【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
キラの叫びと同時に──
ルージュに捕らえられていたナオト・シライシの悲鳴がその瞬間、外壁さえも弾けよとばかりにコロニー中に響きわたった。
信じられない。信じたくない。
少し前まではオーブの、否、世界中の英雄だったはずのストライクフリーダムが。キラ・ヤマトが──
その拳を、よりにもよってサイさんに叩きつけるなんて。
分からない。フレイ・アルスターを巡って衝突したこともあったけど、キラさんとサイさんはそれでも、友達だったんじゃないのか。
それに、僕には分かる。サイさんの言葉は酷い罵倒に聞こえたけど、確かにキラさんを想ってサイさんが必死で紡ぎだした言葉だったということが。
それなのに──どうしてだ、キラさん!!?
まともな言葉の体を為さないナオトの叫びと共に、ルージュのスピーカーからも呻きが流れる。
《や、やめろ、キラ……!!
なんで、サイを……っ!?》
ストライクフリーダムが拳を地面に叩きつけた衝撃か、運河はさらに激しい崩壊を始めていた。コロニー全体を揺さぶらんとするほどの縦揺れが、その場の全員に襲いかかる。
サイのいた川面は今や酷く濃い砂煙と飛沫に覆われ、ナオトの目でも何が起こっているのか、はっきりとは確認出来なかった。何しろストライクフリーダムの姿さえ濃い煙に覆われ、よく見えない。
だがほんの数秒後、白煙の向こうにナオトは見た──
大地に大きく崩折れ、両膝をつく格好でうつ伏せになりかけているストライクフリーダムを。
そしてその横から、力任せにその両腕部を押さえつけている、紅の翼の機体──
デスティニーガンダムを。
「あれは……!?」
恐らくキラがサイに拳を叩きつける直前で、咄嗟にデスティニーが割って入ったのだろう。
さっきの衝撃は、強引にデスティニーがキラを止めようとしたものだろうか。
サイさんは。サイさんは無事なのか。
必死で川面を探るナオトの耳に、よく通る怒号が響き渡った。
《一体何をやってんだ、あんたァ!!?
絶対殺しちゃ駄目な奴だってことぐらい、俺にだって分かるのに……
キラさん、何であんたは!!》
止めなければ、と思った。
キラとサイの過去に、フレイを巡って何が起こったのかはシンには分からない。だが──
生身の上、武器を持たぬ人間をモビルスーツで殴るなどということだけは、シンにとって絶対に許すことは出来ない所業だった。
考える前にその手は動き、気が付いたらシンは全速力をもってデスティニーを割り込ませていた。ストライクフリーダムの前に。
無理矢理デスティニーが割り込んだことで運河はさらに崩壊し、川岸のあちらこちらから次々に水が噴出し始めている。先ほどまでルナマリアたちがいたはずの橋も大きく揺れていたが、シンがモニターで確認する限り、彼女たちは住民らと一緒に一時的に橋の向こうまで退避していた。
フリーダムの白い両腕部を力づくで押さえつけながら、シンはさらに怒鳴る。
「どんな理由があったって!
生身の人間をモビルスーツで攻撃して、いいわけないだろう!!
それも丸腰だっただろうが、この人は!!」
──しかもあの人は、キラさんの友達なんじゃないのか。
俺には会話の内容は半分も分からなかったけど、それでもあの人が心底、キラさんを想って言葉をぶつけていたことは分かった。
あの人の言葉は罵倒だらけに聞こえたけど、それでも、真摯にキラさんの心に歩み寄ろうとしていた。
俺にさえそれが分かったのに、分からないキラさんじゃないだろうに!
キラさんの苦悩は確かに、コーディネイターたる俺にだって分かりえない。俺だって最初にキラさんから打ち明けられた時は、殆ど理解不能だったし。
――俺がレイのことについて知りたかったから、キラさんは俺に自分のことを話してくれた。
自分が究極のコーディネイターとして生まれた理由は、レイがクローンとして生まれた理由でもあったから。そうでなければ決して、キラさんは俺に話すことはなかっただろう──
誰にも理解出来ない、誰にも慰めようがない、これほどの孤独と苦悩を。
それでもあの人は──
サイ・アーガイルは、理解出来ないことを理解出来ないとはっきり告げた上で、うわべだけの同情も憐憫も全て投げ捨てて、真っ向からキラさんに立ち向かったんだ──
最早世界中、誰も叶わないはずのストライクフリーダムに。
それだけで、シンは確信出来た。
今のサイが、キラにとってもフレイにとっても、絶対に失ってはならない存在であることを。
しかもあの人は、あの瞬間──ストライクフリーダムの拳から、一切逃げようとしなかった。
デスティニーが押さえた両腕部の間から、キラの呻きが聞こえる。
まさか、泣いているのか──
キラさんが? あれだけの強さを誇ったこの人が?
