【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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PHASE-47 断罪
part1 忘れたくない


 

 

 L4宙域に浮かぶコロニー・ミントン。そこからやや離れたデブリ帯の中で──

 南チュウザン軍の擁する不可視戦艦・シュンテンが悠々と佇み、ミントンの状況を監視し続けていた。

 装甲のほぼ全てが黒く塗られ、ただでさえ宇宙の闇に溶け込んでしまいかねない艦体のシュンテン。その姿は地球連合艦たるガーティ・ルーに酷似しており、知る者が見れば明らかに意匠を流用したものだと分かる。収容された幾多のモビルスーツと同様に。

 だが今そこには、目の覚めるような桃色のザフト艦が近づきつつある──

 それは勿論、ラクス・クラインの搭乗するエターナルだった。

 しかしその「ラクス」はこれまでそう呼ばれてきた存在ではなく、その母親である。

 いわばラクス「一世」と言うべきか。

 

 

 

 

「皆さん、ご苦労様です」

 

 ラクス・クライン一世はそれが当たり前であるかのように、フレイやキラたちの集うブリーフィングルームへ入っていく。付き添いとして、ドムトルーパーパイロットたるヒルダ・ハーケンを伴いながら。

 桃色のパイロットスーツに身を包んだまま、メットから解放された髪だけがふわりと宙に靡く。

 そんな彼女の行動にまず驚いたのは、フレイだった。

 

「姉上?! 

 いかがなされたのです、突然シュンテンへ来られるなど……

 まだ警戒態勢が解けたわけではありません」

 

 自分を姉と呼んだフレイに、ラクス一世はうふふと声に出して笑った。

 

「聞きましたよ、フレイ。

 例のハーフ君、ミントンまで来ているのですってね。

 チグサが接触を試みているそうですが、うまくいくかしら」

「……!!」

 

 彼女の言葉に、口ごもってしまうフレイ。

 そんな二人の背後から、じっとやりとりを見つめるキラとシン。

 シンの方は疑念も隠さずにラクス一世を睨んでいたが、キラの瞳には何の感傷も読み取れない。

 フレイは納得がいかないのか、ため息をつきながらラクス一世を見つめ返した。

 

「確かに、ナオト・シライシとティーダ、そしてアマミキョは我らにとって重要な存在です。

 しかし、何も貴方がここまで出られることはない」

「大丈夫ですよ。エターナルにはバルトフェルドたちも居りますし」

「そういう問題ではありません。

 ここは前線も同然なのです、御身に危険あらば……」

 

 そんな彼女に――

 ラクス一世は優しい、しかし同時に冷徹さを籠めた眼差しを向ける。

 

「ふふ……もう一度、会ってみたいのです。あのハーフ君に。

 SEEDを持つハーフコーディネイターは今のところ、世界で唯一の存在なのですから」

 

 ラクス一世にそう言われると、フレイはそれ以上の反論が出来ない──もとより彼女は、ラクス一世に対しての反抗が決して許されない存在であったが。

 そんなフレイを満足げに眺めながら、ラクス一世は背後にいたキラに声をかける。

 

「キラ、お願いがあります。

 貴方もまた、ミントンへ向かうのでしょう? 

 わたくしも、連れて行ってください。貴方の機体で」

「えっ?」

 

 虚を突かれたように目を丸くするキラに、ラクス一世はにっこり笑った。

 

「ハーフ君にも会いたいですし、貴方の機体も乗ってみたいのです。

 なかなか外に出られなかったのですもの、それぐらいの我儘は許してくださいな」

「しかし、御方様……!」

 

 何とか止めようとするフレイだが、その彼女を無視してラクス一世はふわりとキラに近づく。

 黒地に青の縁取りの入ったキラのパイロットスーツの胸元にそっと触れながら、ラクス一世は囁いた──

 

「キラ……迷うことはありません。

 例え貴方の意思がどこにあろうと、わたくしはいつも、貴方のそばに」

 

