【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part6 少年を蝕む『SEED』

 

 

 スズミの説明を聞きながら、サイは思わず自分の左腕をぎゅっと握りしめていた。

 今はほぼ感覚のない左腕を。それでもまだ、体温は感じられる。血の流れも。

 

 

 俺は呼吸もしているし、汗も出ている。腹も減ってきたし、喉も乾いてきた。

 この感覚すらも、アマミキョによってそうさせられているだけだってのか。

 

 アマミキョ内部のデータを俺に移行したって言ったな……

 じゃあそもそも今の自分は、本当に以前の自分と同じなのか。それすら疑問に思えてくる。

 自分のそれまでの記憶が、全く自分と同じ姿形のクローンに移し替えられたら――

 

 いつかフレイに提示された疑問が、自然と思い出されてきた。

 あの時俺は、そのクローンを思わず否定した。ひどく尊厳を傷つけられた気がして。

 そんな俺の放った言葉が、結果的にフレイから真実を引き出したけれど――

 今の俺はまさに、そのクローンになったも同然じゃないのか。

 

 

 そんなサイの戸惑いを見透かしたように、スズミは言った。

 

「大丈夫、サイ君。

 今の貴方は、どこも前と変わりはない。少し回復速度が速くなっただけの、普通の人間。

 ただ、気を付けてほしいのは──

 あまり長時間、アマミキョから物理的に離れないでほしい、ということなの」

 

 その瞬間、稲光の如くサイの脳裏に浮かんだのは──

 ミリアリアの衝撃的な報告を聞いた直後の、あの夜の帰り道。

 平衡感覚を失わせるほどの酷い眩暈を、サイは今でも忘れられない。

 

 ――あの眩暈の原因は、アマミキョから離れたからだったのか。

 俺とアマミキョの距離が一定以上離れ、ある程度の時間も経過したせいで、アマミキョによる俺へのコントロールが一時的に失われたと考えれば、容易に説明はつく。

 だとしたら──なんてこった。

 普通の人間なんてとんでもない。もう俺は、ろくな日常生活すら送れないということじゃないか。

 それに今は良くても、時間が経過したら身体はどうなるのか。今まで通り成長や老化はするのか、病気に対する抵抗力は。それに、子供は──

 

「……どうやら、思い当たることがあるようね。

 でも、そう心配することはないわ。アマミキョのコントロール下から離れないように注意さえすれば──」

「ですが!」

「すぐには無理かも知れない。だけど、良い方に考えるの。

 今までよりも、貴方の身体は頑強になったとも言えるのだから」

 

 頑強になった──だと? 

 これが強くなったなんて言えるのか。こんなものが。

 チグサの言った通り、こんなものは、ただの──化け物じゃないか。

 

 そんなサイの焦燥を見抜きながらも、スズミは冷徹に話し続ける。

 

「今の貴方の身体は、そこそこの傷ならすぐに回復出来るはず。

 それは、アマミキョが貴方の自己回復力を飛躍的に高めていることによるものだから。

 だけど、回復力を大幅に上回るほどのダメージを受けた場合は──

 例えば四肢が切断されるレベルの外傷を受けたら、恐らく今のサイ君でも回復は不可能。

 さらに言えば、脳に関わる部分に大きな損傷を受けたり全身が激しく損傷するようなことがあれば、アマミキョ自体にも悪影響が及ぶ可能性は非常に高い。

 それだけは、きちんと覚えておいて」

 

 そう言い切り、ひとつ息をついたスズミ。

 室内を一瞬満たす、恐ろしい静寂。壁の向こうから僅かに響いてくる、看護師たちの喧騒。

 いつもの医療ブロックと何も変わらないはずの、忙しさに満ちた空気。

 しかしサイにはそれが、まるで水の底の光景のように別世界になってしまったように思えた。

 

 いや、水に沈んでしまったのは俺の方か。

 みんなが普通に過ごしているのに、俺だけが──

 

