【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
フラガが生存した理由を、ほぼはっきりと語るレイラ。
それでも彼は、酷く冷静にその話を聞いていた。それは、相当以前から自分に対して感じていた違和感でもあったから。
「拒絶反応なしでカーボンヒューマンへチグサの魂を定着させる為に、数年という時間はかかりましたが──それでも彼女は、チグサ・マナベとして蘇った。
でもチグサは、未だに違和感に苦しんでいる。移植手術は成功したはずなのに──」
フラガは思い浮かべる。チグサ・マナベ──
それは恐らく、ナオト・シライシと共にティーダにも乗っていた、マユ・アスカでもある。
確か彼女は、アウルたちと一緒にチュウザンで遊んでいた時もあったな。随分と昔のように感じるが。
「彼女が苦しんでいるのは恐らく、魂の違和感。
人の魂は脳にのみあるものではない。私は、魂とは全身に存在するものと思っています。
脳だけを切り取り別の身体に移植したとしても、二つの魂が中で衝突を起こす。
移植された魂と、元々その身体に存在していた魂が」
「つまり──
今のチグサや俺は、元々の自分たちの他に、もう一つの魂を抱えているって?」
「はい。
それでもムウ様はまだ、苦痛は少ない方かと思われます。それはカーボンとして使用された貴方の新しい肉体が、ほぼ抜け殻に近い状態だったのもあると思いますが――
貴方の魂とも呼ぶべきものが既に成熟した大人で、かつ強靭なものだったからでしょう。
また、フラガ一族の特殊な血の力もあるかと思います。
だから比較的容易に、ムウ様はご自分を取り戻された」
「容易に……か。簡単に言ってくれる」
「チグサのことを知っていれば、そう見えて当たり前です。
彼女は恐らく今も苦しんでいるでしょうし……
彼女が復活した過程を考えると、もう一つの人格がはっきりと現れていてもおかしくはない」
レイラはそう言いながら、ふとサイドモニターから外の光景を眺めた。
確認する限り、オギヤカやウーチバラの監視範囲からはギリギリ逃れられたようだ。しかし今、オギヤカは少しずつその形状を変化させつつある。
機動要塞としてのオギヤカを、フラガはここにきて初めて肉眼で見ることが出来た。中心を貫く、管理塔という名の巨大な柱を軸として、半径の異なる黒いリングを7つ重ねた形のオギヤカ。半径の短いリングから順に縦に連なるような構造をしており、遠くから見ると巨大な円錐形にも見える。そんな要塞が、静かにウーチバラの外周を旋回している。
しかし今、軸に近いリングの一部が爆砕され、そこからもうもうと煙のようにデブリが発生していた。アカツキが飛び出してきたあたりだ。
「──妙ですね。
第三ケージの分離作業だけで、これほどの変化が起こるはずが
……っ!?」
何かに気づいたのか、思わずレイラは身を乗り出した。
同時にフラガも、オギヤカ全体に発生している異変に気づく。爆砕されているのは、アカツキがいた場所だけではない。7つあるリングのうち、内側から3つ目のリングが爆煙と共にオギヤカから離散しつつあった。
「ミドルリングが外された?
メディカルルームも、あそこにあるのに!」
「それって……ステラや、あの坊主君たちがいた場所か?」
「はい。セレブレイトウェイヴ制御に不可欠な部分です──それが何故?」
茫然とするレイラの眼前で、リングは巣から離れるようにオギヤカから離れていく。よく見ると、リングの至る所に無数のブースターが取り付けられ、それがリングの推進力となっていた。
「こいつも砂漠の虎の策略か?
