【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
「何故お前は、そこまで強情なんだ!」
――ミネルバJr下層に響いたものは、アスランの虚しい叫びと、鉄格子を叩く音。
フレイたちがミントンから退却してから、十数時間の後。
デスティニーごとアスランに囚われたシン・アスカは、ミネルバJrの営倉に監禁されていた。南チュウザンの黒いパイロットスーツ姿のままに。
ミネルバのそれとそこまで構造の違わない、薄暗く鉄臭い営倉。
その鉄格子の外側から、ルナマリアはじっとシンを見つめる。一緒に来ていたアスランは、先ほどからずっと彼を問い詰めていた。
何故シンが南チュウザンに与することになったのか。自分たちに牙を剥いたのは何故か。
フレイの目的は。ラクス一世は、フレイは、セレブレイト・ウェイヴをどうするつもりなのか──
それらの疑問全てをアスランは強引にシンから聞きだそうとしていたが、その努力は殆どが徒労に終わっていた。シンの頑固な沈黙という形で。
そればかりか、シンはこんな言葉をアスランに投げつけたのである。
「そもそも何でアンタが、ここに舞い戻ってるんだ。デカい面して!」
シンに痛い所をつかれ、それきりアスランも口を噤んでしまった。
元々、ミネルバJrに囚われたシンと話をしたいと言い出したのはアスランだ。これについては勿論アーサーも良い顔をしなかったが、何とかルナマリアがアーサーを説得し、アスランをここまで連れてきたのである。騒動を避ける為、ヴィーノやナオトなどのごく僅かな例外を除き、他の乗員には秘密でという形ではあったが。
それでもシンは──心を開かない。
部屋の隅でじっと座り込みながら、シンは状況が変わるのを待っているようだ。
たびたびの襲撃に、ミントンの警戒態勢はより強固になっている。無理矢理デスティニーを奪って出ていくのも、フレイたちの救助を待つのも、時間が経過するにつれて困難になりつつある。それは当然シンも承知しているだろう。
思い切って、ルナマリアも口を挟んだ。
「ねぇ、シン。
今ならまだ、艦長も許してくれる。お願いだから、隊に戻ってきて。
南チュウザンで、貴方が何を見て何を言われたのかは分からない。でも──
今シンがやるべきことは、本当に私たちと戦うことなの?」
そんな彼女の言葉に、ほんの少しだけ瞳を上げるシン。
しかしすぐに、彼は視線を逸らしてしまった。
「……ごめん、ルナ。
俺……何も言える立場じゃないから。
だけど、分かってほしいんだ。俺たちだって、ルナやミネルバのみんなを殺したくて、こんなことしてるわけじゃないってことを」
シンがそこまで口にした時――
不意に廊下の向こうからかけられた言葉は。
「──そうだね。
むしろ、みんなを守る為にやっている。そう言いたいんじゃないのかい、君は?」
思いがけないその声に、その場の全員が一斉に顔を上げた。シンまでも。
ルナマリアたちが振り返った時、そこにいたのは──
ナオトとヴィーノに両側から支えられるようにして歩いてきた、サイ・アーガイル。
厳重に包帯で覆われた身体で作業用ズボンを履き、朱色のジャケットを肩から無造作に引っかけただけの姿でありながら、彼はここまでやってきた。頭にも包帯が巻かれ頬もガーゼに覆われ、殆ど肌が見えない。
そんなサイに、シンは思わず腰を浮かせていた。
「あ、あんた……よく無事で……!」
「無事とは言い難いけど、君も知ってるだろ。俺の身体のことは」
言いながら、シンに気さくに微笑みさえするサイ。
右側から支えていたナオトが、不安げにサイを見る。反対側からヴィーノが彼の歩行を手伝っていたが──
ヴィーノの支えている側、つまりサイの左肩から先は、ジャケットの袖が力なく揺らいでいる。
