【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
「フレイが、妊娠か……そっか。
俺、知らずに父親になってたってわけだ」
ブリッジからそう遠くない位置に急遽備え付けられた、仮設の医務室で──
サイはスズミの治療を受けながら、乾いた笑いを漏らすしかなかった。
レイラの手でアークエンジェルから転送されてきたデータ。それは、かつてアマクサ組の一員としてアマミキョ運営に携わっていた、ニコル・アマルフィの記録だった。
それによりサイはここに至ってようやく、アマクサ組の裏の活動を知ることになった──
チグサ計画の為に動いてきた、フレイたちアマクサ組。
仕組まれていた、サイとフレイとの接触。
ウーチバラで発生した最初の戦闘。
ニコルたちとアスラン、シンとの接触。
そして、完全にお膳立てされたフレイとキラの邂逅。
アマミキョを操り、実験船として仕立て上げていくアマクサ組、その過程。
シネリキョでの、ティーダを巡るナオトたちとの戦い。
これまでブラックボックスとばかり言われてきた、アマミキョのハーモニクスシステム。その詳細。
目にしただけで吐き気を催すような、アマクサ組の行為の数々――
だが、記録を読んでいくうちにサイには分かった。
これほど汚い作戦行動を強要されながら、フレイはそれでも俺を護ろうと動いていた。
ニコルたちにも、彼女の想いは伝わっていた──
文章の端々からも、それが感じられる。
「御方様」と呼ばれるラクス一世への畏怖、それに苦しむフレイや彼らの葛藤が。
そして、これだとばかりにサイの目に飛び込んできた、ある文章は。
──僕たちがアマミキョを離れる、最後の夜。
──姫はまた、サイに嘘をついた。
あの時俺はフレイに確認したはずだ。子供の有無を。
答えはひどく簡潔な、否定だったはず。俺はフレイがそのつもりなら、生まれた子供を引き取ってアマミキョで育てられないかとすら考えていたのに。
──要するにあの時、君は完全に嘘をついていたってことか。
ニコルには既に、フレイの妊娠が分かっていたってのか。
看護師たちに包帯を巻き直されながら、サイは静かに思考をまとめる。
フレイを助ける──その目的は何も変わらない。
どれほど君が嘘をつき、汚れた行為をしていたとしても。
一方的に忌み嫌い拒絶するだけなら、かつての俺でも出来る。だが今の俺には責任がある。
君に対しても、そして──
サイはふと頭を上げる。
データを確認している間、そばにいたのはスズミ一人だった。
「スズミ先生。
今、ティーダは。帰還していますか?」
そんなサイの問いに、スズミはゆっくりと首を横に振った。
「いいえ……
まだ例の光のフィールドを出現させたまま、宙域に留まっているそうよ。フレイ・アルスターの機体と共に。
セレブレイト・ウェイヴの威力は徐々に弱まってきているけど、完全に消えたわけじゃない」
「ありがとうございます。
俺、ブリッジに戻ります。申し訳ありませんが、シモンズ主任と一緒にもう一度接続作業をお願いします!」
サイを真っすぐに見つめながら、黙ってうなずく女医。
そんなサイの元に、またしても通信が入った。ブリッジのヒスイからだった。
《副隊長。ミネルバJrのヴィーノさんから、連絡が入っています。
至急、アマミキョと連携を取りたいとのことで》
「分かった、すぐに行く。繋いでおいてくれ」
ミネルバJrブリッジ。
一時的に不在となったアーサーの代わりに、今はバート・ハイムがブリッジの管理を行なっていた。
地味ながら頼りになる索敵担当のバートではあったが、三つ巴の戦闘が展開された上にセレブレイトウェイヴが照射されている現状では、数分間でも艦長不在は心もとない。
それでもアーサーが席を立ったということは、それだけ重要な何かがあるのだろう──
アビー・ウィンザーはそう確信しながら、オペレートを続けていた。
ヴィーノからの通信をアマミキョに取りつぎながら、彼女はじっと戦況を見守る。
ルナマリアのインパルスは未だ帰還せず、ザフトの旧デュランダル派と交戦中だ。
ジュール隊のグフイグナイテッドも、アークエンジェルから出撃したインフィニットジャスティスも、戻った様子がない。ディアッカ・エルスマンのザクファントムだけはアークエンジェルの援護に入っていたが、それもいつまでもつか。
味方も南チュウザン軍も旧デュランダル派も、今や等しくセレブレイトウェイヴの影響に晒されてはいたが、殆どの機体が母艦に帰投出来ていなかった。
「ルナマリア。インパルス、応答願います!