 優しげでありながら、どこか抗いがたい冷たさを内包する声が、キラの耳に届く。

 そんな彼女の囁きに、キラはやはり感情を交えずに答えた。

 

「──分かりました。

 それじゃ、僕の隣に乗って頂いて構いません」

 

 彼の答えに、フレイもシンも驚いて顔を上げる。

 しかしそんな彼らを視線だけで制しながら、キラは続けた。

 

「ただし、安全の保障はしかねます──

 勿論、全力で守るつもりですが」

「あら。この世界で貴方の隣以上に、安全な場所がありまして?」

 

 キラはそんな言葉にも、何も答えず無表情を貫いたままだ。

 そんな彼にさえ、やはり笑顔で答える『ラクス・クライン』。そのまま彼女は髪を揺らし手を振りながら、ブリーフィングルームから風のように去ってしまった。

 じっと付き従っていたヒルダも、キラたちに一言も残さずラクス一世に追従していく。

 ヒルダもかつてはキラと共にエターナルを守っていた同志だったはずだが、今キラに向けられた視線には何故か、憎悪すら籠っているように見えた。

 

 

 

 

 

 

「いいんですか……アレ? 

 そのままにしといて」

 

 ラクス一世が出て行ったのを慎重に確認しながら、シンは上目遣いにキラとフレイを見上げた。

 彼女をアレ呼ばわりするのは無礼と知りながらも、シンはそう吐き捨てずにいられない。彼女の所業の数々を知っていれば、なおさらだ。

 

「フレイがあいつに何も出来ないのは知ってますよ。だけどキラさんまで……」

「分かってるよ、シン。

 でも今はまだ、その時じゃない」

 

 キラの同志たるラクス・クラインに何が起こったのかは、シンも知っている。

 彼女は未だにウーチバラの何処かに囚われ、詳しい状況は分からない。少なくとも、シンには。

 なのに何故、キラはこうして落ち着いていられるのか──と、シンは思う。

 ラクスを傷つけた首謀者が恐らく母親たるラクス一世であることは、ほぼ部外者たるシンでさえ薄々勘づいているというのに。

 

 だが同時に、キラの紫の瞳の奥に、酷く危険なものを感じるのも事実だ。

 自分のように怒りを四方八方にぶつけてくれればいっそ分かりやすいのに、キラは決してそうせず自らのうちに閉じ込めてしまう。そうして封じ込められた激烈な憤怒は、一体どこへ向かうのか。

 憎悪を抑えられず常に周囲に当たり散らしていた自分ですら、最終的に酷いことになったんだ。憎しみにかられて相互理解を拒んだ挙句、どれほど多くの命を奪い、多くのものを破壊したか──

 キラが抱えこんだ苦悶と怒りが齎す結果は、それを超えそうな気がしてならない。

 

 そんなシンの視線を避けるようにして、キラはフレイに問う。

 

「そういえば……

 君はまだ、あの人のことを姉と呼ぶの?」

「対外的にはずっとそうしていると言っただろう。

 今でこそ御方様で通るから、滅多に姉上と呼ぶことはないが──時々つい、昔の癖が出てしまう。

 昔から、あの方を母と呼ぶのは嫌がられたものでな」

「お母さんのはずなのに、嫌がられた……?」

 

 訝しむキラに、フレイは自嘲するように呟いた。

 

「私の母と言える存在は一人だけだ。

 だがあの方はその存在を乗っ取り、私の本来の母を消した。

 昔から私は本来の母を母と思えず、あの方にばかり懐いていたものだが──

 皮肉なものだな。母を乗っ取ったはずのあの方が、私の母たることを拒む。

 それでいて、私を支配しようと──ぐっ!?」

 

 そこまで言葉にした瞬間、フレイはテーブルに思わず片手をつき、口を覆ってしまう。

 

「あ、あぁ……ぐ……!!」

「フレイ!? 

