【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
そんなナオトの声は勿論、アークエンジェルの通信からも響き渡っていた。
刻々と変化していく状況を注視しながら、ミリアリアはその祈るような声に耳を澄ます。
同時に、ティーダZのすぐ後方から、ナオトを守るように航行していくアマミキョも見える。しかし──
彼女の肉眼で見ても、明らかにその動きは不安定だった。
軌道が定まらず、付近の艦に接触寸前になるほど近づいてしまったのも一度や二度ではない。
幸いアークエンジェルはノイマンの巧みな操縦技術のおかげでその危険からは免れていたが、いつ他艦に衝突してもおかしくないほどアマミキョの動きは不規則だった。恐らく中のクルーもかなり混乱しているに違いない。
その原因は、勿論分かっている──
船体接続手術後、すぐにサイが副長に復帰した為だ。
エリカもスズミ女医も関係者は全員口を揃えて、手術後も何度もシミュレーションを重ねて身体を慣らしていかなければ、まともな操舵などとてもおぼつかないと言っていた。それはミリアリアもマリューも、ノイマンも耳にしている。
だが、セレブレイトウェイヴの第二射が放たれてしまった以上、最早一刻の猶予もないのは全員が分かっていた。だからこそサイ自身、手術終了後すぐにブリッジの副長席に向かい、スズミたちの制止も聞かずに自らを船体へ繋げたのである。
自分と船を、一体化させる。それがいかなる苦痛を伴うものか──
何故かその痛みを、ミリアリアは肌で感じ取っていた。
モニターを分析しながらも、脳裏ではアマミキョの副長席内で、血反吐を散らしながら叫ぶサイが見えている。操縦席を汗でぐっしょりと濡らし、身体の各所に取り付けられたケーブルは悲鳴にも似た激痛を毎秒ごとにサイに与え、電撃の如くその神経を焼いていく。
しかもその痛みがどれほど強くサイを貫いても、彼には気絶すら許されない。焼き切れた神経はアマミキョの回復機能によってすぐに復活し、同時にサイも再び激痛の地獄に引きずり戻される。
今のサイは恐らく、アマミキョを動かすだけで精一杯なのだろう。副長席の外から、心配そうに彼を見つめている看護師3人の顔までが、ミリアリアには見えた。
想像出来るのではない。実際、
背後のメイリンも同じ光景が見えているのか、戸惑いながらミリアリアに尋ねる。
「ミリアリアさん……
これも、ティーダの力。アマミキョの力、なんですか?」
「そうよ。これも、ティーダとアマミキョに搭載されたフィードバックシステムの機能、その一つ。
他者の存在を感じ、自らの感情をも物理的な力に変換出来る技術。ただしその副作用として、他者の痛みが、強制的に自らの痛みへと変換されて感じるようになる。
このシステムはアマミキョに乗る者だけでなく、ティーダやアマミキョに関わる人々全てを影響下におく」
「でも……このままじゃ、アーガイルさんが!」
「大丈夫よ」オペレータ二人の会話に、振り向きもしないままマリューが割り込んだ。
「出発直後より、アマミキョの挙動はだいぶ安定してきた。
システム変更によるエンジン火災などの大きなトラブルは当初から懸念されていたけど、それもサイ君は見事に抑えきっている。
まだ制御に苦心はしているけれど、恐らく時間が解決するはず」
「次第に慣れてきていますからね。彼」
マリューの言葉を補足するように、ノイマンが呟いた。サイと一緒にシミュレーションを行なった彼の一言は、それだけでミリアリアたちを安心させる効果があった。
「心配なのは……
むしろナオト君の方ね」
訝しげにティーダZに視線を移すマリュー。
「今のティーダは、最初からわずかながら黙示録を発動させた状態で出動している。それも、人為的な操作によるものではなく、自動的に。
サイ君が繋がれた影響によるものでしょうけど、恐らくそれによりナオト君の身体も負担が増している」
「ですけど、このメロディー……」
メイリンもまた、耳を澄ましながらティーダZの光を眺めていた。
「ラクス・クラインの声に対抗可能な音を黙示録に組み込む――
あのプログラム自体は、何とかうまく動作しそうで良かったです。ちょっと徹夜した甲斐はありましたけど」
メイリンは勿論、ミリアリアもマリューもノイマンにも、ブリッジ後方に控えるチャンドラたちにもそのメロディーは今やはっきり響き始める。
耳に入るのではなく、脳へ直接響く歌が。
その音に乗せるように──
ナオトの声は、まだ響いていた。
