【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
ティーダZでフレイたちと真正面から相対しながら、ナオトは必死で言葉を探っていた。
ともすれば、自分の記憶から消えそうになる言葉を。自分の脳裏から消えそうになる想いを、精一杯繋ぎ止めながら。
それが今の自分に出来ることだと、ひたすらに信じて。
ナオトは朧気ながらも思い出す。
初めて戦場に出た時もそうだった──
こんな地獄でも、自分に出来ることを探りながら出した答えが、戦場のレポートだった。
今も同じことを、僕はやっている。いや、当時とは少し違う形だけど。
ただ単に、自分勝手な想いをぶつけているだけかも知れない。今のフレイさんどころか、誰にも僕の言葉は響かないかも知れない。
それでも、この言葉が、僕の真実だから。
「フレイさん──
僕らの目指すものは、皆同じはずです。
皆が人として幸せに過ごしたい。その願いは誰しも皆、同じで……!」
だがその言葉は、フレイの声によってまたしても遮断される。
《一方的に自己の論理を振りかざすだけの行為を、レポートとは言わない。
そのような者と、私は対等に話し合うつもりはない。
あたかも艦隊の代表者の如くふるまうのはやめろ、ナオト・シライシ。レポーターに要求される資質は、そのようなものではない。
それに、ラクス・クライン一世の行為を擁護するような言動は何だ?
全ての者に中途半端に味方面をしていれば、全てを敵に回す羽目になりかねんぞ》
ここに及んで説教か。
ナオトは一瞬頭に血が上りかけたが、ティーダZのみに通じるチャンネルを開いてフレイが呼びかけてきたことを知ると、すっと冷静になる自分を感じた。
少し嬉しかった。フレイがほんの少しでも、自分を気にかけていると分かって。
ひとつ大きく息をつきながら、ナオトはフレイに呼びかける。彼女と、その宙域の全員に向かって。
「僕だって、何度も考えました。
妙な欲望さえ抱かなければ、僕の父も母も研究者として、ああまで悲惨な最期を迎えることはなかったかも知れないと。人の欲望が消えてしまえば、大切な人たちが残酷に命を散らすこともなかったかも知れないと。
戦わずに済めば、争わずに済めば、どれだけの人たちが救われるかと。
──だけど、人が人であることを失ってしまうのは、違う。
考えてみれば当たり前じゃないですか。大事な人を守りたい、好きな子に近づきたいという欲望がなかったら、人は誰かと一緒になることすらできないんだから!!」
宙域を貫く、ナオトの叫び。
レポーターとしても一人の人間としても、実に未熟な論理が響いていく。
だがその言葉は奇妙な力をもって、聞いた者の心を僅かに揺るがした。
それは幼いながらに、非常に過酷な体験を積み重ねてしまった故の説得力なのか。
命を吐き散らす勢いで言葉を紡ぎ続けるナオトの声を聞きながら、サイは静かに状況を分析する。
フレイたちアマクサ組のモビルスーツが攻撃に転じる様子はない。後方で踏みとどまっているストライクフリーダムも、状況を注視したまま動かない。
ミドルリング手前で、両者は互いに手を出せず、睨み合い同然となっていた。
ナオトだけではなく、こちらから代表者が呼びかけてみれば、フレイも動き出すかも知れない──
そう思ってサイが腰を浮かせた、その瞬間。
──頭のどこかで、チリっと嫌悪感がさざめいた。
それは今のサイにとって、決して無視してはならない感触。
どこかから、自分たちに明確に悪意を放っているものがいる。
即座に脳裏でその感覚を分析したサイは、0.5秒後には指示を出していた。
「全艦警戒!
距離1300、インディゴ30、マーク230デルタ付近よりザフト艦、およびモビルスーツ急速接近中!」
サイの中で、さざ波のように大量の感情が揺れる。それは、アマミキョに存在する人々の感情が揺れたものか。
彼の警告より数秒ほども遅れて、ヒスイの声が響く。
「該当区域、大型の熱源探知! ライブラリ照合中」
「モビルスーツが1機、ろくでもない速度で突入してきてる。全員警戒を怠るな……
っ!!」
サイがさらなる警戒を促したその瞬間──
既に失われたはずの左腕を突如、燃えるような激痛が貫いた。
「あ……ぁああっ!!」
「副隊長!?」
思わず義手を押さえ込み、絶叫するサイ。
ほぼ同時に、アマミキョ全体を大きな縦揺れが襲う。マイティが悲鳴に近い声で報告した。
「左舷作業用カタパルト、被弾!
超長距離からの狙撃ですっ!!」
──その時にはもう、サイには分かっていた。
この攻撃をしたのは誰か。これほどの悪意をもって、アマミキョを狙ってきた者は誰なのか──
ザフトの新型・カオス
この機体には勿論、見覚えがあった。
──オギヤカ脱出時、俺たちを執拗に狙ってきた奴だ。
乗っているのは勿論、感覚だけで分かる──アムル・ホウナ。
アマミキョを裏切り、カズイや俺を傷つけ、オサキやハマーさんを死に追い込んだ女。
ここまで来て、まだ俺たちの前に立ちはだかるか。
「戦場で仲良しごっこなんて、ふざけるのも大概にしなさいよね?