信じられない思いでシンがキラに呼びかけようとした、その刹那──
アラートが突然響きわたると同時に、凄まじい爆光がデスティニーを、ストライクフリーダムを襲った。
それは夜に変わりかけていたミントンの空を裂き、太陽のように辺りを照らし出す。
爆発の威力は見た目ほどではなく、シンのダメージはコクピットを多少縦に揺すぶられる程度だったのだが、あまりの閃光で一瞬その視界は眩んでしまっていた。
サブモニターで捉えた情報と自身の勘から、それが内壁の向こう――
港に停泊中の戦艦から直接撃たれたものだと、シンは判断した。
アマミキョに迫る危険を察知し、一時的に港へ繋がるトンネルを開いて、その向こうからこっちを狙ってきたのか。
可能な限りモニターの光量を抑えながら、シンは狙撃された方向を見据える。
もうもうと立ち上る白煙の向こうに、彼は見た──
港へのトンネル付近に傲然と佇む、黒灰のザクファントムの姿を。
装備しているブレイズウィザードは両肩部が開き、装填されていたファイヤビー・小型誘導ミサイルの紅が露出している。38発あるうちのほんの数発が既に撃たれていた──
恐らく、最小限の攻撃でこちらをかく乱しようというのだろう。ミサイルは一旦空に向けて撃たれた直後に大きく弧を描いて着弾するようセットされたのか、住宅街に被害は殆どない。
その時、シンの耳に飛び込んできた叫びは。
《ぎゃ、あ、あぁあああぁあっ!!
やめろ、マユ! アタシにだって分からないんだ、何でキラが……
あ、ぁ、あぁああぁ!!》
「チグサ!?」
しまった。フリーダムに気を取られるあまり、ルージュの援護がほんの一瞬疎かになった。
通信ごしに響きわたるチグサの悲鳴。その呻きの中でどういうわけか呟かれる、マユの名前。
しかしそんな彼女の反応に戸惑っている余裕さえ、シンには与えられなかった。
まともに動けず、苦痛を抑えるように屈みこむ体勢になりかけたストライクフリーダム・ルージュ。
その右腕関節部が突然、爆発を起こしたかのように吹き飛ばされた。
「!!」
コクピット内に、再びアラートが鳴り響く。
今度はザクファントムとは全く逆方向の工業区域――つまり自分たちの背後から、何かが来ている。
ほぼ同時に振り返ったシンの視界に飛び込んできたものは、空から一息に舞い降りてきた深い真紅──インフィニット・ジャスティス。
「アスラン!!」
反射的にシンは操縦桿を一気に押しこんだ。ルージュを護るべく、再び立ち上がるデスティニー。
その刹那――
菫色から濃紺へと変わる空へ、大きく飛ばされたルージュの右腕が映しだされた。
拳にナオト・シライシを掴んだまま、肘関節部から切断され空へと散るルージュの腕。
――まずい。
今、ナオトに何かあったら!
だがシンが反応するよりも早く、空中から飛び込んできた純白がその腕部を捕らえる。
モニターではいつの間にか、敵性機体が3機増えていた。
港方面のザクファントムに、インフィニットジャスティス。それに今、ルージュの腕を捕らえた機体は──
《言っただろう、アスラン!
コロニー内の機動力という点では、このグフも貴様の機体に引けを取らんと!》
甲高い声が、純白の機体──グフイグナイテッドから勝ち誇ったように響き渡る。
猛然と吹き上がるスラスターの風に乗り、手にした鞭状の武器・スレイヤーウィップを堂々と掲げるグフ。その先端には、爆砕されたルージュの腕が器用に絡み取られていた。
「この2機……ジュール隊の!?」
シンはすぐに理解した。ミントンにたまたま集っていたジュール隊とアスラン、その連携にまんまと嵌められたと。
インフィニットジャスティスが突然背後から現れたように思えたのは恐らく、港の外から一旦宇宙に出て、外壁から工業区画に潜入した為だ。シンたちがミントンに入り込んだのと同じ手段で。
そして黒のザクが遠隔からファイヤビーでかく乱し、こちらが怯んだ隙にアスランがルージュの腕を狙撃。そこへ、狙撃と同時に港から飛び出したグフがナオトを受け止めた。そんなところか。
だが、こっちだってまだ、引くわけにはいかないんだ──
「……シン!」
内ポケットに潜ませていた通信機の感触を確かめながら、ルナマリアは崩れかけた橋のたもとからじっとデスティニーとルージュを見守っていた。
ルージュに狙われながらも、密かに緊急信号を送っていて正解だった。これほど早く正確に、アスランたちが救助に来てくれるとは。
何故か動けなくなったルージュ。うつ伏せになったままのストライクフリーダム。
イザークの駆るグフがゆっくりと河岸にルージュの腕を降ろし、ナオトを拘束していた鋼鉄の指を強引に開かせていく。
しかし救出されたナオトは拳から解放されるや否や、その純白を振り返りもせず、荒れた濁流の中へと一目散に走りこんでいった。
「サイさん!
