、通常のナチュラルの力ではない。
少なくとも、サイの知っていたフレイの握力ではありえない。
「……君がフレイじゃないなら、そう言ってくれ。
誰も怒らない」
サイは精一杯の皮肉をこめ、呟くことしか出来なかった。
フレイは冷たい瞳でただサイを見返しただけでぱっと手首を離し、ナオトの身体を彼に押しつけた。
――フレイがその時、ナオトの胸ポケットからメモをさりげなく盗み取ったことを、サイもナオトも気づくことはなかった。
「医療ブロックに連れて行け、最優先で治療だ。
それから子鼠のパイロットスーツを用意しろ」
ナオトが目を見開く。どういうことだ──
「待てよフレイ、また彼を乗せる気か!」
サイは再び突っかかろうとしたが、フレイは既に床を蹴ってティーダのハッチへ上昇していた。
「いいから聞け!
見た通り、ティーダは特殊な試験機体だ。最初に黙示録を作動させた者以外を認めぬ!」
緊急措置として通常時の重力がかけられているアマミキョ医療ブロックは、負傷者の山だった。しかも先ほどの戦闘による衝撃で、あちこちに器具が散乱したままだ。
重傷者が区画外の廊下にまで詰め込まれ、血だまりが放置されていた。
その間をぬって歩くサイとナオト。彼らを跳ね飛ばすようにして、救急隊員たちが担架をかつぎこんでいく。
「急激な重力制御により桟橋から落下、10mを転落! 血圧60の脈拍120!」
駆け出してきたスズミ女医が、その担架を治療室へ運ぶ。
「写真の準備、頚椎側面、胸部腰椎っ!
血液は大丈夫?」
サイはとりあえず、ナオトを廊下の隅に座らせることしか出来なかった。
船内でもかなり大規模にスペースをとって造られたこの医療ブロックは、救助船としてのアマミキョの要とも言える。
だからベッドは事前にかなり準備していたはずだが――もうこの時点でいっぱいのようだ。
「ここで待ってて。
今、誰か呼んでくる」
ナオトはじっと身体を縮こまらせたまま、唇を噛んでいた。
ここまではどうにか歩いてこられたが、もう動けないらしい。サイはそんな彼の肩を軽く叩いてみせる。
「大丈夫、フレイの言葉を本気にするな。
最初に起動させた人間以外を弾くとかさ……そんなものが、兵器として成立するわけがないだろ」
サイの励ましにも、ナオトの顔は晴れない。
「でもあれって、試験機体ですよね。ただでさえモビルスーツの強奪事件は多いんです、そのぐらいの対策は」
「行きすぎのセキュリティだよ。尋常じゃない」
「だって、光を見たでしょう? ティーダ自体、尋常じゃないですよ。
あんなの……狙われて当たり前です」
「俺だってあんな機体は初めてだよ。
人の神経を直接攻撃するなんて、卑劣だ」
サイの言葉は、吐き捨てるような呟きに変わった。
自分たちが見たあの光は、いったい何だ。
光と同時に押し付けられた、死のイメージは何だ。
ティーダの周囲にいたパイロットたちのほぼ全員が受けた、著しい影響は何なのか。
唯一無事だったのは、寸前で遮光フィルタをかけたソードカラミティのカイキだけとは。
そして、フレイから明かされた、信じられぬティーダの秘密──
「サイさん! どうしたんです?」
「あ、ネネさん!」
考え込んだサイのそばを通りかかったのは、看護師のネネ。
サイは急いで彼女を捕まえ、事情を説明する。
鬼のような忙しさの渦中にいた彼女だが、それでも笑顔を見せながらナオトの目線にしゃがみ、手早く彼の顔を拭いて絆創膏を貼った。
「ごめんなさいね、今着替えを切らしてて」
「僕なら平気です……
気持ちがちょっと萎えただけで」
「無理しないの。そんなことがあってどうにかならない人、いないわよ」
「……あの。
マユは、大丈夫ですか」
「アマクサ組とお兄さんが血液を用意してくれたから、助かったわ。
もう目を覚ましてる」
ナオトはほっと安堵のため息をつく。
そこには多少、淋しげな響きがこめられていたが。
「お兄さん……か」
「ナオト君、上着だけでも洗ったげる。