偽善船が!!」
ヨダカ隊の先陣を切って、アマミキョとアマクサ組の睨み合いに割り込んできたカオスγ。
そのコクピットで息まくアムルに、ヨダカの呼びかけが響く。
《アムル、急くな!
ここは状況を見据えてから……》
「その間に、マイクロウェーブを撃たれたらどうします!?
あれは最早、レクイエムや核、ジェネシスも同然の兵器なんですよ!」
アムルが逸る理由はそれだけではない。むしろ、セレブレイトウェイヴ撃破は彼女にとって、建前にすぎない。
かつて自分を苦しめた船・アマミキョが、今も目の前にいる。
自分をナチュラルの地獄へ追い落とした船。完全に沈めたはずなのに、こうして蘇ってきた船。
そして、サイ・アーガイル──あの男の視線を、強烈に感じる。
決して私を認めない。決して私を肯定しない。
私を助けてもくれない癖に、人の心にずかずか踏み込んで、母の亡霊を背負って今なお私を責めてくる男。
「今度こそ、私の手で殺してやる。
痛めつけて、握りつぶして、屈服させる!!」
炎上するアマミキョブリッジで、サイの傷を自らの手で抉りだした時の快感。
あの時の気持ちよさを、アムルは未だに忘れられない。敵意と憎悪、そして剥きだしの欲望が、狂気を伴って一直線にアマミキョへ、サイへと向けられる。
「あの悲鳴を、もう一度聞かせてちょうだい──
サイ君!」
恍惚とした表情さえ浮かべながら、アムルは操縦桿を引き絞る。
カオスγの両肩に装着された機動兵装ポッドが、アーマー形態の本体から分離する。それとほぼ同時に──
ポッドから放たれたビーム、そして合計24基のファイヤーフライが、虚空に鮮やかに華を咲かせた。光の華は一直線にアマミキョへと乱舞し、そのうち一つが左舷カタパルトを掠めたのである。
多くの人々の思念が、宙域で揺れる。ティーダZから放たれる、奇妙なメロディーと共に。
その感情の波をアムル自身も感じ取ってはいたが、それは彼女の苛立ちを増幅させる結果にしかなっていなかった。
アマミキョの中から僅かに響いた、サイの呻き。それを感じ取り、彼女の心はさらに高揚してしまってもいる。
「フレイだろうと、サイ君だろうと、どっちでも構わないわ。
私の手の中で、今度こそ二人とも殺してやる!」
虚空を舞い続けるポッド。そこから放たれる無数の閃光は、無差別にティーダZを、アマミキョを、そしてセイレーンまでもを追っていく。
ティーダZを護るべく、山神隊のウィンダム部隊が一斉に飛び出した。ミネルバJrからもインパルスが、アークエンジェルからはインフィニットジャスティス、グフイグナイテッドにザクファントムが、オーブ艦からもムラサメが数機出撃している。
ほぼ同時にフレイたちのいるミドルリング付近からも、どこからともなく次々と黒ダガーLが無数に迎撃行動を開始していた。そのうち数機は戦艦シュンテンから出撃していたのだが、シュンテンはミラージュコロイドを張っている為、アムルの目からは虚空から突然出現したようにしか見えない。
それが一層、彼女の怒りを増幅させた。
「今更ミラージュコロイド艦なんて……
相変わらず、姑息な戦法を!」
その叫びと共に――
黒ダガーLが3機、ムラサメが2機ほど、ポッドから放たれたビームに貫かれて撃墜された。
突然のザフト急襲により、一気に混沌となる戦場。
閃光の華が舞い散る中、ナオトの乗るティーダZの両脇から、ウィンダムが1機ずつ追随してきた。
そのうち、右側から追いついてきた1機の肩部には見慣れた、『天海』の刻印が見える。
勿論それは、山神隊の時澤機。そして左のウィンダムは霧山機だ。
ナオトは戸惑いながら、彼らに呼びかける。
「時澤さん!? それに、霧山さん……
どうしてここに?」
それに対して当たり前のように、時澤と霧山の応答が返ってきた。
《戦場に飛び込んでいく勇敢な少年レポーターを見捨てちゃ、山神隊の名折れだからね》
《キミにはここで、伝えたいことがあるんでしょう?
だったら、それを完遂しなさい。それがキミの、責任の取り方なら!》
ビームの刃が当然のように飛び交い、誰が敵か味方かも容易に判別がつかなくなってくる中、まっすぐに自分たちを狙いすます敵意。ザフトのカオスγ。
その強い意思は、ナオトにも感じられた。
「これは……アムルさん?