 だが、これで終わりではないと言わんばかりに、女医はナオトへと向き直った。

 

「次は、ナオト君──貴方のことよ。

 サイ君もしっかり、聞いてほしいの。これはサイ君の件と同じく──

 ティーダとアマミキョの運用にも、大きく関わることだから」

 

 スズミの言葉に、ナオトはじっと唇を噛んで俯く。着替えたばかりの、パステルブルーのパーカーの裾をぎゅっと掴みながら。

 

「もしかして……

 ティーダZの、黙示録のことですか」

「それも含めて、の話になるわね。

 結論から言うと──ナオト君。

 貴方に、認知症の症状が出ている」

「……え?」

 

 サイと同様、何を言われたのか全く理解出来ず、大きな目を幾度も瞬かせるナオト。

 

「あの、先生。

 僕、この前、15になったばかりなんですけど……認知症って?」

 

 そんな彼の問いに、女医はまた別のカルテを指し示す。

 

「症状としては、アルツハイマー型認知症に近い。

 異常な量のたんぱく質が脳に発生して、その周囲の神経細胞がダメージを受けている。

 勿論、ナオト君の年齢ではめったに起きるはずのない症例なのだけど──

 アマミキョとミネルバJrでの貴方の診察記録を照合してみた結果、重大なことが分かってね。

 それは、ティーダに乗るたびに……

 正確に言うと、黙示録を起動するたびに、症状が進んでいったということなの」

「──!!」

「もっとも、貴方が一度アマミキョを降りてシネリキョに向かうまでは、殆ど症状は進んでいなかった。全くの無症状だったと言ってもいいくらいにね。

 でも、ミネルバJrでの最初の診察記録の時点で、症状は劇的に進行してしまっていた。

 言語障害を一時的に発症していたのも、それが主原因のようね。勿論、精神的なものもあるでしょうけど……」

「だけど、もう僕はちゃんと喋れますよ!! 

 確かに、今でもティーダの操作を間違える時はあります。だけどそれは、ティーダがザフトで改造された為に操作系が切り替わったせいで、すぐ慣れるってヴィーノさんが……

 それを、いくら何でも認知症だなんて!!」

「話はまだ終わってないわ、ナオト君。

 貴方の診察を定期的にやってきて、症状が進行したと思われるポイントが幾つかある──

 それは、ミネルバJrで最初にティーダZを動かした直後と、例の湖での出来事の後」

「それって──」

 

 スズミの言わんとすることに咄嗟には把握出来ず、ナオトは一瞬口ごもる。

 しかしサイはすぐに気づいた。それが、ティーダZが黙示録を発動した、もしくはそれに類する現象が発生した直後であることに。

 

「そして、もう一つ重要な要素がある」

 

 スズミはデスクの隅に置いてあった白いバインダーを取り出し、中の資料に目を通しながらさらに話し続けた。

 

「ナオト君はキラ・ヤマトと同様、SEEDを保持している。

 状況から判断して、ナオト君のSEEDが最初に発現したのは、シネリキョでの事故前後。

 だとすれば、その後の黙示録の起動にもSEEDが関わっていた可能性はある。

 SEEDについては、私も色々調べてみたのだけどね──

 SEEDの力は、キラ・ヤマトのように体質の優れたコーディネイターは別として、そうではない人間の脳には非常に重い負荷をかける危険があるとも言われているの。

 人間は強いストレスに晒された時、体内からアドレナリンやノルアドレナリンといった副腎髄質ホルモンを分泌する。これらは交感神経に働きかけて興奮状態を引き起こす一方で、非常に強い毒性があり、過剰に分泌し続けると身体に影響を及ぼす。

 恐らくSEEDの発現時も、似たような現象が起こっている。戦闘による強いストレスの中で、通常では考えられない力を発揮する──でもその代償に、脳は猛毒に晒されている可能性が高い。