返事してください、サイさん!!」
《迂闊に動くな! まだ相手が沈黙したわけではないぞ!》
すっかり暗くなった空に交差する、少年の悲痛な叫びとイザークの怒声。
そう──勿論、これで何もかもが助かったわけではない。
シンの乗るデスティニーは未だインフィニットジャスティスと睨みあったままだ。何より、ストライクフリーダムに殴られたサイは……
一体、どうなった?
「ルナ……」
戻るべきか留まるべきか、迷いをそのまま表情に出しながらヴィーノがルナマリアを覗き込む。
そんな彼を振り向きもせず、彼女は答えた。
「動かないで。
まだ、危険が去ったわけじゃない」
何しろ相手は、あのストライクフリーダムにその妹分とも言うべきルージュ。それに加えてデスティニーだ。ジュール隊とアスランが来てくれたとはいえ、決して安全とは言い難い。
じっと息を潜めて状況を窺うルナマリアの耳に、やがてアスランの声が響いた。
《キラ、シン……形勢逆転だな》
冷静だが、言葉の底に恐ろしい怒りが籠められた、アスランの声色。
《お前たちが俺の能力を欲していることは、俺も知っている。
だが、言ったはずだ──
生身、しかも丸腰の人間をモビルスーツで攻撃するような者たちに、俺は一切、与するつもりはないと!!》
その声は次第に昂ぶり、キラに叩きつけられていく。
《何故だ、キラ。
俺たちを裏切ってまで守ろうとした友人だったはずだろう、サイは。
お前はその彼を、叩き潰そうとした。
たまたま攻撃が逸れたわけでも、誰かが代わりに攻撃したわけでもない。
明らかにお前が、
一体どうしてだ、キラ!? 何故、お前が!!》
やがて、うつ伏せになったままのストライクフリーダムから流れる、キラの声。
それはともすれば河の流れに消えてしまいそうに、小さかった。
《……分からないよ。アスランには》
《当たり前だ。
お前が話さない限り、俺には何も分からない!》
《いつだって君はそうやって、自分の言葉を人に押し付けてばかり……!》
《そうやって不満そうにしていれば、誰かが分かってくれるとでも思うのか!?
誰にも何も語らず突然勝手な真似をするその癖は、何とかならないのか!!》
だがそこへ割り込んだのは、シンの声。
《アスラン!
あんたがそれを言うか。勝手に俺たちを裏切ったあんたが!!》
ストライクフリーダム2機を庇うようにビームライフルを構え、ジャスティスに立ち向かうデスティニー。
しかしジャスティスも、極めて冷静にライフルの銃口をデスティニーに向けたまま、動かなかった。
《シン……もう、諦めろ。
それともアロンダイトで、ミントンを崩壊させるまで俺たちと戦うか?
何も知らない住民を巻き込んで!!》
最大級の憤怒をいっぱいに籠めた、アスランの声。
それに呼応するように、純白のグフイグナイテッドが手にしたスレイヤーウィップが、夜空にその紅を輝かせ始める。攻撃に備え、高周波パルスを帯び始めた証だ。
ルナマリアには分かった。アスランは今、シンの最も痛い部分を衝いたと──
民間人を巻き込んでの戦闘行為は、シンが最も嫌悪するものの一つでもあったから。
幸か不幸か、デスティニーの武装はルナマリアが見る限り、以前のものとそこまで変化してはいない。
アロンダイトにビームライフル、フラッシュエッジに長射程ビーム砲。いずれも、脆弱なコロニー内部での戦闘には適さない武装ばかりだ。宇宙や地上で無類の強さを誇っても、ガラスの筒も同然なコロニー内部であのビームソードを振り回すわけにはいかない。
アスランによるシンへのけん制は、痛烈に彼の弱点を抉ったはずだ。
――どうかこれで、シンがこちら側に戻ってきてくれれば。
川面を彷徨うナオトの背中を視界の端に捉えながらも、ルナマリアはそう願わずにいられなかった。