【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
※再度の前書きになり申し訳ありませんが、劇場版を見る前に書いたものゆえ、ヒルダさんの描写についてはだいぶ違いがあります。その点ご理解いただければ幸いです。
「滅相もない」
大仰に手を振りながら、ラクス一世の言葉を否定するバルトフェルド。
まるで浮気現場を押さえられた男のように、取り繕った笑みまで見せている。
「彼らを逃がすなどと──
二人は既に捕えているではありませんか」
「あの第三ケージの映像が、貴方の作り出した虚偽の映像であることは調べがついています。
随分と精巧に作られていますが、わたくしの目はごまかせませんよ」
ラクス一世はもう、一切笑わない。
背後にヒルダを伴いながら、一歩だけバルトフェルドに迫る。ヒルダはもうこの時点で、銃口を彼に向けていた。
それを見て――
バルトフェルドの頬から、浮ついた笑みが完全に消失する。
その口から飛び出したものは、余裕に満ちた言葉。
「流石はあの、ラクス・クラインの母といったところか。
残念ですね。もう少し、貴方を観察していたかったのだが」
隻眼に煌めいたものは、砂漠の虎と謳われた英傑の眼光。
銃を構えたまま、咄嗟にラクス一世を庇うように前に出るヒルダ。
「バルトフェルド!
貴様もまた、ラクス様を裏切るか!!」
「裏切っているのはどっちかな?
君の背中にいるのは、本当に守るべきラクス様かい?」
「ご母堂はラクス様をこの世に生み出され、ただ一人で世界を救おうとされている健気なかただ! ラクス様と同じに!
母娘ともども、お守りするは当然であろう!」
「そのご母堂サマが、娘を傷つけたとしてもか?」
皮肉めいたバルトフェルドの一言に、ヒルダの隻眼が剥かれる。
「なっ……!?
貴様もか。貴様も、あのような根も葉もない噂を信じて!
ラクス様を傷つけたのは、フレイ・アルスターの差し金であろうに。あの女がラクス様母娘から全てを奪う為にやったことだ、あの魔女が!」
ヒルダの叫び。
と同時に、執務室の天井の向こうで爆発音が轟いた。
激しい縦揺れに襲われる執務室。適度に調整された重力下で静かに活けられていたスズランが、硝子の花瓶と共に大きく音をたてて倒れた。
「ご母堂!」
反射的にラクス一世を支えるヒルダ。しかしその銃口はしっかりバルトフェルドに向けたままだ。
彼女の腕の中で、ラクス一世は床に不安定に転がったモニターに目を走らせる。揺れるモニターの中では、要塞オギヤカ全体マップが青いCGで描かれていたが――
地球に面した部分の三分の一近くが今、黄色く点滅していた。
「これは──!?
単なるケージの破砕ではありませんね」
「その通りですよ」
観念したのか、さらに奥の手を講じているのか。バルトフェルドは余裕の笑みを崩すことなく、ラクス一世とヒルダを見据えていた。
「多少準備に時間はかかりましたがね。
セレブレイト・ウェイヴ発射直後の隙を利用して、部下がうまいこと動いてくれました……
もうオギヤカは、あんた一人のものじゃない」
「貴様ァ!
よりにもよって、ラクス様に手をかけるとは!!」
揺れの中でも、ラクス一世を抱き止めながらヒルダは叫ぶ。バルトフェルドを真っすぐ狙った銃口が、震えた。
その瞬間──中年男の薄ら笑いが、獰猛な獣の顔へと変貌する。
それはまさに通り名の如く、怒れる虎。
「ラクス救出の為にやったことだ。
彼女に手をかけたのは誰か、今お前が抱いているのは何者か。よく考えてみるがいい!」
彼の怒声に、ほんの一瞬戸惑うヒルダ。
わずかに逸れる銃口──
しかしそこに、ラクス一世の声が凛と響く。
毅然とした、ラクス・クラインの声と何も変わらない声が。
「ヒルダ。惑わされてはなりません──
わたくしが自らの娘をあのような目に遭わせるなど──本当に貴方は、そのような言葉を信じるのですか?」
真っ直ぐにヒルダを見つめ、静かに語りかける、ラクス一世の眼差し。
「もし、他の者たちと同じように、貴方もわたくしをそのような目で見るのなら──
わたくしは、とても悲しい」