 SEEDについては未解明の部分が殆どだから、これは仮説にすぎないけれど──

 ナオト君の症状の進行も、恐らくその毒によるものではないかしら。

 黙示録の起動時に無意識のうちにSEEDの力が働いていたとすれば、症状の進行度合も納得がいく」

 

 何も言えず、椅子の上で小刻みに震えだすナオト。

 彼を支えるようにその肩を掴みながら、サイは尋ねる。

 

「じゃあ……

 これ以上ティーダで黙示録を使ってしまったら、ナオトは!?」

「勿論、症状の進行は免れない。

 黙示録の発動にSEEDが必須条件かは分からないけれど、少なくとも医者としては、これ以上ナオト君をティーダに乗せるわけにはいかない。

 でも……今の状況で、それは許されないわよね」

 

 そう呟きながら、スズミは疲れ切ったように肩を落とした。

 来たるべきセレブレイト・ウェイヴ攻略の為に、ティーダの力が必要になるのは間違いない。だからこそアマミキョもティーダも、宇宙にまで飛んできた。それは当然、スズミも分かっている。

 それでもなお彼女は、この事実をナオトに告げた。作戦を優先するならば、ずっと沈黙を守っていてもおかしくはなかったのに。たとえナオトが、廃人同然になったとしても。

 もし連合あたりが先にこの情報を把握していれば、スズミは口封じされる危険すらあった。

 それでもいち早く知らせてくれたスズミには、本来は感謝すべきなのかも知れない。サイはそう感じたものの──

 ガタガタ震え続ける少年には勿論、女医の心遣いに礼を述べる余裕などあるはずもなかった。

 現実を否定出来る材料を必死で探しながら、ナオトは叫ぶ。

 

「だけど、それなら!! 

 黙示録を使わなければいいんでしょ!? 

 使わずに、十分休みを取りながら戦えば、きっとすぐに治るでしょう!?」

「使わずにすめば一番いいけど、私の目から見てもそううまくいくとは思えないわ。

 それに──ナオト君。症状は、今も進行しているの。

 黙示録を使わなかったからといって、止まる類のものではない。黙示録は症状の進行を速めただけにすぎない。

 記憶を司る海馬は、神経細胞が死ぬことによって今も萎縮を続けている。一度死んだ神経細胞は二度と蘇ることはなく、症状は今後、脳全体に広がっていく。

 薬によって進行を抑えることは可能でも、回復は難しい」

 

 スズミから告げられたのは、絶望に満ちた言葉だけ。

 ナオトはもうそれ以上抗えず、椅子の上で痛々しく両目を見開き続けることしか出来ない。

 右手は無意識のうちに、首にかかっていた白いお守りを握りしめていた。

 そのお守りを、スズミはじっと睨んでいたが──

 やがて、静かにナオトに尋ねた。

 

「ナオト君。

 そのお守り。誰から貰ったか、覚えている?」

 

 その言葉に、ナオトは握っていたお守りに思わず目をやった。まるで、そんなものがそこにあったことに初めて気づいたというように。

 白地に紅の刺繍のされた、オーブ風のお守り。

 揺れ動いていたナオトの視線が、じっと注がれる──

 いつもならすぐにハキハキと答えているはずのナオトが、目を見開いたまま、固く唇を噛んで黙ってしまっていた。

 スズミはそんな彼を注意深く観察しながら、続ける。

 

「じゃあ、そのお守りに何が入っているか。覚えているかしら?」

「……?」

 

 ナオトは何も答えない。答えられない。

 お守りに何かが入っていることすら、初めて知るような顔つきだ。

 

「……ナオト?」

 

 サイですら、覚えている──

 これは、ネネ・サワグチが、ナオトの為に拵えたお守りだ。

 戦闘に巻き込まれて亡くなったナオトの同僚・フーア。丁寧に手入れのされていた彼女の爪を、心を込めてネネはここに封入していた。

 そのずっと後になってナオトが打ち明けたところによれば、マユもこのお守りに、メルーのマフラーの残骸を入れていたようだ。サイも、焦げかけたこのお守りを修繕したことがあったから、中身についてはよく知っている。