だとしたら、奴の評価は相当改めんとなぁ……」
当然、オギヤカ本体からもウーチバラからも、異変を嗅ぎつけたモビルスーツが次々に出撃してくる。殆どが偽ダガーLだったが、既に安全圏への脱出が成功した為か、アカツキに気づいたモビルスーツは皆無だった。
リングの行方を目で追うレイラ。その時不意に、敵性モビルスーツ、そして戦艦接近を知らせる警告音が鳴り響いた。
「これは──」
その時には既にフラガの直感は、何が接近しているか理解していた。
弾かれたようにレイラも、前方を見据える。
「もしや……姉上?!」
フラガたちの感覚より数秒遅れで、モニターが捉えたものは──
澄み切った漆黒の宙域を駆け抜ける、二筋の紅。それにやや遅れて追随している、青の閃光。
間違いない。あれは、フレイとチグサ。そして、キラだ。
ダガーLを中心とする後続部隊を従えながら、オギヤカへと接近している。正確には、オギヤカから飛び出したリングへと。
レイラが不安げに唾を呑み込みながら、その様子を凝視していた。
「姉上……
まさか、セレブレイトウェイヴの権限をそのまま奪い取るつもりですか」
レイラの直感は当たっていた。
チグサを伴いセイレーンを駆って出撃したフレイは今、ステラを擁したオギヤカの一部──
ミドルリングへと迫っていた。
背後から追随してくるトールとミゲルからの通信が、コクピットに響く。
《さすが、砂漠の虎。予想以上の手筈だね》
《多分、あの部下君も優秀なんだよ。ダコスタ、って言ったっけ……
あいつ、見えないところで滅茶苦茶有能らしいからなぁ。ヘタすると虎以上じゃないかって噂》
《へぇ、そうなんだ。虎のコーヒー試飲担当ってイメージしかなかったけど》
しかし今のフレイに、そんな他愛もない会話は聞こえていない。ただ、バルトフェルドの放ったであろうリングと──
そして、何かを追いかけるかのようにセイレーンの先を行くストライクフリーダム・ルージュを。
フレイはその挙動をしばらく注視していたが、やがて静かに通信越しに声をかけた。
「チグサ、先行しすぎだ。何を焦っている?」
《焦ってなんかないよ!
シン兄はいない。キラはあんな状態だし……
だったら、アタシがやるっきゃないじゃん!》
「頭痛はもういいのか?
逸る気持ちは分かるが、お前にはパイロット以外の役割もある。
今は慎重に動け」
《それ、フレイもだよ》
「ん?」
《セレブレイト・ウェイヴが発射されてから、フレイも結構焦ってるでしょ。
キラがサイをぶん殴ってから、ずっとフレイは怒ってる》
「……そうだな」
後方からついてくるストライクフリーダムを確認しつつ、フレイはひとつため息をついた。
「私は、ずっと怒っているよ。
今まではその怒りを表に出せなかっただけだ」
《てか、大丈夫なの?
さっき見ちゃったけど、薬の量、アタシの倍じゃん!》
そんなチグサに応じるように、ミゲルの声が響く。
《かなり前からそうだよ、チグサ。
服従遺伝子の作用を抑えるには、仕方ない》
《俺が見たところ、そうじゃない奴も結構混じってた気がするけどな……
オーブでよく使われる、漢方ってのもなかったか?》
そんな会話を聞き流していると──
フレイの脳裏に、全く別の感覚が走った。
──レイラ。
それに、ムウ・ラ・フラガ……
オギヤカのミドルリング分離とほぼ同時に離脱を果たした、アカツキ。
その中にいる二人の存在を、フレイは鋭敏に感じ取った。同時にサブモニターを確認すると、遥か遠方ではあるが、黄金に輝くモビルスーツが宙域を駆け抜けている姿が視認出来た。
「なすべき仕事を、なしてくれているようだ……
感謝するぞ、砂漠の虎」
そう呟くと、フレイは操縦桿を思いきり前方へ倒した。
「皆の者!
これより、ミドルリング奪取作戦を開始する。
レイラは既に、ムウ・ラ・フラガと共にオギヤカから脱出を果たした。後は手筈通り──
セレブレイト・ウェイヴも、人々の心も、これ以上ラクス・クライン一世の意のままにさせてはおかぬ!!」
そんなフレイの声が響くと同時に──
彼女のうちに秘められた怒りを、ルージュに乗ったチグサもひしひしと感じていた。
通信に響かぬよう、チグサは小声で呟く。
「そっか。やっぱりフレイの心は、サイにあるんだな。
サイもフレイだけを想って、近づいてきてる──
誰かが入る隙間なんて、ありゃしないよね」
自嘲気味に囁かれたその言葉には、どこか悔しさが紛れている。
だがその感情の意味を、チグサ自身は未だ分からずにいた。
これほどまでに気分がもやもやするのは何故だろう――
サイがストライクフリーダムに殴られたのを見た時から? フレイがその時、怒りを露わにした時から? シン兄がいなくなったと分かった時から? キラが腑抜けのように帰ってきたのを見た時から?
