【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
一方、L3宙域──機動要塞・オギヤカにて。
レイラによりステラ・ルーシェの姿を見せつけられた翌日に、ムウ・ラ・フラガは再び彼女からメディカルルームに呼ばれた。膨大な数の水槽の中で、何十人もの人間がこんこんと眠り続けている白い部屋に。
そのうちの一つ──やや縮れた薄緑の髪の少年が眠る水槽を見つめながら、レイラは呟いた。
「……姉上の真の目的については、昨日お話させていただいた通りです。
サイ様に出会ってから、姉上は変わられた。
それを証明するのが──この記録です」
その言葉と共に、レイラは懐から何かを取り出した。
レイラの小さな手にすらすっぽり収まるほどの、プラスチック製の薄いケース。中にはどうやらメモリーチップらしきものが入れられている。
「ニコル・アマルフィ──彼自身が密かに記した、アマクサ組の行動ログ。
ここにはチグサ計画の初期からアマミキョ沈没に至るまでの、アマクサ組の行動のほぼ全てが記されています。姉上が、アマクサ組の者たちが何を考えながら動いていたか──
私もこれを読んで、初めて知りました。姉上や、アマクサ組の心のうちを」
「この子供が……?」
フラガは改めて、水槽で眠り続ける少年を見つめる。
「そういや、どっかで見たことがあると思ったぜ……
あの車椅子の坊主君か」
レイラは少し哀しげに俯くと、少年の入れられたガラスの箱、その表面をそっと撫ぜた。
「彼は元々、アスラン・ザラを引き入れる為に、彼と親しかった仲間を模して作られた子供でした。死亡時の身体損傷を分かりやすく再現すると同時に、アスランに一層の衝撃を与える為という理由から、あらかじめ下半身が欠損したままの状態で。
ですが、記録にもあるとおり──彼も次第に変わっていった。
自らの存在意義たるアスランを見限り、姉上とラクス一世の間で葛藤しながら、それでも最後まで姉上の望みを叶えようとした。
その想いは、今でも変わっていません。今でも彼は、姉上の手足となって働き続けています……
おおよそ200機を超えるダガーLを遠隔操作する、ドール・システムとして」
「!?」
フラガは思わずレイラをまじまじと見つめる。どう見ても、冗談を言っている顔ではなかった。
すると、あの大量のダガーLは──自らの命を一切顧みぬ自爆攻撃を仕掛けてくるモビルスーツどもは──
フラガの厳しい視線を受け止めながら、それでもレイラは語り続ける。
「最初は、ニコルが操作できるのは70機までが限界でした。
それでもドールシステムを使い続けるうち、その数はどんどん増え、現在は一度に300機ほどまで操作可能になっています。
──勿論、本人はこの通り、完全に人事不省となっています。今ではもう、誰が敵か味方かすら、指令を受けない限り理解出来ないでしょう」
「モビルスーツを遠隔操作? ニュートロンジャマーがある中で、一体どうやって……」
「それぞれの機体には、ニコルのクローン、もしくはカーボンヒューマンを搭乗させています。記憶も意思も持たない、まっさらな子供たちを。
彼らとニコル本人の脳を量子通信で繋ぐことによって、ジャマーの影響を受けることなく大量のモビルスーツが一人で操作可能になる──という仕組みです。彼のクローンを使った理由は、その方が通信状態が良好になるから。
当然ながら、それだけの機体の操縦にはニコル本人にとてつもない負荷がかかりました。それでも彼は……
姉上の為に、姉上の願いの成就を最優先に、自らの身を投げ出した」
「そして最後には意思すら失い、このザマか」
吐き捨てるようにフラガが口にすると、すぐにレイラが睨み返す。
「そういう風に仰らないでください。
彼は、彼自身がアスランに失望したことにより、自分の存在意義はどこにもなくなったと思い込んでいました。ですが彼の純粋さは、健気さは、決して失くしてはならないものだったのです。
