【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part5 自己犠牲がもたらすもの

 

 

 

「……トール? 

 いなくなってしまったのですね……貴方も」

 

 アークエンジェル内の個室で、一人静かに状況を見守っていたレイラ。

 その手には、先ほどアマミキョに内容を転送したばかりのニコルのデータチップが、しっかりと握られている。低重力の中、ひとしずくの涙が宙に浮かび、ゆらゆらと天井へ流れていく。

 まるでお守りのようにチップを握り直しながら、レイラは揺れる室内で、祈るように両手を組み合わせていた。

 

 

 

 

 

 

「死んだ……トールが?」

 

 ストライクフリーダムの中で、ひたすらにフレイのセイレーンを守り続けて動いていたキラ。

 そんな彼もこの時、確かに感じていた。トール・ケーニヒの魂の消滅を。

 嵐のようにこちらを狙ってくる閃光をマルチロックオンによるフルバーストで叩き落しながら、キラは歯を食いしばる。

 彼のSEEDが発動してから既に相当の時間が経過しており、額にも顎にも汗が噴き出していた。

 

「ごめん……

 結局君に、何も出来なかった」

 

 脳裏をよぎるのは、かつてのトールがアスランに撃墜された──あまりにも無惨な光景。

 あの時散り散りに吹き飛んだトールの姿は、フレイの時と同じように、優秀すぎるキラの視力ではっきりと見えてしまっていた。そして3年が経過した今になっても、全く消えることなく記憶に焼き付いている。

 

 トールはヘリオポリスの友達の中で唯一、僕は僕だと言ってくれた。

 あの時のサイも、ミリアリアも、フレイも、カズイも、誰一人言ってくれなかった言葉を。

 それは、僕を惑わすカーボンヒューマンとして蘇った今も同じだった。

 

 ──誰が何と言おうと、キラはキラで、俺は俺。

 

 僕の出生の秘密を全て知っても、トールはそう言ってくれた。

 サイをあんな傷を負わせてしまった直後であっても。

 それはただ単に彼が、そうするように命じられていたからかも知れない。

 だけど、そう言ってくれた事実だけで、僕は──

 

 そんなキラの思考を中断するように、セイレーンからの通信が入った。

 

《キラ、ミゲル。

 これより私は、セイレーンでウーチバラへと向かう。援護、頼む》

 

 フレイの落ち着いた声が、キラを現実へと戻していく。

 それと相反するように、やや焦りの見えるミゲルの声も交錯した。

 

《えぇ!? フレイ……

 冷静になれよ。今はセレブレイト・ウェイヴが収まるまで待った方がいい!》

《待っている間に、より威力が調整された第四射が為される危険性が高い。

 ティーダとの光のフィールドによって、ウェイヴは弱まっている。今ならウーチバラ中枢に乗り込み、チグサを奪還出来る》

 

 そんなフレイに、即座にキラは答えた。

 

「分かった、援護する。

 アスランたちは僕が引き受けるから!」

 

 そう言葉にした時には、キラは再びマルチロックオンシステムを作動させ──

 ストライクフリーダムから、幾筋もの光条が虚空へ撃ち放たれていった。

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルとアマミキョに襲いかかろうとしていたカオスγが、インパルスの機動力によって強引に引き剥がされていく。

 それと時を同じくして、沈黙を保っていたはずのセイレーンが、突如動いた。L3、コロニー・ウーチバラ方面へ。

 その様子は当然、サイもアマミキョブリッジも感知していた。

 先程のアークエンジェル付近での接近戦。それによりアマミキョも小破した上、ディアッカの受けた傷、そしてトールの最期をも直接感じ取ってしまったサイ。

 彼の意識はあまりの苦痛で、またしても朦朧としかけていたが──

 動き始めたセイレーンを感じたことで、サイは何とか気力を振り絞る。

 

「フレイ……

 一緒に来いって、そう言いたいのか」

 

 サイはセイレーンの動きを、そう解釈した。そうとしか解釈出来なかった。

 彼女はティーダZとの、偶然の連携で生まれたこのフィールドを利用して、ウーチバラをも奪還するつもりだ。それはつまり、彼女が母たるラクス一世と正面から対峙すると同義である。

 トールの死が、ずっと付き従ってきた彼の死が、彼女にそうさせたのか。そこまではサイにも分からない。

 右の二の腕から指先にかけてが、未だに酷く痛む。若干麻痺しかけてさえいる。厳重に巻かれた包帯の下からは、鮮血が広がりだしている。

 だがすぐに、サイは指示を出していた。トニーと視線だけで意思疎通しながら。

 

「アマミキョはこれより、ウーチバラへ向かう。

 絶対にこれ以上、セレブレイトウェイヴは撃たせない!」

 

 クルー全員に敢然と宣言するサイ。

 ──フレイも今、俺たちを守ろうとしてくれている。かつて彼女が身を捨ててアマミキョを守っていた時と同じように。

 だから、大丈夫だ。

 

 そう口に出してこそ言わなかったものの、サイの意思はクルーにしっかり伝わったのか。

 ブリッジクルーたちは大きく頷き、トニーもサイの言葉を受けて堂々と指令を出す。

 

「アマミキョ、全速前進! 