どこまでも透き通った青い右眼から、一筋の涙が流れる。
ヒルダの敬愛するラクス・クラインと何も変わらない瞳。声。
それが、ほんの少し残っていた彼女の理性を、霞の如く消し飛ばしていく。
その言葉から1秒も経過しないうちに──
オギヤカ第二執務室に、一発の銃声が鳴り響いた。
コロニー・ウーチバラを守護する衛星の如くに建造された機動要塞・オギヤカ。
今その一部が宇宙の片隅で爆発を起こし、四散した建造物がデブリとなって次々に宙域へと流れ出していく。
漆黒のリングを幾重にも重ねた円錐のように、宙に佇むオギヤカ。その表面に次々に、亀裂でも入るかのように電磁波が走り、分厚い外壁がばらばらと舞い散っていく。稲妻が走った場所から、連鎖的に巻き起こる爆発──
爆光に伴う大量のデブリに巻き込まれるかのように飛び出してきたものは、小麦袋にも似た布状のカバーを無造作に被せられた、モビルスーツだった。
カバーが全体を覆えていないせいか、その脚部が外へ丸見えである。しかも明らかに、ウーチバラ周辺を徘徊する作業用モビルスーツの類ではない。
マントの如く翻る布の間から見える脚部は、目にも鮮やかな黄金。
雲のように広がっていくデブリを強引に散らしながら、そのモビルスーツは全力でオギヤカ、その勢力範囲内から離脱しようとしていた。
スピーカーから放たれた瞬間、真空へ消える怒声は。
《えぇい……
クソ、やっぱり邪魔だ!》
強引に内側からカバーが引き剥がされ、ベージュのシーツの如きカバーはまるでマントを脱ぎ捨てるように後方へとぶん投げられる。
爆風の中から現れたそのモビルスーツは勿論──
型式番号、ORB-01。オーブの獅子の忘れ形見・アカツキ。
そのコクピットには病院着のままのムウ・ラ・フラガが、モニターを凝視しながら機体を操り、デブリを器用に躱し続けていた。
傍らにはレイラ・クルーが控え、フラガの左側から彼にしがみついている。
「しっかりつかまってろ、レイラ!
舌噛むなよ!!」
「は、はい!!」
フラガは操縦桿をぐっと前方へと倒す。アカツキのスラスターが一層輝きを増し、細かなデブリは全て蹴散らされていく。
同時に彼はサブモニターを横目で確認した。エネルギーゲージは通常の半分──
オギヤカで一応の補給はされたようだが、アカツキで全力の戦闘を行なうにはバッテリーは不十分だった。加速に耐えながら横からモニターを覗き込んだレイラも、幼子らしからぬ渋い顔を隠せない。
「バックパックの修理も殆ど出来ていませんわね……
さすがに、アカツキのパーツまではオギヤカでも用意出来なかったのでしょうか」
彼女の指摘通り、アカツキの宇宙戦用装備『シラヌイ』は先の戦闘で破損したままだった。
それでもフラガは呟く。
「……これだけでも、感謝すべきだよ。虎には。
補給や修理が不十分なのはパーツ不足もあるだろうが、恐らく俺の脱出を阻む為でもあるんだろう。元々はバッテリー自体、ほぼ空っぽにされていたに違いない」
「バルトフェルドが、何とかバッテリーの補給だけはやって下さったということですね」
「アークエンジェルにたどり着けるであろう、ギリギリの量をな!」
言うとフラガは操縦桿をさらに傾ける。一気に速度が増し、二人にかかる加速も激しくなった。
そしてフラガは思い出す──
メディカルルームから脱出に至るまでの、砂漠の虎──バルトフェルドとのやりとりを。
バルトフェルドに撃たれた。そう思った瞬間、メディカルルームは突如暗闇に覆われた。
思わぬ事態に叫びかかったレイラの口を塞いだのは、バルトフェルドだった。
もがく彼女を右腕で抑えながら、彼はもう片方の手でフラガにそっとメモを差し出したのだ。義手の指関節部に仕込まれたライトで照らされたメモには、このような走り書きがされていた──
──オギヤカでの会話と行動は全て、監視されている。特にこのメディカルルームのものは。
人為的に停電を起こしてセンサーを落としても、カメラの映像を偽装しても、監視の目を欺いていられるのはごく僅かな間だ。
お姫様の行動は母君には筒抜けだ。このままじゃ彼女も消される。
急 げ !
