【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
そんなサイの言葉に──
シンの全身から、一気に血が引いていくのを感じた。
そうだ。まさにその通りだ。俺たちの――
フレイの、本当の目的ってのは。
「少し前の話だけど。
アマミキョで諍いが絶えなかった頃、船中の敵意が俺に集中したことがあってね。
思い出したんだ、その時のこと。
俺をターゲットにすることで、逆に船内は結束した。俺を卑怯者、裏切り者扱いすることで、皮肉にも船内の仕事が結構うまく回るようになっていった。
その時みたいに、フレイは敢えて世界中を敵に回そうとしている。ナチュラルとコーディネイターの諍いに端を発する、全ての争いを止める為に。
自分たちが悪魔になることで、世界を結束させる。そうすることで、世界中の争いは一旦中断を余儀なくされる。人智を超越する兵器を振りかざす悪魔と戦う為に、人々はナチュラルもコーディネイターもその垣根を越えて力を合わせる、って寸法だ。
違うかい?」
どこまでも静かなその言葉は、シンの心に深々と刺さっていく。
──そうだ。『御柱』として囚われたステラを前にして、俺はフレイに明かされたんだ。彼女の目的、全てを。
あの時フレイは、とても苦しそうになっていたっけ。そして俺に全てを話し終えると、口を押さえながら逃げるように走り去って……
今ならもう、十分分かる。あれは、フレイがラクス一世に反逆の意思を示したが為の拒絶反応だ。
遺伝子によって刷り込まれた『母』に抵抗を試みているが故に、彼女は今でも苦しみ続けている。
それを放っておけなかったから……
フレイが弱っている姿と、かつてミネルバに収容された時のステラは、どこか重なるものがあったから。
よく考えたら、フレイとステラはそこまで年齢も変わらない少女だ。普段ああも居丈高に振る舞っているから気づきにくいが、本来は──
いつの間にかサイは、シンの顔を覗き込むように身を乗り出していた。
顔を上げると、眼鏡の奥から大きな目がじっと自分を見つめている──
シンの怒れる紅の瞳と、サイの柔和な碧の瞳が、一瞬だけ交錯した。
心を読まれる。その恐怖に、シンは反射的に視線を逸らしてしまったが。
「勿論フレイの目的は、ラクス・クラインの──その母親とは一致しない。
ラクス母は多分、本気で思っているんだろう。セレブレイトウェイヴを使うことで世界に、人々の意識に革命が起こると。
それが大混乱を引き起こすってことは、フレイも分かっているはずだ。だからフレイにとって、あの兵器はあくまで抑止力でしかない。
何故あんな兵器をキラやフレイが守ろうとしているのか、ずっと疑問だったけど──
これならば、説明がつく。キラが言っていた『最後の革命』の意味もね。
自分たちを最後に、無益な戦いは終わりにする。自分たちが世界の敵意を受け続けることで、争いがなくなるのなら。
その為には当然、世界中の攻撃を耐え抜く為の力が必要だ。可能な限り長く、世界と戦い続ける力が。
だからフレイは、キラや君のようなSEED持ち──飛びぬけて優秀な戦士を選んだんじゃないのかい」
シンは慌てて反論する。
否定しろ。全力で否定しなければ──こんなにも早く見破られるなんて。
「それは違う!
南チュウザンがSEED持ちを必要としたのは、ラクス・クラインが、俺やキラさんを望んだからです。
セレブレイトウェイヴを守るには、強い兵が必要だから。だから……」
だがシンの必死の抗弁さえ、サイは優しく頭を振りながら抑えた。
「そう……SEED持ちが集められた理由は、最初はそうだったのかも知れないね。最初はラクス母の目的も、フレイの目的も、一致していた。
だけど二人の思惑は、どこかですれ違いを起こして今がある……俺はそう思ってる」
フレイとラクス一世のすれ違い。
レイラは言っていたな。それこそ、サイ・アーガイルがフレイに、世界を変える決断をさせた人間だと。
当人はすっとぼけているのか本当に分かってないのか、微妙な言い方してやがるが。
とにかく──これ以上、何も悟られてはならない。
シンは必死で心を閉じこめ、膝の間へ頭を伏せようとする。
だがその肩は突然強引に掴まれ、壁へと押し付けられた。
意外に強かった、サイの右腕の力。シンはそれを振り払うことも出来ず、室内に響くほど強く背中を壁へと打ちつけてしまう。
すぐ目の前にあったものは、優しさの向こうに揺るがない強さを秘めた、碧い瞳。
それが眼鏡の奥から、真っすぐにシンの心を刺してくる。言葉と共に。
「いずれにせよ、君は亡くなった自分の妹を──
マユ・アスカの存在と身体をいいように弄んでいる南チュウザンに、このまま協力するつもりかい?
