【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
ストライクフリーダムから流れる、キラの呟き。
それは次第に、嗚咽に近いものに変化しつつあった。
サイはそんな彼の言葉を受け止めながら、心からのため息を隠せない。
──それが、お前がそこにいる最大の理由か。
ラクス・クラインが傷つけられたその時、偶然かどうか知らんが、失ったはずのフレイが現れた。
それまでの無敵ぶりが信じられないほど弱り切ったキラの心につけ入るには、またとないチャンスだったろう。「あの」フレイがその状況をチャンスと捉えたか否かは別として。
たとえまがい物だと頭では分かっていても、死者と同じ姿はそれだけで、残された者の心を激しく惑わす。別れ方が悲惨だったならなおさらだ。
だけど、だからこそ俺は言わなければいけない──
俺が好きだったフレイは、キラが愛しただろうフレイは、もういないことを。
恐らくお前も分かっているだろう。ただ、今は自分で認められないだけだ。
とうにいなくなったフレイと今の『フレイ』を混同しているのか、キラの言葉も少しおかしくなっている。それほどまでにフレイ・アルスターはキラにとって、大きすぎる存在だったのか。
だが、キラ──
フレイを名乗りお前を迎えるはずだったあの女は、何故かこの俺を、遺伝子にも命令にも反逆してまで守ろうとした。
凡愚でしかなかった俺を、奇跡とまで言い放ったんだ。
だから俺は取り戻す。あまりにも多くのものを背負いすぎて、不器用で真っすぐすぎて、それでも命がけで俺を守り愛してくれた女を──俺の愛する女を。
二度と、お前に取られてたまるものか。
改めてサイがそう心に誓った時、両脚の震えが不思議と消えていった。
そのかわりに胸の奥に湧きあがってきたものは、奇妙なほどの自信。
そうだよな、『フレイ』──
どんな形であっても、ここまで俺を導いてきたのは、間違いなく君だった。
だったらどんなことをしても、君を取り戻す。
いつか彼女と共に見た、静かに燃える夕闇の風景。それが、ミントンの夕闇と重なる。
サイの唇から、言葉が自然に転がりだした。
「キラ。
今、お前のそばにいるフレイは、フレイじゃない」
そこへ轟く、キラの慟哭。
スピーカーに僅かなノイズが混じり、割れた絶叫が空を裂く。
《そんなことは、君より先に分かってた!!》
そうだろうな。
アークエンジェルであの女に遭遇した時点で、キラはもう分かっていたんだ。
分かっていながら、俺には敢えて真実を告げなかった。俺自身が気づかなければ、意味がないから。
もしあの時キラが俺に真相をバラしてしまっていたら、俺の時間は二度と動くこともなかっただろう。
だから、キラ。これはその時の礼だ。
お前も、分かってくれ。フレイ・アルスターはもう──
そんなサイの想いとは裏腹に、キラは意外な言葉を口にする。
《分かってる。分かってるんだ──
フレイが欲しいのは、僕じゃなくて僕の力でしかないってことも。
フレイがずっと、
昔も今も、それだけは変わらない。変えられないんだ!!》
──昔も今も?