モニターに映るミドルリングをその幼い瞳で凝視しながらも、チグサの脳裏には別の声が響く。
──それは多分、嫉妬、っていうんじゃないかな。
「へ?
何言ってんのさ、マユ。誰が誰に……」
──私も似たような気持ち、ケーケンあるもの。
メルーがナオトと仲良くしてた時に、同じように感じたの。
「だから、あのガキの名前出すなっての。
あんたが目の前にいたらひっぱたいてるよ」
チグサは苛つきながらも、慎重にリングへの接近を試みる。
付近には大小様々なデブリが散乱しており、中には戦艦より大きな岩すら浮遊していた。リングに近づくごとに視界は悪くなり、それはチグサの苛立ちを増幅させた。
「ジャマーも結構散布されてるから、センサーもろくに効かないし……
ちょいっと近づきすぎたかな」
今更のように舌打ちするチグサ。
「キラは、何とか出撃してきてくれたけど……
さすがに、あんな状態のあいつに頼るわけにいかないもんね」
後方を慮りつつ、一人で気合を入れながら、全身で操縦桿を押し込んだ
──その時。
通信からそのキラの叫びが轟いた。アラートより早く。
《チグサ!
危ない、避けて!!》
下から突き上げるように、心臓がどくんと鳴る。
モニターに映し出されたものは、デブリを蹴散らしながら綺麗に線対称を描いて自分の方向へと突進してくる、虹色の閃光。
「クッ……!!」
咄嗟に操縦桿を引き絞り、チグサは真上へと機体を離脱させる。
急加速により、全身の内臓が皮膚を突き破り下方へ引っ張られる感覚──畜生。これだけは、いつまで経っても慣れない!
ようやく加速が終わった瞬間、見えたものは──
「あの2機──
クライン派の、ドムトルーパー!?」
デブリの陰に隠れるようにして潜んでいた黒い寸胴の機体。それは間違いなく、クライン派直属のドムトルーパー隊──そのうちの2機だった。
「こいつら……
やっぱり、どこまでも御方様の肩を持つ気か!!
娘がどうなってるかも知らずに!!」
2機はルージュの両側を挟むように、まるで鏡のように同じ動きをしながらルージュを撃ってくる。その機動は鈍重な見栄えには似合わぬほど、素早い。
双方から放たれる火線と、散らばるデブリ。その両方を幾度も幾度も躱しながら、ルージュはビームサーベルを抜き放った。
「こっちだって、やられるままでいるか!」
同時にチグサは素早く手元のコンソールパネルに指を走らせる。
ルージュ専用の特殊武装・ドラグーンX。それを起動しかかったチグサだったが──
《駄目だ、チグサ。
今ドラグーンXを使ってはならない!》
フレイの声が、彼女の手を止めさせた。
咄嗟に口答えしてしまうチグサ。
「何で!?