俺もナオトも、そんなことは絶対に許さない。
これ以上フレイに死者を冒涜させるなんて、俺は我慢出来ない。いくらそれが、世界を救う為とはいえ──」
「だからそれは……」
必死で抗おうとするシンに、畳みかけるようにサイは言う。
その言葉にはいつの間にか、先ほどまでの柔らかさが消えていた。
「君はどうなんだ。
好きだった女の子を戦争で失って、その子の生きた証や肉体そのものすら、戦争の為に食らいつくされたら。
無残に散ったはずの家族が、仲間が、戦いの道具として無理矢理蘇らされたら。
いくらその戦いが平和や幸福の為とか言われたって、俺は納得なんか出来ない!!」
その言葉で反射的にシンが思い出したのは、紅のガラス管に漬けられたステラ。
そして、チグサ・マナベに成り代わってしまったマユ。
──そうだ。俺は散々悩んだ。正直、今でも悩んでる。
誰にも弄ばれないようにと、祈るように湖に沈めたはずのステラの身体。
それさえも無理矢理使われたと知った時、俺はフレイを叩き殺そうかと思った。
でも、キラさんやレイラに会って、フレイのことを理解し始めて、セレブレイト・ウェイヴを守る真の意味を知って。
俺はその為に選ばれたんだって、何となく思えるようになってきたけど……
フレイが、ステラやマユの死を利用している事実は変わらない。
だけどフレイ自体、元々のフレイ・アルスターの死を利用して生み出された存在ではある。
加害者でもあり、同時に被害者でもある。
そんなフレイや、悩み続けるキラさんや、あんなに幼いのに大役を押し付けられているレイラを、俺はどうしても放ってはおけなくて。
何より、変わってしまったマユや、利用されるがままのステラを、そのままにしておくわけにはいかない。そう思ったから──
「ルナマリアやナオトからも聞いた。君は本当は、とても優しい人だって。
優しすぎるから、周りで傷ついた人間を放っておけないんだって。
君が南チュウザンに与した理由って、多分そういうところにあるんじゃないのかい?」
シンの心を完全に見抜いたかのような言葉を、サイは口にする。
そしてその言葉は、さらにシンに揺さぶりをかけていく。
「だけど、よく考えてみてほしい。
世界中の敵意を一点に集中すれば、争いがなくなるとか……
そんなもの、夢物語にすぎないさ。
いくら君やキラみたいな優秀な兵士がいたって、クライン派のバックアップがあったって、どうにかなるものじゃない。弱体化したとはいえ、連合の物量を舐めちゃいけないよ。
早くて1カ月足らず、もっても数年。いずれ限界が来て、全員が殺されるだけだ。
キラも君もフレイも、勿論マユもね」
あまりにも冷静に言い放たれたサイの言葉。
それはシンたちの目的を、綿密に組み立てられたはずのフレイの計画を、完全に否定するも同然の台詞。
シンはその瞬間、反射的に、脳を通さぬままの答えを返してしまっていた。
「そんなこと、絶対にさせな……っ!!」
サイを突き飛ばそうと、思わず身を乗り出したシン。
だが思いのほかサイの右腕の力は強く、シンの身体は壁に押さえつけられたまま、殆ど動かない。
そしてシンは気づいた──絶対に悟られてはならない相手に、心の内を漏らしてしまったことに。
その表情の変化をひとつも見逃すことなく、サイはゆっくりと頷いた。
「……図星、なんだね」
──違う。
シンはそう叫ぼうとしたが、何故か言葉が喉元で押さえつけられる。
それは、サイの言葉が全て真実だったからなのか。これ以上嘘を重ねることを、自分自身で我慢が出来なかったからなのか。
いつの間にか頬を流れ落ちていく、冷たい汗。
キラさんも、俺も、フレイも、マユまでもが殺される?
