【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
L4の宙域に佇む不可視戦艦・シュンテン。
そのカタパルトから今、一筋の光が飛び出していく。
それは真紅の装甲を纏い、8基の漆黒の砲塔を背負ったモビルスーツ──ガンダム・セイレーン。
搭乗しているのは勿論、今や南チュウザン第三王妃たるフレイ・アルスターである。
それにやや遅れること数秒──レイダーガンダムと、鮮やかなオレンジに塗られたグフ・イグナイテッドがシュンテンから飛び出していく。セイレーンに追従するように。
真空の宙域を通して飛び交う通信。
《フレイ! 落ち着けよ、急にどうしたんだ!?》
「トール……言ったはずだぞ、護衛は不要と!」
紅のパイロットスーツにその身を絞めつけられながらも、レイダーからの通信に冷静に応答するフレイ。
だがトールの代わりに、グフの中からミゲル・アイマンの声がすぐに返ってくる。
《そりゃねぇって。
分かってんだろ、今の自分が不安定って》
「胸騒ぎがする──ミントンが危ない」
身体の中で疼く痛みを無理矢理抑え込むように、呟くフレイ。
それに対して、ミゲルの答えは幾分か落ち着いていた。アマクサ組で、アマミキョで、長いことフレイを見ていた彼は、何かを感じ取っていたのか。
《……はいはい。
サイが危ないってこったね》
そんな彼の軽口を、フレイは一切表情を変えずに受け流す。
「分かっているなら、それ以上を聞くな」
《そう邪険にしないでくれよ。ニコルがあぁなっちまった以上、フレイとあいつのことを知ってるのは、もう俺しかいねぇんだ。
フレイがどうしようが、俺ぁ地獄の果てまでついてくぜ。アマクサ組の先鋒としてな!》
その応答に――
固く引き結ばれていたフレイの唇が、僅かながら緩んだ。
ミゲルの言う通り、サイとの出会いからアマミキョでの闘い、そして南チュウザン王妃として立った今に至るまで、ずっとフレイを見守っていたのは、今や彼だけだ。
フレイの激しい葛藤と、サイへの秘められた情熱と、『母』への煮えたぎる怨恨を理解出来る、数少ない人物──
「今、ミゲルが共にいてくれたのは僥倖だったかも知れぬな」
通信に響かぬよう呟きながら、フレイはセイレーンをひたすら、闇の彼方でほのかに煌めくコロニーへと飛翔させていく。
そんな彼女の耳に、トールのぼやきが届いた。
《ホント、サイのことになるとミゲルはこうだから……
何でそこまで皆があいつに肩入れするのか、よく分からないなぁ》
そんな彼に、あくまで明朗に声をかけるミゲル。
《そういう冷めた視点も時には必要だぜ、トール。
頼りにしてるからな!!》
《へ?
いや、だから……って、速すぎだよ二人とも! スラスター爆発させる気か!!》
そんな問答をかわしながら、それぞれの機体は三筋の光を虚空に描いて飛んでいった。
ストライクフリーダムのコクピットで──
キラ・ヤマトはじっと、モニターの中心を凝視していた。
その眉間には深い皺が寄り、黒のパイロットスーツに包まれた身体は小刻みに震えだしている。
モニターは、自分を睨み返している血まみれの旧友──サイ・アーガイルを捉えたまま。
座席脇には、無謀ともいえる強引さで乗り込んできたラクス一世がいる。
急遽取り付けられた補助席に身体を固定されつつも、彼女はただ静かに、キラの横顔を見つめていた。
その瞳には、キラに対する憐憫もサイに対する動揺もない。むしろ――
この状況が非常に興味深く、少し突いたらどう転んでいくのか試してみたい無邪気な子供のようにも見える。
彼女の目の前ではとても、キラは自分たちの本来の目的を明かすわけにはいかなかった。もっとも、彼女がいようがいまいが、簡単に明かして良いものではないのだが──
それでも、サイやナオトに自分たちの目的を明かせば、彼らは力になってくれるかも知れない。そう考えて、キラはミントンまでやってきた。
自分たちはセレブレイト・ウェイヴを守りはするが、決してこの兵器を使うつもりはない。存在を利用するものではあっても、力を使うものではない。
ラクス一世が積極的に使おうとしているこの神経兵器は、キラにとっても間違いなく忌むべきものではあった。それを正直にサイたちに話していれば、彼との対話がここまでこじれることはなかっただろう。
だが今ラクス一世本人が隣にいる状況で、そんなことを堂々と告白するわけにはいかない。こうなることを見越して、彼女はストライクフリーダムに乗り込んできたのか。