最後の一言が大きく赤文字で強調された、バルトフェルドのメモ。
そのメモだけで、フラガは状況を全て理解したのである。
バルトフェルドは決して、ラクスを、俺たちを裏切っていたわけではない。
ラクス一世の目を欺く為に──
彼の意思は即座にレイラにも伝わったのか、彼女はすっと静かになった。
そして彼らはすぐにバルトフェルドに誘導され、作業用モビルスーツカタパルトへと移動し──そこに収容されていたアカツキに、二人とも乗せられたのである。
彼らを無理矢理詰め込むようにコクピットへ押し込んだ直後、バルトフェルドは初めてまともに、フラガに声をかけた。
「もうすぐ、この区画はオギヤカからパージされる。
その機に乗じて、脱出できるよ。母君の目はこっちで何とかするから、それまでかくれんぼを頑張ってくれ。
あと、射出タイミングは自己責任ってことで」
ほぼ無重力の中で浮きながら、余裕たっぷりに笑うバルトフェルド。
「待ってくれ」この時フラガは慌てて、彼を引き留めたが。
「あんたはどうする? ここに留まってちゃ、あんたは!」
「僕にはまだちょっと、残業があるのでね」
たとえフラガが無理に引きずり込もうとしても、彼は決して動かないだろう。そんな意思の強さを感じ、フラガは口ごもるしかない。
しかし彼は、これだけは聞かずにいられなかった。
「なぁ。あんたの、キラへの気持ち……
それと、恋人への気持ち。
あれも、嘘なのか? それとも……」
ほんの少し悪戯っぽく肩を竦めるバルトフェルド。
「そいつを口にするのは野暮ってもんだがね。
敢えて言うならば──アイシャへの気持ちは、本物だと言っておこうか」
フラガにそれ以上口を開かせず、バルトフェルドは思いきり彼をコクピットへ突き放した。
「さぁ、試させてもらうよ。
君の、ラミアスへの想いが本物かをね」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、コクピットハッチは強制的に閉じられた。
数分か、数時間かも分からない間、じっと息を潜めていると──
退避を促す警報音が辺りに鳴り響き、第三ケージのパージ──という名の破砕が開始された。
レイラをしっかり補助席に固定したのを確認しつつ、アカツキを射出させるフラガ。
轟音の中で大きく傾ぐカタパルトから勢いよく滑り出し、何とか宙域に飛び出したその直後に──
カタパルトまでもを巻き込んだ、大爆発が起こったのである。
「ラミアスへの想い……か」
無数のデブリが雲の如く散らばった宙域をようやく抜け、軌道の調整を行ないながらフラガは呟いた。
その脳裏に思い浮かんだのは勿論、マリューの顔。
ただしその表情は決して笑顔ではない。むしろ、自分を見つめながら浮かない顔ばかり見せている──その理由も、フラガには何となく分かっていた。
「俺にはまだ──ネオ・ロアノークとしての部分がある。
それがずっとあいつに……マリューに、哀しい瞳をさせてきたことも分かってた。
記憶を取り戻したと思っても。かつての自分を取り戻したと思っても──
彼女と話をするたびに、煮え切らない部分がまだあると分かる。それはあいつもきっと、分かっちまっているんだ」
誰にともなく呟くフラガ。
そんな彼の表情を、そっとレイラが覗き込む。既にアカツキは加速を終え、機体は真っすぐにミントンへ進路をとっていた。
「恐らくその疑問も──ニコルの残したデータに、答えがあります。
貴方が何故、あの陽電子砲の直撃から生かされたのかも」
「さっきの話でだいたい分かったさ。
多分、違う人間に俺の脳を移植したとか、そんなこったろう」
「──!!」
思わず目を見開くレイラ。
彼女の表情を確認もせず、フラガは苦笑した。
「……やれやれ、図星かい。
そうじゃなけりゃいいがと思ってたんだが」
レイラはそんなフラガの呟きに直接は答えず──
ただ静かに、一つの問いを提示した。
「ムウ様。
人の魂は、いったいどこに存在すると思いますか?」
「うん?」
彼女の質問の意味が俄かには掴めず、生返事をしてしまうフラガ。
しかしレイラは、自らの身体を抑えた補助用ベルトを確認しながら、そっと語る。
「多くの人は恐らく、知能を司る部分──脳と考えると思います。
ですが──貴方やチグサを見ていると、そうではないような気がしてならない。
死者の脳を比較的無事な状態で取り出して別の人間に移植することが出来れば、人の復活が成る。タロミはそう考えていました。
しかし現実は、拒絶反応の連続。例え移植先がカーボンヒューマンの素体であっても、移植直後に激しい拒絶反応が起こったそうです──
発狂するほどの絶え間ない頭痛は勿論、全身から生じる神経痛に嘔吐。痛みを薬で抑え、栄養を点滴で無理矢理注入してもなお、患者は長期間苦しみ続け、大抵の場合は自死を選んだと聞きます。
そんな実験の果てにどうにか成功したのが、貴方とチグサだった」