【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
アマミキョブリッジにおいても、アムル・ホウナの死は──
サイは勿論、全員が感じ取っていた。インパルスのシグナルロストとほぼ同時に。
最も感情を露わにしていたのは、オペレータのヒスイである。
「当然ですよ……
どんな想いで、オサキさんがあの場に残ったかも知らないで……あの女は!!」
冷静に報告を続けていた彼女だったが、カオスγ撃墜には動揺を隠せない。
「出来ることなら……
私の手で、殺したかったくらいです」
そんなヒスイの肩に、手を置いて落ち着かせるトニー。
「今は、過去の感傷に拘泥している時ではない──
報告を!」
「はい」
舞い散る涙を手の甲で押し隠すようにしながら、ヒスイは努めて平静さを装い状況報告を続けた。
「アークエンジェル中破、ザクファントム1機戦闘不能。
並びに、ムラサメ隊の3機中、2機の識別コードも消失しています」
「何!?
オーブ軍の誇るムラサメ隊か」
流石に動揺を隠せないトニーに、マイティやディックたちも重ねて状況を告げる。
「はい──イケヤ機、ニシザワ機共に通信不能」
「状況からして多分、あのカオスもどきの流れ弾だ」「幸いゴウ機は帰還していますが、機体が大破している模様……」「ヤバすぎたもん、あの暴れ方。邪魔するヤツは誰彼構わず撃ってた感じ?」
クルーたちの言葉に、トニーは改めて唇を噛む。
「セレブレイトウェイヴの影響もあるだろうが、手練の兵がこうも簡単に──」
それを副隊長席でじっと聞いていたサイもまた、状況の劣悪さを感じ取っていた。
ティーダZとセイレーンが命がけで宙域全体を守っているとはいえ、ナオトの状態から考えて恐らく両機とも限界が近い。フレイ側と冷静に交渉することが出来れば、互いに手を組み、セレブレイトウェイヴへの対抗も可能だったはずだ──
しかしそこに旧デュランダル派が介入し、好き放題暴れまくった為に戦況は酷く混乱し、あまりに痛ましい犠牲が次々に出てしまっている。平穏にフレイたちと話し合うことが出来れば、失われなかったかも知れない命が。
戦場に取り残された、幾多の戦士の痛み。それを一身に感じながら、サイはそれでも報告を促した。
「ヒスイ。ミネルバJrとホウジョウの現況は?」
「ミネルバJrは健在ですが、ホウジョウは既にウーチバラ、オギヤカ付近での戦闘に突入しています。
伊能機率いる山神隊が直掩にあたっていますが、既に複数機が撃墜された模様」
「例の黒ダガーL部隊相手にか……あいつらの存在は、俺でも探りにくいからなぁ」
「エターナルからもドムトルーパー3機が出撃しています。こちらはアカツキが迎撃していますが、詳細は不明です」
「リング方面の戦況はどうなってる?」
「インフィニットジャスティスが出撃中ですが、ストライクフリーダムに阻まれて接近が出来ません。
ザフト機2機が支援に出ていますが、キラ・ヤマト相手では……」
アスランとキラが果てしない撃ち合いに陥っているのは、サイも既に把握している。
それでもヒスイに報告を促したのは、自分だけでなくクルー全員に状況をしっかり伝達する為だ。
相変わらず光の翼を拡大し続けるティーダZを睨みながら、サイは改めてシートに座り直す。額と右腕から流れ出した血でガーゼも包帯もすっかり重くなり、それを慌てて看護師たちが取り替えていく。
今ここでルナマリアを、インパルスを失ったのは──
サイにとっても酷く重苦しい事実だった。単純に、ティーダZの守りを失っただけでも痛かったが──
――彼女はあまりにも命がけで、俺のかわりにアムルの怨念にぶつかった。
俺に向かって悪意を撒き散らすように戦うアムルを、自らの正義に則って正面から打ち砕こうとした。かつて俺が、真正面からアムルを否定した時と同じに。
オサキを殺し、俺を傷つけ、アマミキョさえも沈めたあの時の彼女の憎悪に、ルナマリアは立ち向かったんだ。
まるで、アマミキョを誤って撃ってしまった、その償いのように。
彼女らの意思があまりに強かった為か、ティーダZの機動が若干上昇し、光の翼が拡がるスピードさえも上がったように思える。
今の状況でこれ以上ティーダZを動かすのは、そのままナオトの魂を削ることにもなるのに。
「言ったじゃないか……
アマミキョが沈んだのは、俺の無力のせいだって!」
歯噛みを隠せず呟くサイ。しかしすぐに顔を上げ、インパルスのシグナルが消失した宙域の分析を開始する。
彼女の命が果てかける寸前、デスティニーがアムルを撃破したはずだ。
もしかしたら、彼が──
「ルナ……返事しろ。
返事、してくれよ!
ルナ!!」
カオスγの爆光がようやく収まった直後──
シンはデスティニーコクピットで、我を忘れてルナマリアを探し続けていた。
空域に飛び散ったインパルスの残骸をいくら探っても、彼女の姿は見えない。声も聞こえない。
カオスγとの激闘で無理矢理分離させて衝突させたのか、チェストフライヤーもレッグフライヤーも、フォースシルエットさえもその原形を留めておらず。
コクピット部分を擁したコアスブレンダーもハッチが大きく引き剥がされ、操縦席も完全に露出してケーブルごと中空に浮いていた。勿論、シートの半分以上が真っ黒に焼け焦げた状態で。
この惨状を一目見ただけで、ルナマリアの生存は絶望的に思えたが──
それでもシンは諦めきれず、がむしゃらにコンソールパネルを弄る。
既にセンサーの精度は最大まで上げていたが、シンは使えるカメラを総動員してルナマリアを探そうとしていた。
そんな時、救難チャンネルで通信に飛び込んできたのは──
アマミキョからの、サイ・アーガイルの言葉。
《シン。大丈夫かい?