しかし現状、キラがラクス一世の頼みを断れば、事態はさらに悪い方向へ転がる可能性が高かった。たとえキラが拒絶しようと、彼女はどんな形であってもここまでくっついてきただろうから──
キラが駄目なら、シンかチグサのところへ。それが無理でも、フレイならば必ず彼女の言うことを聞いてしまう。そうなれば心身共に不安定になっているフレイが、ラクス一世を伴って出撃する羽目になる。
そうさせるくらいならと、キラは敢えて自分の機体にラクス一世を乗せた。そして彼なりに、サイを説得しようとしていた──
この場では目的を明かせないかわりに、自分の本心を、自分の真実を、旧友に可能な限り露わにする。そうすることで出来るだけ無傷でサイとナオト、そしてティーダとアマミキョを確保したい。
自分の立ち回り一つで、状況は一気に好転するかも知れない──そう考えていたのは、キラもサイと同じだった。
いつ終わるとも知れない自分たちの戦いにサイやナオトを巻き込んでしまうのは、キラの本意ではなかった。しかし彼らをティーダやアマミキョと切り離せなくなってしまった以上、仕方がない。
それにサイであれば、理解してくれるかも知れない──
そう思ったからこそ、キラはサイに語った。自分の出生を。極限までコーディネイトされて生まれた、本来の自分を。
しかしキラの予想と違い、サイはそう簡単には折れなかった。
よくよく考えてみれば無理もない話だ。サイにしてももう、多くの人命に対する責任を負っている。
だけど僕だって、負けるわけにはいかないんだ──
そんなキラとサイの意地はやがて激しく衝突し、次第に本人たちも予想だにしなかった酷い口論へと発展していた。
サイの思いがけない言葉の数々によってキラの心は揺れ動き、忘れたかった過去の苦い記憶までが続々と蘇ってくる。自身が抱え込んだ、あまりにも重い苦悩と共に。
あの優しかった友とは思えぬ口調で、サイはキラに屈服せず、キラの全てを否定する勢いで彼を罵倒してくる。
それによりキラも、いつしか感情を吐露し始めていた。
フレイを失ってからずっと心の奥深くにしまいこんでいたはずの、自分の感情を。
消え入るような声を胸の底から押し出すようにしながら、キラはサイに語り始めていたのである。自らの苦悩を。
かつてその自覚なくキラを傷つけ、そしてキラがさらに酷い傷を負わせた友に。
サイであれば、もしかしたら分かってくれるかも知れない。
僕はフレイを奪った上、開き直るあまりサイに暴力まで振るった。
それでもサイは僕に自分の心の内を明かし、一緒にヤキンを戦い抜いた──その、サイであれば。
だがそんなキラに叩きつけられたものは、あまりにもはっきりとした、拒絶の言葉。
──俺は、お前が嫌いだからな。
その言葉を受け止めた一瞬、モニターを通じてサイの表情を睨みながら
――キラは何故かほんの少しだけ、ほっとする自分を感じていた。
自分に施されたコーディネイトは、嫌われて当然の相手すらも自分の中へ取り込んでしまうのかも知れない──
キラは時々、そんな感覚に襲われることがあった。
父親をザフトに殺された直後のフレイも、戦友をキラに殺されたはずのアスランも、キラの行動により大切な存在を失ったシンさえも──
結局皆、最終的にはキラへの悪意を失い、逆に好意さえ向けている。
現在の遺伝子調整の技術はそこまで完璧ではないとは散々聞いているし、分かっている。ましてや性格までがコーディネイト可能だという話は聞いたことがない。
しかしユーレン・ヒビキの実験データは散逸してしまい詳細が分からない以上、人から好かれる能力が絶対に遺伝子調整不可能だとは断言できない。
だからこそサイにこの言葉を吐かれた瞬間、キラは奇妙な安堵を感じたのである。
――僕は、そこまで完璧な存在じゃない。人に好かれる能力まで調整されていてたまるものか。
僕が皆に何故か好かれるのは、皆がたまたま、優しい人たちばかりだから──
だから、サイが僕を嫌うのは当たり前なんだ。僕は彼に嫌われて憎まれて当然のことを、散々やってしまったんだから。
だがほぼ同時にキラの鋭敏すぎる感覚は、残酷なまでにサイの心を見抜いてしまっていた。
──駄目だ。
僕の全てが、感じる。叫んでる。
どんなにサイの言葉を肯定したくとも、僕の全神経が、違うと吼えてくる。
君は、そんなことを言える人間じゃない。
言えるんだとしたら、それは君が、心の底から優しいからだ。
僕にとってその言葉が、今一番欲しい言葉だと分かっているからこそ、君は敢えてそう言ってくれたんだ。
その優しさを僕に向けてくれるのは、何故? やっぱり、僕の遺伝子がそうさせて──
分からない。僕にはもう、何も分からない!