なんであの人が、ここまでの憎悪を?」
あまりに剥きだしの悪意が、ナオトには咄嗟に理解出来ない。
サイから彼女の裏切りはつぶさに聞いていたものの、ナオトは未だに実感出来ていなかった。アムルには良い感情もなかったが、とりたてて悪感情を抱いていたわけではない。
ナオトにとってアムルは未だに、少し人当たりが悪いだけの普通の女性だった。彼女がサイに対して抱いたどす黒い愛憎など、理解出来るはずもなかった。
そんな戸惑いが一瞬、ナオトの声を止める――
途端、霧山の声が響いた。
《言葉を止めるな!
どんな状況になっても、伝えなさい。それがキミの
──っ!!》
その刹那。
霧山からの通信が、不自然に途絶えた。
ナオトに見えたものは、爆砕されるウィンダムの上半身。
閃光の中、ずっとティーダZの左を護っていたウィンダムの首が、ぐしゃりと不自然に後方に曲がり、吹き飛んでいく。
「……っ!?」
白い炎に呑まれていく霧山の、ウェーブのかかった艶やかな髪。砕けていくヘルメットごと飛ばされていくその茶髪が、ほんのわずかだけ見えたような気がした。
ナオトは悲鳴すら上げられず、ティーダZは思わず霧山機に手を伸ばす。ビームをまともに受け、最早溶解しかかっている胸部――そのコクピット付近を。
だがティーダZが霧山機に触れる寸前、機体は強引に背後から引っ張られた。
《放すんだ!
爆風に巻き込まれる!!》
それは今まさに眼前で仲間を失った、時澤の怒号。
霧山機の破片を浴びながら、ティーダZを羽交い絞め同然にして時澤機はその場から離脱する。
その瞬間、時澤の悲痛が、ナオトの胸にも一気に流れ込んできた。
霧山が最期に感じた炎熱が、ナオトの全身をも焼いていく感覚と同時に。
──あぁ。
自分はまた、仲間を守れなかった。
真田も、風間少尉も、竹中も、広瀬大尉もミナミさんも、皆……!!
だがその悔悟も、一瞬。
縦横無尽に飛び交いながらも執拗に相手を狙う、カオスγの機動兵装ポッド。そのうち一基から放たれた閃光が、時澤機をも直撃した。
ティーダZを庇ったことで、ほんの僅かな隙が生じた彼の機体を。
「あ……
あ、あぁ、ああああぁあああああああああアアアアアアアアアア!!!!!!!」
絶叫するナオトのすぐ眼前で、爆光で溶解していく『天海』の刻印。
何度も何度もアマミキョを守り、ナオトたちを支え、度重なる激戦の中でも生き抜いてきたベテランたる時澤軍曹。
仲間の死に慟哭しながらも、陰ながら皆を支えてきた戦士の命運は
――今この場で、呆気なく尽きた。
連合軍は嫌いだった。でも、真田さんと同じくらい優しかったのが、時澤さんだったのに。
広瀬さんと同じくらい、僕たちを気遣ってくれたのに。
どんなことがあっても、時澤さんはしぶとく生きていてくれる。そう思っていたのに!
白と青のコントラストが美しかった連合軍の象徴が、爆炎に呑まれていく。
炎熱に焼かれ、爆風に骨と肉を砕かれる衝撃が、ナオトをも貫いていく。
光と痛みがようやくおさまった時──
虚空に四散していたものは、破壊されたウィンダムの、黒焦げになった無数の破片。
どの破片が時澤機か霧山機かすら、ナオトには分からない。
それすら吹き飛ばすように、ティーダZの眼前に現れたのは──
《参っちゃうわね、このデブリ。
ナチュラル如きが出しゃばるから、こういうことになるのよ》
挑発するかのようにそんな声を回線から響かせながら、ゆらりと舞い降りるカオスγ。
この女だ。この女が、時澤さんと霧山さんを!
カオスγの機体から放散される、明確な悪意。
それをまともに感じた瞬間──
ナオトの脳裏で、氷にも似た白い結晶が、弾けた。
喉から迸る、言葉の体すら成していない叫び。同時に無意識のうちに、ナオトの手がコンソールパネルを走る。
彼の膝の間で白ハロが飛び跳ね、目を光らせた。
《各プロシージャ、編集終了。
バッチ起動。フェイズ1から10、オールグリーン。
システム、ブック・オブ・レヴェレイション・オーヴァドライヴ、オンライン!》
ナオトの怒りに呼応するように、さらに輝きだすティーダZ。
サイが接続される前はあれだけ困難だった黙示録の発動が、今までで最もスムーズになっている。マユがいた時よりも早いくらいだ。
そんなナオトの脳裏に直接響く、サイの声。
──ナオト。ナオト!
怒りに身を任せるな。お前の身体が持たない!
「無理ですよ!
目の前で仲間が殺されたんです、しかも仲間だと思ってた人に!!
こんなの……こんなのって!!」