それを見て、ルナマリアは思わず視線を逸らした。誰がどう見ても一目瞭然だった──
サイの左肩から先が、消失しているのは。
しかしそんな彼女にも、サイはいつもの調子で声をかける。
「ルナマリア。ちょっと頼みがあるんだ。
ここ、開けてくれないかな」
シンを捕らえた営倉の鉄格子を顎で指し示しながら、サイは微笑む。
そんな彼に、ルナマリアもアスランもほぼ同時に声をあげてしまった。
「え……えぇ!?」
「冗談じゃない。今、シンを解放しろっていうのか!」
しかしゆっくりと首を横に振りながら、サイは落ち着いていた。
立っていること自体が辛いのか、既に額の包帯は汗で滲んでいたが。
「勿論、彼を自由にしろなんて言うつもりはないよ。
ただ、俺、ちょっと彼と話をしたいんだ。
フレイのこと。キラのこと。そして、チグサ──マユ・アスカのことも。
俺、何か分かった気がするから。そいつを確かめたい」
眼鏡の奥の青い瞳は柔らかな物腰でありながら、決して揺るがない意思をたたえている。
無言の威迫にも似たサイの視線に、ルナマリアもアスランもそれ以上の反論が出来なかった。
「あと、二人できちんと話をしたいから、出来ればみんな外してくれると嬉しいけど……
さすがにそれは無理だよね」
当たり前よと言いかけたルナマリアだが、それを遮るようにアスランが言葉を発した。シンを横目で軽く睨みながら。
「……分かった。
だが、俺たちはそばで見ているぞ。万が一シンが暴れるようなら、すぐに出る」
「ありがとう。君がそう言ってくれると、助かる。
多分、そういうことにはならないと思うけどね」
笑みを返しながら、ルナマリアを振り向くサイ。
分かったわよ。開錠すりゃいいんでしょ──
釈然としないながらも、ルナマリアも彼の意思に圧され、言われるがままに扉を開くしかなかった。
サイに向けた膨れっ面だけは、決して崩さなかったが。
アスランたちの姿が鉄格子の前から消え──
静けさを取り戻した営倉には、シンの他にサイが残された。
シンは頭だけをそっと上げ、相手の様子を窺う。
一体何のつもりで、サイはここに来たのか――
キラやフレイと並々ならぬ因縁を持ち、同時にアマミキョのハーモニクスシステム、その要となる人物。だがシンはこうして直接、顔を合わせたことはなかった。
それでもサイはシンを恐れもせず自ら営倉の中へ入り、そのすぐ横にゆっくりと腰を下ろした。朱のジャケットの左袖が、力なくシンの横で揺れる。
──この人の左腕は、あの時に。
シンは思わず、その袖から目を背けた。
ナイフの類は今は取り上げられているものの、自分が一発殴りでもしたらそれだけで彼は気絶してしまうだろう。ただでさえコーディネイターとナチュラルの腕力差は歴然としているのに、相手は丸腰。しかも片腕を失っている。
今すぐサイを人質にして無理にでも脱出するのはたやすいように思えた。当然そんなことは相手も予測済みだろう。
だが──
そんな卑劣な真似はしたくない。堂々と自分の懐に入ってこようとするサイを見て、シンは素直にそう思った。
だいたいサイを人質にしようが、彼の身体の件を考えれば武器なしで簡単にサイを殺せるとも思えず、人質の意味があるかどうかも怪しい。そもそも、今の自分ではアスランたちに簡単に取り押さえられてしまうだろう。
そんなシンの思惑を知ってか知らずか、サイは呑気に営倉の天井を見回していた。
「何だか懐かしいなぁ、この空気。
俺も昔、無茶して営倉に入れられたことがあってね。それだけじゃなく、アマミキョに乗り始めた頃も……
腹は減るし髭が伸びるのも嫌だけど、淋しすぎて一人でぐるぐる考えちまうのが一番きついんだよな、こーいうの」
意外だな。見た目結構優等生っぽいのに、そんな経験もあったのか。
シンはふと思いつつ、それでも唇を尖らせながら呟く。
「だから一緒にいようってんですか?