姉上にとっても、私たちにとっても!!」
レイラの思わぬ剣幕に、フラガは一瞬たじろいだ。目に涙すらためて、彼女はフラガを睨みつけている。
「分かった……すまない、言い方が悪かった。
だが──君こそ、分かってほしい。こんな狂った空間を目にすりゃ、皮肉の一つも言って自分を保ちたくなるものさ」
レイラは溢れ出る感情を抑えるように、ぐっと唇を噛む。
そしてメモリーチップを、そっとフラガに差し出した。
「ムウ様。これを──お持ちください」
「ん? 俺に?」
こくりと頷きながら、レイラはチップを彼に突き付ける。
「あの方に……サイ様に、これを渡していただきたいのです。
サイ様ならきっと、気づいてくださるはず。今ではもう消失しかかっている、ニコルの想いを……
そしてこのログに隠された、姉上の最後の秘密を」
「最後の秘密? まだ何か……」
「姉上は誰にも明かしていませんが、私には何となく分かります。
そして、残された時間がもう、わずかなことも」
その時、フラガは直感した──
この娘は、俺をここから逃がすつもりだ。かつてサイたちをオギヤカから逃がした時のように。
ここで見た秘密の全てを、サイに伝える為に。
敢えて面倒そうに頭を掻きながら、ムウは軽口を叩いてみせる。
「やれやれ。俺は伝書鳩かい」
それでもレイラは真剣な表情を崩さない。退路を断つかのように、フラガの正面から堂々と言ってのける。
「無理は承知でお願いしていますわ。
アカツキに至るまでのルートは、既に確保してあります。私が案内しますから、どうか急いで……」
――だが、レイラがそう言いかけてフラガの手を強引に取ろうとした、その時。
「そうはいかんね、お姫様」
エアロック強制解除のアラートと共に、白い室内に響き渡ったものは、砂漠の虎──
アンドリュー・バルトフェルドの落ち着き払った声だった。
「!!」
フラガもレイラも思わず身構え、出入口を確認する。
そこに立ち塞がっていたのは、拳銃を構えたバルトフェルド。
思わずフラガの前に回ろうとするレイラをけん制するように、虎は言い放った。
「おぉっと。レイラ様、人質のふりはもう通用しませんよ。
貴方の演技ではトールあたりのひよっ子は騙せても、僕相手ではねぇ」
「何故です、バルトフェルド!
貴方は今、誰に銃を向けているか分かっているのですか!?」
「勿論、分かっていますよ。
ラクス・クラインへの反逆者、フレイ・アルスター──
その妹であり娘である、レイラ・クルー」
「!? ……まさか」
彼の言葉に一瞬棒立ちになってしまったレイラ。
そんな彼女を庇うように、フラガが彼とレイラの間に立った。
「もしや……あのお嬢が!」
「そのもしやだよ。状況は一変した。
先程ミントンから連絡が入り、フレイ・アルスターがラクス・クラインに反旗を翻したそうだ。
恐らく彼女らは大挙してウーチバラとオギヤカを奪取しに来るだろう。今、指揮系統は完全に混乱している。
だが僕は、ラクスの元から離れるつもりはないのでね」
ギリギリと音が出るほど歯を食いしばっていたレイラだが、たまりかねて叫んだ。
「砂漠の虎!!
貴方ともあろう者が、まだ分からないのですか。守るべきラクス・クラインが誰なのかを。
本当に守るべきものは、何なのかを!!」
そんなレイラの声にも全く動じることなく、バルトフェルドは銃口をフラガの頭部に向けたままだ。
「やれやれ……
お嬢ちゃんこそ、分かってないねぇ」
相手は一人。しかしとても脱出は不可能だろう――
この時点で、フラガはほぼ観念していた。
何しろ奴はただのコーディネイターじゃない、あの砂漠の虎。そして自分は歴戦のエースとはいえ、今は丸腰。奴の隙をついて当て身を食らわせるなど、到底不可能に近い。
どうすればいい。どうすれば──
フラガが逡巡したその瞬間を狙いすましたように、一発の銃声が、白い部屋にこだました。
同時に視界が闇に閉ざされ──レイラの悲鳴が響く。
その悲鳴さえ素早く何者かの手で塞がれ、やがて闇の底へと消えていった。