【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
アマミキョを、サイを守ろうとして思わず立ち上がったティーダZ。
そんなティーダZを襲ったドラグーンの光は、よりにもよってコクピット――
そこに限りなく近い左胸部を直撃した。ティーダZのバイタルエリアとも言える部位に。
大爆発に包まれるアマミキョ右舷・カタパルトブロック。
サイはこの時直感した──
今まで触れ合っていたはずのナオト・シライシの魂が、一瞬で宙域へと霧散するのを。
右腕で抱き止めたと思っていたはずの少年の意識が、その腕の中で散り散りに砕け、流れ出していくのを。
あの青い刃から放たれた炎は、ナオトを守ろうとしたサイの右腕すらも貫通し、ナオト自身を直撃したのである。
「右舷カタパルト、大破! 状況不明!!」
「ティーダZ、大破!! つ、通信不能です!
ナオト君!! 返事して、ナオト君!!」
クルーたちの悲痛な叫びが、サイの眼前で交錯する。
──しかし、サイにはすぐに分かった。
実際の状況は現場に行ってみなければ分からない。だが──
少なくとも、ナオト・シライシの意識は、
ナオトの意識と繋がりながら、俺は全てを見ていた。
記憶の殆どを失っても、俺たちを守ろうとして、ナオトは機体を立ち上がらせかけていた。
恐らくその行動は、キラですらも想定出来ていなかったのだろう。あくまで腕か足を狙うつもりだったのが、ナオトの反応がキラの予想以上に早く──
結果、キラの放った刃は、ティーダZを直撃した。
右の二の腕から先が、焼かれるように熱い。
そればかりか、前腕の骨が無理矢理へし折られたかのように、不自然な方向へ右手が曲げられている。勿論、右腕全体から激しく出血していたが、特に手首あたりからの出血が止まらない。
そんなサイの様子を見るなり、彼自身より先にスズミが叫んだ。
「再生機能が落ちた……?
シモンズ主任!」
「今調べてる。ティーダZの機能消失が原因かも知れない!」
普段冷静に言葉を選びながら会話をする二人が、サイの眼前でありながらナオトの死を意味する言葉を吐いている。
それほどまでに状況はひっ迫していたが──
サイ自身はもう、痛みを感じることも出来なかった。何かを感じる余裕もないほど、大きく揺らいでしまっていた。
──予想出来ていたことだ。ナオトが初めてティーダに乗った、あの時から。
ナオトをキラの二の舞には、絶対にしない。そう思って、ずっとナオトを守ろうと行動してきた。それがたとえ、あいつ自身の気分を害することになっても。
だが──
俺がどう頑張ったところで、ナオトは状況に次々と追い詰められていき。
俺がどんなに止めようとしたところで、あいつは結局戦いに駆り出され。
あまりにも皮肉なことに、キラ・ヤマトの手で──光に呑まれた。
それがナオト自身の意思であっても──いや、あいつの意思であるなら、なおのこと。
俺はナオトを守るべきだった。命に代えても。
メインモニターいっぱいに広がる、右舷カタパルトからの爆光。
それはティーダZとセイレーンを繋いでいた光のフィールドさえも、その端から巻き込んでいく。
サイにははっきりと見えた。宇宙の片隅で、華やかな花火の如く砕けていくティーダZの装甲を。
ウーチバラ到達寸前で、炎となって弾けていく魂の欠片。
その耳に聞こえたものは、間違いなく、ナオト・シライシの声だった。
──ありがとう、サイさん。
ここまで、僕を助けてくれて。
ここまで、僕を守ってくれて。
「ナオト……
お前、どうして?」
燃えゆく光の翼。網膜を通して感知した輝きから、その声は聞こえたように思う。
白く爆ぜる光から浮かび上がってきたものは、ナオトの姿。
それはサイだけに見えた幻だったのだが、彼自身はそれが現実なのか幻影なのかすら、咄嗟には判断できなかった。
それまで見たこともないほど穏やかな表情で、少年はじっとサイを見つめていた。
──ずっと、迷っていました。
何も持たない人間として、僕はどう生きたらいいのか。
ナチュラルでもコーディネイターでもいられない人間として、どう生きるべきなのか。
懸命に生きてきたつもりだったけど──
僕、ここが限界だったみたいです。
だけど、もう、迷わなくてもいいんだ。
「やめろ、ナオト! そんなのはお前の言葉じゃない!!
お前はまだ、マユを助けてないだろ!!」
──マユも、父さんも母さんも、仲間のみんなも、メルーも。
僕の大切なものは、どんどん無くなっていった。
しまいには、自分の記憶さえも。
でも──サイさんは、ずっと僕と一緒にいてくれた。
嬉しいんです。もう僕は、サイさんだけは失うことはないから。
もう僕は、何も失えなくなったから。
「バカ野郎……
諦めるなよ。ここまで来て、こんなところで、諦めるつもりかよ!
俺なんかと話す余裕があるなら、マユを!!」
無我夢中で、眼前の光に向かって右腕を伸ばすサイ。
若干不自然な方向へ曲がり、血まみれになった腕。その指先を、ナオトの発した光が優しく包んでいく。
それはサイにとっては完全に、ナオトの手に握りしめられているも同様の感覚だったが──
第三者の視点では、何もない中空にサイがよろよろと手を伸ばしているようにしか見えなかった。
そんな彼の異変に気付いたトニーが、いち早くその肩を掴む。
「サイ君、しっかりしろ!
