【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
「か……覚悟してたとはいえ……
想像以上だな、これ」
コクピット状の副長席で、サイはやっとそれだけを呟いた。
アマミキョ自沈プログラムベータ実行──その第1フェイズとしてパージされた、両舷後方ブロック。
強引な分離と同時に、アマミキョに繋がれていたサイの両脚が引きちぎられた。
引きちぎられた感覚──だけではない。文字通り、コクピットに居ながらにして引き裂かれたのである。
パージの瞬間、血飛沫がサイの両太ももから迸り、ズボンやシートをさらに赤黒く染めた。
同時に、肉や神経、骨までもが巨大なペンチで強く掴まれ、引き抜かれ、砕かれていく感覚。
上げるつもりのなかった悲鳴が喉から飛び出す。眦からは痛みによる反応か、涙までが溢れた。
血塊と共に、どこからの体液なのか最早判別出来ない液体が、サイの周りに無数の球体となって浮遊する。
サイは自身に必死で言い聞かせていた──
あくまでフィードバックによる感覚だ。血を流し、肉がちぎれかけているとはいえ、早くもアマミキョによる高速再生が始まっているのが分かる。
実際に脚を切断される痛みは、多分こんなもんじゃすまない。気絶して当たり前だし、そもそも切断と同時にこと切れたっておかしくない。
アマミキョの再生機能があるから、俺はまだ意識を保っていられるんだ。
「脈拍と呼吸は若干乱れたけど、正常値の範囲内。止血する」
「再生機能にも異常は見られないわね。大丈夫、見た目ほど傷は深くない……
骨まで響いたでしょうけど、実際に砕けてはいない」
スズミとエリカはそんなサイに冷静に声をかけ、てきぱきと両脚の手当を行なっていた。
ヒスイの声。
「両舷後方ブロック、パージ完了を確認。
プログラムベータ、第2フェイズへ移行します」
ぜいぜいと息を整えながら、サイは思う──
アマミキョのハーモニクスシステムが正しく動いているなら、俺ほどではないにせよ、みんな俺と似たような感覚を少しは味わったはずだ。
切断の瞬間、ヒスイの横顔が蒼白になり薄い唇が噛みしめられるのが、はっきりと視界の隅で確認出来た。
もしかしたらアマミキョのみならず、他の艦にも影響が及んだかも知れない。ミリアリアなどはよく俺たちと接触していたし、特に強く感じてしまったかも知れない──
なのに皆、それをおくびにも出さず、当たり前のように自分たちの業務に邁進している。
隊長たるトニーもまた、背後のサイをもう一瞥もせず、次の指示を出していた。
「アマミキョ、このまま全速前進!
右舷カタパルトへ、ティーダZを収容する。
細かな進路調整はサイ君の方で頼む!!」
その怒号と共に──
船全体が、まるでティーダZに引き寄せられるように急激に速度を上げた。
ティーダZとセイレーンの放つ光の翼。その中心に強烈な引力でも存在しているかのように、アマミキョは自らぐんぐんと接近していく。
アマミキョの接近は当然──
ティーダZを守りながら、ストライクフリーダムとの死闘を続けていたアスランも気づいた。
「何をする気だ、アマミキョ……
このまま進めば!」
アスランは改めて、眼前に迫ったストライクフリーダムを見据える。
俺が気づくくらいだ、当然キラもアマミキョの急速接近は勘づいているだろう。
明らかに、矛先を俺からアマミキョに変えたのが分かる。
同時に、ティーダZの光の翼の影響か。
アスランの脳裏に直接流れ込んできたものは、キラの一瞬の思惟。
──サイ。
これ以上進むなら、僕はアマミキョを……
君を、撃たなきゃいけない。
キラの思考を捉えたと同時に、アスランは叫んでいた。
「やめろキラ!
これ以上サイを傷つけても、自分が傷つくだけだ!!」
ビームブーメランで対処しようと試みたジャスティスだが、ストライクフリーダムの機動がそれを僅かに上回った。
アスランの眼前で撃ち放たれるスーパードラグーン。7基撃ち放たれたその攻撃端末が狙うのは、今度はジャスティスではなく──
彼方から接近しつつある、アマミキョ。
その船体を一目見て、アスランには分かった。
後方ブロックを分離させて、恐らくブリッジ要員以外の殆どのクルーを避難させた上での突撃。
アークエンジェルとミネルバJrが、ウーチバラへの突破口を開こうと躍起になっているのは分かっていた。ホウジョウの、あまりにも痛ましい特攻も。
しかし──
アマミキョが、元々民間船だった彼らが、何故そこまでする必要がある?