それはフレイたちアマクサ組だけに向けたものではなく、ここにいる宙域の全ての人々、さらには彼の声を聞くであろう全ての人々に向けて放たれていく。
《今この宇宙では、歌が流れようとしています。人から不安を取り除き、野心や欲望を抱かず、平和で穏やかな心を取り戻させる歌が。
それは、先の報道でもあったとおり、ラクス・クライン一世がセレブレイト・ウェイヴによって放つ歌。
この歌によって、人々は全ての争いを停止し、ずっと平穏に、音楽と芸術を愛する世界で生きられる。それが、ラクス・クライン一世の主張です。
しかし現実には、多くの人々が我を失い、今も病院でこん睡状態に陥っています。その状態が真の平穏というのなら、確かに彼女の目的は達成されつつあるのでしょう。
このような彼女の行動を、セレブレイト・ウェイヴを、世界は認めなかった。認めるはずがなかった。
何故ならば、セレブレイト・ウェイヴは、進化したいという人の欲望そのものを止めるものだから。同時に、人というものは、進化しようとしなければ生きていけない生物だからです。
変わりたい、誰かより強くなりたい、誰かを守りたい。そういう欲望がなければ、人は人としては生きられない。それは何故かといえば──
人は
「変わらなくていい」と、「何もしなくていい」は、違う。
変わらなくていい、変わりたくないからといって、戦うことも、働くことも、人と関わることも、成長することさえ拒んでしまえば、人は──
堕落という形で、変わってしまう。
僕はアマミキョと旅をして、朧気ではありますが、そのことが理解出来てきた気がします》
血に染まる視界の中で、声が聞こえる。
必死でフレイや皆に呼びかける、ナオトの声が。
出動直後から波のように襲いかかる激痛に苛まれながら、それでもサイは副長席の中で状況を分析しようと努めていた。
この程度の激痛など、とうに覚悟していた。
何しろ、身体を船と一体化させるなどという、前代未聞の所業だ。人の形をしているモビルスーツならいざ知らず、相手は船。身体を無理矢理魚に変えるようなものである。
それでも──エリカは言っていた。
アマミキョの形状は現在、大きく分けて両舷カタパルトと両舷後方ブロック、そして中央部のメインブロックに分かれている。それがちょうど人が腹這いになっている形に似通っていないわけでもない為、比較的接続手術はしやすかったと。
そしてエリカはこうも言った。アマミキョの形状が連合のネルソン級やらザフトのナスカ級やらの如き人ならざる形だったのであれば、最初から彼女はサイの頼みを却下しただろうとも。
──もしかしたら、誰かがこうすることを見越しての、アマミキョのデザインだったのかも知れない。
命もろとも神経を食いちぎるかのような痛みの中で、そんなことをぼんやりと考えながら、サイはじっとナオトの言葉に耳を澄ます。
不思議とナオトの声は、この状況下で少しでも痛みを和らげる効果があった。ティーダZから放たれる、森に差し込む陽のようなほのかな光も。
上半身裸の上にジャケットだけ羽織った姿のまま、サイは宇宙用ドリンクパックに手を伸ばす。干乾びた砂地のようだった喉に、一瞬で吸い込まれていく水分。
出動当初は一応シャツも着ていたが、すぐに汗でずぶ濡れになり使い物にならなくなってしまっている。嘔吐袋は十数枚用意されていたが1時間足らずで使い切ってしまい、さっき予備を看護師ピックルから貰ったばかりだ。数台ほど取り付けられた点滴によって水分は常に補われていたものの、それでも補給が追い付かなくなっている。
もはやケーブルとチューブだらけになった身体。腰から背中にかけてはシートにがっちりと接続されてしまっており、どういう状態になっているかはサイ自身には分からないし、あまり知りたくもない。そんな身体に、わずかな甘味を伴ったゼリー状の水は瞬く間に吸収されていく。
と同時に、脳内に激痛と共に送り込まれてきたものは──
あまりにも膨大な、情報。
ミントンでの戦闘時とはまるで違う。
宙域に存在するほぼ全ての艦船・モビルスーツの情報が、克明にサイの頭脳に現れる。まるで、自分の中に自分だけのブリッジが出来上がってしまい、幾つものモニターが浮かんでくるように。
それは味方だけではなく、今相対しているフレイたちアマクサ組の情報までも同様の精度で、サイの中に押し入り、頭蓋を食い破るようにして流れ込んできた。
「ぐ……
う、うぅううっ……」
目の奥から突き上げる、脳髄が焼き切れそうな痛み。そんな中でも、サイは何とか冷静さを保ちつつ情報を分析する。