どうか落ち着いてほしい》
こんな状況で落ち着けるか──
そう怒鳴りかけながらも、シンは何とか通信に対応する。しかしその声は完全に涙にまみれていた。
「ルナが……ルナがいないんだ!
トライン艦長が、せっかく俺を出してくれたのに! 俺、何も出来なくて……
やっと分かったのに。ルナがどれだけ大事だったか、俺、ここまで来てやっと分かったのに!
それなのに、こんなのってないだろ!?」
涙と共に溢れだす感情を、思いきり通信に叩きつけるシン。
しかしサイが返してきたのは、ほんのわずかではあったが、シンにとっては希望となる答えだった。
《彼女の命はまだ、潰えてはいないよ。俺には分かるんだ。
落ち着いて、よく探してごらん。アマミキョからだとノイズだらけで見えづらいけど、彼女が死んでいないことだけは分かる。
デスティニーからなら、もっとよく分かるはずだ》
サイの声に被さるように、ミネルバJrからの通信も響く。
《こちらミネルバJr。
デスティニー、応答願います》
アビーの声だ。艦長から合鍵を渡されたとはいえ、捕虜の身でほぼ無理矢理発進してきたも同然なのに、そんな自分にいつも通り冷静に通信をしてくれている。
《インパルスのシグナルはロストしていますが、我々はまだ希望を捨ててはいません。
なのに、彼女を救う為脱走し、出撃を強行した貴方が、真っ先に絶望するのですか?》
「そ、それは……」
《艦長からの伝言です。
ルナマリアを救出出来れば、今回の脱走に限り特別に、不問にするとのことです。
南チュウザンに与した件については分かりかねますが》
そんなミネルバJrの通信に、思わずサイが突っ込んだ。
《柔軟性凄いね、ザフトって……
アマミキョより甘くないかい》
《我々はザフトの栄誉ある戦士ですから。連合軍のように、無駄に規範を手厳しくする必要はないのです》
《なるほどね。言いたいことは色々あるけど、とりあえず今はやめておくよ》
緊迫した状況下でありながら、軽口に近いサイの口調。
生真面目すぎるアビーの言葉とそれが対照的すぎて、シンの心はやや軽くなった。
恐らく意図的にサイは気軽さを装っているが、たとえ見せかけだろうと、明るい口調はそれだけで気持ちが落ち着く。
立て続けにアークエンジェルからも、メイリンの通信が直接響いてきた。
《シン──頑張って。
お姉ちゃんはアークエンジェルも守ってくれたの。お願い、お姉ちゃんを助けて!》
「……分かった」
そう答えた時にはもう既に、シンの目はインパルスの残骸の向こう、虚空の果てを探っていた。
諦めちゃいけない。センサーだけに頼っちゃいけない。
ティーダZとセイレーンが黙示録を響かせ合っているこの空間なら、分かるはずだ。
人と人が意思を響かせ合うこの奇跡の空間なら、見えるはずだ。
シンは最大限に意識を集中させてみる──
しかし、デブリだけが拡がる果てしなく黒い宙域の向こうには星々の光が僅かに見えるだけで、ルナマリアの姿は見えない。
サイとの通信はまだ続いていた。
《シン、そっちじゃない。多分真逆の方向だ》
「え?」
アビーの声。
《今の状況では、何が起こってもおかしくない。
想定外の空域に飛ばされた可能性もあります》
メイリンの声。
《アーガイルさんの言葉を聞いた方がいいと思う。
アークエンジェルやミネルバJrからだと、アマミキョ以上にノイズが酷いし──
まだ戦闘も続いてるから!》
そんな三人の声に素直に従い、シンはデスティニーを反転させる。
パイロットスーツのみで吹き飛ばされたのだとすれば、宇宙空間の中だ。どこまで飛んで行ったか予想もつかない。
だが、サイの声は希望を捨てないまま、シンに具体的な指示を送っていた。
《何となく掴めたけど──
デスティニーから見て、オレンジ14、マーク13アルファの方向。分かるかい?》
シンは即座にその方向を確認する。と──
インパルスとカオスγの残骸が混じり合う虚空の彼方。デブリとデブリの間、ほんの僅かに──
見慣れた紅が、ちらつくのが見えた。
それは間違いなく、ザフトの赤服が着るパイロットスーツ。
戦闘時に損傷したのか、紅の部分がところどころ裂けてインナーが露出している。
しかしあの細い腰に、やや膨らんだ胸は──
「ルナ!」
真空中では届かないと分かっていても、シンはメットが割れんばかりに声を荒げる。
同時にデスティニーはその腕をルナマリアに伸ばし、慎重にその身体を掴み取った。
やっと、逢えた。
ようやく、届いた。
どれほど伸ばしても、俺の指先で零れ落ちていくばかりだった命が。
今ここで、やっと。
そんな想いをこめて、シンはそっとデスティニーの手でルナマリアの身体を包み込む。
決して殺す為ではなく、傷ついた小鳥をいたわるように。