光の翼は、まだ生きている!!」
メインモニターを大仰に指し示しながら、サイを力いっぱい揺さぶるトニー。
その怒号で、彼は何とか現実に引き戻された。
目の前ではモニター内の光の翼と、トニーの怒り顔と、浮かび上がったナオトの幻影が大きく重なっている。そんな状態ではあったが──
それでもサイには、はっきりと見えた。広がっていく光の翼が。
トニーの言葉どおり、光のフィールドは消滅してはいない。むしろ、ティーダの爆発をきっかけに急速に拡大している。
ナオトの魂が散り散りに拡がっていくかのように、アマミキョ右舷から迸った大量の光の粒子。それは光のフィールドを駆け巡り、セイレーンの方向にまで炎の如く突き進んでいく。
それと時を同じくして──
伸ばされたままのサイの右腕。それを包み込んでいたナオトの指が、清らかな水のように腕の中へ、すっと入っていった。
サイは直感した──ナオトの魂が、俺の中へ入ってくる。
──僕はもう、失わない。
僕はもう、迷わない。
だから、サイさん……
一緒に、マユを。フレイさんを、ラクスさんを。
みんなを、助けましょう!
右腕を通して自分の中へと侵入してくる、ナオトの幻影。
しかし、全く不快感はない。
それどころか、先ほどまで感じていた痛みが、不思議なくらいに癒されていく。身体中で暴れていた神経が、鎮まっていく。
ほぼ同時に、サイのそばでスズミの声が響いた。
いつもの冷静さをやや失いかけながらも、焦りを必死で抑えつける女医の声が。
「サイ君のフィードバックの数値が、急激に上昇している……
30%以下に設定したはずのリミッターが解除されて……最早、100%を超えて……
まだ増加している!?
シモンズ主任! このままじゃ、サイ君が!!」
副操縦席の真横に自前のモニターを繋ぎ、刻一刻と変化するサイの状況を凝視していたエリカ。その彼女が、酷く険しい表情でスズミに答えた。
「駄目よ。今、システムの強制解除を試したけど──
最早アマミキョは、こちらからの信号を受け付けない。
自発的にサイ君を取り込んで、他者の介入を拒んでいる!」
そんな会話をすぐそばで耳にしながらも、サイ自身はどこか冷静だった。
俺がアマミキョと一体化した? 完全にアマミキョに取り込まれた?
だから何だってんだ。
ナオトが、ナオトの魂が、今、死んだ。その事実に比べれば──!
全身の神経を食らいつくすように暴れまわる痛み。それを癒すように、ナオトの意思が自分の中へ入ってくるのが分かる。
どこにも行けず、どこへも受け入れられず、どこにいても傷つけられ、遂に居場所を見つけられなかった少年の魂が──
暖かな日差しのように、サイの激痛を溶かしていく。
それを感じた時、サイの喉から、咆哮にも似た指示が轟いた。
「怯むな、アマミキョ!! 速度そのまま、ギリギリまでウーチバラ港区画に接近しろ!
今から3秒後、左舷カタパルトブロックをパージする!!
アークエンジェルの攻撃で、リフレクターは弱体化している。そこへこいつをぶち当てるんだ!!」
エリカから借りたジャケットは既に血に塗れ、腕も両脚もろくに動かない。繋がれた無数のケーブルも血と汗のまだらに濡れていた。
それでもサイは声を限りに叫び、自らブロックパージの指示を下す。
きっかり3秒後、オペレーターたちの報告よりも早く、ブリッジに軽い振動が伝わり──
ウーチバラへ向けて、左舷カタパルトがブロックごと射出されていく。
同時にサイの左腕──義手となっていたその肩が、火花を散らしながら軽く爆発した。
「サイ君!
もうやめて! やめなさい!!」
耐えきれずに響く、スズミの悲鳴。
爆発と共に、盛大に頬や首にまで飛んでいく細かな義手の破片──
それでもサイはそれを避けもせず、だらんと垂れ下がった両腕もそのままに、眼鏡の奥から射抜かんばかりの勢いで、眼前の光の翼を睨みつけていた。
戦場が、大きく揺らぐ。
それは、この空域にいる全ての人々の意思が揺らいだ証でもあった。
デスティニーで、陽電子リフレクターとの死闘を続けていたシンも。
それを援護していたアークエンジェルも、ミネルバJrも。
戦場から離脱しつつあったフラガとバルトフェルド、イザークとミゲル、伊能たちも。
そして──
彼方の地上にまでその揺らぎは届き、この時、オーブ官邸で状況を見守っていたカガリでさえも何かを感じ、天井を見上げていた。天井の向こうの遥かな空を。
北チュウザン首都ヤエセにおいても、カズイらアマミキョクルーは殆どの者が同じような揺らぎを感じていた。クルーたちのみならず──まだ幼い、子供の住民でさえも。
大切な何かが失われた。鳴動する宇宙からの振動を、叫びを、心で感じたのか──
震えながらカズイにしがみつく子供たち。
「大丈夫……
必ず帰ってくるよ。サイも、ナオトも」
自らに言い聞かせるように、カズイは子供たちを抱きしめながら、曇り続ける上空を眺めていた。