アマミキョの眼前に立ちはだかっているものは、黒の戦艦──
肉眼ではその姿は確認出来ないが、サイにははっきりと分かる。恐らくアマクサ組やキラが使っているであろう不可視戦艦だ。その背後で、宙域全体の緊張と恐怖を混ぜるように悠然と回り続けている、指輪にも似た巨大なリング。
ミラージュコロイドで周囲の視線から守られている戦艦。その中からは様々な人々の動きが、サイに感じ取れた。その中にはミゲルやトールといった、サイの知る人間の思惑も感じられる。勿論、ストライクフリーダムでカタパルトに待機している、キラの姿も。
──あそこだ。
あのリングのそばに、フレイがいる。
サイの意識に呼応するように、リングの端がまるで指輪の石座のように輝く。
やや紅を帯びたその光は、リングを守るようにその場から動かない。全神経を集中させてよく見ると、それは光を帯びたモビルスーツだった。
間違いなくその姿は、ガンダム・セイレーン──
ティーダZと同じ力を持つ、フレイの機体。
サイは彼女のいる方向に慎重に自分の感覚を伸ばしながら、彼女の様子を探る。膨大な情報が流れ込んでくる間にではあるが、その情報の取捨選択を的確に判断しながらより正確な情報を掴む術も、この短時間でサイは学習しつつあった。
それは、サイ自身の幾多の戦場体験がなし得る技であるし、またブリッジオペレーターとしての知識を長期に渡り積み重ねてきた結果でもある。
──そうさせてくれたのは、元をたどれば、フレイ。君だったな。
なら……少しぐらい、答えてくれたっていいだろう。
俺に答えてくれなくてもいい。肉声で呼びかけているナオトにぐらいは!
汗みどろになりながら、サイは全艦に告げる。
「オレンジ32、マーク210アルファに大型戦艦、及びモビルスーツ確認!
黙示録に類する電磁波を使用される可能性が大です! 各艦、至急防御体勢を!」
「了解!」
サイの声を受けたトニーが、てきぱきと指示を出していく。
「各員、通達どおりに防御配置を取れ!
繰り返す、各員、防御配置を取れ!」
それに迅速に応じていくヒスイたちオペレーター。既に彼らも当たり前のようにサイの感覚の変化を受け入れ、彼をレーダーがわりに使うことを躊躇しなかった。
「アマミキョ全ブロック、防御フィルタ起動確認。いつ来ても大丈夫です!」
「アークエンジェル、ホウジョウ、ミネルバJr、防御フィルタの作動を確認!」
そんな中でも響いていくものは、ナオトの声。そして、ミーア・キャンベルの歌声。
《僕はレポーターとして、ハーフコーディネイターとして、アマミキョの一員として、たくさんの人々に出会いました。
ですが、度重なる争いに巻き込まれ、多くの大切な人たちが僕の前から消えていった。
僕自身も、僕の周りの人たちも、失ってはいけないたくさんのものを失った。
未熟な僕をずっと支えてくれた先輩たちも。
平和な雪の村で、同じハーフコーディネイターとして出会った女の子も。
アマミキョの看護師として、操舵士として、整備士として、昼夜問わず献身的に働いてくれた人も。
僕たちに色んなことを教えてくれて、アマミキョをずっと守ってくれた、連合兵の人たちも。
喧嘩ばかりしていたけど、何とか分かり合えるかも知れなかった人も。
──僕を助けてくれて、一緒にずっと戦ってくれた、純粋で無邪気な女の子も。
父への尊敬も、母からの愛情すらも。
僕は──
僕たちは、あまりにも、たくさんのものを失いすぎた》
ナオトの言葉と共に、サイの脳裏にも様々な人の笑顔が浮かぶ。
今はもう、永遠に失われてしまった笑顔。マユ、ネネ、オサキ、ハマー、スティング、メルー、カイキ、トノムラ、風間や広瀬といった山神隊の戦士たち。
それだけじゃない。分かり合えずに自分の元から去ってしまった人もいる。
いったい自分たちは、ここに至るまでどれだけのものを失ったのだろう。
トール。バジルール少佐。……そして、フレイ。
みんな、ごめんな。3年前、あれだけの戦いを経験していながら――
俺は今もなお、大切な人を失い続けている。
激しく息をつきながら、フレイの反応を待つ。
ナオトの呼びかけにも、サイたちの接近にも、セイレーンは特段の動きを見せていない。しかし──
何故かその時、サイは彼女の声を聞いた。
明確に、サイたちの手を拒絶する感覚と共に。
──駄目だ。
サイ。私はもう、お前の許には戻れない。
お前の生きられる世界を創る為に、私は進む。
「フレイ……
何を意固地になってる!