至急、ミネルバJrへ帰投してください。このままでは危険よ!」
アビーはいつになく感情を交えながら、インパルスへの呼びかけを続けていた。
カタパルト奥で動かないデスティニーを、視界の隅で捉えながら。
「もしかして、また脱走でもしようというのかい? シン」
かつてないほど冷酷に、シンを見降ろすアーサー。
それでもシンは必死で彼に訴える。今俺は、ここで退くわけにはいかないんだ!
「お願いします。デスティニーで俺を出して下さい!
今行かなきゃ、今やらなきゃ、ルナが危ないんだ!!」
そんなシンの言葉に、アーサーはどこまでも厳しかった。
「君はフェイスでありながら南チュウザン軍に加担し、ミネルバJrに銃口を向けた。
どんな理由があろうと、私は艦長として君の行為を容認するわけにはいかない」
「だけど、俺は……!!」
「迷っていた。自分探しの為だった。結果的に皆の為になるはずだと思った──
そんな青い理由で裏切りが許されるなら、君はアスランをも許さなければならなくなるがね?」
「……!!」
あまりにも鋭いアーサーの指摘に、一切反論出来ないシン。
それでも彼は鉄格子にしがみつくように、声を張る。
「艦長だって分かってるだろ!? このままじゃルナがやられる!」
「それはこちらが判断することだ。ジュール隊も出撃している」
アーサーはそれだけ言い捨てると、ふいとシンに背中を向けた。
まさかこの野郎、俺に捨て台詞を吐く為だけにここに来たってのか。この非常時に。
シンが勢い余って、鉄格子を揺さぶりかけたその時──
アーサーの右手が、ポケットから何かを取り出した。
それは、小指ほどの大きさのカードキー。それをアーサーは、わざとらしく手から落とす。
低重力に制御された艦内で、キーはふわりと音もなく舞い落ちる。間違いなくそれは、艦長クラスの限られた者しか持てない合鍵だった。
それが落ちた場所は幸か不幸か、シンのすぐ足元。格子の間から指を伸ばせばギリギリ届く距離だ。
突然のことに状況が把握出来ず、思わず戸惑いの声を上げるシン。
「か、艦長……
あの、これ……?」
振り返りもせず、アーサーは言ってのける。呑気に片手まで上げて。
「あぁ、シン。言い忘れていたが……
私はうっかり屋でね。落とし物もよくやってしまうんだ。
何か拾ったなら、捨てずにちゃんと届けてくれよ」
「──分かったよ。
うまく行くか分からない。それでも、やる価値はあるな」
ヴィーノからの通信を受けたサイはブリッジに戻り、エリカやスズミ、看護師たちに支えられながら、再び副隊長席へ繋がれつつあった。
ヴィーノから齎された情報は、ティーダZとフレイの機体により、ウーチバラからのセレブレイト・ウェイヴの威力そのものが弱まっている可能性がある──というもの。
身体中に電極をくっつけられ、腰と背中に冷たいケーブルが脊髄注射のように刺されていく嫌な感触を味わいながらも、サイはじっと彼の話を聞いていた。
《俺、思い出したんだよ。例の湖で、ティーダが覚醒した時のこと。
あの時確か、セレブレイト・ウェイヴは北チュウザンも狙っていたんだろ。でも、結局アマミキョもみんなも、無事だった。
フレイ・アルスターがタロミを抑えてたからってずっと思ってたけど、今の状況を考えりゃ、あの時アマミキョも北チュウザンも、もっと派手に撃たれまくってたっておかしくなかった。
それが出来なかったのは、ウーチバラか、システムそのものに何らかの支障が出たからじゃないかって、俺は思う!》
「あの時──