気持ち悪いでしょ」
そう言って、ネネがナオトの袖に手をかける。
だが一瞬、ナオトは身体を硬直させた。
ネネの手を避けるように、おそるおそる彼は胸ポケットを探る――その手の動きはどうにも鈍重で、つらそうだ。額から玉のような汗が噴き出ている。
しかし取り出されたものを見た瞬間、サイもネネも絶句した。
それは、美しい月が描かれた、女性の爪。
一瞬貝殻のように見えたが、その裏には数時間前まで指先だった肉が付着していた。
「フーアさん……です」
その名は、サイも知っていた。つい数時間前まで、ブリッジで威勢よく社長につっかかっていた女性。
ナオトは砕ける寸前の宝石を握りしめるように、フーアの指を両手で包む。
「僕、昔からこうなんです。
普段はドン臭い癖に、いざって時は自分でも信じられない力が出る。でも、すぐにその力、抜けちゃうんです。
そんな僕を、ずっとフォローしてくれたんです……フーアさんと、アイムさんは」
それが、ハーフコーディネイターとしての血か。
サイはふと、ナオトの境遇に思いを馳せていた──
この子供は一体、どんな環境下で育ってきたのだろう。
ナチュラルとコーディネイターのあいの子。定義としては、人為的に改良された遺伝子を半分持ち、かつ、コーディネイターの所以である遺伝子改良を受けずに生まれた存在──
俗称、ハーフコーディネイター。
彼らがオーブ以外で生活することは難しい。連合からは汚れた存在として疎まれ利用されるであろうし、プラントでは禁忌の存在とされている。
(ラクス・クラインの父でありプラント元議長・故シーゲル・クラインは、ナチュラルと結ばれることによりハーフ、クォーターを増やし、徐々にナチュラルへ回帰することがコーディネイターにとって最も望ましい──との主張を提示していた。
しかしプラントにおいてはその説は「ナチュラル帰り」と称され、タブーとされている)
たとえオーブ国内であっても、ナチュラルとコーディネイター同士の小競り合いが絶えない今、ハーフコーディネイターはひどく肩身の狭い思いをして生活せざるを得ない。
サイは反射的に、チュウザンに初めて行った夜に出会った少女を思い出す──
半分コーディネイターの血を引いているが為に、暴力の下に晒されていた少女を。
その少女とナオトと、いったい何が違うのだろう。同じハーフの子供でありながら、ナオトは比較的健やかに育てられたように思う。
過去の出演番組内でのナオトの笑顔を見れば、それは一目瞭然だ。彼の明るさは、オーブ国内での評判もよい──
ハーフである点を公言しつつ彼をレポーターとして採用したSunTVの判断は、当初視聴者の度肝を抜いたものだ。しかしオーブの国民性は次第に彼を好意的に受け入れ、可愛らしい見た目やはきはきした性格も手伝って主に若い女子層でファンも増え、今ではすっかり人気の存在である。
勿論ハマー・チュウセイのように、半端な存在として露骨に彼を嫌う者も少なくはないが。
そして、先ほどの戦いで見せた意志力の強さは何だろう。
いくらマユの補助があったとはいえ、戦闘の中で実況を始めるなど──
早い話、大馬鹿野郎だ。
「貸してくれる?
いい方法があるわ」
ネネがナオトの手を、フーアの指ごと優しく両手で包み込んだ。
ガーゼを取り出し、彼女は丁寧に桜色の爪をくるむ。
「貴方のお守りにするの。
このままじゃ、彼女に申し訳ないでしょ? ちょっと待っててね」
ネネはさっと立ち上がると、ウインクしながら喧騒の中へ舞い戻っていった。
すると間もなく──
ブリッジ組の制服のサイを見つけた人々が、彼を次々に問い詰めだした。
「この船、一体どこ飛んでるのよ? 家はどうなったの?」 目を血走らせる女性。
「母ちゃんがいないよぉ!」 泣き喚く子供数人。
「この野郎、無理にこんな船動かしやがって!」 拳を固め、サイにくってかかる男。
そこへ、さらなる悲鳴が響く。「誰か来て、トイレで出産!!」