「キラ!
狙うなら俺だけを狙え、あいつらは──!!」
そんな想いが決して届かないと分かっていても、アスランは吼えずにいられない。
だがフリーダムから放たれた光条は、どこまでも冷酷だった。
宙域を駆け抜けていくのは、船体の武装を剥ぐ為だけに、可能な限り最小限までエネルギーを抑えた光弾。それが無数の塊となって、アマミキョへと真っすぐに飛んでいく。
キラの、あまりに悲痛な想いと共に。
──サイ。出来るだけ、君が痛くないようにする。
だから──お願いだから、オーブに戻ってくれ!
アスランが止める間もなく──
無情にも、スーパードラグーンの閃光は次々にアマミキョへと着弾していった。
「右側甲板被弾、並びに左舷カタパルト中破!
第三サブエンジンにエラー発生!!」
「左舷カタパルトとの通信不能!!」
「さらにビーム来ます!!」
被弾と共に大きく揺れるアマミキョブリッジ。
真っ赤に明滅する非常灯。交錯する怒号。
そんな中、副長席のサイは──
キラからの攻撃と同時に次々に血を噴き出しながら、激痛に耐え抜いていた。
甲板に攻撃を加えられるごとに、額が。
両舷カタパルトに被弾するたびに、両腕が。
側面や船底に爆発が起こるごとに、腹や背中が出血していく。肉を抉られる痛みと共に。
ストライクフリーダムから撃ち放たれた、7基もの眼球。その目に見据えられながら、何も出来ずに服を破られ、衆人の前で辱められていく感覚さえ覚える。
同時にサイの脳裏には、キラの声まで流れてきた。
──お願いだ。どうかここから去って、オーブに帰ってくれ。サイ。
セレブレイトウェイヴは壊させない。二度とラクスを、僕の大切な人たちを傷つけさせない為に……
だから!!
そうしている間にも、ヒスイの叫びが響いた。
彼女にしてはやや乱暴な言葉が。
「後方に被弾! バリアント4番5番、使用不能!!
こんなんでもまだ、キラは優しいとか言うつもりですか! 副隊長はっ!!」
そんなクルーたちの声も、激痛で一瞬遠くなっては、再生機能により戻ってくる。
意識が遠くなりかけては強引に引き戻されているのが、サイ自身にも分かった。
恐らく俺の感じているこの痛みは、多かれ少なかれクルーたちも感じている。
多分、俺と意識を多少なりとも共有している人間たちは、みんな。
彼らに酷く申し訳なさを感じながら、それでもサイの視線の先は、ただ一点──
光の翼を拡げ続けるティーダZにあった。
俺とナオトは最早一心同体だ。俺の痛みは、ナオトの痛みでもある。
記憶がどんどん溶けかけている中、ナオトはティーダZのコクピットで必死に耐え続けている。帰還命令さえ拒絶して──
マユを。俺を。そしてみんなを、守る為に。
唇から流れる血を吹き飛ばす勢いで、サイは怒鳴った。
「怯むな! ティーダZに向かって、このまま飛べ!
微調整はこちらで行なうが、それまで絶対に軌道からずれるな!!」
「分かってます。少しでもミスったらすれ違って、そのままコロニーにズドンですからね!!」
サイの怒声に、陽気さを必死で装いながら答える操舵士ノーチェ。
アマミキョブリッジは自沈プログラム起動により、非常灯の光で真っ赤に染まっている。アラートもあちこちから鳴り響き、さらにはキラの攻撃により絶えずブリッジは縦横に揺さぶられていた。
エリカもスズミも、サイのコクピット脇に補助ベルトを繋いで自らの身体を固定していたものの、それでも幾たびも宙に浮きあがりかけていた。
サイ自身も、揺れにより何度コクピットから投げ出されそうになったか分からない。
それでも──
この急加速により、次第にアマミキョはティーダZに追いつきつつあった。
それと同時に、サイの中でもナオトの意識が、より鮮明に広がっていく。
ただしその思惟は、先ほどのウーチバラ外壁崩壊により、千々に乱れていた。
──僕は、人を、殺した。
──何も分からないまま、人を、殺した。
──誰かは分からないけど、大切な人の、大切だった誰かを。
──いつか罰が下ると思っていた。それが多分、今。
──助けたい人がいた。守りたい人がいた。
もう一度、会いたい人がいた。
──だけど、それが誰なのか、もう何も分からない!!