フレイからの話を聞いた時から、覚悟はしていた。だけどそうさせない為の、俺の力じゃないのか。可能な限り長くセレブレイトウェイヴを守りながら、世界の争いを監視し、何かあれば介入し、争いの芽を叩き潰す為の──
だが目の前の碧い瞳は、決してシンを逃がさない。
それどころか、シンのみならずフレイたちの考えの甘さすら抉っていく。
「だとすれば、君たちがやろうとしていることは──
バラバラだった連合が打倒プラントで結束していった構図と、そこまで違いはないような気がするよ。
コーディネイターとナチュラルの戦いが、SEED保持者とそうでない者たちの戦いに替わるだけだ。
SEEDを持っているという疑惑だけで迫害され、南チュウザンへ逃れた者たちがアマクサ組を強大な軍事組織へと作り替え、そして──
SEEDがコーディネイトによって生み出されるものではなく、自然発生するものだからこそ余計に、その対立は酷いものになるかも知れない」
奇妙な説得力をもって、シンの心に響いていくサイの言葉。
その言葉の力はサイの軍属経験がそうさせるのか。もしくは、先ほど少し彼自身が口にした、アマミキョで孤立したという経験からなのか。
いずれにしろ、これ以上自分が喋ってはならない──シンはそう判断して口を噤み、強く目を閉じた。
もし何かを言葉にすれば、目の前の男に心を吐露してしまうかも知れないから。
マユを、ステラを、キラさんを、ラクス・クラインを──
フレイを、助けてほしいと。
じっとそうしてシンが心を閉ざしている間も、間断なくサイの視線は自分に注がれている。様子を窺っている。目を閉じていても、感覚で分かった。
しかしやがて、シンを掴んでいた右手は身体から離れ。
そのかわり、優しくぽんぽんと肩を叩かれた。彼を労わるように。
その手は何故かシンに、かつて自分を助けてくれたオーブの軍人を思い出させた──
あの人は今、どうしているだろう。オーブで今頃、アスハにこき使われてるんだろうか。
そんなシンに投げかけられた言葉は。
「シン――覚えておいた方がいいよ。
沈黙もまた、答えになりうるってことをね」
重い鉄格子がゆっくり開かれる音。
ぎゅっと瞑っていた目を再び開くと、朱色のジャケットの背中が、ゆっくりと立ち上がって営倉を出ていくところだった。
右手を少し上げながら、サイはシンにウィンクさえしてみせる。
そんな彼の背中を見つめながら、シンは痛切に感じた──
あぁ。俺は、完全にこの人に負けた。
キラさんでさえ、この人には勝てなかった。フレイの心に奇跡を起こした男──
こういうことか。
俺は、救ってほしかったんだ。誰かに、自分の心を。
ステラもマユも父さんも母さんもレイも、誰も助けられなかった俺を。
本当に助けを求めていたのは、ステラでもマユでもない。俺だった。
サイは肩越しにシンを振り返りながら、そっと微笑む。
「俺には、君の処遇を決める権限は一切ない。
だけど俺は、君が、君自身の意思で決めてほしいと思ってる。フレイたちのところに戻るか、ここに留まるかをね。トライン艦長にも、そう伝えるつもりだよ。
自分が何をなすべきか、それを決めるのは他人じゃない。君自身だ」
反射的に思い出すのは、フレイの言葉。
──その上で誰を怨むか、怨むならどうするか、己の意思で判断しろ。
自分で考え、自分自身で決めるがいい。
再び扉がロックされる冷たい金属音を耳にしながら──
一人残されたシンはただ、無言でうずくまるしかなかった。