 様々な人々の祈りと魂が紡がれて作られた、お守り。

 それをずっと肌身離さず、ナオトは身に着けていたはずなのに──

 

 サイは思わず、ナオトの肩を押さえながら顔を覗き込む。

 少年の息は次第に異常に早くなり、獣のように浅くなっていく。その額からも頬からも冷や汗が流れ出し、その眼は飛びださんばかりに見開かれている。

 その喉から漏れたのは、あまりにも痛ましい言葉。

 

「僕は……忘れてる。

 絶対に、忘れるはずないと思ってたのに──

 何で。何で。どうして……

 大切なことだったはずなんだ。とても大事な人たちだったはずなんだ。

 なのに……!!」

 

 ナオトは何かがあるたびに、しつこいほどこのお守りを握りしめていた。

 どれほどナオトが忘れっぽい性格だろうと、このお守りの存在だけは忘れるはずがない。忘れられようはずもない。

 にも拘わらず、お守りに関わる記憶の殆どを忘却しているということはつまり──

 スズミの下した診断は、厳然たる事実に他ならない。

 

 それを悟った瞬間、ナオトは椅子を蹴り、医務室の扉から無我夢中で飛び出していた。

 あまりに突然の事態に、サイも一瞬判断が遅れてしまう。

 

「ナオト!?」

 

 そう叫んで立ち上がった時にはもう、ナオトは医務室の外の通路、その先へと駆け去ろうとしていた。

 相変わらず怪我人や患者たちでごった返し、驚いた人々が慌てて避ける中を、脇目もふらず、時には倒れている患者の上を飛び越えながら走っていく少年。

 その背中を目で追いながら、サイも医務室から走り出そうとしたが──

 

「きゃぁあっ!!?」

「うわっ!!? ……あ、ご、ごめん!!」

 

 運の悪いことに医務室から出た瞬間、患者を支えながら歩いていた看護師とぶつかってしまい、転倒しかけるサイ。

 何とか転ばずにはすんだものの、相手の看護師は患者を庇って思いきり尻餅をついてしまっていた。

 

「う、い、いたたた……

 副隊長。医療ブロックでは走るなって、あれだけ言ってるじゃない」

 

 サイの巻き添えになったのは、おかっぱ黒髪の新人看護師・コロン。

 慌てて彼女の腕を取りながら、サイも立ち上がる。

 

「本当にごめん。だけど……」

「さっき走ってったの、もしかしてナオト君? 

 二人とも、スズミ先生の話、聞いちゃったのね」

「君も知ってるのかい? ナオトのこと……」

「全然。ただ、先生がこうして改めてお話する時には、よくあることよ。思い詰めた患者さんが飛び出しちゃうの。

 一人ぐらい、見張りを置いておけば良かった」

 

 サイの腕を支えに立ち上がりながら、コロンは冷静だった。

 

「走るのは駄目だけど、すぐ追いかけた方がいい。刃物でも持ち出されたら大変」

「分かってる」

 

 あいつに限ってそんなことはないと言いかけたが、すぐに打ち消さざるを得なかった。

 ナオトだからこそ、ただでさえ不安定な感情を抱えた少年だからこそ、とんでもない事態を引き起こす可能性がある。刃物よりもよほど深刻な事態を。

 だが再び走り出そうとしたサイを、医務室の扉からスズミが呼び止める。

 

「サイ君! 

 彼を追いかけるのは構わない。だけど、忘れないで──

 船からは、出来るだけ離れないでね!!」

 

 そうだった。俺も、えらいことを告知されていたんだっけ──

 ちらりとそう考えながらも、サイは床を蹴って駆け出した。

 とうに廊下の曲がり角に消えてしまった、ナオトを追って。

 

 

 

 

 

 

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