【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
静かに顔を上げたサイの眼に映るものは、途方もない高さから自分を見降ろしてくるストライクフリーダムの、黄金のカメラアイ。
その威容はほぼ全てが夕闇を背に黒く染まって見えたが、カメラアイだけが異様に輝いて見えた。
やれるのか、俺に──
立ち上がったはずの足が震える。全身も微かに震えているのは多分、濡れた身体に吹き付ける突風のせいだけではない。
否──やれるのか、じゃない。やるんだ。
キラの本心を確かめ、ナオトを取り戻す。
可能ならば、キラたちもこちらへ取り返す。俺の立ち回り一つで、この最悪の事態は一気に好転するかも知れない。
そんなサイの心を見透かすように、ストライクフリーダムからキラの声が響いた。
《サイ──お願いだ。
ナオト君と、一緒に来てくれ。
ティーダとアマミキョも引き渡してくれれば、クルーの安全は保障するよ》
随分久しぶりな気がするキラの声は、変わらず優しかったが──
どこか抗いがたい冷たさを含んでいる。
だが、ここで怯んではいけない。俺にだって、守りたいものはある。
「断る。
何故俺が、お前の頼みを聞かなきゃならない?
理由も分からないのに
そんなサイの言葉に呼応するかのように、フリーダムの隣に立つデスティニー――
そのライフルの銃口がまっすぐ、サイに向けられた。
キラとは違う、別の少年の声が響く。
《これは頼み事じゃない。
あんた、自分が今どういう状況か──》
恐らく、シン・アスカの声だ。そう確信しながら、サイはデスティニーを睨み返す。
俺はもう、どんなに脅されても逃げるわけにはいかないんだ。ナオトを助ける為にも──
フレイを救う為にも。
「分かってるさ。だからこそ、そんな言葉は聞けないと言っている。
キラ。俺の命はもう、俺だけのものじゃない。アマミキョのクルー、そしてアマミキョに関わる人々、みんなのものだ。
この意味は多分、お前だって分かっているんだろう?」
《知ってるよ。
サイの身体は、これまでとは少し違ってることを》
「なら、俺がお前の言葉を鵜呑みに出来ないことは分かるよな?
もっとも、こういう状況でなくとも――
俺はそこにいるお前に、頭を下げる気はないがな!」
サイのこの抵抗が、思いもよらないものだったのか。
ストライクフリーダムのカメラアイが、戸惑いを示すように二、三度瞬いた。
《──サイ。
僕は、君たちの安全は保障すると言ったはずだよ》
「そいつはありがたいな。だが、お前が保障したって、守り切れるとは限らない。
守ると言いながら、どれだけの命がお前の目の前で消えたと思ってるんだ?」
言ってはならないと分かりながらも、サイは慎重に、キラの心の柔らかい部分に突き刺さるであろう言葉を吐いていく。
どれだけ、キラを揺さぶることが出来るか。どれだけ、キラの本音を引き出すことが出来るか。
──キラは答えない。
「聞かせてもらう。お前がそちら側にいる、本当の理由を。
ラクスさんに何があったかは俺も聞いたよ。だが何故それが、お前が南チュウザンに与する理由になる?」
そうだ──これは、ずっと疑問だった。
ミリアリアの話を詳しく聞いた後でも、結局この件に関しては明確には分からないままだった。
キラは、ラクス一世にただ盲目的に従っているだけではない。ラクスを傷つけられた復讐の為だけに、動いているわけではない。そこまでは推測出来たのだが
──しかし、考えを巡らせ続けるサイの耳に届いたものは、何とも意外な答えだった。
《……サイ。
僕は、君が羨ましかった》
「え?」
何を言われたのか一瞬理解出来ず、サイは思わず首を傾げる。
羨ましく思っていただと? キラが?
ナチュラルの凡愚でしかなかった俺を?
《サイは、
あれだけの人を集めて、みんなと笑い合えて、何があっても乗り越えて、どんなに傷ついたってそのたびに強くなってきた。
それは、借り物の強さじゃない。サイが得たものは、本当の強さだ》
「何言ってるんだ、キラ。
お前だって……」
そんなサイの言葉が聞こえていないかのように、くぐもっていくキラの声。
《そうだ──
僕はずっと、君が羨ましかったんだ。
自分の成長を、自分の強さとして感じられる君が。
だから、フレイだって君のことが……!》
「何を言ってる……?