つまり、ティーダの覚醒と同時にセレブレイト・ウェイヴそのものが撃てなくなった可能性があるってことか?」
《そう。
だから今も多分、同じ現象が起こってる。フレイの機体とティーダが触れ合うことで出来たあの光のフィールドが、ウーチバラ中枢にまで直接干渉しているのかも知れない》
「その原因を俺がつきとめられれば、それが俺たちの希望になるかも知れないってことだな」
《そーいうこと。
正直メカニックとしちゃ、こんな具体性のない提案するの嫌なんだけど……
今俺がやれそうなことって、このぐらいしかないからな!》
「それでも十分すぎるよ。ありがとう」
《……う……
お、おぅ!》
何気ない言葉にちょっと口ごもり、照れ隠しかそのまま通信を切ってしまうヴィーノ。
その時には既に、サイの接続作業も完了していた。
エリカとスズミたちに一旦目配せすると、サイは改めて戦況の分析を開始する──
「ぐ……っ……!」
常人の脳では到底処理しきれないほどの膨大な量の情報が、またしてもサイの脳に流れ込んで彼の神経に激痛を走らせる。
しかし既にサイはこの痛みに、慣れさえも感じていた。
最初よりも数段落ち着いて、アマミキョの制御も、情報の整理も出来るようになってきている。情報が滝のように流れ込んできても、見るべき情報を敏速に、正確に探り出せる。
それも──今までより、遥かに遠くまで。
未だに光のフィールドを放ち続けているティーダZ。そして、紅のフレイの機体。
その中にいるフレイの魂までも、サイはもうはっきりと捉えることが出来た。
彼女が抱えている
──この魂が多分、フレイの。
そして、俺の……
サイはその想いを抑えながら、祈るように状況分析を続けていく。
情報は劫火の如く次から次へと溢れてきたが、彼は素早く取捨選択を行ない、不要なものは切り捨てていた。それは、的確に艦のダメージコントロールを行ない、隔壁を閉鎖していくベテランオペレータの手腕そのもの。
ティーダZもフレイの機体もほぼ動かないまま、互いに向き合いながら、セレブレイト・ウェイヴから皆を守り続けている。反発しているのか、それとも呼び合っているのか。
そんなフレイの機体の向こうに見えるものは、オギヤカから分離したであろう巨大なリング。それを守るストライクフリーダム──キラ。
そしてキラとフレイを守るように動き続ける、ミゲルのグフ。トールのレイダー。
一方で、ティーダZを援護するようにキラたちへ立ち向かっている、アスランのインフィニットジャスティス。イザークのグフ・イグナイテッド。
アークエンジェル付近で艦を護りながら援護を続けるディアッカの存在も、確かに感じられる。アムル・ホウナと決死の激闘を続けるルナマリアをも。
さらに、宙域の遥か向こう──
今まではおぼろにしか感じ取ることの出来なかった場所。コロニー・ウーチバラ。
情報の処理に慣れていくにつれて、サイにはウーチバラの状況すらも明確に見えるようになってきた。ウーチバラ付近を浮遊し続ける機動要塞・オギヤカまでも。
──分かる。
この中に、チグサが……マユ・アスカが囚われている。
さっきのレイラとの会話と、彼女から貰ったニコルのデータが正しければ、ステラ・ルーシェと同じように『御柱』とされたマユが。
そして恐らく、御柱の奥に──セレブレイト・ウェイヴシステム起動のキーとなる何かがあるはず。
レイラとフラガの証言から、セレブレイト・ウェイヴが『御柱』によって起動することを、既にサイは知っていた。御柱として選ばれた人物の肉体をキーとして、セレブレイト・ウェイヴの核となるハーモニクスシステムが動くことも。