 先行するホウジョウに続け。大丈夫だ、ティーダZの翼が、我々を守っている!!」

 

 傷つき炎を上げながらも、戦闘空域の中を勢いよく進み始めるアマミキョ。

 それに続くように、アークエンジェル、そしてミネルバJrもアマミキョの脇を進んでいく。

 ティーダZとセイレーンが生み出した光は、やがて虹色を帯びながら戦域全体を包みつつあった。威力は弱まれど、未だ消えないセレブレイトウェイヴと拮抗しながら。

 虹色の光の中で、幾多のモビルスーツが火球になって消えていく。

 その多くはセレブレイトウェイヴによって機能停止を余儀なくされた上に、ストライクフリーダムやインフィニットジャスティスらの攻撃により撃墜された、名もなき者たちであった。

 キラの攻撃は命こそ奪わない。しかしそれに追随するダガーLが一切の情け容赦なく、助かったはずの命を奪っていく。

 光の中へ消えていく命の痛み。その一つ一つをはっきりと感じながら、サイはティーダZに通信を送っていた。

 

「ナオト──

 一旦帰還するんだ。気持ちは分かる、だがこれ以上は……」

 

 しかしそんなサイの言葉を遮るように、ナオトの呟きが流れる。

 

《僕には……分かるんです。

 僕がここにいないと、このフィールドは消えてしまう。

 そうなったら、助けたい人も、助けられない。守りたい人も、守れない》

 

 それは確かに事実だった。ティーダZがこの場から一瞬でも退けば、それだけで空域は容赦ないラクスの歌で満たされてしまう。

 しかしそのリスクを犯してでも、サイはナオトを収容したかった。ほぼ全ての記憶が溶けかけているであろう、幼い少年を。

 だが頑なにナオトは、サイの指示を拒絶していた。

 

《それに──

 誰かが、僕の痛みを僕のかわりに受けていてくれる。僕が受けるはずの痛みを。

 それが誰なのか……思い出せないですけど。

 その人の為にも、頑張らなきゃって思うんです》

「ナオト……ッ!」

 

 たまりかねて、再び帰還命令を出そうとするサイ。

 しかしそれをトニーが止めた。

 

「サイ君、落ち着きたまえ。

 今ティーダを下がらせるのは、どう考えても得策ではない」

「ですが!」

 

 食い下がろうとするサイの両肩を、トニーは強く抑える。

 

「ナオト君をここまで連れてきたのは、サイ君。君だけの責任ではない。

 彼のかわりに少しでもその痛みを受けようとする君の心は、我々も十分理解している。

 だが、分かってほしい。我々とて、君にこれ以上の負担をかけたくないんだ」

「俺がここでこうしているのは、俺の意思です! 

 今はナオトの話をしてるんですよ、すぐにあいつをアマミキョに収容しないと──!」

 

 トニーの腕を振り払おうとするサイ。

 しかしそんな彼に、よく通る怒号が叩きつけられた。

 

「血を噴き出しながら痛みに耐え続け、それでもがむしゃらに進もうとする君を! 

 我々が何の感傷もなく、横目で見ているだけだと思うか!?」

 

 思いもよらぬトニーの、怒りに満ちた表情。

 それを目の前にして、サイは気づいた──

 サイがナオトに対して抱いていた罪悪感を、責任感を。トニーもまた、サイにずっと抱いていたことに。

 トニーだけではない。スズミも、ヒスイも、エリカからも他のクルーたちからも、同じ想いが感じられる。

 自らを落ち着かせるように咳払いをしながら、トニーは続けた。

 

「それでも我々が君の行動を認めているのは、勿論我々が生き残る為でもある。

 しかし何より、それが君自身の意思でもあるからだ。

 だから──今の状況がナオト君の意思であるなら、支えこそすれ止めるべきではない!」

 

 そんなトニーの言葉に──

 サイはがくりとうなだれ、大きく息をつきながら無言で副隊長席へ戻っていく。

 

 サイたちを想うナオトの心が、ナオト自身の魂を削り。

 フレイやナオト、クルーたちを想うサイの行動は、サイ自身の身も心も削り取る。

 そしてフレイもまた、サイの未来を想い──全てを敵に回して自身を削っている。もしかしたら、お腹の子の命までも。

 相手を想って命を投げ出す行為は、相手にとって酷い悲劇にもなりうる。そんなことは、3年前から知っていたはずだ。

 なのに俺は未だに、このジレンマに囚われ続けている──

 

 コクピットで黙り込んでしまったサイへ、トニーは背中ごしに声をかけた。

 

「サイ君。これだけは覚えておいてほしい。

 彼に万一のことがあっても──それは君だけの責任ではない。

 この空域にいる我々、全員の責任だということを。勿論、ナオト君自身も含めてな」

 

 そんなトニーの言葉と共に、ブリッジにしん、と不気味なまでの静寂が降りた。

 だがすぐに、ヒスイの報告が全員を現実へと引き戻す。

 

「隊長! 