 おい、平気かよ!」

 

 苦しげに眉をしかめ、胸の痛みを抑えるように呻くフレイ。キラやシンたちの眼前にも関わらず、彼女が苦しみだすことはもう何度目か分からない。

 フレイがラクス一世の件を詳しく語りだすといつもこうだ。シンは慌てて彼女の背中をさすり、キラはそっと内ポケットから薬を差し出す。

 それがラクス一世への抗いと見做されたことによる身体反応なのか、それとも別の要因によるものか、シンには判断が出来なかった。

 紅の髪をテーブルの上にぶちまけるようにして突っ伏してしまったフレイは、それでも二人に告げる。

 

「……いつもの発作だ、気にするな。

 あの方を思う限り、この苦痛はいつまでも……続く」

「でも、最近かなり酷くなってきているよ。

 レイラも心配してた。もうちょっとちゃんと食べた方がいいって……」

「そういや、フレイが食事してるの全然見たことないんだけど、本当に大丈夫なのか?」

 

 そんな二人の心配をよそに、フレイは口を押さえたまま立ち上がった。

 

「そろそろ時間だ。

 キラ、シン。チグサとの合流、手筈はいいな──」

 

 そう告げるフレイの片手は、無意識かどうかは分からないが、腹のあたりを撫でていた。

 

「分かってる。

 今度は必ず、ナオト君を連れてくるよ」

 

 無感情に答えながら彼女の手をじっと見つめるキラの瞳には、ほんの一瞬だけ、寂しさとも嫉妬ともとれる色が走っていた。

 

 

 

 

 

 

PHASE-47 断罪

 

 

 

 

 

 

 運河の底は、意外に浅かった。

 チグサの叫びと共に川へ飛び込んだサイは、そこまで苦労することなくナオトの身体を鷲掴むことに成功した。水中でジタバタ暴れるパステルブルーのパーカーが、眼前に広がる。

 恐らくこの浅さでは、川底に頭を打ちつけることはあっても溺れ死ぬことはなかっただろう。それでも必死で抵抗してくるナオトの身体を強引に押さえつけながら、サイは片足で川底を思いきり蹴り上げた。

 力が入らない左腕まで総動員してナオトを抱えながら、再び水面へと顔を出すサイ。

 顔を大気中に晒した瞬間、ぷはっと一つ大きく息を吐きだす。目に入ってくる生温かな水で、ミントンの赤い夕焼けが激しく滲んだ。

 それでもなお腕から逃れようとするパステルブルーを、サイは破れんばかりに水面へ引きずり上げる。

 サイの右腕に掴まれながら、赤ん坊のように激しく水面で暴れ回る少年。

 

「離して、離せよサイさん! 

 僕はもう嫌なんだ! これ以上、何かを失くすのは嫌なんだよ!!」

「だからって、お前! 

 こんなところで……っ!!」

 

 自分を掴んでくるサイに抵抗するあまり、ナオトは無意識のうちに何度も彼にその拳を打ち付けていた。

 満足に動かない左腕を叩き、胸を殴り、虚しく飛沫を上げる。その手はサイの頬をも叩き、眼鏡が水面へと飛んだ。

 それでもサイは強引にその肩を引き戻し、全身を使ってナオトを押さえつけていた。

 しっかり抱き寄せられる形になりながらも、なおも少年はあらん限りの声で叫び続ける。

 

「お守りを見ても、何も思い出せなかったんだ! 

 すごく大切なものだったのに。マユも、メルーも、フーアさんやネネさんのことも、絶対に忘れちゃいけなかったのに

 ──僕は、忘れてた! 

 先生に言われて何とか思い出せたけど、そのうちきっと、言われても何も思い出せなくなる。

 僕にとって大切なものが、全部消えるんだ! サイさんに分かるもんか!」

「分からない、分からないさ。それでも、ナオト! 

 お前はここで死んじゃいけない!!」

「そんなの、サイさんの勝手でしょ!? 

