【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
「──マユ!?」
アマミキョ医療ブロック・第5手術室前。
既にパイロットスーツに着替えたナオト・シライシは、固いベンチに腰掛けながらひたすら、胸元のお守りを握りしめていた。
手術中を示す紅のライトが、少年の頭上で鈍く輝き続けている。中にいるのは勿論、アマミキョへの接続手術中のサイだ。ナオトはずっと、祈るように彼の手術終了を待ちわびていた。
今のところ、何らかの事故が起こった様子はない。手術は順調に進んでいるようだが──
そんな時だった。ナオトの脳裏で、少女の悲鳴が響きわたったのは。
それが誰なのか、彼は思い出すまでに時間がかかったが──
自分が思わず呟いた名前で、ようやく思い出した。
そうだ。マユ──
僕は、彼女を助け出す為にここに来たようなものだ。
今、どうしてか分からないけど、マユの叫びが聞こえた。何故かは分からないけど、放っておいたらこのまま消えてしまうかのような叫びが。
ふと頭をよぎるのは、今の手術室のそれと似た扉──
その向こう側に消えていく、黒髪の少女の小さな背中。不安げに振り返る彼女。
──もう、顔もぼんやりとしている。彼女の瞳の色さえも、僕の記憶の中でどんどん薄らいでいく。
しかしそのイメージと、今のマユの叫びは、どこかで重なるものがあった。
現在、既にアマミキョはアークエンジェルやミネルバJr、ホウジョウなどの戦艦と共に、ミントンを出発していた。当然、ウーチバラへ向かって。
その最中、サイの手術は決行されていた──
手術後すぐにサイはブリッジに戻って、この為に設えた副長席でアマミキョへの接続を行なう手筈になっている。
ぼんやりとながら、ナオトは肌で感じていた。その作業が終わるか終わらないかのうちに、また戦端が開かれてしまうであろうことを。
──今の僕に出来ることは、一体何だろう。
ともすれば、自分がレポーターだったことさえ忘れかける。ティーダZのパイロットだったことさえも。
それでも僕はさっき、思わずマユの名前を呼んだ。それはきっと、頭が忘れていても、身体が覚えているから。
アマミキョは戦場であっても、戦いを止める為に、人を助ける為に生まれた船だ。その行為がどれだけ無駄なものであったとしても、それでもその為にアマミキョは生まれた。
そしてティーダZは実際に、戦いを止める力を持つ。
サイさんがアマミキョの為に、フレイさんの為に、その身を差し出すならば。
僕は──
僕の身体に刻まれたみんなの想いを、全部解き放つ。
僕の頭が忘れても、身体が覚えている想いを。
『手術中』と表示されていたライトが、ふっと消える。
同時にナオトは顔を上げた。
決意を秘めたその大きな瞳には、もう戦いへの迷いも、忘却への怯えもなかった。
オギヤカから分離したミドルリング。宙域を彷徨う指輪にも似たその漆黒の輪に、無数のモビルスーツが取り付いていく。
オギヤカとシュンテン、双方から放たれる火線。
しかし急速にオギヤカから離脱していくリングの勢いは止まらず、そしてシュンテンから出撃したストライクフリーダムとセイレーンの閃光が、全てを圧倒しつつあった。
だが、そんな中でも──
単機で飛び出したストライクフリーダム・ルージュが、デブリの波に巻き込まれ。
岩陰に潜んでいたドムトルーパー2機の奇襲を受け、爆発に呑み込まれていく──
その光景は、オギヤカからの脱出を果たしたばかりのアカツキからも確認出来た。
肉眼では遥か遠くで無数の閃光が小さな火球に変化していくようにしか見えなかったが、それでもフレイやキラ、チグサの存在はフラガとレイラも感じていた。
補助用ベルトを外さんばかりの勢いで身を乗り出し、モニターを見つめるレイラ。
そんな彼女をそっと横目で見やりながらも、フラガは冷静だった。
「心配せんでも、フレイは大丈夫さ。
今は奴らに見つからんよう、逃げのびなきゃな……多分向こうも、こっちに気づいてる。
本来なら俺たちは、どっちに捕まってもヤバイんだ」
「でも、ルージュが……!」
「恐らく撃墜まではされてない。乗っているのはチグサだ、オギヤカにとっても彼女は失っちゃならない存在なんだろう?
