【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
「まずいな……
ナオトの奴、工業区域にでも行ったのか?」
ナオトを探して船を飛び出し、サイはいつの間にかミントン2の市街地まで来てしまっていた。
ヒスイたちに頼んで船内も港もモニターしているものの、ナオトが発見されたという報告は未だにない。ミネルバJrやホウジョウからも、彼を保護したという連絡は入っていなかった。
夕闇迫るミントンの街は労働を終えた住民でごった返し、家路を急ぐ人々で溢れていた。
広い道路端に展開される商店の数々。テラスつきの小洒落たレストランや、アジア風の提灯をぶら下げた居酒屋に入って一息つこうという労働者たちも多い。
程よく調整された快適な風が吹く中、必死で走る自分だけが異様に思えてならない。
──そうだ。もう、ヒトの定義から外れてるかも知れないんだよな、俺。
そんな想いに囚われかかりつつ、人の多い市街地を無意識に避けるようにしてサイはナオトを探していた。
市街地の中心部を抜けると少しずつ人の流れは減り始め、整備された街路の脇に植えられたケヤキ並木が、鬱蒼とした長い影を道路に落としていく。
走り通しに走ってきたサイはさすがにがくりと膝をつきかけて、両膝に手を当てながら立ち止まってしまった。
息が、酷く荒い。いつかの夜、ヤエセ郊外で感じた眩暈がぶり返してくる感覚。
額の汗を拭いながら、港方面を振り返る。アマミキョとの距離は──およそ2キロといったところか。
ナオトを探すと同時に、サイは先ほどのスズミの言葉を自分の感覚で確認しようとしていた。
どの程度船から離れても構わないのか、その限界はどこにあるのか、限界に達しかけた時に何が起こるのかを。
これからも副隊長として、アマミキョ乗員として動かなければならない以上、その情報はいち早く掴んでおかねばならない。
そしてどうやら、一定距離を超えた瞬間に糸が切れたようにぶっ倒れるということはなさそうだ。船から離れるごとに少しずつ意識が薄くなるというのが一番正しい。ちょうど、高山を登る時に徐々に空気が薄くなり息苦しくなっていくような。
息を整えながら、サイは周囲を眺め渡す。
今いるのは居住区域だが、湖のような運河を隔て、銀色のビルが立ち並ぶ工業区域が見える。
ちょうどサイのいる場所から、工業区域に向けて広い大橋がかかっていた。工業区域側とこちら側に二対の塔が建てられ、塔の上端から鋼のケーブルがゆるく張り渡されている。吊り橋にも似た形状の橋だった。
胸元にかけた通信機には、特に何の反応もない。アマミキョや他の艦は勿論、ミントンの警察にもナオト捜索の要請は出していたが、それでも未だ何の連絡もない。
サイは肩を落としながらも、緩やかに流れる運河と、その向こうの工業区域を睨み据えた。
「やっぱり、向こうを探すしかないか……」
そう呟きながら橋を渡りつつ、ふと手摺から下を見る。運河は夕刻の淡い朱を映して煌めき続けていたが、決してサイに何かを答えることはない。
思わず最悪の予想が脳裏をよぎり、慌てて頭を振った。
いけない、今そんなことを考えては──
そう思ってきっと前方を睨みすえた、その時。
「やっほー、また会えたね~。
アマミキョのハーモニクスシステムさん!」
幼い少女の声が、空から降ってきた。
思わずサイは頭上を見上げる。すぐ上の大きなケヤキの木、その広がった枝の合間に、ブレザー姿の少女が腰かけていた。
先端で結わえられた長い黒髪。紫がかった大きな黒い瞳。忘れるはずもない。
「君は──!
マユ・アスカ……いや」
「ハズレ。今のアタシは、チグサ・マナベだから。
初めてだっけ? こうやって、面と向かって話すの」
「そうだな。
君と会うのは大体モビルスーツごしだったから。湖の時も……」
「あんだけ殴ったのに、よく無事だったね~
ルージュの鉄拳から生き残ったヤツの顔、もう一度見てみたくてさ」
猫のように敏捷に、音もなくひらりと木から飛び降りるチグサ。
舞い散る木の葉の中で、じっとその黒い目でサイを下から舐めるように眺めながら、彼の周りをわざとらしくうろつく。まるで、何かを品定めするかのように。
「へぇ~、ほぉ~、ふぅ~ん。
モニターごしじゃ分からないことも、結構あるもんだね。近くでよく見ると、なかなか……
へへ、また殴りたくなっちゃう」
白い歯を見せながら、獣のように眼を光らせてニタリと笑うチグサ。同じ子供のものとはいえ、無邪気そのものだったマユの笑顔とはまるで違う。
彼女の意図が分からず、サイは警戒を解くことなく睨み返した。
「用があるなら、手短にしてくれないか。
俺は今、探しものをしてる」
「あのガキんちょ?」
当たり前のように、ナオトのことを指摘するチグサ。
思わずサイは目を見開くが、彼女はそれを見てぷっと吹き出した。
「こりゃ、ちょーどいいや。
アタシ、居場所知ってるよ」
「えっ?」
サイはまじまじとチグサを見つめる。
相手が誰でも構わない。例え彼女が敵方だろうと、何か手掛かりになるものさえあれば。
そう頭を切り替え、すぐにサイは尋ねた。
「教えてくれ。ナオトはついさっき、とても酷い事実を医者から聞かされた。