キラ。お前だって成長して強くなったからこそ、あそこまで戦えたんじゃないか!」
《僕が強いのは、当たり前なんだ。
だから、みんなを守って戦うのは当たり前なんだよ》
意味が分からない。
俺たちを守って、自分の命を削って戦うのが、キラにとって当たり前?
違う。お前、戦うのは嫌だったんじゃないのか。
キラの言葉に何かを察したのか。
サイの戸惑いをよそに、デスティニーから声が響いた。
《キラさん……!!》
しかしそんなデスティニーを、静かに片腕で制するストライクフリーダム。
《大丈夫、シン。
これは多分……サイにも、知ってほしいことだったから。
理解は出来なくても、事実だけは知っておいてほしいから》
そして、続けて紡ぎだされたキラの言葉は──
確かにサイにしてみれば、ほぼ理解不可能なものであった。
《身体、頭脳ともに極限まで高レベルに達したコーディネイトを施され、生まれた存在──
それが、僕だから》
あまりにも唐突な、キラの告白。
一瞬だけ思考がストップしてしまったサイに、キラは訥々と語り続ける。
《不思議には思わなかったかい?
ただの学生だった僕が、どうしてザフトの、訓練されたコーディネイター相手に、初陣からあそこまで戦うことが出来たのか。
連合の最新鋭の機体4機を相手に、何故ストライクだけでアークエンジェルを守ることが出来たのか》
そういえば──
よくよく考えてみれば、確かにおかしな現象ではある。
あの時は、キラはコーディネイターだからあそこまで戦えるのだと勝手に結論づけて。
さらに、ストライクの性能が良かったからザフトとも戦えたのだと──ずっと、そう思っていた。
しかしキラがコーディネイターなら、アスランやディアッカを始めとするザフトのパイロットもコーディネイターのはずだ。中でもアスランの部隊は、赤服と呼ばれるエリート部隊だったらしいじゃないか。
ストライクも優秀な機体だが、同時に開発された連合機である以上、イージスやデュエル、ブリッツやバスターも性能自体にそこまで差はないはずだ。隠密特化や射撃特化などの特徴はあるが。
なのにキラは何故ストライクだけで、しかも味方の支援がスカイグラスパー以外に殆ど期待出来ない状況下、あれだけ戦い続けることが出来た?
──その謎は、キラの今の言葉だけで全て容易に説明がつく。
キラが、極限まで遺伝子を調整された人間だから。
コーディネイター中のコーディネイター。恐らく全ての能力が設計通り、かつ優秀になるようコーディネイトされた人間だから──
そのような存在が生み出されるまでに、どれだけの時間と資金が費やされたのだろう。コーディネイターはただでさえ、病気がなく健康に育つよう調整するだけでも金がかかるって話なのに。しかも当初の設計通りに生まれない子供も多いって話なのに――
全ての能力が最高値まで達した人間など、どれほど稀な存在なのか。
その事実に気づいた瞬間、サイの足は思わずぶるっと震えた。
ほんのたまたま、偶然、最高のコーディネイターがそばにいたおかげで、俺たちは3年前命を救われていたのか。
《僕は、これ以上の成長も進化も出来ない。
生まれた時点で、進化の究極まで到達してしまっている──
最初言われた時はわけが分からなかったけど、しばらく経ってようやく分かってきた。
何でも苦労なくこなせてしまうってことは、実はそこまで嬉しくないってことを。
そしてそれ以上の成長も、変わることも出来ない自分が、どれだけ虚しいかってことを。
何でもできるんだから、その気にさえなればどんな分野だってトップレベルになれる。戦うことだってね……
だから、人を守って戦うのは当たり前。どんな戦いにも勝って当たり前。
それが僕のやることだと思って、これまでラクスやカガリを守ってきた。
褒められたくて、認められたくて戦ってきたわけじゃないけど──
でも、自分ですら自分を認められない気持ちになるのは、さすがにつらい》
「……自分ですら?」
やはり意味が分からず、ただじっとフリーダムのカメラアイを睨むサイ。
《僕は僕自身、自分の力を認められない。