 僕が、ティーダのパイロットがいなくなったら困るから、だから……っ!!」

 

 ──そこから先は、言葉にならなかった。

 ナオトのこの叫びを聞いた瞬間、サイが右腕で骨も砕けよとばかりに彼の背中を抱き締めたせいで。

 あまりに強烈な力でナオトの呼吸は一瞬止まり、喉に残っていた水がこぽっと唇から溢れる。涙と共に。

 

「――!」

 

 やや遅れて、サイの左腕が不器用にナオトの背中に回る。ろくに動かせないながらも、その手は確かにナオトを守るように動いていた。

 濡れたワイシャツとパーカーを通して、互いの体温と心音が相手に伝わっていく。

 確かな鼓動とぬくもりを感じ取ったのか、ナオトの感情は少しずつ鎮まっていった。

 それを確認しながら、サイは彼の耳元でそっと囁く。

 

「ナオトがそう思いたいなら、思っていればいい。

 だけど──これだけは、覚えておいてくれ。

 何を忘れても、何が壊れても、大切な思い出はまた作ればいいってことを」

 

 自分でも無茶を言うと、サイは思う。

 ナオトの痛みや絶望を半分も理解出来ない癖に、何という綺麗ごとをほざいているんだ――俺は。

 しかしそれでも、激しい呼吸と共に唇から飛び出した言葉は、本心に違いなかった。

 その感情をようやく理解したのか、ナオトは震える声で訴える。

 

「でも……

 怖いんです。怖くてたまらないんです、僕は。

 僕はいつか、何もかも忘れてしまうかも知れない。今まで出会った大切な人たちも、大切な記憶も、みんな。

 ──僕は、サイさんを忘れてしまうのが……一番怖い。

 そんなの、僕って言えますか!」

 

 呟きながらナオトは、サイの胸元を両手でぎゅっと握りしめた。

 固く掴まれたネクタイから、少年の指を伝わり流れる雫。その上に落ちる涙。

 手にはしっかりと、白いお守りが握りしめられている。

 サイは思い出す。ナオトが落ちた瞬間、脳裏に響いた声を──

 

 俺を忘れるくらいならと、ナオトは死を選ぼうとした。俺を忘れることが、死をも上回る恐怖だったと。

 そこまでの価値が俺にあるとは思えないし、とても褒められる行動ではないが──

 

 サイはもう一度ナオトの背中を抱きながら、一言一言、ゆっくりと想いを言葉にする。

 

「お前が何度俺を忘れても、俺は何度でも思い出させる。

 思い出せなくなったとしても、俺はずっとお前のそばにいる。

 大丈夫だ。お前が俺を忘れても、お前が俺を失うことはない。

 だって俺はもう、死ねないんだから」

 

 そっと回した両腕の中で、ナオトの細い肩が大きくしゃくり上げた。

 サイにしがみついたまま、少年は絶望の涙を流し続け──

 やがてそれはすすり泣きから号泣へ変わっていき、ナオトはいつしか、サイの胸を叩きながら赤ん坊のように激しく泣き叫んでいた。

 

 ──そうだ。俺はナオトに、どれだけの無茶をさせてきただろう。

 意図しなかったとはいえ、間接的にティーダにナオトを乗せたのは俺だった。

 その後も、俺はナオトがティーダに乗り続けるのを止められず。

 ティーダに乗ることでナオトは、次々に大切なものを奪われていった。父親への信頼も、母親からの愛情も、ハーフコーディネイターとして心を通じ合わせたメルーも、恐らく初恋だったであろうマユさえ。

 ティーダがザフトの元で改良された後も、ナオトは俺を助ける為にティーダに乗って躊躇うことなく黙示録を使い、齎された結果が──これだ。

 ちょうどキラが俺たちを守る為に、大切なものを次々に手放していったのと同じように。

 だからせめて、ナオトだけは──

 

 

 

 

 

 

 

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