冷たい宇宙に一人放り出され、乱れ、もがき続けるナオトの意思。
そんな彼の心に、サイは無我夢中で手を伸ばしつつあった。
「ナオト──
大丈夫だ。言っただろ、何度忘れたって、俺が何度も思い出させるって!!」
サイの血まみれの右腕が、自然に中空へと伸ばされる。
それとほぼ時を同じくして、アマミキョの右舷前方カタパルトが急速にティーダZへと近づいた。まるで、ティーダZをアマミキョの腕で包み込もうとするように。
勿論ティーダZでも、アマミキョの急速接近は感知していた。
しかし、それが何の為なのか。誰が何の為にそんな真似をしているのか──
ナオトには、最早理解出来ていなかった。
次々にアマミキョに激突していくデブリ。その中には血まみれの人間の身体も含まれている。
白い船体を人の血で真っ赤に染めながら、それでも進んでくる。
──僕に向かって。
だが不思議と、ナオトはアマミキョに恐怖を感じなかった。
どうしてかは分からないけど、あの船は僕と同じだ。
僕と同じように痛みを感じ、僕が受けている痛みを同じように感じている。
そして、あの船が受けている痛みも、僕の痛みだ。
「だから──
あの船は、僕?
違う。僕じゃないけど、僕を分かってくれる人が……いる」
身体中を銃弾で撃たれていくような、執拗な痛みに耐えながら──
ナオトは、それだけを理解した。
発光を続けるティーダZの機体にすらも次々に人の身体が衝突し、ただの血袋となって散っていく。
ウーチバラに近づくごとに、ティーダZさえも血に染まっていく。
だがそんなティーダZとナオトすらも、アマミキョは包み込もうとしていた。
実際にはアマミキョは、帰還命令を拒み続けるティーダZを、強引に右舷カタパルトへ収容しようと接近しているのだが──
その挙動はまるで、暴れ続ける子供をとりなし、抱き込もうとする父親のようにも思えた。
「じゃあ、あの船にいるのは……父さん?
違うな……父さんじゃない」
そもそも僕には、父さんが誰だったのか、父さんという存在が何だったのかさえ、もう分からない。
それでも、分かる。あの船にいる誰かが、僕を助けようとしていることが。
自分が何だったのかさえ、もう分からなくなっている僕を。
人を殺した僕を。
そして、ずっと声が聞こえる。僕を呼ぶ、女の子の声が。
ずっと途絶えることなく、僕を呼んでいる。
──目の前の宇宙に浮かぶ、あの白く光る大きな筒の中から。
あの子は──僕が助けたかった人。
手のひらから零れ落ち、消えていく記憶。
それを必死で掴んで戻すようにしながら、ナオトは自らのやるべきことを探っていた。
そんな彼の心に直接呼びかける、誰かの声。
──もういい。もういいんだ、ナオト。
あとは俺たちがやる。だから、帰ってこい。
脳裏に直接、強く響きわたる声。
その力強さに思わず、ナオトは振り返る。
そして分かった。ティーダZのすぐ後方まで、アマミキョの右舷カタパルトが迫っている。
既にシャッターは大きく開放され、ナオトごとティーダZを包み込むように近づいていた。
アマミキョ接近に反応するように、ナオトの両膝の間にいた白ハロがぴょんぴょん飛び跳ねた。
《アマミキョ、急接近。カタパルト内ニ、担当クルー確認デキズ。通信不能。
着地ニ備エ、コレヨリ、オートデ速度オヨビ進路ノ微調整ヲ開始》
既にナオトが操縦不能状態と判断しているのか、ハロが自動操縦モードへと切り替えている。
そのまま強引にアマミキョが突入したのでは、ティーダZはカタパルトに激突していてもおかしくはない。
そんなハロの声を聞きながら、ナオトは胸元にしまわれたお守りを、無意識のうちにそっと握りしめた。
──僕は多分今、自分の大事なもの、その殆どを失った。
でも、全てを失くしたわけじゃない。
向かう先には、もう一度、会いたい人がいる。
後ろには、僕を大切に抱きとめてくれる人がいる。
そして──
ナオトはティーダZが自ら拡げる光の翼、その先に視線を向けた。
そこにいるのは、ガンダム・セイレーン。洗練された紅の機体。