自分の力は遺伝子によるものだって、どうしてもどこかで考えてしまうんだ。
どんなに、貴方は優しい、お前は強いと言われても──
結局それは遺伝子調整によって、最高の人間として生み出されたからかもって思ったら……
自分が情けなくなる》
お前の優しさは、遺伝子調整で出来たものなんかじゃない。
ラクスさんだって、そう言っていたんじゃないのか──
そう思いながらも、サイは言葉に出来ない。
キラを生んだという最高のコーディネイトとやらの技術は、もしかしたらその優しささえも調整してしまったのではないか――
そんな疑念は、今のサイの中でさえ生じていたから。
恐らく同じ苦悩を、キラ自身も抱いているのだろう。
《だからこそ僕は、変わらない世界は嫌だった。
人の未来を限定してしまう議長のプランがどれだけ空虚か。それを僕は、身をもって知っていたから。
成長したくても出来ない。変わりたくても変われない。戦いたくなくても戦わなきゃいけない──
そんな思いを、僕だけじゃなく全ての人に味わわせるつもりなのかって》
サイは、ようやく少しだけ理解した。
キラがデュランダル元議長を討った最も大きな理由は、ラクスとカガリを守り、彼女たちを支える為だと思っていた。勿論それも、理由の一つではあったのだろう。
しかしその裏に、ここまでの苦悩が隠されていたとは。
サイはひとつため息をつくと、足元の水面を軽く蹴り飛ばす。
──だが今、お前に同情するわけにはいかない。
「……それが、ディスティニープランを壊した時の、お前の真意か。
じゃあ、ますますもってわけが分からん。
セレブレイトウェイヴは、変わろうとする人の意思そのものを消滅させるものなんだぞ」
世界中を敵に回してでも、キラが今守ろうとしているもの──セレブレイト・ウェイヴ。
戦う意思のみならず、成長と進化を願う人の意思そのものを捻じ曲げ、消滅させてしまう兵器。
それを守るということは、ラクスとカガリを支えることさえ放棄し、人の自由意思を脅かす行為に他ならない。最もキラの本意からかけ離れたものではないのか。
しかしキラの答えは、サイの予想を大きく外れてきた。
《……ラクスは、僕を受け入れてくれたんだ》
「え?」
キラの言葉を理解するまで、サイは若干時間がかかった。
ここでキラが言うラクスとは、自分たちがよく知るラクス・クラインのことだろう。
いつでもキラを助け、キラを支えてきた、あの可憐で勇敢な歌姫。当然、その母親ではない。
しかしキラはさらに、想像もしなかった事実を口にする。
《ラクスはずっと、僕のそばにいてくれた。
ヤキンの後、殆ど廃人みたいになっていた僕を、ずっと支えてくれたんだ。
僕の心が空虚だって、彼女は分かっていたのに。僕の目は彼女を見てないって、ラクスだって分かっていたのに。
それでもラクスは、僕を支えて導いてくれた。
あれから僕は、誰も抱けない身体になっていたのに……
それでも、ラクスはいつも!!》
それはサイにとって、あまりにも意外過ぎるキラの告白だった。
あれからというのは勿論、フレイを失くした時のことだろう。ずっと自分を支えているラクスを抱くことも出来ぬほど、フレイを失った衝撃が深かったのか──
それはつまり、少なくとも肉体的には、3年前のキラとフレイは深く深く結びついていたという厳然たる事実を示すものであり。
今のサイにとってすら、到底認めたくない事実だった。
――キラはずっと失われてしまったフレイの幻影を見続けて、まともにラクスを抱くことも出来なかったというのか。ラクスはそれを知っていながら、キラのそばで彼を支え続けていたのか。
俺がずっと「姫」フレイに対して元のフレイを求め続けたように、キラも――
「姫」フレイは強引に俺からその幻を引き剥がしたが、ラクスはそうはせずに、キラが自ら立ち直るのを待ち続けていたのか。
──ここにきて初めて知る、キラとラクスの真実。
それでもサイは敢えてポケットに両手を突っ込みながら、ストライクフリーダムを睨んだ。視界の片隅に、デスティニーとルージュの動きも見据えながら。