あれが地上でどんだけ役立ったと思ってるのさ!」
《今あれを使えば、リングが破損する恐れがある。
大気圏外でドラグーンXを使用したら、威力が地上での何倍になるか、分かっているのか!》
そう言われては、チグサも引き下がらざるを得ない。
地上では言われるまま、好き勝手に使えていたドラグーンX。しかしフレイに止められては従わざるを得ないし、それに──
今は脳裏で囁き続ける声が、明確に止めにかかっていた。ドラグーンXを使おうとするたびに、人を焼き払おうとするたびに、いつも。
「ちぃ……
それでも、アタシをなめんなよ!」
ドムトルーパーからの閃光を巧みに避けながら、チグサはリングの状況をちらりと確認する。オギヤカから飛び出した迎撃部隊は、主にストライクフリーダムやセイレーンの攻撃によりほぼ一撃で一網打尽にされていたが、それでも第二波、第三波とやってくるダガーL部隊。
その合間をぬって、ミゲルの乗るオレンジのグフ・イグナイテッドと。
トールの乗るレイダーガンダム。その2機を中心として組まれたアマクサ組の部隊が、一斉にリングへと取り付いていた。
あの二人に任せていれば、恐らくリングの管理権限も、間もなくこちらの手に落ちるだろう。
しかし──
リングが占拠されつつあるにも関わらず、なおも執拗にルージュを狙ってくるドムトルーパー。
「もしかして、こいつらの狙い──
最初から、アタシか!?」
その事実に気づき、チグサは骨の髄から悪寒を覚える。頬に冷たい汗を感じた。
必死でチグサに後退を促してくる、キラやフレイの声。
《戻るんだ!
チグサ、君はそっちに行っちゃいけない!》
《それ以上突っ込むな! お前が奴らの手に渡れば──》
通信には激しいノイズが混じり、それ以上はチグサの耳に届かない。
キラもフレイも、リングになおも喰らいついてこようとするダガーL部隊の掃討に専念せざるを得ず、ルージュの支援まで手が回っていなかった。
「突っ込むなったって……
もう、後退も……!!」
セイレーンが、あの鐘の音を響かせてくれれば――
チグサは一瞬そう期待したものの、すぐに無理だと悟った。
そもそも出撃したダガーLのパイロットの正体を考えれば、鐘の音がそれほど効果を及ぼさないことぐらいは分かる。元々オギヤカ側の機体には防護策が施してある上、怒りや興奮といった攻撃的衝動に無縁のパイロットが相手では。
しかも、せっかく奪取しかけているリング付近で下手に鐘の音を放てば、何が起こるか分からない。中にはステラだっているのだし。
「だったら、アタシが何とかするしかないじゃん。
この、雑魚2匹を!」
防戦一方だったルージュは、そんなチグサの一声と共にビームサーベルを振り翳す。
ちょうど相手は混戦の中、デブリの陰からルージュの正面に、1機だけが飛び出してきた
──ように思えた。
だがその姿を見た瞬間──チグサの背筋に、戦慄が走る。
「これ、まさか……
スクリーミングニンバス!?」
飛び出してきたドムトルーパーの左胸部から、紅を帯びた光の粒子が噴き出している。
それはドムトルーパーに搭載された、攻性防御装置。
ビームと同様の粒子を散布しながら、ミラージュコロイド技術の応用によりカーテンの如く展開される防御フィールドを形成し、相手に多大なダメージを与える──
複数機で一直線に突撃しながらこれを展開されれば、右に出る者がいないほどの破壊力をもって叩き潰される。通称・ジェットストリームアタック。
紅を帯びてデブリをぶち壊しながら突進してくるドムトルーパー。避けようとしても、四方八方にビームを乱射されている為、どこへも避ける手段がない。ビームが撒かれるさまは、まるでルージュを捉える網のようだ。
キラの叫びも、フレイの命令も、ミゲルやトールの声も、ノイズにほぼかき消されてチグサには届かない。
「でも……
あの攻撃は、1機じゃそこまでの威力は!」
懸命にサーベルを一閃し、斬りかかるルージュ。
真正面に迫った、ドムトルーパーの紅の単眼。それが、自分をせせら嗤って歪んだように、チグサには思えた。
ルージュに肉迫した瞬間──ドムトルーパーが、何故か分裂する。
単眼の頭部を突き破るように、双子のように同じ単眼の機体が、ライフルを構えながら出現した。
「!?」
それは、ルージュに攻撃を仕掛けた機体の背後に、もう1機が息を潜めてぴったりくっついて動いていただけなのだが、チグサの目にはまるで分身したかのようにしか見えなかった。
本能的に感じたのは、死の恐怖。
「い……イヤだ……
助けて、カイキ兄……っ!!」
モニターいっぱいに拡大した、紅の粒子。
腸を抉りだされるかのような衝撃と共に、チグサの意識はそれきり、消失した。