馬鹿を言うな。3年前、フレイ・アルスターは真実、お前を想っていた。
最初はどうだったか知らない。だがキラ、ずっとお前と一緒にいるうちに、彼女は次第にお前に惹かれていったんだ。
それは、お前とフレイを見ていた俺が、一番よく分かってる──
だがサイは決してそれを口に出さず、じっとキラの言葉に耳を傾けていた。
《だけど僕は、それでも彼女のそばにいたい。
今度こそ、フレイを守りたい。
どんなに長い戦いになったって構わない。
フレイが僕に振り向いてくれなくたって構わない。僕は──!!》
この時点で、もうサイには分かった──
キラは明らかに、昔と今のフレイを同一視しかけている。
ラクスを傷つけられ、心的外傷を弄られたことで彼の強靭な理性はどこかで壊れ、最も脆い部分が剥きだしになってしまっている。
「長い戦い」が何を指すのかは分からない。だが、サイは改めて確信した。
――このままにしておけば、遅かれ早かれキラは崩壊してしまう。
「フレイ」を守る為にしろ、ラクスを救う為にしろ、ここで止めなければキラもラクスも、そして「フレイ」も、酷い結末を迎えてしまうだろう。3年前の俺たち以上に。
キラの叫びが少し落ち着いた頃合いを見て、サイは静かに告げる。
「……キラ。
俺は、彼女に婚姻を申し込まれている身だ。現在保留中ではあるがな。
だから、彼女が世界中に危険を及ぼす行動を続けるなら、未来の夫として断固それを止める責任があると思ってる。
無論、キラ。お前ごとな」
それは間違いなく、サイの本音でもあった。
アマミキョとティーダZを擁しながら、ここまで旅をしてきた理由。
昔の俺は、フレイがキラの元へ行くのをどうしても止められなかった。そのままにしておけば、フレイもキラも二人とも傷つくことが分かっていながら、止めなかった。
だからもう二度と、同じことは繰り返さない。
俺の好きな女を、俺を好きになってくれた女を、二度と失わない為に。
明確に敵意を示したサイに対して、キラが投げかけた言葉は。
《……君がフレイを傷つけるなら、僕はフレイを守るだけだ》
傷つける、か。
結果的に「フレイ」を傷つけることになるのは、果たしてどっちなんだろうな。
心の中でそう呟きながら、サイは改めてストライクフリーダムの威容を見上げる。
決して乗り越えられない壁を象徴するように、傲然と立ちはだかる青のモビルスーツを。
そのカメラアイの色が先ほどよりどす黒く染まったように見えるのは、夕闇が濃くなってきたせいだけではないだろう。
ルージュに掴まれたままのナオトが、不安げにフリーダムを振り返る。やはりナオトも、キラの秘める氷のような敵意に勘づいたのか。
それでもサイは、キラに向けてさらなる激情をぶつけていく。
殴るならば殴ればいい。俺はもう引かない。
お前が何をしてこようと、俺は一歩も引くものか!
「守る?
彼女をこのまま、雛みたいにひたすら大事にすることがか?
それで本当にお前は、彼女を守り切れるか。彼女を、助けられるか!!
ずっと支えてくれたラクスさんさえ守れなかった、出来損ないの究極体が!!」
キラの最も痛い部分を容赦なく踏みつぶし、散らばった血肉をさらに踏みにじるかのような言葉を、サイは叫んだ。激しく痛み続ける心を必死で押し隠しながら。
それに呼応するように、湧き上がる激情を押さえながら抵抗するキラの声が、響く。
フレイを失ってから殆ど誰にも見せていなかったであろう感情が、コロニーの空へ迸る。
《……サイ!!
君は、何も知らない。何も分かってない。
フレイのことだって、何も理解していない癖に!》
──そうだな。
俺は確かに、彼女の本当の名前すら、未だに知らない。
だから今から、知ろうとしている。分かろうとしているんじゃないか。
キラ。お前が何をしてこようと、俺は──
不思議なほどに静かな心のまま、サイは水面へまた一歩を踏み出した。
今から俺が口にする言葉は恐らく、キラへのとどめとなるかも知れない。
ずっと動かなかった俺の時間が、『フレイ』の言葉で動き出した時のように。
あの時と同じ、いやそれ以上の衝撃が、キラを襲うかも知れない。それによって、俺もどうなるか分からない。
だが、キラ。お前の時間も、お前の感情も、3年前からずっと止まっていたんだろう?