 先ほどウーチバラより出撃が確認されたエターナルが、リング方向へさらに接近中です。

 モビルスーツ群も複数確認出来ました。熱紋照合は──

 ドムトルーパー3機。恐らく、ミントンで現れたものと同タイプです!」

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルでも、エターナルの急接近は既に報告されていた。

 カタパルトに留まったままのアカツキから、フラガの声が届く。

 

《こうしちゃいられないぜ……

 俺もアカツキで出る。あんなモン見せられて、じっとしてられるかよ!》

「駄目よ」マリューは即座にフラガの申し出を却下した。「さっきも言ったでしょう、アカツキは……」

《知ってるさ。だが、じっとしている方が死ぬよりつらいってこともあるだろ?》

「貴方は軍人でしょう。

 今のアークエンジェルは、これ以上戦力を減らすわけにはいきません!」

 

 ブリッジのサブモニターでも、カタパルトの状況は確認出来る。

 甲板付近からカタパルトへ、非常用ルートで収容されたザクファントムの痛ましい姿がちらりと見えた。上半身の殆どが吹き飛び、未だ紅の炎が機体のあちこちから噴出している。マードックの怒号と共に、宇宙服を着けた医療班と整備士たちが一斉に機体に取り付いていた──

 ディアッカが生存しているのが不思議なくらいの損傷だった。

 

 フラガの出撃をマリューが止めているのは勿論アカツキの不調もあるが、何より、フラガ自身に過去の悲劇を繰り返させない為でもある。

 レイラがサイに渡したニコルのデータを、マリューは全て知っているわけではない。だが、フラガとレイラ、レイラとサイの間で交わされたやりとりから、もうマリューは何となく勘づいていた──

 今のフラガが、3年前アークエンジェルを守って散っていった彼とは、違うことを。

 

 しかし、マリューはこうも思う。

 もう二度と、彼を失ってはならない。

 たとえ今の彼が、まがい物──カーボンヒューマンであろうとも。

 作られた記憶であろうと、今の彼は記憶を持っている。アークエンジェルを守った記憶を。

 彼は言っていたじゃないか。目も耳も腕も、何かを覚えていると。それはきっと──

 身体が違ってしまっても、決して変わらないものが、確かにあるから。

 

 そんな想いが、今のマリューにフラガを出させなかった。

 その意思は眼前で『トール・ケーニヒ』の痛ましい死を見せつけられたことで、さらに強固になったと言える。

 だがそんなマリューの心をせせら笑うように、状況は間断なく動いていく。

 

「エターナル、さらに接近! 

 ドムトルーパー3機、直進してきます!!」

 

 悲鳴にも似たメイリンの声。

 最早肉眼でも確認出来るほど、鮮やかな桃色の戦艦はアークエンジェルに近づいてきている。そこからこちらへ放たれる光条は恐らく、エターナルを守護するドム隊のものだろう。

 改めて覚悟を決めたようなフラガの通信が、響いた。

 

《艦長。俺には分かる──

 あの船にはまだ、虎が乗ってる》

「えっ?」

《あいつには恩がある。何か思惑があってか、ラクスママに嵌められたか分からんが──

 奴が乗り込んで来た以上、俺がここで奴を止めなきゃならん。

 そっちはアマミキョの守り、頼むぜ!》

「駄目よ、ムウ! アカツキはまだ……!!」

 

 思わずファーストネームでフラガに呼びかけるマリュー。

 しかしそんな彼女の叫びさえ、フラガは拒絶した。

 

《大丈夫。主任が頑張ってくれたおかげで、アカツキのエネルギー回路は半分以上修復されたよ。

 俺だけじゃない。今やアークエンジェルもアマミキョも、不可能を可能にする奴らばかりだからな! 

 ムウ・ラ・フラガ、アカツキ、行くぜ!》

 

 そう言うが早いか、マリューたちの制止も聞かず、アカツキは勢いよくカタパルトを滑り出し、閃光の煌めく虚空へと飛び出していく。

 

「あのバカ……

 覚えてなさい。帰ってきたら、たっぷり修正してあげるから」

 

 そんなマリューの呟きを耳にしながらも、ブリッジクルーは状況の変化についていくのが手一杯だった。

 

 

 

 

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