言ったはずだ。俺の望む世界は、変化のない世界なんかじゃないって!」
思わず肉声を伴いながら、サイは叫ぶ。
しかし、フレイからの答えは。
──たとえお前が望まなくても、そうしなければならない。
これほどまでに乱暴な変化を遂げる世界の中では、お前は生きられないから。
徹底的に叩き潰され、踏みにじられ、生きた証すら残せずに存在を吹き飛ばされる。
幾多の命が同じように消されていくのをあれだけ見ていながら、まだ分からぬか!
「だからって、人が人であることをやめろってのか!?
戦うってのは、人の本質なんだ。ナオトが言った通り、変わる為に戦わなければ――
成長する為に努力を続けなければ、人は何も守れず堕ちていくばかりなんだよ!
努力しているのに報われなくて、力いっぱい頑張ったはずなのに守れなくて、心が壊れそうになったことなんていくらでもある。
だけど、それが努力を怠っていい理由にはならない!!」
そんなサイの言葉を心で感じたのか。
ナオトの呼びかけも、さらに力がこもってきた。
《強くなろうとしなければ、戦わなければ、進化を望まなければ、今そこにある幸せすら守れず、手の中から零れ落ちてしまう──
だからこそ人は、上へと向かおうとするんだと僕は思います。それは人の、どうしようもない習性であり、人を人たらしめるものでもある。
だからこそ人は、今手にしている幸せを決して落とさないようにする為に、さらに上を望む──ここまで手に入れられたから、ほんの少し、もうちょっと先へ行けるはずだと。
誰だってあるはずです。80点を取れたのなら、85点だって取れるはず、って思うこと。
今日好きな人と会話が出来たのだから、明日は一緒に帰れるかも知れない。もうちょっと頑張れば手だって繋げるかも知れない、って思うこと。
ひとつ出来たのならそこで満足せず、どうしてももうひとつを望む。
……でも、ラクス一世の言葉によれば、それは紛れもなく人の欲望です。
もう少しだけ、先へ行きたい。そのささやかな欲望が他人とぶつかり合い、争いが生まれ──
いつしか人の欲望が暴走した結果が今なのだと。
そのことを決して僕は否定しませんし、出来ません》
サイの想いとシンクロするように、宇宙へ響くナオトの声。
その中でサイは必死で感覚を伸ばし、フレイを探る。
そして気づいたのは──ある、違和感。
──どうしてだ。
フレイが、二人いる?
否──フレイのすぐそばに、もう一人、何かがいる?
いや、そばじゃない。それどころか、これは……
そんなサイの感覚は、急激に相手側から拒絶された。
まるでサイの手を叩き払うかのように、伸ばした感覚は一方的に遮断される。
同時に響いたものは、救難チャンネルを通じたフレイの声。
ナオトの言葉をはっきりと拒むように、彼女の声は朗々と響いた。
《オーブ、そしてザフトと連合の各々がた。
幾多の憎悪を超え、貴方がたがここまで来られたことには、謹んで敬意を払いたい。
そして、ラクス・クライン一世が放ったセレブレイト・ウェイヴの第二射。あれは完全に、こちらの想定外の出来事でもあった。
彼女を止められなかったこと、そして被害を受けた人々には、到底謝罪の言葉が見つからない。
だが――
貴方がたがいかに絆を結ぼうとも、当方の意思は変わることはない。
貴方がたがセレブレイト・ウェイブの破壊を企図する限り、我々は断固として阻止する。
あの兵器は無差別に暴発させるものではありえないが、だからといって破壊すべきものではない。
現在のような、人が人でない死に方をする世が続く限り!》