ティーダZと同じ歌声を宙域に響かせながら、ウーチバラへ向かいつつある機体。
──あれは、僕がもう一度、会わなきゃいけない人。
誰かは分からないけれど、話し合わなきゃいけない人。
ずっと分かり合えなくて、ずっと嫌いだと思っていて、ずっと憎んでいた人。
でも、今、あの人と少しでも分かり合わなければ、みんなを守れない。それだけは分かる。
そう心に念じたナオトは、再び自ら操縦桿に手をかけた。
──多分僕は、もっともっと、伝えたいんだ。
この世界では、人と人とが、絶望的なまでに分断されてしまったけれど。
それでも、人が人でなくなってしまってはいけない。
それをみんなに伝える為に、僕は、ここまで──
そんなナオトの意識を、ゆっくり包み込んでいく誰かの腕。
その暖かさをナオトが実感すると同時に――
激しく被弾した上、人の血にまみれたアマミキョ・右舷カタパルトブロックが、ティーダZを捉え、無理矢理に収容していく。
機体がカタパルトに触れた瞬間、酷い衝撃がナオトを揺さぶる。
それでも必死で機体を制御しながら、ナオトは何故か、嬉しかった。
自分をしっかり抱き止めた腕の、強さと優しさ。
ずっと一緒にいたはずの、あの人の腕──
感じる。僕を抱きしめると同時に、あの人が心の底から安心しているのも。
カタパルトへの強引な着地により、ティーダZは大きくつんのめって後方へ転がりそうになりながらも、どうにか体勢を整えることに成功した。ナオトのなけなしの腕力と、ハロの細やかな制御によって。
ティーダZから発振された光の翼はカタパルトに収容されてからもなお、船体を破壊することなく、カタパルトブロックの壁を透過する形で拡大していた。勿論、セイレーンと同時に発振している光のフィールドが途切れることもなく、むしろさらに強くなったようにも感じる。ミーアの歌声と共に。
カタパルト内で殆どうつ伏せになりながらも、ようやくティーダを踏みとどまらせたナオト。
その脳裏に響いたものは、いつもそばで聞いていた、優しい声だった。
──ナオト……良かった。
すごく強引だったけど、お前を助けるには、これしかないと思って。
乱暴に扱って、ごめんな。
自然と唇から漏れたものは、感謝の言葉。
「ありがとう──サイさん。
約束、守ってくれたんですね」
無意識に呟いたその名前と共に、ナオトはふと顔を上げる。
開放されたままのカタパルト。その向こうでは、相変わらず緑の閃光が飛び交っていた。
それによって、カタパルトもアマミキョ自体も、次々に傷つけられていく。
――さっきから僕が身体中に感じている、切り裂かれるような痛みは……
このせいか。
その光にナオトが感じたものは、酷く冷たい意思。
決して前には進ませない。決して撃たせない──
絶対に退くことのない、冷厳な意思。
この人だって、僕にとって大切な人だったはずなのに。
その人が本来持つ優しさと強さに裏打ちされた、恐ろしいまでに揺るがない氷の刃。
全ての記憶を失いかけている僕にすら、その冷たさは感じ取れる。
同時に、その刃が僕に向かってくるのも。
──そこにいるんだね、ナオト君。
ごめん。もう君たちをこれ以上、進ませるわけにはいかないんだ。
触れ合ったばかりの、ナオトとサイの思惟。
その間に割り込むように、キラの声が響く。
同時にカタパルト出入口に接近してきたものは、先端から閃光を発する青の刃──
スーパードラグーン。そのうちの1基。
――反射的にナオトは、再びティーダZを立ち上がらせていた。
「駄目だ、キラさん!
これ以上、サイさんを傷つけたら……!!」
そんなナオトの言葉の続きは、呆気なく中断された。
ティーダZの目前まで迫ったスーパードラグーン──そこから放たれた、エメラルドの閃光に呑まれて。
意識の中で激しく反響する、二つの叫び。
──やめろ! どくんだ、ナオト君!
──ナオト! 伏せろ、ナオト!!
ナオトを想って放たれたであろうそんな声さえも、光と熱の中で溶けていく。
眼前に拡大するエメラルドの閃光と共に──
叫びを上げることも出来ぬまま、ナオトの意識は炎に呑まれていた。