『御柱』としてのステラがミドルリングとやらにいるんだとすれば、ラクスママにとって重要なのはもう一人の御柱──チグサだ。
元々御柱として大事に大事に育てられていたのは、チグサだろ?
だったらリングを一個ぐらい失っても、チグサを奪えばいいってわけさ。ラクスママのやりそうなこった」
フラガの言葉を実証するかのように──
2機のドムトルーパーの攻撃をまともに食らい、機体のあちこちから火花を噴いているルージュは、もうろくに動いていない。その両脇をドム2機が無造作に掴み、まるで罪人のようにオギヤカの方角へ引っ立てていく。
ストライクフリーダムもセイレーンもそれ以外のアマクサ組の機体も、ミドルリングの奪取に手一杯で、ルージュの救出に向かう余裕はないように思えた。
彼らの作戦はほぼ成功していたものの、それでも執拗に食らいつき、当たり前のように自爆攻撃まで仕掛けてくるダガーLの軍勢が、ここでもアマクサ組の手を大いに煩わせていた。
「それでも……
アカツキなら、何とか……」
ぎゅっと唇を噛みしめながら、上目遣いにフラガを見つめるレイラ。
だが彼は自分でも冷酷と思えるほど厳しく、その願いを拒絶した。
「無理だ。
知っての通り、今のアカツキはバッテリー不足だ。ミントンにたどり着くだけでも精一杯。おまけに、シラヌイも壊れてる。
この状態で、奴さんの母娘喧嘩にわざわざ殴り込めってかい?
俺一人ならそれでも何とかなるかも知れんが、超高速機動下の戦闘に耐えられそうにない幼女を抱えてちゃねぇ」
「──分かっています。
ただ……自分が不甲斐なくて」
そのまま固く両拳を握りしめ、おし黙るレイラ。
若干彼女のプライドを傷つけたことに気づき、フラガはそっと言葉を足した。
「悪く思わないでくれ。
これが今、俺に出来る最善なんだ──君にとっても、フレイにとっても」
北チュウザン首都──ヤエセ。
セレブレイト・ウェイヴ第二射の影響は確実にこの国や、地上に残されたアマミキョクルーたちにも及んでいた。
神経兵器による負傷者が次々に医療ブロックへ運び込まれ、その手伝いにはカズイも駆り出された。市内に流れたカグヤ島の映像により倒れる人々が続出し、一時はクルーたちですらもパニックに陥りかけたが、数日が経過した今はやや落ち着いてきている。
それでも、外傷もないのに全く起き上がれず、ベッドで呻き続けるだけの人々を見るたび――
カズイの心は酷く重くなったが。
──サイは、ナオトは。
本当に、大丈夫かな。
あんなものと、戦うなんて……
病棟から出て外の空気を吸いながら、どこまでも澄み切った青空を見上げる。
街中を流れる防災無線が、カズイの耳にも届いてきた。
《只今、政府より、大規模神経兵器による緊急警戒警報が発令中です。国民の皆さまにおかれましては、警察・消防の指示に従い、許可なく神経兵器関連の媒体に触れることのなきよう、十分に注意を──》
「注意しろったって。
目も耳も塞いで戦えっていうのかよ。サイたちに」
──だけど今は、サイやナオトを信じるしかない。
彼らが無事に帰ってくることを。
彼らともう一度笑って再会する為に、今、自分たちが少しでも無事でいること。
それが今の、俺の役目だ。
カズイは改めてそう決意しながら、医療ブロックへと戻っていった。
自我を失った患者たちの奇声が、今も響く場所へ。