恐らく今のフレイも、擬似的にセレブレイト・ウェイヴを放っている。奪還したステラを御柱として──ちょうどティーダZが、アマミキョのシステムを利用して黙示録を放っているように。
だとすれば、今俺たちはナオトを御柱がわりにしているってことか。
――しかしサイは、ウーチバラを探ると同時に感じた。
ウーチバラ内部には、御柱以外に、何かがいる。何かが閉じ込められている。
サイには何故かそれらが、ひどくおぞましいもののように感じられた。
一つ一つはとても小さく、すぐにでも消えてしまう灯のように感じられるもの。しかしそれらが無数に寄り集まり、一つの巨大な力を形成している。
ハーモニクスシステムが、アマミキョの乗員や関わる者たちの感情をまとめ、ティーダを通して物理的な力に変換するものだとすれば
──これは、まさか。
咄嗟に浮かんだ思考を必死で振り払いながら、サイは分析を続ける。
そのおぞましき渦の中心に──
マユとは別の、誰かがいる。マユともチグサとも明らかに違う、誰かが。
「これは……
ラクス・クライン!? ラクスさんか!!」
気づいた瞬間、サイは思わず声を上げてしまっていた。
間違いない。ラクス・クラインは──
キラをずっと愛し続けたラクスさんは。俺たちのよく知るラクスさんは、今、ウーチバラの中心に囚われている。
そして、どういうわけかは分からないが、セレブレイト・ウェイヴの核として使われている?
だが、同時に俺には感じられる。
自分たちの力によってウーチバラから発せられる光を、何としても抑え込もうとする意思を。
ティーダZとフレイの干渉によって抑えられているのではない。恐らく、その干渉によってウーチバラ内部で抵抗の意思が目覚め、セレブレイト・ウェイヴそのものを抑えにかかっている。
つまり──
ナオトの声に、フレイはずっと沈黙を保っているが。
遥か彼方のウーチバラで確かにマユが彼の声を聞き、必死で光を抑えているのか。
もしくは、御柱となったマユがナオトの声に反応し、さらに奥に囚われたラクスを叩き起こしたか。
だとしたら──
ラクス一世が、このような彼女たちの行動を許すはずがない。
そこまで考えが及んだ時には、サイは宙域へ向けて叫んでいた。
「全艦に通達!
救出すべきラクス・クラインはウーチバラ内に囚われながら、母たるラクス一世に抗っている。
セレブレイト・ウェイヴが抑制されているのは、皆のよく知る歌姫・ラクスの意思だ!」
この言葉が正確かどうかは、サイ自身にもはっきりしなかった。
しかし、こう言葉にすることで、少なくとも自陣の士気はある程度上昇する。特に、ラクスを平和の歌姫として支持し、全面的な信頼を寄せるアークエンジェルやオーブ軍。そして、アスランやイザークらクライン派の多いザフトも。
キラ──お前にも、届いているか。この声は。ラクスさんの意思は。
分かるだろう、キラ。お前が今やるべきは、過去に縛られることじゃない。
取り戻すことだ。
そんなサイの言葉を、隊長トニーは即座に理解したのか。
実に的確に、ブリッジへ指示を出していた。
「サイ君の判断は今、全ての思考を狂わせるこの宙域で、最も信頼すべきものだ──
それはこれまでの戦闘でも、諸君は十分承知しているはず。
だがぐずぐずしていれば、ラクス・クラインの意思はすぐに封じられてしまう──彼女の母たる、ラクス一世によって。
そうなる前に、アマミキョは何としても彼女をウーチバラから救出する!
総員、配置につけ。これよりアマミキョは、ウーチバラへ向かう!!」