どんなに冷静沈着で怖いものなしのコーディネイターに見えても、中身は感情を閉じ込めてほぼ成長しない子供のままだ。
ラクスさんだってきっと、そんなお前をどうにかしたかっただろうにな。
あれだけの艦隊や人々を動かせる彼女でも、お前の心だけは助けられなかったとは、なんて皮肉だ。
「いい加減にしろ。
フレイは、もういない」
《……!!》
キラが大きく息を呑む音が、スピーカーの向こうから微かに反響した。
その時、ストライクフリーダムのコクピットで──
じっとキラとサイの様子を注視していたラクスが、不意に音もなく動いた。
いつの間にか補助席のシートベルトを外し、その柔らかな唇をキラのメットへと近づける。
細く白い指は静かにしなやかに動き、操縦桿に乗せられたままのキラの手に触れた。
「──キラ。
惑わされないでください。フレイ・アルスターは、ちゃんと生きています。
過去のフレイは、彼ではなく貴方のもの。そして今生きているフレイも、貴方のもの。
蘇った彼女に導かれて、貴方はここまで来た。過去のフレイの魂を受け継いだフレイに、悲劇を繰り返させない為に。
フレイともう一度、契りを交わす為に──」
違う。
キラの中で何かが必死でラクスの囁きを否定するが、彼女の優しい微笑みに包まれ、その抗いは魔法をかけられたように小さくなってしまう。
柔らかな腕が、キラの上半身をそっと抱き寄せる。その感触はまるで、かつてのフレイ・アルスターそのものだった。
サイの言葉により今や極限まで追い詰められたキラの心は、フレイの死という現実を拒絶し、ラクス一世の中にフレイを見ていた。フレイを幻視するほどに、混乱していた。
彼の視界からサイを巧みに隠し、ほぼキラに覆いかぶさる体勢となったラクス一世。
その透き通った青い瞳が、かつてのフレイの灰色の瞳と重なりつつある。
声も、表情も、唇も、全てが。
やがてその声が、キラに囁いた。
「……それでも、わたくしたちの前に立ちはだかるというのなら。
戦うのが、貴方でしょう? キラ。
さぁ……その、心のままに」
その声までが、かつてのフレイの呟きと重なっていく。
キラの隣で眠る彼女がふと、涙と共に漏らした呟きに。
──やっつけて。
あいつら、みんな、やっつけて……
微かに震える手が、操縦桿を握りしめた。
これをひとたび引き絞ってしまえば、目の前にいる友の命はその一撃で吹き飛ぶだろう。
3年前、あれだけ苦しみながらも守り通した友の命が。
――駄目だ。
駄目だ、駄目だ、絶対に駄目だ!!
キラの中で何かが必死に、その手を押しとどめようとする。
僕たちはサイを殺しに来たんじゃない。サイを迎える為に来たんだろう?
しかしラクスの唇が、フレイの声が、惑い続けるキラを後押しする。その内なる心を呼び覚ますかのように。
──私を、守って。
──あいつらをみんな、やっつけて。
そう。僕は、もう一度フレイを守るんだ。
奇跡のように蘇り、僕の前に舞い降りたフレイを、今度こそ守る。
その為に──!!
そんなキラの心に完全にとどめを刺すサイの言葉が、女たちの声を突き破るように轟いた。
「フレイ・アルスターは、もう……
どこにもいないんだ!!」
瞬間、キラの理性は、微塵に砕け散った。
まるで、内なるSEEDが弾け飛ぶ瞬間のように。
フレイの死という現実を、未だ正面から受け止められていなかったキラの精神は、その一言を引金に暴発する。絶叫と共に。
「……サイィイイイィイイイイイッッ!!!!!」
痛みに満ちた叫びと同時に、ストライクフリーダムの右腕部が大きく振りかぶられた。
3年前、親友を敵に回してまで守ろうとした友に。
命がけで守ろうとしたはずの友に。
フレイを巡って激しく衝突し、それでも和解を果たしたはずの友に向かって──
キラは憎悪を振り翳す。
そうだ。君は、僕がなし得ぬ成長を遂げた男。
僕が決して得られぬ幸せを、何もしなくても手に入れられる男──
なのに何故君は、
そしてキラは見た──
モニターを覆い隠さんばかりのラクス一世の身体の向こうで、全く動じないサイの姿を。
鋼鉄の拳が叩きつけられようとしているにも関わらず、一切の抵抗をせず、一切の動揺も見せず、じっと自分を見据えて立ちはだかる男の、青い瞳を。
その唇には何故か、微笑みさえもが湛えられていた。
──やっと、分かったんだな。
サイの口元が、そう動いたような気がしたその刹那。
ストライクフリーダムの白い拳が、一歩たりとも動こうとしないサイの上から、加速をつけて落下した。