俺なら平気です。こういうことは初めてじゃないし」
「へぇ、そうなんだ」
「……昔入れられた時は、友人も一緒でしたし」
「あ、そ、そうなの?」
無邪気に真っすぐ自分を見つめてくる、眼鏡の奥の瞳。
視線がかち合うと同時に、シンはつい半日ほど前のサイの言葉を思い出す
――キラに叩きつけた、激しい罵倒を。
恐らく心底キラを想った結果として、彼に投げつけた厳しい言葉を。
あれは本当に、今目の前にいる、人の良さそうな青年の口から飛び出したものなのだろうか。
本当に彼が、『あの』フレイの婚約者で、アマミキョの要たる人物なのか。
ストライクフリーダムに殴られかけても一切逃げようとせず、微笑みすら浮かべていた男なのか──
サイは朗らかに笑いながら、冷たい壁に背を凭れかけた。
「あはは。なら、なおのこと俺が一緒にいないとなぁ。
大丈夫、時間はまだある。君が話をしてくれるまで、俺はここにいるよ。
仕事は他のメンバーが色々やってくれてるからね」
シンは思わずぎょっとしてサイを見る。目の前にいる眼鏡の青年は、決してその笑顔を崩そうとはしなかった。
──まずい。
これは、アスランよりヤバイ相手かも知れない。
シンの心のどこかで警鐘が鳴る。
しかし彼の中では、先ほどのルナマリアの言葉もまた、痛いほどに響いていた。
──今シンがやるべきことは、本当に私たちと戦うことなの?
気がつけばシンの口から転がりだしていたものは、サイへの問い。
「どうしてあんたは……キラさんにあんなこと、言ったんですか。
自分が殴られるって分かっていたんでしょう。あんたを殴ることで、キラさんがどれだけ傷つくかも」
「助けてくれたのは、君だよね。あの時は本当にありがとう」
「俺は礼を言われたくてあんたを助けたわけじゃない。
あんたにもしものことがあったら、傷つく人間がどれだけいるか。その腕だって……」
そんなシンの言葉に、サイは笑みを消してふと左腕を見る。
失われてしまった、自分の左腕を。
「……この腕のことなら、もう仕方がないと思ってる。
だいぶ前から、左腕は満足に動かなくなっててね。気が付いたら指までが石みたいに重くなってて、正直、辛かった。
だから、もういいんだ。前からこの腕は、ないも同然だったから」
そうは言うものの、どこか苦しげにため息をつくサイ。
「誤魔化さないで下さい。
俺が聞いてるのは……」
「なんで、キラにああいう言葉をぶつけたのか、だよね。
君がキラにバラさないって約束してくれるなら、話すけど?」
「約束します。だから、教えてください」
即答するシンに、サイは改めて姿勢を正した。
途切れがちな息と共に、漏れ出した言葉は。
「……そっか。
俺、思ったんだ。キラにあぁ言うことで、キラの時間が動くなら。
どんなに荒療治であっても、キラの時間を少しでも動かせるなら──
俺は、すごく嬉しいって」
「止まっていた? キラさんの時間が?」
サイの左肩からずり落ちかけたジャケット。肩に厳重にまかれた包帯と、肌に飛び散った黒い血が、僅かに見えた。
それを右手だけで直しながら、サイは語る。
「キラの時間を止めてしまったのは、俺にも責任があったからね。
多少は聞いているんだろう? 何も出来ず、守られるだけだった俺たちが、キラを戦いに向かわせちまったこと。
それによって、キラはとても多くの大切なものを失った。キラも俺も、同じように好きだった女の子さえも──」
シンにも容易に想像はついた。恐らくそれが、元々のフレイ・アルスターなのだろうと。
「あの大戦は、多くの人々を殺しただけじゃない。それ以上にたくさんの人間の時間を止めてしまった──俺もそうだった。
だけど、今のフレイ・アルスターが、無理矢理にでも俺の時間を動かした。
だから俺も──おこがましいかも知れないけど、キラの時間を動かす助けになれば。
そう思ったんだ」
──戦争によって、止まってしまった時間。
シンは思う。今の俺はどうだ。俺の時間も、家族をみんな失ったあの瞬間に止まった。
ザフトに入って、議長に認められて、やっと俺の時間は動き出したと思ってた。
だけどそれはまた止まってしまった。ミネルバが沈み、レイがいなくなり、俺たちが敗北したあの時に。
だから俺は──
「それに、腕を失って、キラの本音を聞いて──
治療中、ずっと考えることが出来たんだ。フレイや君たちの本当の目的は何なのかって。
ていうか、気づいちまったんだけどね。フレイの機体を見た時に」
サイの言葉に、思わずシンはびくりと肩を震わせる。
──勘づかれた?
まさか、この男に?
シンの様子に気づいているのかいないのか。
サイは滔々と口にした。
「フレイは、本気でセレブレイト・ウェイヴを実際に使うつもりなんか、一切ない。
君たちがあの兵器を守るのは、使う為じゃない。
あの兵器をダシにして世界中を脅し、国同士、組織同士の争いを全て、強制的にでも止める為じゃないのかい」