あいつの心は今、これまでない程追い詰められてる。何をしてしまうか分からないんだ──
頼む!」
思わずチグサの両肩を掴みながら、必死で懇願するサイ。
そんな彼に、さすがのチグサも一瞬ぽかんと彼を見つめ──
やがて唇を尖らせ、ぽりぽりと頭をかいた。
「ったくホント、面倒くさいガキだなぁ。
何となく、そーじゃないかとは思ってたけど……」
真摯に自分を見つめてくるサイに対し、チグサは視線を明後日の方向に逸らしつつ考えあぐねていたようだったが、すぐにまた狡猾な笑みを浮かべる。
「そう簡単には教えられないね」
「どうして」
「アタシ、あんたを捕まえにきたんだから。
もうすぐキラもシン兄も、またここに来る。あんたとあのガキと、ティーダを捕まえにね」
「……何が目的だ」
チグサはそのまま、サイの腕を強引に振りほどく。
「決まってるじゃん。
さすがにもう知ってるでしょ? 自分が化け物になっちゃったってこと。
アマミキョのハーモニクスシステム、その
「!?」
チグサに振りほどかれた瞬間──
右手首の内側に、熱い衝撃が一筋走った。
すぐにそれは痛みとなって手首全体を一瞬麻痺させ、サイは思わず呻いて座り込む。
その時にはもう、右掌から手首にかけて真っ赤な傷が刻まれ、流れ出した血はサックスブルーのワイシャツ、その袖口を黒く染めていた。
「お前……っ!!」
見上げると、チグサが得意げににやにやとサイを見下ろしている。その手には、銀色に光る携帯ナイフが握られていた。
「ちょっと待ってみりゃ分かるよ。痛みもすぐに引いていくし、傷の治りだって恐ろしく速いはずだから。
ほら。もう、出血は止まってるでしょ?」
その言葉通り──
傷口から流れ出た血は、ほんの数秒したらほぼ止まりかけていた。さすがに汚れた手首や袖までが元に戻るなどということはないし、傷口がボコボコ泡のように膨らんで塞がっていくというような、ゾンビ映画でよく見る現象もない。しかし──
これほどの裂傷を受ければ、動脈に達していなくても血はなかなか止まらないものだ。それはサイも経験上、よく知っている。
なのに、血は止まっている。痛みも一瞬だけだった──これは、つまり。
じっと観念したように傷口を凝視しているサイの頭上から、チグサが冷たく吐き捨てた。
「あんたはもう、人間じゃない。
あんたも、キラやフラガと同じ、化け物になっちゃったんだ」
「化け物……キラが? フラガ一佐が?
それは、どういう……」
思わず呟くサイだったが、チグサはそれには答えず、腰に両手を当てながら乱暴に続けた。
「さっき言ったでしょ? あんたはもう、ナチュラルの凡人じゃいられないんだって。
遺伝子操作されたコーディネイターをあんたらは散々化け物扱いしてたけど、そのあんたが今度は、モビルスーツで叩き落としても平気で生きてる化け物になっちゃった。あっはは、お笑いだねぇ~
自分が化け物になって、やーっとちょっとだけ分かってきたんじゃない? キラたちの気持ち」
「俺は、キラたちみたいなコーディネイターを化け物だなんて……
思ってないよ」
「嘘だね。自分たちとは違う化け物だから、自分たちのかわりにいくら戦わせても構わない。
そう思ってたんでしょ? 3年前から、キラのこと」
「違う、あの時は……!」
「ほら。やっぱり、未だに自分はそんなこと思ってない、って思ってる。
あの時は仕方なかった、キラ以外戦えなかった、他にキラに酷いことを言う奴はいくらでもいた、キラにだって非はあった。そう言いたいんでしょ、あんた。
いつまでそうやって、自分は悪くないって言ってるつもり? だから今になって、あんた自身が化け物になったんでしょうが!」
そうだよな。
あの湖でも、チグサには散々に言われた。
3年間ずっと考えて、自分の中で整理をつけたつもりだった、キラへの複雑な感情。コーディネイターへの嫉妬。
だけど未だに俺は、キラと本当の意味で向き合ったことはなかったのかも知れない。
その罰が──
座り込んで腕を押さえたまま、サイは呟く。
「君は、知ってるのか?
この、アマミキョのハーモニクスシステムって奴を。
俺をこういう身体にして、ナオトを追い込んでいるものの正体を」
「知ってるよ。でも、あんたが知ってどうするの?」
「少しでいいから教えてほしい。
ナオトを助けられるなら、俺は君に──フレイに、もう一度捕まったって構わない。
俺はそもそも、フレイともう一度話をする為にここまで来たんだから。
──頼む」
「…………」
静かに頭を下げるサイに、やや絆されたのか。
チグサは少し困ったように頬を掻くと、やがて何かを思いついたように向き直る。
「あのガキの居場所を教えるかわりに、今すぐあんたを捕まえるのは簡単そうだね。
だけどそれじゃ、いまいち面白くないかなー」
「え?」
彼女の意図を掴みかねるサイを後目に、チグサはきょろきょろと辺りを見回す。
そして道路の向こう側の、小さくも可愛らしいピンクの屋根で飾られた屋台に目を止めた。どうやらソフトクリーム屋らしい。
「じゃあせっかくだから、ちょっと奢ってよ。
前から食べてみたかったんだ。あの、さつまいものソフトクリーム!」
「……えっ?」