極限まで追いつめられた思考の果て――
それは、気づけばキラの口から漏れていた、呟き。
「──君は、嘘をついてる」
そんなキラに、サイは聊かも動じることなく返してくる。
「嘘じゃない。自惚れんじゃねぇ。
俺はな、キラ。
ずっと、お前が憎かった。
お前が俺を羨んでいたのと同じように、ずっと、お前を憎んでた。
お前を殺してしまいたいと思ったこともある。そうしなかったのは、俺が優しいからなんかじゃない。
死にたくなかったのと、お前が怖かったから。ただ、それだけだ!」
──そうだよな。
それは本来、僕に対してサイが抱いて当たり前の感情だ。
だけど、僕には分かる。分かってしまう。この言葉が、サイの本心ではありえないことを。
確かにこの激しい言葉は、サイがかつて僕に対して抱いた感情の一部ではあるのだろう。そして、死にたくなかったから僕に抵抗しなかったのも、一部は事実でもあるのだろう。
しかしキラの本能も理性も、頑迷なまでにサイの優しさを肯定し、サイの言葉を否定する。
――違う。おかしいよ。
そもそも死にたくないから僕を支えていたというのなら、ヤキンの激戦にまでサイがついてくる理由がないじゃないか。
そこまで僕が嫌いなのであれば、君はカズイと一緒に、オーブでアークエンジェルから降りていたはずじゃないか。
キラはもう一度、じっとその紫の瞳で見つめる。モニターの中で叫び続ける青年を。
サイの眼鏡は半分がたレンズが砕け、その奥から青く澄んだ瞳が、真っすぐにモニターの向こうからキラを見返していた。
次第に暗くなっていく夕闇の中ですら、その青は鮮烈にモニターの中で映えている。
それを見たキラの中でまたしても、不快な記憶が蘇った──
サイの身体に刻まれた、無数の深い傷跡。
アークエンジェルで偶然その裸体を目にしてから、彼の傷跡はキラの中で未だに鮮やかに思い出されてくる。
アマミキョを一度失い、あの湖でルージュから手酷くやられた今、傷はさらに数を増しているに違いない。
少しだけカメラをズームアップしてみると、サイの濡れそぼって肌に密着したワイシャツを通し、左腕や胸元の黒い傷跡ははっきりと確認出来た。
──そう。サイは、『成長出来る』んだ。
どんな傷を負ってもこうして立ち直って、それまでよりもずっと強く成長出来る。
僕だって、どんなことでもそれなりにうまくこなせるけど──
それは僕にとって成長ではなく、『うまくやれて当然のこと』にすぎない。
「よく聞けよ、キラ。
俺は今でも、お前が憎い。情けないことに、いつまでも怨恨引きずってる。
俺をここまで情けない奴にしたのは、お前だからな!」
そんなキラの胸中を知ってか知らずか、モニターの中心でサイは叫び続ける。
その言葉はキラの心の最も痛い部分を、激烈に刺してきた。
かつて、フレイを失った直後にアークエンジェルに帰還したキラを、精一杯の言葉で励ましていたはずのサイは今──
善人の仮面を完全にかなぐり捨て、自らの本音をキラに曝け出しているように見えた。
それが偽悪者の演技であることを、悪人の仮面を被った善人の演技であることを、キラは既に見抜いてしまっている。
しかし、敢えてキラを傷つける言葉を吐き自分が泥を被ることで、キラの心に本気で歩み寄ろうとしているその姿勢に――
キラは激しく揺さぶられていた。
こんな行動は、君が一番忌避したかったものじゃないのか。
たとえ自分を抑え込んででも、他人を傷つけるよりは周りとの平穏を守ろうとするのが、君だったはずなのに。
「──いや。
今、お前のことを知って、さらに憎くなったよ。
そんな最高のコーディネイターが、何故、フレイを守れなかったんだって!
何故、今またラクスさんを守れず、うかうか南チュウザンの口車に乗ってる?
何故、何の為に、お前はそこにいるんだ!?」
何故、フレイを守れなかったのかって?
そんなことは、僕が一番自分自身に問い質したい。
彼女を失ったあの時から、僕はずっと自分を責めていた。
それを何とか支え続けてくれたのがラクスだったのに、彼女もまた、フレイと同じように──
キラは思い出す。終わりの見えない戦いの果てに迎えた、フレイとの結末を。
紅蓮の炎に包まれ、声もなく消失していく、フレイの身体を。
最高のコーディネイターとしての視力は、あまりにも残酷にキラにその光景を見せつけた。
その紅蓮はいつまでもいつまでもキラの瞼の裏に焼き付けられたまま、決して離れることはない。
ダウゴンの教会でラクスを発見した時、傷つけられたラクスの姿はあの瞬間のフレイと重なり、キラの傷は一層深いものになっていた。
アスランと和解し、シンと握手をかわした時は──
これからもラクスやカガリ、仲間たちと共に、自分の力を正しく使っていこうと心から考えていた。
過去に囚われず、未来を向いて。
――いくら吹き飛ばされても、僕らはまた花を植えるよ、きっと。
オーブの慰霊碑でシンに投げかけたその言葉は、キラが自身に言い聞かせたものでもあった。
それは、最高のコーディネイターとして生み出された苦悩の末に、自ら決めた道。
そしてラクスを支えていくことで、過去の傷も時が癒してくれるだろうと──
キラはそう願い、ラクスと共にプラントへ行く決意さえも固めていた。
しかしその願いはあまりにも簡単に破壊され、彼の傷はさらに深く深く抉られていたのである。
そう。僕の傷はもう決して、消えることなどありえない。
だけど、そこへ手を差し伸べてくれたのが──
「フレイは……
僕を守るって、言ってくれたんだ。
だから、フレイのそばにもう一度いられるのが、嬉しかった。
随分変わってしまったけど、もう一度彼女と言葉を交わして、一緒にいられることが。
それだけで、とても──!」